恋愛偏差値ゼロの騎士団のおもりをしたら『恋愛指南大臣』に任命されました ~恋愛指南でバカ王子も論破~
私の名前はリュシア。
一見地味な王宮メイドだが。
――実は前世で恋愛シミュレーションを何百周も周回した乙女ゲーマー。
ある日、交通事故でゲームオーバー……気付けば異世界で孤児になっていた。
パンの端に歓喜しながら生き延びた孤児院時代。
私は読み書きを教わりながら、貴族向けマナー本を借り漁った。
五年後、王宮下働き採用試験が掲示される。
前世の知識を武器に、まさかの合格!
孤児としては異例の大出世だ。
最低限の寝床と三度の食事を得て胸を撫で下ろしたのも束の間。
配属先は剣と汗の巣窟──騎士団詰所。
そこは──剣や筋肉しか興味のない人たちの集まりだと聞いていた。
それが今、この私の人生を大きく変える出来事の始まりになるなんて……
◇◇◇◇
私の朝は早い。
といっても、王宮のメイドはみんな早起きだ。
朝の掃除、洗濯物の整理、雑用をこなしつつ、各担当の仕事に向かう。
私の担当先は騎士団詰所。
豪快な剣士たちが集まる場所だ。
毎朝、どこかから「ふんっ! はっ!」なんて気合いの声が聞こえてくる。
あ、暑苦しい……
そんなある日、私はうっかり足元に雑巾を置きっぱなしにしていた。
そこに、屈強な若手騎士のサイラスが踏みそうになって「うわっ」と飛びのく。
「ご、ごめんなさいっ!」
「いや、気にするな。この程度で怪我などしない」
そう言ってくれたサイラス。
筋肉はりはりの見た目に反して、ちょっと少年みたいな眼差しをしている。
私が慌てて雑巾を拾うと、サイラスは苦笑いで続けた。
「実はちょっと聞きたいことがあってな」
「はい? 何でしょう?」
するとサイラスは、唐突に耳を赤くしながらこう言ったのだ。
「今度デートに行くんだが…… 女の子って、どんな岩壁なら一緒に登りたいと思う?」
「へ?」
まったく意味がわからなくて、素の声が出てしまった。
サイラスが言うには、最近気になる女性がいるらしい。
でも彼は『剣しか愛せない硬派集団』と評される騎士団の一員。
でも、いくらなんでもデート案がワイルドすぎると思うんだ……
「岩壁登頂のデートなんて、女の子はあんまり喜ばないと思うんですが……」
「そうか? スリルがあって楽しいだろう?」
「い、いやいや、初めてのデートでそれは過激すぎじゃ……」
「そうか……。じゃあ昼食は岩壁の上でサンドイッチじゃ、やっぱりダメかな?」
「地点が危険すぎるから! 落ちたら大事故だし! 誰得なんですか!」
思わずツッコミまくってしまう私。
この筋肉むきむき、脳みそも筋肉なんじゃないかな……
笑いそうになりながらも、私の中で眠る前世の乙女ゲー脳が騒ぎ始める。
「……船を貸し切ってのふたりだけのディナーとかはどうでしょう?」
「ふ、船……? ああ、軍船なら騎士団が保有しているな」
「ぐ、軍船……?」
「あれを借りられれば、たしかにふたりきりになれる」
乙女ゲー脳が「素敵なナイトクルーズ」をイメージしていたのに……
いきなり軍船が登場。
まさかの本格派スケールに面食らいつつ、サイラスの目はキラキラしていた。
「すごいな! お前、いい発想を持ってるじゃないか!」
「えっと……まあ、ワイルドは変わらないかもですけど、女性ウケするようにきちんと準備してくださいね? 甲板にお花とか飾ったり、夕日が綺麗な時間を狙ってみたり……」
「なるほど、夕日! わかった、ありがとう!」
そして翌週。
サイラスは意気揚々と戻ってきて、私に満面の笑みでこう言った。
「お前のアドバイス、見事だったぞ! 彼女と付き合うことになった!」
「ほんとですか!?」
