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青い春は存在しない

作者: 畝澄ヒナ

待ちに待った高校生活、ついにこの時がやって来たんだ。

進学したい学校、毎年第一位の時春(ときはる)高校に俺は入学することに決めた。卒業生から聞くのは、時春高校に入れば、絶対に悔いのない青春を送ることが出来る、という夢みたいな感想ばかりだ。

(たすき)、今日入学式でしょう? 遅刻するわよ!」

「分かってるって!」

母さんが階段の下から俺の名前を呼び、朝食の支度をしてくれている。

俺は急いで制服に着替え、階段を駆け下り、用意された朝食を秒で食べきった。

「相変わらず落ち着きのない子ねえ」

「ごちそうさま! じゃあ、行ってきます!」

母さんの心配もよそに、俺は鞄を持って玄関を飛び出した。


昨日は楽しみであまり眠れなかった。せっかくの高校デビューはどんな髪型にしようかと迷ったが、結局いつも通りの、寝癖が全体にまとわりついた黒髪で登校することにした。要は、面倒くさかったのだ。

「君は、時春高校の生徒かい?」

「え、あ、はい!」

気の強そうなスーツの女性に声を掛けられた。俺は慌てて返事をする。

「そうか、良い青春を送れるといいね」

その女性は笑顔を見せ、長いポニーテールを揺らしながら去っていった。

「何だったんだ、あの人」

よく分からないまま高校に到着、順調に入学式を終えて、俺たち新入生はそれぞれの教室に案内された。そして、数分後に教室に入ってきた教師に、俺は目を疑った。

「初めまして。私はこのクラスの担任の三沢晶子(みさわしょうこ)だ。クラス変更は行われないから、三年間、同じメンバーでのんびりやっていこうじゃないか」

この担任、登校時に声を掛けてきたあの女性だ。この学校の教師だったのか。

ここから俺の夢の高校生活が、青春が始まるんだ。


一学期は交流を深めるための課外学習を経験し、各教科での授業スタイルを覚えていき、放課後はたくさんの部活勧誘が行われていた。中学の時は野球部だったが、今回は気分を変えてサッカー部を選んだ。

