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白い現実(お風呂シーンもありましゅ)

お風呂シーンです。もう説明はいらないでしょう(読者を舐めるな)

ログアウトの画面がフェードアウトし、室内の暗がりが現実へと切り替わっていた。ましろはごく浅く息をついた。電源を落としたモニターには、淡く自分の顔が映っている。無表情な、素の顔。興奮も、怒りも、何もない。


部屋の中はまだ夜の空気に包まれていた。時計の針は午前4時を指している。始発も動かない。誰も起きていない。この世界で、いちばん静かな時間。


ましろは椅子から立ち上がると、冷蔵庫から小さなパック入りのシチューを取り出し、電子レンジにかける。同時に、昨日のうちに買っておいた細長いフランスパンを二つに折って、軽くトースターで焼いた。ぽん、という小さな音と共に、パンの表面にきつね色の焼き目がつく。


シチューが温まる音を聞きながら、ましろは風呂場に向かった。この時間が好きだ。他の誰ともつながっていない、無音の時間。誰にも見られず、誰の声も聞かず、自分だけの匂いと湯気に包まれる時間。


バスタブにお湯を張っている間に、台所でシチューを器に移し、パンを一緒に持ち運ぶ。そして、そのまま──脱衣所の端に、トレーを置いた。


ましろには、ひとつだけ決めていることがある。「風呂に電子機器は持ち込まない」。ネットと現実をつなぎすぎると、どちらにも戻れなくなるから。お湯に浸かるときくらいは、人間の身体に戻っていたい。皮膚の感覚や、息をつく温度を、ちゃんと感じていたい。


…そう感じるようになったきっかけは、愛用してたタブレットを温泉のもとが入った湯船に落として壊してしまったことなのは秘密だ。




湯船の縁に肘をついて、ましろはスプーンでシチューをすくう。パンをちぎって浸し、くったりしたところを口に運ぶ。何も特別じゃない味。でも、ちゃんと温かい。


勝っている。スノウとして、オピニオデムで。botがきっちり働いてた。武器のリキャストも、スタミナ管理も完璧。見ていなくてもは最高効率で敵を潰してくれる。複雑な連携も、手元のショートカットとスクリプトで一発。そうした戦果は全て、ましろが普段から使うお金に変わり、同年代が躊躇するような買い物だって何も考えずにできる。これを勝利と言わずしてなんという。


──なぜか、まったく嬉しくなかった。


勝ったから、なに?負けたら困るけど、勝っても別に、何かが変わるわけじゃない。ましろはまた、パンを一口。ふやけた外皮が口の中で溶けていく。


ネットの中には、自分の代わりがいくらでもいる。誰かがBOTで彼女の代わりをやっても、きっと誰も気づかない。そして、自分も、誰の代わりにもなれない。


たぶん、それでいいとも思ってる。


夜が白み始める。ましろは湯の中で、ほんのわずかにまばたきをした。



湯船に体を沈める。肩まで、じっくりと。その瞬間、自分の体がどれだけ冷えていたのかを思い知る。


上半身を少し起こして、ましろはふと、自分の胸元に視線を落とす。白い肌に、わずかに水滴がきらめいている。胸は──たしかにある。けれど、そこから下は、くびれも薄く、腰も細すぎるくらいだ。


「……幼児体型、だよね」


そう口の中で呟いて、少しだけ笑った。自嘲でも、皮肉でもない。事実としての認識。


──服を着ていれば「華奢でおとなしそう」に見える。でも服を脱げば、どこか未完成な感じが残っている。脂肪は少ない。筋肉もない。目立った傷やあざもないけれど、「整っていない」のだ。


それでも、オピニオデムやそれ以外のSNSでは時々「スタイル良さそう」なんて言われたりする。アイコンの絵や、加工した写真が勝手にイメージを上げているだけだ。現実の彼女は、そんなコメントには「ありがとうございます」とだけ返して、スルーする。本当に見られたら、きっと失望される。


──でも、それでも。どこかで「見られてもいい」と思っている自分が、ごくわずかにいる。そう思えるのは、たぶんこの時間だけだ。


お湯に沈みながら、ふと、さっきの戦闘のことを思い返す。ゲームの中では、自分のスタイルは「最強」だった。見た目も、性能も、すべてが「理想」だった。


現実では──理想にはほど遠いけれど。それでも、生きてる実感があるだけ、まだマシかもしれない。

オピニオデムのスノウのボディは「最強で理想的」

ましろの身体は「整っていない」未完成なもの


そしてそれらはスイッチ一つで切り替え可能。コンプレックスがどんどん深くなる

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― 新着の感想 ―
アバターとの乖離、辛いですよね。
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