エピソード16 もう一度選べるとしても
父は朝になってようやく落ち着いた。
けれど、わたしに魔力が発現したことで、付加価値をつけるためだと言って、魔術の教師をつけると言い出した。
そして、礼拝に行く際にもジェフ以外に二人の護衛がつけられることになった。
お陰で、先週の礼拝では祖父母やロイの姿が見えているのに、護衛に囲まれて遠くに座らないといけなかった。
聖歌隊の練習に加わるからと、束の間一人になれた時に事情を簡単に説明できたけれど、どうしたら今まで通りに皆と会えるのかと頭を抱えた。
そこでラヴォイエール邸に戻ると、ジェフが厩番の仕事をしている時に、相談しにいった。
ジェフによると、護衛二人のうち、一人は賭け事で借金を少しばかり抱えていて、もう一人は雇われたばかりの、情に厚い人物だという。
そこで、交渉役を引き受けてくれたジェフは、一人にはお金を握らせ、一人には禁じられた祖父母との交流について多少の脚色を加えて話してくれた。
結果二人をこちら側に取り込むことに成功したわたしは、心の底から安堵の溜め息を吐いた。
そういうわけで、今回の礼拝では、人情に厚い彼、ミュゲルが教会内での護衛に残ってくれている。
話に聞いた通り、真面目で善良な人のようだ。
他の皆のように出かけてもいいと言ったのに、きちんと護衛役を務めていることに感心する。
訓練中は離れた所で微笑ましそうに、わたし達を見守っている。
そして、今のようにお茶の時間には扉の外で待機してくれているのだ。
トルエンデ家の従者達と交代で休憩をとるように言ったら、それは了承したけれど。
「それでね、わたしを養女にしたい、だなんて言われて吃驚したわ……」
ノルテモア侯爵家からの養子縁組の話をすると、皆が凍りついたように黙り込んだ。
「それって、息子の嫁にしようって魂胆じゃないのか?」
なぜかロイは急に不穏な空気を纏っている。
「え? あ、そんな可能性も匂わされたけど、成長してから決めればいいって……」
「駄目だ! 絶対、嫁にするつもりに決まってる。断った方がいいよ」
ロイが息巻いてそんなことを言うとは予想もしてなかったので、タジタジとなる。
なんでそんなに怒ってるんだろう?
「ノルテモア侯爵夫人ナビエは聖女仲間だから、人柄は知っているわ。彼女があなたを養女にしたら、きっと悪いようにはしないと思う」
「そうなのね、お祖母様が言うなら、やっぱりあれは善意からの申し出だったのね」
そう聞いて、ほっとしている自分に気付く。
「まあ、善意だけではないかもしれないけどね」
「というと……?」
祖父がわたしに代わって疑問を差し挟む。
「なんていうか、彼女はこの世界にもっと聖女や魔術に長ける者を増やしたいと考えているの。そのために、自分が貢献できることをしたいと思っていて、婚姻も……優れた血統を残せるかどうかという基準で考えるかもしれないわ」
それはやっぱり……、婚姻にはかなり干渉されてしまうということね。
「まあ、養女の話は断ったんだけどね、父が」
祖父母が二人とも身体を強張らせたのが分かった。
「父に心底、憎まれているのだと知ったわ」
傷付けたくないから、言うべきか悩んだけれど、父との確執を知った今では、わたしが憎まれていることを祖父母が知らないわけはなかったのだ、と思い至った。
父にとって、わたしは憎い敵の孫。
呪いの道具にするために、この世に生み出したようなものなのだ。
祖父母は、娘のわたしを気遣って父のことを話さないでいたのだと気付いた。
「聞いてもいいかな? ヘルムートお祖父様が魔力暴発を起こしたこと。それにプラーナ・マルドゥークの血の大災厄の話を」
その話を切り出した瞬間、お祖母様の唇が戦慄くように震え、お祖父様は蒼白になった顔を隠すように背けた。
「お願い、この先を生き抜くためにはどうしても知っておくべきことだと思うの」
真剣なわたしの顔付きを見て、祖父母は観念したように溜め息を吐いた。
「ヘルムート卿は優れた魔術騎士だった。いつも私と彼は競うように魔獣討伐戦に繰り出していた。彼は名門侯爵家の後継で、騎士として誰にも負けないという高い矜持を持つ人だった」
お祖父様が語り出した。ノルテモア侯爵の話と重複しても、語り手によって微妙に違う話が聞けるかもしれない、と思う。
「だから彼が自分と同じ人を好きになったと知った時は、これは強敵が現れたと焦ったよ。外見でも彼は私の次に女性に人気だったしな」
そう言いながらお祖父様は片目をつぶる。
「一貫した強い主観を持つ、なんというか見どころのある人だったしね」
