柔らかく、謎めいた出会い
退廃的なはずの世界。それがオピニオデム、その一部が夢のように美しく、柔らかな空気に変化している。
このゲームはユーザーの望む世界を作り出すといわれているが?
「ソップオブパトリオット 愛国者の太陽」
「フューチャーファンタジー 龍からの依頼」
それぞれの依頼主への納品を終え、
最後の依頼先に向かう途中ましろ――スノウは違和感を覚えた。
幾つものゲームが混線するオピニオデムの世界はいつも無機質で、さまざまな世界があるくせに、不思議と誰の記憶にも残らないような場所のはずだった。けれど今日は少し、空気が違った。
床は柔らかな白金色に光り、空にはぼんやりと薄雲が浮かんでいる。まるで、誰かの夢の中に入り込んだような静けさだった。
そして、中央に立つアバター。
名前は【Solie】
白と水色を基調にした軽装。細身で、肩にかかるロングヘアは、風もないのにふわりと揺れていた。
横顔を見た瞬間、ましろは思わず足を止めてしまう。
(……陽菜、に似てる?)
明るい茶色の髪はポニーテールに結われていて、毛先は自然に軽く跳ねている。
軽装からのぞく腕はまるでスポーツで鍛えられたような筋肉がうっすらと浮かび、たおやかな脚も同様に引き締まっている。
その髪の色も、立ち方も、どこか彼女を思わせる。けれど、すぐに頭の中でかき消した。
現実の陽菜が、こんな場所に来るはずがない。
「……こんにちは。スノウさん、ですよね?」
やわらかな声が、スノウの耳に届く。
ましろは短く頷いた。声は知らない。けれど、その口調には、不思議と馴染みのあるものを感じた。
「依頼してくれた人? 称号付きアカウント、準備できてるよ」
「うん。ありがとう。」
Solieは軽く頭を下げる。しぐさまで、やけに自然で――どこか人間くさかった。
RMTの取引は、これまでみたいに事務的なものになる。言葉なんて交わさなくても成立するのに。
「ほんとに、全部自分で育てたの?」
「一部はbot。でも、戦績とかランキング系は自分の手でやってる」
「やっぱり……。なんとなく、そう思ってた」
Solieはそう言って、小さく笑った。
まっすぐにこちらを見据える目は、笑うとまるで太陽のように眩しく輝く。
その笑顔に、ましろはまた一瞬、陽菜を思い出してしまう。似てる、というより「陽菜だったら、こう笑うかも」と思わせるような、そんな感覚。
健康的な肌はゲーム内の光を柔らかく反射し、軽装は白と水色を基調にしたもので、動きやすそうなデザインだ。風のない空間でも彼女の髪がふわりと揺れるのは、まるで現実に存在するかのような生命感を感じさせる。
「……ねえ、前から、あなたのこと見てたんだ」
唐突な言葉に、ましろは無意識に身構えた。
「……取引相手として?」
「ううん。スノウさんとして。もっと前から」
「どこで?」
「いろんなとこ。掲示板、ランキング……戦場でも、何度か見かけた気がする。
でも、直接こうして会うのは、はじめてだね」
言葉はやさしくて、でもましろの中に不思議なざわめきを残していった。
この人――もしかして、自分のことを知っている?
「あなたって……もしかして、前にどこかで……」
「会ってるかもしれないし、会ってないかもしれない」
Solieはいたずらっぽく笑って、指先で受け取り申請を送ってくる。
「南極探検セット一式」
ペンギン少女ソラ・アマノ・のアクセサリ。
ほぼ初期装備とも言えるシンプルなものだったが、なぜかその存在だけが、依頼の中で一際目を引いた。
Solieはそれを見て、驚きと懐かしさが入り混じった表情を浮かべた。
「こんな装備の依頼、珍しいよね」
スノウ――ましろはただ頷くしかなかった。
「データ、確かに受け取ったよ。これで、わたし……やっと先に進めるかもしれない」
「……そんなに、ここにいるの?」
「うん。……もう、夜も昼も関係なくなってて。
オピニオデムの音が、現実より近くにあるって思うようになったの」
Solieは、どこか遠くを見るように言った。
「……それって、ちょっと怖くない?」
「怖くないよ。だって、ここではちゃんと“見てもらえる”から。
現実では、わたし、誰にも見えてなかったから」
その言葉が、ましろの胸に鋭く刺さる。
まるで、自分の言葉のように聞こえた。
Solieはふと、少しだけ距離を縮めて、ましろのアバターをじっと見つめた。
その視線は、画面の向こうまで届いてくるようだった。
「でも、スノウさんは違う。見えてる人のプレイだった。……ずっと、憧れてたの」
「なんで、そんなこと……」
「ううん。理由は、まだ言えない。でも、またどこかで会えると思う。わたし、これからずっとここにいるから」
ログアウトのカウントが始まり、Solieの輪郭が淡く光り始める。
「――それと、ましろん」
ましろの心臓が、ぴくりと跳ねた。
Solieは、まるで秘密を教えるみたいな声で、最後にささやいた。
「また話そうね」
そのまま光に包まれて、彼女は静かに消えた。
ましろは、誰もいなくなったその場所に一人立ち尽くした。
胸の奥に、消えない違和感と、小さな熱が残っていた。
【Solie】。
軽装の身体、鍛えられた筋肉、ふわりと揺れる髪――その姿に、ましろはふと親友・陽菜の面影を重ねる。けれど、知らないはずの声と、まっすぐな視線。
それはまるで