「君、センスあるね!」

「ありがとうございます!」

サッカーは未経験のはずだが、意外と上手くでき、先輩にもセンスがあると褒められた。

厳しい練習をこなし、俺はレギュラーメンバーに選ばれ、夏の全国大会出場を夢見て頑張った。


夏休みに入り、クラスの友達や部活のメンバーとの思い出作りは楽しいものだった。海水浴や花火大会を楽しみ、ギリギリまで溜め込んだ宿題には、毎度苦戦したもんだ。

「こんな日常が、ずっと続けばいいのにな」

ふと、友達がそんなことを言った。

「ああ、そうだな」

俺も共感して相槌を打った。


二学期は学園祭、二年生で修学旅行を経験した。もちろん行事だけでなく、中間テストと期末テストは、一夜漬けで知識を詰め込んだ。

「襷は成績優秀で、本当に羨ましいよ」

「いやあ、勉強って分かると結構楽しいもんだぞ」

テストは簡単ではなかったが、俺は毎回高得点をたたき出し、成績はどの学年になってもトップになった。大学推薦は確実と言われている。

部活ではエースで、何回か取材を受けるほど俺は才能を見出した。スポーツ推薦は確実と言われている。


冬休みに入り、クリスマスは友達とパーティー、年越しは部活のメンバーと神社でカウントダウン、初詣を楽しんだ。甘酒は、いつまで経っても好きになれないな。

宿題は案の定、ギリギリまで溜め込む始末だ。


三学期は皆が受験に追われる中、俺はどこの大学の推薦を受けるか決めかねていた。勉強を取るか、部活を取るか、本当に悩ましい。

「お前らは、進路どうするんだ?」

友達にそれとなく聞いてみる。

「幼い頃からの夢があるから、入学した時点でもう決めてたよ」

「勉強も部活もいまいちだし、なんならずっとこのままでいたい気分だわ」

俺には、これといった夢はない。かと言って、勉強と部活で困ったこともない。特に何もないなら、友達と同じ大学にでも行こうかな。


ついに卒業の時が来た。考えれば、入学してから三年間はあっという間だった。卒業証書は代表者が受け取り、校歌を歌って卒業式は幕を閉じた。

「寂しくなるなあ」

「別に一生の別れってわけでもないだろ?」

俺たちが談笑していると、近づいてくる人影が見えた。

「君たちなら、きっとまた会えるさ」

「先生……」

三沢先生は、あの日と同じく儚げな笑顔を浮かべていた。

学校から帰り、両親から卒業祝いをもらって、俺は一日を終えてベッドに入る。

俺はもう満足だ。いや、一つ心残りがあるとするなら、恋人ぐらいは欲しかったかな。


窓から光が差し込んでいる。いつの間にか寝ていたようだ。

「襷、今日入学式でしょう? 遅刻するわよ!」

階段下から母さんの声がする。そうか、大学の入学式だっけ。しかし、ベッドの横には時春高校の制服が律儀に畳まれていた。

「母さん? なんで制服が置いてあるの?」

「何言ってるのよ。今日は高校の入学式でしょう? 寝ぼけてないで、早く準備しなさい」

どういうことだ、そんなはずはない。高校は卒業したはずだ。

俺は訳が分からず、とりあえず制服に着替え、朝食も食べずに玄関を飛び出した。

「君は、時春高校の生徒かい?」

三沢先生だ。こんなところで何をしているんだ。

「先生……どうしてここに……」

「おや? 珍しい。私のことを覚えているのか」

あの日に見た笑顔とは、何かが違った。

「もちろんです! 俺は卒業して……朝起きたらよく分からないことになってたんです……!」

「そうかそうか、分かるよ。君は何回目だい?」

何回目……? 先生が何を言っているのか分からない。

「ど、どういう意味ですか?」

「ああ、そこまでは気づいていないのか。まあ、ここまで自力で来ただけ褒めてやろう」

もしかして、この不思議な現象は、三沢先生が引き起こしているのか?

「説明してください! 先生の仕業なんですか?」

「おいおい、自分の愚かさを私のせいにするんじゃない。仕方ない、ネタばらしをしてほしいなら、放課後、生徒指導室に来るといい」

先生はそう言って、学校に向かっていった。

俺はまだ何も理解できないまま、既視感のレールを歩いていくしかなかった。


三年前に見た光景と全く同じ入学式を終え、チュートリアルをクリアし、俺は生徒指導室へと向かった。

「三沢先生、説明してくれますよね」

「そう焦るもんじゃない。のんびり話していこうじゃないか」

先生はゆっくりと語り出した。


進学したい学校第一位の時春高校。その正体は、入学から卒業までを延々と繰り返す、タイムループする高校だった。

「正しく言えばタイムループではないんだけども」

「でも、俺は実際、同じ時をもう一度繰り返しているんですよね」

通常、この現象に気づく生徒はいないらしい。その理由は、生徒の記憶は毎回リセットされるから。じゃあ、なぜ俺の記憶はリセットされなかったのだろう。

「君は多分、中途半端に満足してしまったんだ。本来、この高校生活で満足した生徒は、何も気づかずこのループから抜け出せるんだが」

そうだ。俺は勉強も部活も申し分ないくらいに制覇し、満足したはずだった。しかし、卒業式の日に思ったのは、『恋人がいない』という心残りだった。

「俺も抜け出したいです。どうやったらこの状況を終わらせることが出来るんですか」

「残念ながら、一度入学してしまったら、卒業するまでループを抜け出すことは出来ない。卒業の時点で満足すれば、君の高校生活、偽物の青春は終わるのさ」

先生は言う。これは俺の、俺たちの身勝手が引き起こした惨状だと。

「俺は関係ない! 俺は普通の青春を送りたかっただけだ!」

「でも、思ってしまったんだろう? 『この時がずっと続けばいい』と。誰もが一度はそう思うかもしれないが、果たして、それは本当に『青春』と言えるのかい?」

生徒の強すぎる想いが、現実を捻じ曲げたっていうのか。そんなの、俺は望んでいない。

「もし、一生抜け出せなかったら、どうなるんですか……」

「良い質問だ。時間を繰り返しているように見えて、実は記憶を書き換えているだけで身体の時間は進んでいる。しかしだな、人には必ず寿命というものがあるだろう? 永遠なんてない」

先生ははっきりと答えを示してくれない。

「つまり、どういうことですか」

「楽しい偽物の青春に囚われたまま、死を迎えるということさ」

俺は間違っていると思いながらも、それも一つの幸せなのではないかと、一瞬思ってしまった。

「私はね、もう十年以上、生徒たちを見てきたんだ。言っていなかったが、教師は全員この現象に気づいている。そもそも、教師には記憶の書き換えが適用されないからね」

「生徒だけが、都合のいいように過ごしている……ということですか」

先生の笑顔の意味が、ようやく分かったような気がする。きっと俺たちを憐れんでいて、また同じような生徒たちが溢れていく、そう呆れていたのだ。

「さあ、私が説明できることはもうない。精々、抜け出せるまであがいてみるといい」

「……はい」

俺は何も言い返せなかった。全てを知った俺に残ったのは、既視感の日常と、青春などもう存在していないという、事実だけだった。


あれから俺は何度繰り返しただろう。

もう満足したはずだ。全ての部活に入り、テストは全て百点、恋人だって何人作ったことだろう。

なのに、なのに抜け出せない。

三沢先生は俺に憐れみの笑顔を向けるだけで、必要な会話以外してくれなくなった。しかし、毎回入学式で俺を見つけると、耳元でこっそりと囁くんだ。

「まだ、彷徨っているんだな」

何が正解なんだ、どうしたら抜け出すことができる? 俺は未来を生きたいだけだ。

ある日、俺は見覚えのあるスーツ姿の男性を見かけた。それは間違いなく、かつての友達だった。

「あ、あの……」

「ん? なんだ高校生か。何か用かな?」

「た、襷っていう人をご存じですか……!」

俺は少しでも、誰かと思い出を語りたかった。

「ごめん、ちょっと分からないかな。僕、急いでるからもう行くよ」

ああ、誰も俺を覚えていないのか。俺は散々に思い知った。

あの一度きりの日常が、本物の青春だったのだと。

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― 新着の感想 ―
恐ろしい......。 これ大半の人が抜け出せなさそうな気がするのですが......。
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