「俺も驚いたが、彼女は軍船の雄大さに感動したらしくてな。決め手はなんといっても、甲板に並べた花とシャンパンでの乾杯らしい」
そのまま、サイラスは「ありがとうな!」と照れ笑い。私も自分のことのように嬉しかった。
まさか、恋愛経験ゼロとはいえ、前世の乙女ゲー知識が役立つなんて……
こうして私の『恋愛指南役』としての大きな一歩が始まったのである。
◇◇◇◇
サイラスの恋路が成就したことを皮切りに、騎士たちが相談に押し寄せる。
「お前、サイラスにデートアドバイスしたんだって?」
「ちょっと俺にも頼む!」
私の立場はただのメイド……のはずが。
なぜか騎士団メンバーの恋愛相談役として引っ張りだこになってしまった。
「リュシアさん、俺さ、幼なじみのミーナに片想いしてるんだが……」
「はいはい、どんな子なんです?」
「可愛いんだ。でも俺たち、昔から家が隣同士で……全然、男女の意識とかない関係で……」
「幼なじみから恋人になるパターンは胸キュン路線ですね!」
「そこで、ミーナを誘うのに、村外れの狼退治ツアーはどうかと思ってる!」
「初デートで危険な魔物の退治ツアーはダメですって!」
「そ、そうか……?俺の男らしいところにキュンとしてもらって……」
「危険と隣り合わせじゃロマンスも吹き飛びますよ!」
「むぅ……そうか」
「王都の祭りに誘ってみるとかどうです? 夜景と一緒に帰り道で手をつなぐくらいが胸キュンですよ!」
「そ、そうか! 手をつなぐのか!」
すると、その騎士は斧を抱えたまま走り去っていく。
それから間もなく、鍛錬場で最強と名高い脳筋双子──ハンス&フリッツが揃って私の前に仁王立ちした。
「リュシア殿、拙者たちも恋の策を授けてほしい!」
「どちらのご相談?」
「ふたりとも惚れた相手がいる」
ハンスが剣を構えたまま言う。
「そこで決闘で勝ったほうが彼女と結婚、というプランはどうだ!」
「古代ロマンは認めますけど、当人の同意どこ行きました??」
私は盛大にツッコむ。
古代ギリシャのグラディエーターかな??
「勝手に決闘して勝手に結婚宣言なんて時代錯誤です!」
「むぅ、男らしいところを見せられるかと思ったんだが……」
「武術大会で彼女に優勝メダルを手渡しながら告白――くらいにソフト化しましょう」
「メダルか! そういう演出は斬新かもな!」
さらに、文武両道の副団長グレゴリーからも相談があった。
彼は真面目で冷静なイメージが強い。
「伯爵令嬢セレスティア。舞踏会でしか顔を合わせぬが、どうにも距離が縮まらん」
そこでグレゴリーは真顔で続けた。
「となれば、私が書いた三十七ページの恋愛論文を朗読し、彼女に感銘を与えるのは――」
「論文読み上げ!?」
椅子から転げそうになりつつ私は叫ぶ。
「理屈攻めは拒絶フラグです。その方はどういうタイプの方ですか?」
「エレガントで、音楽が好きだと聞いた」
「それなら、『フラッシュモブ』っていうのはどうでしょう?」
「……フ、フラッシュ……モブ? 何だそれは?」
「騎士団の仲間に手伝ってもらって、彼女の目の前でみんなでダンスを披露するんです!」
「ダンスか……」
「彼女が音楽好きなら、サプライズな演出は心に残るかもしれませんよ!」
「なるほど……確かに、仲間がいれば心強い…… よし、やってみるか」
こうして副団長グレゴリーは、仲間を集めてフラッシュモブ大作戦を敢行。
それも見事成功したようだ。
翌日には「彼女とめでたく婚約するかも……」という耳寄り情報が舞いこんできた。
私は正直、自分のアドバイスが成功するか半信半疑だった。
せいぜい、「こんな素敵なイベントあるよね~」くらいの気軽な提案。
だが、乙女的なイベントは、この世界の価値観に妙に刺さったらしい!
