彼は欲張りである
言いなり王子のカリス・マーゴックのストッパーの話。
彼は欲張りである。
「ノーチラス嬢。俺と結婚を前提にお付き合いしてください」
千本ぐらいありそうな薔薇を携えて、カリス・マーゴックは意中の女性に告白する。
「じょ……」
厚い瓶底眼鏡を掛けた三つ編みの冴えない女子生徒に、
「冗談ですかっ。それとも人を揶揄っているんですかっ!!」
怒りを顕わにしてノーチラス・グラス伯爵令嬢は逃げて行ってしまった。
「あ……」
逃げられたことで意気消沈している生徒を放っておく事は出来なかったので、
「――一緒にお茶でもどうだい?」
と窓から顔を出して誘ってみる。
「オリヴァー教授……」
まったく。真面目なマーゴック副会長とは思えないくらい消沈している顔だなとつい同情してしまう。
「グラス伯爵令嬢は、幼いころから男性に虐められていて、男性不信だからね。あんなにたくさんの薔薇を持っていって告白しても罰ゲームとか揶揄っているとしか思わないよ」
彼女には双子の妹がいて、その妹は可憐で愛らしいと評判だ。そんな妹を持ったノーチラス嬢は妹の出がらしと言われ続けてきたのだ。
「妹……?」
「おや、有名だよ。C組の秋桜と呼ばれている少女」
「………そんな人いましたっけ?」
どうやら本気で知らないようだ。
「C組……C組……」
まあ、知らないか。成績順でクラス分けしてあってS組の彼では成績最下位のC組はあまり顔と名前と……ましてや異名など知らないか。
「すみません。きちんと覚えていなかったです……」
生徒会副会長なのにと頭を抱えている様を見て、
「マーゴックらしくないなと思ったけど、君もそういうところはマーゴック家だね」
恋愛に関しては思いっきり反対方向に全力で舵きっているところが。
「それとも、君のストッパーはこの手のことに不向きなのかな」
マーゴック家には彼らを抑えるストッパーがいる。本能で選ぶとか……。
「恋愛のれの字も知らないので。――それにしても詳しいですね」
「まあね。――生徒のことを知っておくのも教師の務めでしょうしね」
学生時代。まあ、いろんなことがあって追い詰められていた自分を助けてくれた教師がいた。それがきっかけで教師になったのだ。
「とりあえず、地道に手紙とか些細な物を送っておく。後、好きになったきっかけの話をきちんと言えば理解してもらえるかもしれないと思うよ」
とりあえずこれくらいアドバイスはしておく。
「…………」
じっとこっちを見てくるマーゴックが瞬きをしていないのでかなり怖い。
「お~い」
どうしたと目の前で手をひらひらと動かすと。
「――オリヴァー教授。俺の家で働きませんか?」
「はいっ⁉」
いきなり何を言い出すんだ。
「俺のストッパーからの助言で、【ストッパーは最低三人もった方がいい。ストッパーも人間で間違えることがあるから三人いれば間違えても正せる】」
「すごいこと言うストッパーだな……。従者か何かか」
「いえ、領地にある孤児院の子供です。子供だからずけずけ言えると容赦ない言葉を言ってくるのですが、俺に仕えてほしいと頼むと【大人になって欲が生まれたらここまで言えるか分からないからお前の側にいたくない】と言われて、その際に告げられた条件なんです」
「すごい子供もいたもんだな……」
なんだそいつ天才か。
「で、その時思ったんです。ストッパーを三人探せと言われたので、一人目をそいつ。二人目をそいつに対して偏見を持たずにただの子供として接した女性。三人目をその女性と仲良くなる方法をアドバイスしてくれた人にしようと」
「待て待て待て」
とんでもないこと聞かされたぞ。
「オリヴァー教授のアドバイスに従って、ノーチラス嬢に好きになった理由をしっかり伝えて手紙から初めてみます。ありがとうございます!!」
晴れやかな笑顔で頭を下げて出て行こうとするので、
「さっき花束を持って迫ったやつがその日のうちに手紙出したら引くだろう!! せめて一晩おけっ!!」
と、慌てて止めに入った。
それから毎日進捗を聞いた……いや、聞かされた。
「もともと好きになった理由は、ノヴァに本を読ませたくて国立図書館に行ったんです。ノヴァならきっと喜んでもらえると」
「ああ、近くに人気のカフェがあったな。貴族令嬢御用達の」
「ノヴァが遠慮したのを素直に聞いてしまったのが悪かったんですよね。ノヴァは孤児院で支給された服のままそこで本を読んでいたんです」
ああ、絡まれたのか。
「ノヴァのためにと飲み物を買いに行っている間に貧乏人が来るなとかそんなことを言われていて、そのノヴァを庇ってくれたのが」
「………ノーチラス・グラス伯爵令嬢だったってわけか」
きらきらと目を輝かせてそん時の話をするマーゴットに、
「ならば、そのノヴァ君と一緒にお礼を言いに行ったらどうだ。それなら分かりやすいだろう」
「なるほど。――教授。やっぱり俺の側近として」
「学生が生意気な口を言うな」
ぺしっと額を叩いて、お茶のおかわりを入れる。
なんだかんだで絆されている気がするが、だからってやすやすと頷くわけない。釘を刺しておかないとな。
「教授。行って正解でした。あの時ノヴァを追い出そうとした女がノーチラス嬢の双子の妹で……ノーチラス嬢は」
「…………」
ああ、姉妹格差で冷遇されていたからな。
「で、ノーチラス嬢のことを心から慕っていることと婚約を考えているときちんと伝えておきました」
「その場で引いたのか」
「はい。――それからの家族の動きを見るのも大事だと言われて」
「なるほど」
態度を改めればいい。だけど、改めなければ……。
「こういう時はいとこの権力を借りてもいいと思うぞ」
大人の卑怯なアドバイスに、第三王子のいとこは王子とそっくりな顔に企んでいるような笑みを浮かべて――。
そこからは快進撃で、あいつは見事想い人を手に入れるためにまずノーチラス嬢をとある貴族の養女にしてから。その後、グラス家が行っていた不祥事を発見してそれを第三王子に報告。グラス家は処刑された。
(うん。手加減を知らないマーゴック家だな)
そんなマーゴック家の跡取りが欲しいと思った人材を逃がすわけなく。
「学生のうちに寝言を言うなと言われたので」
卒業後、こっちの欲しい餌を吊り下げてスカウトに来た。
ほんと、カリス・マーゴックは欲張りだ。
ストッパー一号ノヴァ君。孤児院に暮らす子供将来はマーゴック家の執事にさせられる。
ストッパー二号。ノーチラス嬢。姉妹格差する家から脱出して養女に。その後結婚。
ストッパー三号。オリヴァー教授。卒業したカリスにとっ掴まる。