エピソード17 英雄の覚悟と聖女の使命
ヘルムートお祖父様が魔力暴発したとするなら、プラーナ・マルドゥークの大災厄こそがその結果だったのだろう。
魔力暴発がスタンピードを引き起こしたと知れ渡れば、魔力を持つ貴族という存在そのものが危険視されかねない。
だからこそ、原因は伏せられた——そう考えれば、すんなり腑に落ちた。
「そう……。帝都には、常に何重もの結界が張り巡らされているわ。普通は貴族一人が魔力暴発したくらいでは、びくともしない頑丈な結界よ。なのに、その時は……」
お祖母様はその時の光景を思い出したのか、身震いして掠れた声で続けた。
「結界を破ることはできないはずなのに……、ヘルムート卿の膨大な魔力が暴発して結界を突き破ってしまったの」
結界が突き破られるなんて、きっと予測もできなかった事態に違いない。
あの日、帝都マルドゥークの広場には祝祭のために、厳重な警備網も敷かれていたはずだ。
それなのに、あれほどの被害が出るなんて……。
「その結界の裂け目から外界の魔獣達が一斉に入り込んできたの。
それも——まるでヘルムート卿の魔力の匂いに惹かれるように、想像を超えた無数の魔獣がね」
三百人もの犠牲者を出した大災厄の地獄絵を思い出しているのだろう。お祖母様の顔は真っ青だった。
そんなお祖母様を気遣って、お祖父様が話を引き取った。
「私はあの祝祭の少し前から酷く具合が悪くてな。魔力が底をついたように魔術も使えず、目眩や頭痛が酷かった。レティシアの聖力でも治らず、寝込んでいたんだ」
「魔力が……? 魔術騎士はそんな症状になることがよくあるの?」
お祖父様はゆっくりと首を振る。
「いや、あの時が初めてだったな。後になってまた同じ体験をすることになったが……。
魔術を使った覚えもないのに、魔力は枯渇していたし、体調が悪いせいで警備の任に就くことはできなかった」
想定外の話だ。
その日活躍したというお祖父様の話は何かの間違いだったのだろうか?
「え、でも大災厄で活躍して英雄と呼ばれるようになったのではないの?」
首を傾げるわたしにお祖父様は話を続けた。
「おそらくヘルムート卿の魔術暴発が起きた後だろうが、マルドゥーク広場のほうに魔獣が一斉に飛来してくる気配を感じたんだ」
高魔力保持者は、離れていても魔獣の気配を感じ取る。
「体調は良くなかったが、とにかくレティシアが心配で、馬で広場に向かった」
お祖父様なら這ってでも、お祖母様を助けに向かっただろう。
「なんとか剣で魔獣を斬り倒しながら辿り着いた広場には……凄惨な光景が広がっていて、血溜まりの中でレティシアが必死に聖力で人々を癒していた」
よほど酷い光景を思い出していたのか、お祖母様の顔は先ほどから血の気が引いたままだ。
それでも、話しておかなければと思い切るように重い口を開いた。
「戦場で騎士達が倒れる光景も、決して耐えられるものではないわ。
だけど、広場には——親や子を亡くした人達、痛みで我を失っていたり、恐怖に逃げ惑う一般の人達がいたの」
お祖母様の語る地獄絵を想像して、両手で口元を覆う。
「阿鼻叫喚の中で、魔獣が人を喰らい、咆哮をあげていたの。血の臭いと恐怖で吐きそうになったけど……」
お祖母様の顔は強張ったままだったけれど、目には経験から得た何か得難いものが浮かんでいる。
その何かを——同じように聖女となるわたしに、伝えておかなければと思い定めたように、お祖母様はわたしを見つめたまま語った。
「あの時、恐怖心に打ち勝って、治癒に走り回っていられたのは、お祖父様と過去のスタンピードを乗り越えられた経験があったからだと思うの」
お祖父様は手のひらでお祖母様の手を愛しげに包み込んで、言葉を補った。
「かなり危ない状況だったから、私も本心ではレティシアだけでも避難させたかった。だが、何を言おうとあの場を離れる人ではないことも承知していた。
身体を張ってレティシアと皆を守るしかない、と覚悟を決めたよ」
お祖父様……。魔力を失っていたのに、死ぬ気でお祖母様や街の人達を守るつもりだったのね。
「その覚悟こそ、英雄と呼ばれる所以なのでしょうね。たとえどんなに魔術が使えても、精神的に弱ければ英雄と呼ばれることはないでしょう」
ロイが感慨深い表情でお祖父様を見つめて言った。
その言葉に、わたしも気づかされた。
英雄も聖女も、生まれ持った力ではなく——その覚悟や使命感でこそ、相応しくなれるのだ。
「英雄なんて私の柄でもないし、そう呼ばれるのは面映いが、守るべき者がいれば、実力以上の力が湧く。守りたい者を守り抜く、その覚悟が常人を英雄と呼ばせるのかもしれないな」
ロイの真剣な眼差しを受けて、師匠の顔つきになったお祖父様がそう語った。
お祖母様がわたしに伝えておきたいと強く思ったこと、それは恐怖から逃げずに立ち続ける覚悟だったのね。
心に留め置いて、忘れないようにしよう……。
「それにしても……お祖父様は魔力を失っていたのに、どうやって魔獣と戦えたの?」
わたしの疑問に、お祖父様は記憶を辿るように答えてくれた。
「それが、今でも不思議なんだが……、あの時はちょうどネームドの魔獣と戦っていて、雨が降り出したと思ったら、轟くような雷鳴とともに、結界の裂け目から稲妻が走ったんだ……」
お祖父様の語る当時の状況が、わたしの想像の中で再現された。
「雷にうたれる、と思った瞬間——恐怖で身体が強張ったよ。防御結界も張れない状態だったしな」
緊張で、握りしめた拳に力がこもる。
「だが、次の瞬間、視界が眩いばかりの光一色に染まり、全身に痺れる感覚が広がったんだ。
枯渇していたはずのマナが、まるで心臓の奥から呼び覚まされるように湧き出し、手足の末端へと満ちていくのを感じた」
それって雷にうたれたわけではない……よね?
「冷静に分析する余裕もなかったし、とにかくあの時は必死だったからな。深く考えず、魔力を取り戻したことに、ただ安堵し、エリタス神に感謝したよ」
「そんなことが、あったなんて……。魔力が戻ったことと、雷は何か関係があるのかしら?」
「いや……、あの眩い光は雷とは別物だと思う。それから十年後、同じように魔力を失ってしまい、その時は二年半という長きに渡って、病に伏していた……」
「お母様の婚姻前後の期間のことだったわよね?」
「そうだ。その時は魔力を取り戻したのは雷雨のない晴天の日の午後だった。やはり突然眩い光に包まれて、同じ体験をしたんだ」