「お前、やっぱりすごいよ。恋愛メイド様だ!」
「ちょ、やめてくださいよ、その呼び名……!」
詰所は相談待ち行列が常態化した。
いつしか私は『恋愛メイド様』などと呼ばれる。
掃除用バケツより恋愛指南メモを持つ時間のほうが長くなるのだった……
◇◇◇◇
団員達が次々と恋愛成就を報告しに来る。
私の一日は恋愛相談の無限ループになりつつあった。
ところが、不思議と騎士団長ヴァルハルトと直接言葉を交わす機会はほとんどない。
彼は完璧な体格に漆黒の軍装、銀糸の髪をなびかせた生ける騎士像。
けれど堅物という評判通り、訓練と書類作業以外は人前に姿を見せない。
私の恋愛指南にも一切反応を示さなかった。
――そんなある日の昼休み。
詰所の裏庭に出た私は、思わず「んん?」と目をこすった。
長椅子に腰掛けた団長が、膝に毛糸玉を載せて何かを編んでいる……。
「……に、似合わない……」
思わず小声が漏れる。
あの鋼鉄の剣を振るう手が、細い棒針をカチャカチャ鳴らしているんだもの。
しかし本人は真剣そのもの、眉間にしわを寄せながら黙々と編み進めている。
私は結局声をかけそびれた。
夕方、伝達帳の回収で城門近くを通ったときのこと。
路地裏から「にゃあっ!」という鳴き声がして振り向くと――
「待て、こっちへ来い……」
夕陽を背にしたヴァルハルト団長。
棒の先にふわふわ毛糸玉をつけた猫じゃらしを振っていた。
どうやら昼間の編み物はこれだったらしい。
ごろごろと喉を鳴らす黒猫はうっとり団長の足もとを転がり回る。
彼は意外にも満面の笑みでじゃらしを操っている。
堅物とは思えない蕩けた表情だ。
ところが次の瞬間、猫がクルリと向きを変え団長の胸に飛び込む――
かと思いきや、爪を立てて「シャアッ!」と盛大にひっかき、すたこら逃走!
ばりっ!
「……っ!」
団長の胸元の軍装に鮮やかな三本線が走る。
残された猫じゃらしがパタリと落ちる。
ヴァルハルトは傷より精神的ダメージが大きいらしい。
微妙にうつむいたまま肩を落とした。
私は物陰からこっそりその一部始終を目撃し、思わず笑いを噛み殺す。
(堅物で恋愛に関心なさそうだけど……案外やさしくて、可愛い人かもしれない)
気付けば胸がほんのり温かい。
乙女ゲーではよくある『クール系攻略対象のギャップ萌え』というやつだろうか?
そう思いながら、私は再び相談ラッシュの戦場へと戻っていった。
◇◇◇◇
――そして、その日はいきなりやって来た。
「最近騎士どもの恋を成就させまくっているという『恋愛メイド』はあなたですか?」
「いえ、私はただのメイドで……」
「恋愛メイド殿、王子陛下がお呼びです」
「は……はぁ!?」
私の心臓はバクバク。
『恋愛メイド』呼ばわりはいいとして、相手が王子様だなんて。
震える膝をこらえつつ謁見の間へ通される。
すると、玉座の前に立つ青年の姿に目が吸い寄せられた。
鋭い金の双眸、長い睫毛、整った彫刻めいた横顔。
どこからどう見ても少女漫画の攻略対象のようだ――
これがアルトリア王国第一王子、レオンハルト殿下。
正直、顔面偏差値が高すぎて直視できない。
「お前が、噂のメイドか?」
「は、はい……この度は恐れ多くもお呼びだしをいただき、光栄に存じます……」
私はどうにも場違いで恐縮しきり。
そんな私に、王子は穏やかな笑みを向けてくれた。
「緊張しなくていい。実は来週行われる社交会で、隣国の姫に会うことになっている。その姫を何とか、私の妃として迎えたいのだが……どうすればいい?」
「お……妃……様?」
王子曰く、その姫は大変気高く聡明で、周囲の国からも求婚が絶えない名姫。
もし彼女と婚約できれば国益にも大いに貢献できる。
でも、王子の表情を見ればわかる。
『国益のため』だけではなく、それ以上に彼女に惹かれているという想いがある。
前世からずっと乙女ゲー的な恋の成就を夢見てきた身。
王子の真剣な眼差しを無視するなんてできない!
