オピニオデムへようこそ
浅梨ましろには、もうひとつの顔がある。
仮想世界。そこでは彼女は「スノウ」と名乗り、理想の肉体と完璧なスキルを持つ存在として生きている。
ましろがPCの前に座り、画面のログインボタンを押すと、まるで意識が引き込まれるように身体が軽く浮いた感覚が訪れた。
瞬間、視界がぐるりと歪み、気づけば雪景色の広がる世界の中に立っている。
ここが「オピニオデム」。彼女のもう一つの居場所であり、「スノウ」としての自分が生きるフィールドだ。
パーソナルスペースたる鏡のような凍った湖のほとりに映るスノウの姿は、現実のましろとはまるで違う。
筋肉の一つ一つがくっきりと浮き上がり、細く長い手足、華奢だけれど引き締まった理想的な体型。
「この瞬間だけは、ましろも“スノウ”になれる」——そんな確かな手ごたえが、胸の奥を満たしていった
視線を移すと、彼女の分身たちが複数、部屋のあちこちで動いている。
「ボットロン・ロット(Botron Rot)」
——昔から使っていた。つまりはお小遣いを稼いでいたbotたちがオピニオデムに来てからこの能力に変化していた。
自動制御されるbotたちが各ゲームのジャンルごとに異なる姿をとって働いている。
「ソップオブパトリオット 愛国者の太陽」つまり戦争ゲームの迷彩服をまとったスノウbotは、銃を抱えて広大な荒野を走り回り、
「グランドセフターズ オンラインファイブ」サイバーパンク世界のぴったりしたスーツ姿のスノウbotは、ネオンが煌めく街角で情報をかき集める。
「フューチャーファンタジー 龍からの依頼」ファンタジーゲームの西洋風の甲冑を着たスノウbotたちは、魔法の森で素材を収集しながら次々と敵を撃破していた。
こっちの世界で見るそのビジュアルは、華やかで見ていて楽しい。
けれど、ましろの胸に込み上げるのは、どこか複雑な感情だった。
迷彩服、西洋風の甲冑のスノウbotをそれぞれ引き連れ、最後に「南極探検セット一式」「ペンギン少女ソラ・アマノのアクセサリ」を携え、パーソナルスペースをでる
スノウの後ろに続くbotたちはスノウとまったく同じ理想的な体型を持ち、戦闘も収集も完璧にこなす。
その完璧な姿は、ましろが現実で感じる劣等感を容赦なく刺激する。
彼女が進む道すがら、風景は次第に混ざり合っていく。凍土の地面にはやがて、未来的な舗装道路が入り混じり、霧の向こうにはファンタジーの塔が見え隠れする。それぞれのゲームが混線する「オピニオデム」はジャンルの境界があいまいだ。
ファンタジーの塔のほぼ真下。約束の広場に着くと、無表情な男が待っていた。
言葉は交わさず、スノウは西洋風の甲冑のスノウbotに手をかざす
スノウbotは光に包まれると、納品する予定のアイテムデータ。称号や、ミリタリーゲームで稼いだお金の記録が内包された光球へと変化した。その光が手にわたり、中身を確かめた。やがて頷くと、すぐに去っていった。
スノウは視線を手元のメニューに落とし、入金通知を待つ。
……数秒後。ピロン、と高い音が鳴り、光の数字が宙に浮かぶ。
「これで、また資金が増えた」
心の中で繰り返す言葉は、どこか儚く、空虚に響いた。
現実では違法とされる取引も、かつてはグレーだったはずの取引もここでは日常。ゲームのきらびやかな画面の裏には、常に、黒い影が蠢いている。それでも、ましろはこの世界で「スノウ」であることを、まだやめられずにいた。現実の自分とは違う、理想の自分。
この仮想の中にしか、確かな存在感はなかった。
バイオ4の武器商人も、バイオ8のデュークも大好き、だからこんな生業に?
「ペンギン少女ソラ・アマノのアクセサリ」 これは一体?