エピソード15 妄執の連鎖
ノルテモア侯爵夫妻が去った後も、父は一人罵詈雑言を吐き続けた。
酒気を帯びた目は赤く染まり、小声でぶつぶつと呟いていると思えば、急に大声で怒鳴る。その姿は狂気じみた憎悪を感じさせた。
客人がいなくなったサロンはそんな父の独壇場で、グラスを壁や床に投げつけて割ったり、椅子を蹴り倒すので、メイドや侍従は近寄れず、遠巻きにしていた。
継母も最初のうちは怯えたように身を竦めていたけれど、自分に被害が及ばないと判断すると、父の癇癪が落ち着くまで様子を見ることにしたらしい。
父から離れた席に座り直し、ワインを飲み始めた。
わたしも継母の隣に座り直す。
「お継母様、このままお父様の醜態を晒しているより、朝まで人払いしたほうがよろしいのでは?」
「偉そうに私に指図しないでくれる? これは……あなたや、あなたの母親が——あんな風にお父様に憎まれているからじゃないの。迷惑な話だわ」
良かれと思って口出ししたけれど、要らぬ怒りを買ってしまったようだ。
「すみません……。でも、そういえばお継母様、お父様の魔術をご覧になったことはありますか?」
「勿論あるわよ。当たり前でしょう? 煙草に火を点けたりだとか、冷めたお茶を温めたりだとか。今日はあなたもやってたじゃないの」
「そういう小さい魔術じゃなくて……」
何気なく訊ねた言葉が、継母にとっては無神経な一言だったようで、怒気を孕んだ眼差しを向けられた。
「小さい? 私みたいな弱小貴族家の者はね、そんな小さい魔術しか使えないのよ。カップ一杯のお茶を温めるのに一時間はかかるの。魔石を使った魔道具コンロのほうが余程効率がいいんだから、持っていても意味のない魔力よね」
まるで父の狂気を僅かに譲り受けたような台詞に舌先が凍りつきそうになる。
「あなたの母親は役立たずの聖女だったんでしょう? 私も少ない魔力しか持たない役立たずだと、生家で言われ続けていたわ……」
母は役立たずなんかじゃなかった。ノルテモア侯爵夫人の話を聞いていなかったのだろうか?
けれど、継母が何を言いたいのか気になったので、黙って聞き逃す。
「だからゲオルクに縋るしかなかった。言われたことは、なんだってやったし、断らなかった」
なんだって……というのは、なんのことかしら?
「でもゲオルクだって、昔は死んだ父や後追いした母から、散々魔力なしの役立たずだと貶されてたって、私には話してくれた。それだけ気を許してくれているのよ」
……父に、魔力がなかった……?
どういうこと? 聖女を娶れるほどの、魔獣討伐で力を示せるほどの魔力に恵まれていたのでは?
あれだけラヴォイエール一族の魔力を誇って生きてきたのに……?
わたしのことを貶していたのに、自分も同じように役立たずだと貶されていたというのだろうか?
わたしと同じように魔力に目覚めたのが遅かったということ?
けれど、わたしの場合は聖力のせいで発現が遅れていたのだ。聖力のない父にも同じことがあり得るんだろうか?
頭の中に疑問符がびっしりと浮かんでいた。
「でも昔はかなりの魔力量で魔獣討伐戦で活躍したって聞きましたけど……」
「そうだったわねぇ……。若い頃は相当活躍していた時期もあるらしいわね。酔うと『あの頃はよかった』と言うのが口癖だもの」
継母はそう聞いて、矛盾しているとは思わないのだろうか?
「まあ、あなたの母親に魔力を奪われてからは使えなかったみたいだけど」
どうでもいいことのように、継母は言い捨てる。
「私にとっては魔力なんて少しあればいいの。魔力が少なくても使える術だってある。あの人の役に立てた。だから……ゲオルクだって、私を捨てることなんて、絶対に——できやしないんだから」
晩餐の席であまり会話に加わらなかったけれど、思ったより継母が飲んだ酒量は多かったらしい。
酔いが回っていたせいで口が軽くなり、おかしなことを口走ったりもしたのかもしれない。
でも、継母の発言の中には、聞き流せない話が色々混ざっていて、わたしの疑問は減るどころか、増える一方だった。
ただの一晩で、色々なことを知り、混乱と動揺が胸に渦巻いている。
整理してみよう……。
混乱したままでは、時系列や因果関係を見直せない気がする。
まず、父の魔力は昔はなかったのに、ある時期になって発現し、母という聖女と婚姻したものの、後になって魔力は消失し、父の言を借りればそれは母に奪われた。
ヘルムートお祖父様が過去のスタンピードで片脚を失い、トルエンデの祖父母との間に確執ができた。
プラーナ・マルドゥークの大災厄はスタンピードではなかった。そしてヘルムートお祖父様の死に関係しているのかもしれない。
ヘルムートお祖父様は魔力暴発を起こした。
トルエンデのお祖父様がヘルムートお祖父様を焼き殺した。
確かなことも、知らされた以外のこともわからない。
ただ父に憎まれていること、これから先、利用される以上の不幸な出来事が自分に起こるかもしれないことはわかった。