「それで、殿下は具体的にどんなプランを?」
「うむ、私は考えた。まず騎士団の号令でドラムロールを鳴らし、私が場内の天井からロープで降下。姫の頭上に着地したら、口上を述べつつ婚姻契約書を高らかに掲げる」
「………………」
耳を疑った。
どこの世界のプロポーズだろう……
私は恐る恐る口を開いた。
「殿下……大変申し上げにくいのですが、それは……その……」
「インパクトが足りぬか?」
「インパクトは過剰です!」
即答。思わず声が裏返る。
「姫様の真上に降って来たら、驚いて悲鳴ですし、最悪護衛に斬られます!」
「む……確かにそれは困るな」
殿下は顎に手を当て、真面目に考え込む。
「では、代わりに舞台を用意して私が炎の輪を跳び越え──」
「サーカスですか!?」
この王子、顔に見合わず残念な奴だなぁ……!?
私は急いで頭を回転させた。
美形王子様の残念プランの暴走を止めるのが私の役目だ。
でも、見た目はホントにかっこいいんだよね、この王子様……
この顔なら、王道のシチュエーションが刺さるのでは?
「殿下、お許しを。姫様は知性と品位を重んじるお方と聞いております」
「ああ、その通りだ」
「でしたら、派手な大道芸より距離を縮める王道ロマンスが効果的かと」
「王道ロマンス……?」
「はい。具体的には『壁ドン』でございます」
我ながら異世界で何を言っているんだ……
だが、乙女ゲー黄金イベントの威力は折り紙付きだ。
殿下は真剣に頷き、私から壁ドン講座を受けることになった。
そして、社交界当日。
見惚れるほど完璧な燕尾服姿の殿下。
私が書いた壁ドンメモをポケットに忍ばせ、姫の前へ。
ドンッ!
「姫、あなたを誰にも渡さない。俺の妃になってくれ」
「……は、はいっ!」
一瞬の驚愕の後、なんと姫の目はハートマークにならんばかりに潤んでいる!
炎の輪よりずっとスマートなプランで姫のハートは一撃必殺。
壁ドン大成功だ。
殿下は私に目配せし、まるで少年みたいな笑顔を浮かべる。
その場は大いに盛り上がり、王子と姫の結婚はほぼ内定という形で社交会が終了。
こうして、美形なのにデートセンスが残念だった王子様は無事に姫を射止めた。
こうして、私は王子の恋愛成就にも一役買うことになった。
しかし、今考えると……
壁ドンはゴンドラほどではないにせよ、相手を怒らせかねない行いだった。
外交問題になりかねない。
王子の美貌に救われた一幕であった。
これがさらなる大事件の引き金になるのだ。
◇◇◇◇
ある日、今度は国王陛下に呼び出される。
恐ろしい……
王子に入れ知恵したことで、そろそろ殺されるのだろうか……
そして、当日。
サロンに集められた文官と騎士たちの前で、国王陛下が朗々と布告を読み上げた。
「右メイド、リュシアを『恋愛指南大臣』に任ずる――」
(え、いま大臣って言いました!?)