お祖父様の印象に、祖母も軽く頷いた。
「レティシアは既に先代大聖女様の後継として目されていた聖女だったし、その資質は聖女の中でも群を抜いていたから、彼女を妻にと望む貴族は多かった」
お祖母様は黙って聞いている。
「あ、勿論あらゆる意味で素敵な女性だから、私はそんなことに関係なく惚れたんだが……」
「わ、私はここにいていいのかしらね……?」
お祖母様は祖父の言葉に照れたのか、落ち着かなげに、もぞもぞと指を組み替えている。
「当たり前だろ? 君に隠すようなこともないしな」
お祖父様ったら、いつも思うけどお祖母様のことを心底愛してるみたいね。いいなぁ……。
わたしにも、こんな風に想ってくれる人が現れたらいいのに。
「まあ、懸命に口説いてレティシアと両想いになれたんだが、なにせ彼女は天下の次期大聖女様だったからね。婚姻には皇室の裁可が必要でね……」
お祖父様ならどんな障害があっても全力で乗り越えたでしょうね。
「手柄を立てまくって、とにかく魔力量が多すぎるんです、頻繁に暴発しないように魔力を抑えないといけないんですって、アピールしないといけなかったわけだ」
聖女の婚姻って個人の意思は完全に無視されるのね。大聖堂で魔力抑制の務めを果たしていても、特に暴走しそうな人がいれば、その人との婚姻を優先されるなんて……。
貴族令嬢は政略結婚が普通とはいえ、あまりにも選択の余地がない気がする。
「お祖父様は本当に頑張って下さっていたのよ。特にイザークの森のスタンピードでは果敢に魔獣を倒しまくったわ」
「愛するお祖母様を得るために、命懸けで戦うなんて、お祖父様素敵!」
今度はお祖父様が面映そうに小鼻を掻いている。
「……僕も愛する人のためなら、師匠のように戦える男になるよ」
黙って祖父母の話を聞いていたロイが、不意にわたしを見て力強い調子で宣言する。
「そうなの? じゃあロイもきっと素敵な騎士になれるわね」
そう言うと、嬉しそうにわたしを見つめるので、勘違いしそうになる。
無駄に美形なロイは、年頃のわたしを相手に、思わせぶりなことを言うもんじゃないと思う。
「ま、そういうわけで、晴れて二人の婚姻が皇室に認められて、愛するレティシアと一緒になることができたんだが……。ヘルムート卿は誇り高い人だったから、片脚を失って……その、かなり気落ちしてしまってね」
その辺の事情は、お祖父様にとってかなり言いにくい事情だし、ヘルムート卿はわたしの祖父でもある。
「おおよそのことは聞いたわ。大聖堂に魔力抑制に通わなくなったのよね?」
悲しげな顔をした祖母が深い溜め息を一つ吐いた。
「最初の頃は、頻度は少なくても来ていらしたんだけど、段々と足が遠のくようになったの。そのうちこちらから屋敷まで訪ねるようになり、伺っても追い返されるようになって……」
お祖母様の肩を抱いたお祖父様が続けた。
「君のせいじゃない、と何度も言ったのに。まだ気が咎めているのかい? 我々のうちのどちらかのせいだとすれば、それは私のせいだよ」
「それこそ違うって言っているでしょう? あの恐ろしいスタンピードの時、聖力が枯渇しそうな私の前に二人がいて、片方は脚を失う寸前、一人は肺をやられて命を失う寸前だった……。もし、もう一度選択を迫られたとしても、私はあなたを助けることを選ぶわ」
お祖母様が瞳を潤ませながら、熱弁する姿を見て、こんなに強く人を想えるようになりたいと思った。
それに脚を失いかけている人と、命を失いかけている人が目の前にいたのなら、命を優先したお祖母様の選択に、誤りがあったとは思えない。
誰も間違えてなんかいない。
「お二人とも間違えたことなんて、していないですよ」
わたしの心の内を代弁してくれたのは真剣な目をしたロイだった。
「そうよね? わたしだったとしても同じ選択をしたと思う。お祖父様もお祖母様も間違えたりしていない」
「ありがとう。そう言ってくれてどんなに慰められることか……」
涙ぐんだお祖母様は遠い昔の、壮絶なスタンピードの時のことを思い返しているようだった。
「辺りはまさしく血の海で、唸るような魔獣の叫び声や騎士達の断末魔が響き渡る中で、張り詰めた糸一本でなんとか神経を保っている状態だったわ」
きっとそれは想像もできないような、酷い光景だったのだろう。
お祖母様が唇を強く噛み締め、まるで過去に引き戻されるように呟いた。
「その時は、再びそんな光景を見るとは思わなかった。しかも、帝都の広場で――」
「プラーナ・マルドゥークの血の大災厄ね」




