学校にて ーペンギン少女が揺れるときー
首の辺りから真っ二つに割れているそれは、ゲームと現実を繋ぐ空色の鎖
眠気を引きずったまま、ましろは校門をくぐった。
そういえば昨夜は一晩中ゲームの中と湯船の中にいたのだ。やっていることは前の一万円札の男こと福沢諭吉と変わらない。
おかげでいつにも増して太陽がまぶしい。肌に当たる光が、昨夜の湯船よりもずっとリアルで、重かった。
誰とも話さず、誰にも話しかけられずに昇降口を通り過ぎる。教室の扉を開けると、ざわざわとした朝の雑音が迎えた。
そこで彼女は、足を止める。窓際の席。太陽の光を真っ正面から浴びている一人の女子生徒。 ポニーテールの毛先が、自然に跳ねている。
福圓ふくえん陽菜ひな。
彼女は、ましろに気づいて、ぱっと笑った。「おはよ、ましろん!」
その笑顔――まぶしくて、まっすぐで、昨日ゲームの中で見たSolieの表情と、重なって見えた。
「……おはよう」
かろうじて返した声は、自分でもわかるほど小さく、掠れていた。 陽菜は体を伸ばしながら、ましろの机の方へ一歩、近づく。制服の袖から伸びた二の腕には、うっすら筋が浮かんでいた。運動部には所属してないのに運動部らしい、無駄のない身体。 姿勢も、立ち方も、記憶にあるSolieとそっくりで――。
(……まさか、ね) ありえない。
でも、どこかで確信めいた「何か」が、胸の奥を叩いていた。
「最近、新しいゲームを始めたんだ。けどなんか不思議でさ。内容はよく覚えてないのに、妙に疲れてて」
陽菜は軽く笑って言った。 陽菜は軽く笑って言った。ましろは、その言葉に、小さくまばたきをする。
「ゲーム……?」
「うん。探検家みたいにいろんな世界に行って、知らない人と話してて。でも、不思議と……あったかい気持ちだった」
あの、白金色に光る空間。風もないのに揺れていた髪。名前を呼ばれた、あの瞬間。
ましろの中で、いくつもの記憶が静かに、でも確かに繋がり始めていた。
「ましろん?」
「……ううん、なんでもない」
視線をそらして、カバンの中を探るふりをする。
――そのとき、ふと陽菜のかばんが目に入った。
薄い青のペンギン帽子、青い髪をした少し幻想的で透明感のある雰囲気の少女のキーホルダー。
首の辺りから真っ二つに割れているそれは、ましろが昨夜、Solieに納品した「ペンギン少女ソラ・アマノのアクセサリ」と――まったく同じデザインだった。
「……え?」
ましろの心臓が、ひときわ大きく跳ねる。けれど陽菜は、特に気に留める様子もなく、自分の席に戻っていった。
ちらりと見ると、陽菜のスマホが画面を煌めかせている。そこには、「オピニオデム」の幻想的なゲームのロゴが映っていた。
(陽菜、もしかして……あの世界に?)胸のざわめきは、ただの偶然ではないとましろに告げていた。
……まさか、あれが「現実」に届くことなんて、あるはずないのに。
「ペンギン少女ソラ・アマノ」のアクセサリ
完全に仮想空間の産物。それが“物理的”に現実世界で陽菜のカバンに付いている
仮想世界に逃げ込んでいると、現実がその境界を越えてきた。