脳内で絶叫する私をよそに、場内は拍手とざわめきで大盛り上がり。
「れ……恋愛指南大臣……? そんな大臣、聞いたことないんですけど……」
「お前が初めてだ。王子が直々に『彼女の知恵は国家の宝だ』と言っておられる」
辞令書には続きがある。
【本官は主として礼儀・恋愛関連儀式の助言に従事せよ。ただし行政権は有さず、毎月の俸禄は銀貨二十枚とする】
要するに名誉職。
肩書きは立派だが、権限はないようだ。
実務は「聞かれたら答える」程度。
けれど孤児出身の私にとって、銀貨二十枚は破格の上乗せだ。
素直に喜ぶことにした。
ただし、周囲の目線が明らかに変わったのは確かだ。
廊下ですれ違う侍女たちは「え、あの子が……?」と噂をする。
騎士たちは相変わらず恋愛相談を山のように持ってくる。
「おい、恋愛指南大臣殿! 俺にもアドバイスを頼む!」
「すごいな、お前。大臣になっても掃除してるのか?」
だって、形だけの大臣ですもの。
それに、なんだかんだ言って私はここ、騎士団詰所の空気が好きだ。
騎士団の人たちはみんな明るく、少し楽しい。
それに、みんなが喜んでくれるのを目にするのはやりがいがある。
◇◇◇◇
ある日の夕方、団長ヴァルハルトが腕を組み、部下の報告を受けていた。
「団長、その……今年は隊で結婚する者が続きまして。そろそろ団長も、ご自身の幸せをお考えになっては?」
茶化すでもなく、真剣そのものの問いかけだ。
ヴァルハルトは鍛え上げた体を包む漆黒の軍装に、銀糸の髪をひと束流す。
横顔は彫刻のように整っている。
文字どおり『絵になる騎士』
が、当の本人は「……むぅ」と低く唸ったきり口を閉ざす。
そして、深い瑠璃色の瞳を遠くへ向けた。
部下は気まずそうに頭をかき、会話はそこで終了。
(やっぱりかっこいいけど、女性には興味ないんだろうね……)
私は小さくため息をついてモップを取り直す。
大臣になっても仕事は山積みだ。
そして、団長の色恋は当分縁遠い――そう思っていた、このときまでは。
◇◇◇◇
その日も私は恋愛相談のメモを整理しながら廊下を歩いていた。
すると背後から低く澄んだ声。
「リュシア――少し、時間をくれ」
振り向いた瞬間、目の前には団長ヴァルハルト。
滅多に私に話しかけない彼が真正面から名指し!?
思わず「ひゃっ」と変な声が漏れ、メモ帳を取り落としそうになる。
「え、えっと、私でよろしいんでしょうか?」
「……来てほしい場所がある」
戸惑いながら案内されたのは、騎士団が演習に使うはずの軍船。
が、甲板には絨毯とランタン、色とりどりの花が飾られる。
そしてマストには金糸のタペストリー。
まるで豪華客船のナイトクルーズ仕様だ。
「こ、これは……」
「お前が『船でふたりきりのディナー』を理想と言っていたと聞いた。船は軍船だが、内装は整えた」
案内されるまま船室に入ると、長い食卓に銀の燭台。
見事なフルコースの前菜が湯気を立てている。
二人きり。
距離、近すぎ。
心臓、爆発寸前。
それでも必死に会話をつないでデザートに辿り着いた頃、扉がバンと開く。
「団長、合図を!」
現れたのは正装した騎士たち。
次の瞬間、甲板に飛び出した彼らが月光の下で剣を抜き、きらめく剣舞を始めた。
――そう、私が副団長に指南した「フラッシュモブでロマン演出」そのまま!
しかも中央の踊り手にヴァルハルト自身が加わる。
そして、黒髪をなびかせながら回転斬りで舞い収める。
鼓動の速さはもはや軍馬並みだ。
剣舞が終わると、騎士たちは音もなく退場する。
甲板に残されたのは私と団長だけ。
しん、とした海風の中。
彼はコートを翻し一歩、また一歩と近付く。
ごん――!
