エピソード14 血縁という名の楔
——養女? 息子の嫁?
ノルテモア侯爵夫妻の仄めかしは、そういうことなのだろうか?
吃驚して言葉を失くしたわたしを見て、侯爵夫人は目を細めて微んだ。
「ごめんなさいね、驚かせてしまったわよね? あなたの目の前で交わすべき会話ではないかもしれない。つい先ほど出会ったばかりの私たちのこと——信じられないのもわかるわ」
侯爵夫人の謝罪にこくりと頷くと、彼女は続けた。
「以前からローレン聖女の娘のあなたのこと、どんな境遇にいるのかも、気になっていたの。実際に会ってみて、魔力をひけらかしもしないし——慎ましやかだけれど、芯が強そうなところに好感を持ったの」
「わたしなんかに、過ぎたお言葉です。けれど、ありがとうございます」
お世辞かもしれないけれど、こそばゆい言葉に顔が赤くなった。
「こうしてお父様の気持ちを知った上で、どうしたいのか考えてみてくれないかしら? あなたのお母様とは親しくしていたし、あなたの望むようにしてあげたい——そう私たちは考えているの」
侯爵夫妻は真剣な顔でわたしの反応を窺っている。
「はっきり言って、この屋敷はジュディリス令嬢が育つのに適しているとは思えない。不幸になるのがわかっているのに、令嬢をこのままにしてはおけない」
侯爵がそう伝えると、父は傲岸な顔つきのまま鼻を鳴らした。
「ご親切なことだ。しかし、よそ様の娘のことにお節介が過ぎるな。私の前で自分たちの方が娘を幸せにできるだの——口幅ったいとは思わないか?」
本当にこんな生活から抜け出せるのなら、今よりは幸せになれるだろうと思いつつ、父がどう答えるのか気になった。
「それをジュディリス令嬢自身に判断してもらうため、私たち夫婦の考えを誤解のないよう伝えたいと考えて、今こうして話している」
侯爵の話を聞いた父が、ワインを飲み干してグラスを置いた。
「ほう。ではもう少しはっきりと、望むことを教えてくれませんか?」
父は余裕をもった態度で侯爵を促した。
「ジュディリス令嬢に我がノルテモア家の養女になってもらいたいと思っている。もちろんお互いのことをよく知る時間もなかったし、不安ならこれから少しずつ会うようにして、時間をかけて決めてもらって構わない」
——養女にといっても……それは、なんの制約も受けずになれるものだろうか?
わたしの瞳に質問を読み取ったようで、夫人が補足してくれた。
「うちには三人の息子がいて、二人は独身よ。その一人は魔力に恵まれていて、一人は聖力に恵まれて聖職者への道を歩み始めているところなの……」
やっぱりゆくゆくは息子の嫁に、という話なのかしら……?
「その二人を伴侶として考えてくれてもいいと思うけれど、そこは、無理強いしたりするつもりはないわ」
とても良い話のように聞こえるけれど、将来彼らのどちらかに婚姻を申し込まれたとしたら、本当に断れるだろうか?
「あの……ありがたいお話とは思うのですが、いくら母のためとはいえ、よく知りもしないわたしのことを、どうしてそこまで養女に望んで下さるのですか?」
母のため、不憫だから——という理由だけでは、やはり首を縦に振ることはできない。
「あなたは賢いし、魔術にも秀でているわ。それに大聖女様の血筋なのだから、子に聖力が受け継がれる可能性もあるわ。私は一聖女として、国に有益な血筋を絶やさせてしまいたくないの」
「有益な……血筋、ですか……」
考えた以上に飾らない本音を示してくれた、ノルテモア侯爵夫人の言葉にたじろいだ。
「冷たく聞こえるかしら? 別に我が息子たちに限らず、あなたが良縁を結び、次世代へその血を繋いでくれたらいい、と考えてしまうのよ」
意外ではなかった。むしろ正直な考えを聞いて、信用できると感じた。
会ったばかりの彼らが、わたし個人にそこまで好意を持っているわけではないことは理解している。
けれど、利用価値だけを理由に養女として迎えられるのなら、そんな不確定なものに縋るような真似はできない。
たとえ、それでこんな屋敷から抜け出せるとしても、それでは彼らと対等な関係を築けない、と感じる。
「……断る。娘の希望云々の前に父親としての権限で断ることができるだろう?」
わたしが言葉を発する前に、父がそう返答した。
相手がトルエンデの祖父母なら断るだろうけれど、父にとっては、ちょうど良い厄介払いになるのではないのか?
