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背徳と呼ばれた令嬢ジュディリスは、聖力と魔力を併せ持つ大聖女の器でした  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード10 忘れたふりをしていた日

 初めてお祖母様とロイに出会ってから半年ほど経つ、十月のある晴れた日。


 聖歌隊に混ぜてもらって歌うわたしを残して、三人の姿が、いつの間にか礼拝堂から消えていた。


 司祭様の説話が終わった時、こそこそと席に戻ってくる三人を見た。一体どこに行っていたのだろう?


「どこに行っていたの?」


 訊ねるわたしに、澄ました顔でロイが答えた。

「……内緒だよ」


「え、なんで? 教えてよ」

「だから……内緒」


 わたしの頭にお祖父様が手を置いた。

「まあ、もうすぐわかるさ」


 お祖母様もくすりと笑いながら言う。

「そうよ、すぐにわかるわ」


 そんな風に、はぐらかす三人と歩きながら、いつも告解室の患者に会いにいくお祖母様がそのまま一緒にいることに気付く。


「あれ? お祖母さま、患者さんは?」


「え、ああ……、今日はちょっと早めにね。患者さんには司祭棟に集まってもらって、もう治癒を済ませてきたの」


 珍しいこともあると思った。


「だからさっきいなかったの?」


「そうなの。今日は森のほうに薬草採取に行かなくちゃいけなくてね。よかったら一緒に森に行って手伝ってくれないかしら?」


 お祖母様たちと一緒に森に出かけられるなんて、楽しそうだ。


「もちろん、お手伝いするわ! 薬草のことならお母様から教えてもらっていたもの。挿絵付きのノートもあるし……きっと役に立てるわ」


 薬草がたくさん生えているという森へ向かうために用意されていたのは、黒塗りの車体に百合の家紋が輝くトルエンデ伯爵家のタウンコーチだった。


 高く設えられた御者台は朱色のハンマークロスに引き立てられ、後方のランブルシートには正装をしたフットマンが腰掛け、籠がいくつも積まれている。


 薬草摘みに行くにしては、大袈裟すぎると思いながら、馬車の座席に腰を下ろした。


「なんだか……薬草摘みに行くにしては大がかりな様子ね」


「今日はちょっと……特別なんだ」

 お祖父様が笑みを含ませながら言う。


「楽しみにしているといいわ」

 お祖母様も頷きながらわたしの手を握ってくれる。


 馬車が石畳の街路を抜け、森へと続く道に入ると、弾んだ気分で窓の外を覗く。


「わくわくしているみたいだね、ジュディリス」


 向かいに座るロイが、そわそわするわたしの様子を優しく見つめて、笑いかけてくる。


「うん。……だって、こんな素敵な馬車で皆で出かけるのは、初めてだから」


「楽しみ……?」

「もちろん!」


 覗き見る外の景色は、秋の光にきらきらと彩られていた。枝先の葉は黄や朱に染まり、風に散った落ち葉がさらさらと舞い落ちる。


 やがて辿りついた小さな林間の広場では、フットマン達が手際よく敷物を広げ、積んでいた籠から料理を取り出して並べていく。


 ひときわ目を引いたのは、大きなケーキだった。クリームののった生地の上に、果物がしきつめられている。ナイフを入れると、中からクリームを挟んだ層が現れた。


「わあ……、なんて美味しそうなの!」

 声が弾む。


 お祖母様が微笑んだ。


「今日は特別な日ですもの。ご馳走を用意してあるから、たくさん食べてね」


「……え?」

 きょとんとするわたしに、お祖父様も楽しげに頷いた。

「十七歳の誕生日、「おめでとう」」


 二人に声を合わせて祝ってもらって、胸の奥がじんわりと熱くなる。


 母が亡くなってから、誰にも祝ってもらえなくなった誕生日。

 忘れたふりをしていた日だった。

 こんな素敵なピクニックを準備してくれていたなんて。


 ロイも手を叩いて、祝福してくれた。

「おめでとう、ジュディリス。今日は君が主役だ」


 わたしは慌ててスカートの裾を持ち、深々と三人に向かってカーテシーをした。


「皆——、ありがとうございます……!」


 感激で胸がいっぱいというのは、こういう気持ちなんだな……と感じた。


 ピクニックシートに腰を下ろすと、お祖父様は咳払いを一つしたあとに、少しあらたまった口調で話しだした。


 ラヴォイエール邸にずっと手紙を送り続けてきたこと。長い歳月対面できなかったわたしと会えて、今、言い表せないくらい嬉しく思っていること。


 話の言葉尻は、昂った感情に掠れていた。


 わたしは、父が母との暮らしに影を落としていた暗い側面には触れないように注意して、思い出を語った。


 母の口癖や明るい人柄についてのエピソードを語ると、「ローレンらしいわ」と祖母が懐かしそうに目を細めた。


「ところで、……涎が垂れてきそう。もう食べていいかしら?」


 お祖母様が笑いながら言った。

「もちろんよ! さあ食べましょう」


 そのあとも会話は弾んだ。


 ロイは甘い物がそんなに得意ではないので、小さく切り分けたケーキを上品に口に運ぼうとして、クリームたっぷりのケーキを頬張るわたしを見てくすりと笑う。


「満足そうだね。見てるだけで僕まで幸せな気分になるよ」


 そう言ってわたしを赤面させた。

 急に頬にクリームがついていないかが気になる。


 その時、祖父母が視線を交わし合った。


「さて……誕生日といえば、これがなくてはね」


 そう言ってお祖父様が差し出してくれたのは、上質な革の靴。艶やかで品のあるデザインに、ため息がこぼれるほどだ。


「うわぁ、なんて素敵なの!」

「これからは堂々と、自分の道を歩いていきなさい」


 足元から背筋が伸びる気がした。


「……はい! お祖父様、ありがとう」

 力を込めて頷く。


 続いてお祖母様が、丁寧に包まれた包みを手渡してくれる。


 開くと、薔薇色の柔らかなカーディガンが現れる。上質な糸で織られたそれは、ほんのりと花の香りをまとっているように思えた。


「寒い季節も、心まで温かく過ごせるように——と選んだの」

「お祖母様……嬉しい。ありがとうございます」


 お祖母様から贈られた薔薇色のカーディガンを胸にそっと抱きしめ、はにかみながら笑った。


 ……あれ?

 このカーディガンの刺繍——ユニコーンと鳥。


 それは、あの時イリーナが破ったナイトガウンと、同じ模様だった。


 胸の奥に、冷たい影が差し込む。




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