硬い甲板の梁に彼の手が突き刺さる。
壁ドンならぬマストドン!?
真夜中の海を背景に見上げた横顔は、灯りに照らされて彫像のよう。
「お前が団員たちを幸せにしていくのを見て、感謝と尊敬の念は日に日に強くなっていった」
「は、はい……ありがとう……ございます……」
「そして今日、お前が団員に与えた全ての『素敵』を、お前自身に返したかった」
深い瑠璃の瞳に射抜かれて動けない。
団長は低く、はっきりと言った。
「リュシア。俺の姫になれ――共に生きてほしい」
私が今まで「こういうシチュエーション素敵!」と力説し。
そして、騎士たちに実践させてきた要素。
クルーズ、フラッシュモブ、壁ドン……
全部盛りで目の前に!
好きだったはずの演出が、団長の美貌を添えて雪崩れ込む。
心臓はバクバク、頭は真っ白。
気づけば唇が勝手に動いていた。
「しょ、しょうがないなぁ……じゃあ、結婚してあげてもいいんだからね?」
――ツンデレヒロインか私は!
でも出てしまったものは仕方ない。
団長は一瞬きょとんとし、すぐに静かな笑みを浮かべると私を抱き寄せた。
銀色の髪が肩に触れた瞬間、遠くで花火が上がる。
きっと団員が私の花火フィナーレ案まで採用したに違いない。
海面に映る光の粒の中、私は震える手で団長の背をそっと掴んだ。
(これって……最高難度ルートのグランドエンディングじゃない?)
乙女ゲーマーの血が歓喜に震える。
一方で、現実の鼓動はもっと速く、もっと甘い。
こうして私は、誰より豪華な演出で『攻略』され、人生最大のトゥルーエンドへ踏み出したのだった。
◇◇◇◇
そして後日、王子の婚約成立と並んで、団長と私の婚約も公式に発表。
国王や王子からも「めでたいことだ!」と盛大に祝福された。
まさかの宮廷公式の祝賀式まで開かれることに。
私が華やかなドレスを着て、慣れないパーティ会場に立つ。
そこには騎士団の面々が勢ぞろいで拍手してくれる。
「よ、恋愛指南大臣!」
「団長夫人、万歳!」
ひっきりなしに声をかけられ、私は照れ笑いしかできない。
隣を見れば、ヴァルハルトは誇らしげに私の肩に手を添えてくれる。
「まさか、こんなに大勢に祝福される立場になるなんて、思ってませんでした……」
「それだけお前がみんなを幸せに導いてきたということだ」
彼は真剣な顔で言って、私を見つめる。
夫婦。
その言葉だけで頬が熱くなる。
だが照れている暇もなく、あちらこちらから依頼が飛び込んでくる。
「恋愛指南大臣殿! 次は我が令息の縁談を!」
私はドレスの裾を踏みそうになりながら応対に奔走した。
――名誉職でも仕事は山積みらしい。
「リュシア、大臣の仕事はどうだ?」
「陛下御夫妻の銀婚式サプライズがありそうです」
「それは壮大だな。俺も手を貸そう」
「では、フラッシュモブ騎士隊をお借りします」
「任せろ」
額を合わせて笑い合う私たちの頭上で、王都の夜空が花火で彩られた。
――乙女ゲーマーの私が憧れていたグランドエンディングは。
どうやらここで完成したようだ。
でも物語はエンドロールを迎えるどころか、新しいシナリオが幕を開ける。
恋愛指南大臣としてはまだ実績はないし、団長夫人としての務めも未知数。
「俺は、お前を一生守り抜く。お前が団員たちに与えた『幸せ』を、俺がお前に返していく」
「は、はい……ありがとうございます」
月光の下でかわす口づけは。
剣舞より派手な演出こそないけれど、胸に響く温度は何倍も強かった。