父の真意を探ろうと、続く言葉に注意を払う。
「ここまで育てるのには、それなりに色々と注ぎ込んでいる。元は取り返さないと割に合わないだろう?」
耳を疑った。
ここまであからさまに——娘を金銭に換算することを恥じないなんて……。
わたしと同じく、ノルテモア侯爵夫妻も厚顔無恥な発言をする父を前に、毒気を抜かれたように、少しの間口を噤んだ。
「それなら、何か対価を用意すれば——養女に出すことを容認する、ということか?」
ノルテモア侯爵が再び口を開いた時、父は歪んだ笑みを浮かべた。
「いや……もう少し成長させれば、婚姻市場で高値がつくかもしれないだろう?」
これは……実の父親の台詞とも思えない。
「こう言ってはなんだが、君は令嬢に対して確執があり、憎悪に近い感情を持っている。早く手放したい考えではないのか?」
侯爵が核心をつく発言をした。
わたしは父の言葉を不安な気持ちで待つ。
翻弄されたくないけれど、今後の身の振り方を考えるには、この父の考えを理解しておかないといけない。
「早く手放してしまいたい気持ちも確かにある。だが……」
全員が自分の言葉を息を呑んで待つのを楽しむように、父はにやりと笑った……。
「この娘がどんな人生を歩むことになるのか、見守っている“者たち”がいると思うと、簡単に手放すのも惜しい気がする」
その言葉に、全身の肌が泡立つ気がした。
この先、どんな救いの前でも、わたしの足枷は父の強固な楔で地に打ちつけられたままなのだろうか?
あまりに残酷な未来に思わず呻き声が漏れそうになり、口を手で塞ぐ。
言葉にして憤ったのは、侯爵夫人だ。
「まだ足りないと言うの? ご自分の娘を悪魔に捧げるおつもりなの?」
「なんとでも言えばいい。法的に娘のことを決定する権利は、父親である私にあるんだ」
この言葉には、ノルテモア侯爵も声を荒げて反論した。
「君は人として間違っている。きっとこの先後悔することになるぞ」
けれど、父は憎悪の籠った表情を浮かべると、捲し立てた。
「父は誰のせいで魔力暴発を起こした? あの女だ!」
——魔力暴発?
ヘルムートお祖父様が?
言葉の意味を理解する前に、背筋が震えた。
「あいつが、大聖女が……父を捨て、重罪人の汚名を着せたんだ!」
すべてお祖母様のせいだと思っているの?
「父はあの女の夫に殺されて炎に焼かれて骨しか残らなかった」
——殺された?
事故ではなく……?
トルエンデの祖父母に対する、度を越した父の憎悪に鳥肌が立つ。
わたしはこんなにまで憎悪を向けられている人たちの孫なのだ。
こんな父からの愛情を望んでいた頃の幼い自分が哀れに思えてならなかった。
そんなもの、どれほど望んでも手に入るものではなかったのだ……。
「それに、あの女の娘、ローレンは私の魔力、誇りを奪い去ったんだ! 復讐して何が悪い?」
それを聞いた侯爵夫妻は一瞬顔を見合わせ、何かを飲み込むように黙した。
父の魔力については、果たして父の言葉は正しいのだろうか?
憎しみに囚われた果ての妄執か、思い込みなのではないだろうか?
父の興奮は一気に恨み言をぶちまけただけでは収まらず、聞くに耐えない罵詈雑言を撒き散らし続けた。
侯爵は長いため息を一つ吐いた後、面目ないという顔をして額に手をやった。
「今日はもう……まともな会話はできそうもないな。こんな状態で引き上げるのも申し訳ないが、私がここにいては火に油を注ぐことにしかならないだろう。冷静になった頃に、また話そうと手紙を出すことにするよ」
「いいえ、お陰で色々知りたかったことを知ることができました。ありがたいお申し出を感謝します」
侯爵夫人も去る前に哀しげな顔をして、暗い眼差しのわたしの肩を慰めるように、軽く抱きしめた。その温かさに計算ではなく真心を感じた。




