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キス未遂

 相変わらず手持ちの服を悩んで選び、今日は市立図書館へ向かうことになっていたので自転車で向かう。

 颯太の家からはさほど離れていないが、灯里の家からは結構距離があるので、ちょっと早めに家を出て、途中で飲み物を買って市立図書館へ向かった。

 図書館へ着くと、颯太はまだ来ていないようだった。たぶん遅れてくるだろうと思い、暑いので図書館の入り口の中でしばらく待っていると颯太から、今着いた、とメールが来た。中に入って待ってると送ると、すぐに颯太がやってきた。


「ごめん、遅れた」

「大丈夫。今来たところだから」

「ならいいけど。席、空いてるかな?」

 カバンを持って颯太は中へ入っていく。灯里もそのあとを追った。

 一人でできる机はすでにいっぱいだったので、数人で座れる席に二人で向かい合わせに座った。ほかにも高校生や大学生らしき人が無言で勉強している。


「ここでいいよな」

「うん」

 小声で会話して、勉強道具を取り出す。時折お互いに質問しあって、それ以外は集中して勉強をつづけた。昼に差し掛かったころ、「あ」と颯太が声をあげた。

「どうしたの?」

「今、俺の腹時計が鳴った」

 颯太は自分の腹をさすりながら苦笑いを浮かべる。


「そろそろお昼にしようか」

「…だな」

 二人は勉強道具をしまってカバンに入れると、図書館を出た。コンビニが近くにあるのでそこでお弁当を買って、市立図書館の公園で食べようということになった。灯里はサンドイッチを、颯太はカルビ弁当を買ってコンビニから図書館へ戻る。背の高い木がある下にベンチがあるので、木陰になっているので涼しい風が吹いた。


「それだけで足りる?」

 カルビ弁当を空にした颯太はウーロン茶を飲みながらまだサンドイッチを食べている灯里に確かめる。

「足りるよ。颯太くんこそ、足りるの?」

 男子はなんとなくすごくたくさん食べるイメージがある灯里だった。

「俺はこれでちょうどいい。それにあんまり食べると、眠くなるし」

「颯太くん、保健体育の時間よく寝てるよね」

 灯里はペットボトルのお茶を飲みながら思い出して笑った。

「だって、保健体育いつも昼休みの後じゃん。寝ろっていってるようなもんだよなあ」

 颯太はため息をはいてうーん、と背伸びをした。

「体育の西原先生、いつも颯太くんの髪の色のこと言ってるよね。どうして颯太くんは金髪にしてるの?」

「だって、灯里これが好きって言ったじゃん」

「それは私がそう言う前からでしょ」

 灯里が呆れたように言うと、颯太は髪の毛を触りながら、昔さ、とぽつぽと話し出した。


「うちのおかんに言われたわけ。おまえは父親に似てるって」

「…? 普通、そうじゃない?」

「それがさあ」

 颯太はおおげさにため息を吐いた。

「俺、不倫相手の子なの。親父は妻子ある人だったらしくて、うちのおかんとは当然結婚する気なんかなくて遊びだったのに、おかんがどうしても俺を生むって頑張って、親父の前から逃げたんだって」

「颯太くんはおとうさんに会ったことないの?」

「全然。認知もしてもらってないから、俺嫡出子じゃないんだ」

 あっけらかんとして話す颯太に、灯里はただ呆然とするばかりだ。


「そんで、ある日おかんに言われたの。俺がどんどんおとうさんに似てくるのが怖いって」

「怖い? どうして?」

「さあ…。親父に俺の存在を知られるのが怖いのかも。で、だったらどうすれば似なくなるかなあって考えたら、これが一番手っ取り早かった。だから学校からいろいろ言われても変えられないんだ」

 颯太は自分の金髪を引っ張って笑ってみせる。灯里はなんだか急に胸が締め付けられるようだった。


「…颯太くんはやさしいね」

「俺? 俺、いつもやさしいでしょ」

 茶化すように言う颯太に、灯里は「そうだけど」とうなずいて「おかあさんのことが大好きなんだね」と言った。

「うーん…。まあ、ずっと二人だったからなあ。空気みたいな存在っていうか

「空気はないと死んじゃうよ。それだけおかあさんが大事なんだね」

「いや、まあ、その、うん…家族だから」

 颯太は照れたのをごまかすように自分の髪をくしゃくしゃと撫でた。

「颯太くんのそういうところ好き」

 さらっと灯里に言われて、颯太は驚いたように灯里を凝視してからすぐに顔をそらした。


「…俺、ごみ捨ててくるわ」

 ベンチの上に置いてあったごみをまとめて袋に入れて、颯太は立ち上がる。そのとき、灯里が颯太の服のすそを引いた。

「ん?」

「…一緒に行く」

 灯里はそう言って、立ち上がって颯太の手にそっと触れた。颯太は一瞬はっとしたが、灯里にこたえるように灯里の手をそっと握った。やわらかく微笑む。

「うん。行こうか」

 灯里はうなずいた。2人で手をつないでコンビニへゴミを捨てに歩く。暑いのと緊張とで、灯里は手が汗ばんでくるのを感じた。もしかして、颯太くんは気持ち悪くないだろうか。


「あ、あの…」

「ん?」

 颯太は歩みを止めずに灯里に顔を向ける。

「手、汗、私…」

「ああ、暑いもんな」

 颯太は握る手にぎゅっと力を込めた。


 離れないように。


 言葉に出したわけでもないのに、そう言われた気がした。

「俺も汗かいてるけど、いやじゃない?」

「いやじゃ、ない…」

 灯里はますます体温が上昇するのを感じながらも、手を離せなかった。


 市立図書館へ戻って途中で休憩をはさみつつ夕方まで勉強した。

「あー肩凝った」

 颯太は肩をもみながら腕を回す。灯里も眼鏡を眼鏡拭きを取り出して拭いた。それから肩を回す。

「そろそろ帰ろうか」

「だな」

 二人は人も少なくなった図書館からカバンを持って出る。


 自転車にカバンを入れて、灯里が別れを告げようとしたとき「送っていくよ」と颯太が言った。

「いいけど、遠回りだよ?」

「いいよ。今日はおかんも遅いし、いいだろ?」

「うん…」

 さっき初めて手をつないだので、なんとなく気恥ずかしさを感じながらも二人で自転車を走らせる。

 夕方になると、暑さはだいぶ和らいだ。


「灯里って、私服の時パーカーとかカーディガンとか着てるよな」

「あ、うん。日焼けとかしたくなくて」

「ああー。年取るとシミになるっていうもんな。うちのおかんも顔にシミができて、必死で化粧でごまかしてる」

「たぶん、私もおかあさんくらいになったら出ると思うよ。できるだけ出てほしくないから日焼け止めとか塗ってるけど」

「今日も塗ってるの?」

「うん。実はさっき、トイレ行ったとき塗りなおしたの」

「さっすが女子」

 颯太は楽しそうに笑って自転車を飛ばしていく。下り坂なので灯里も無理せずについていける。夕日がまぶしくて、颯太の背中を追うのが楽しかった。


 自宅について灯里は自転車から下りる。颯太も自転車から下りた。

「じゃあ…」

「うん。また明日…あ、月曜日か」

 なんとなく名残惜しい気がして、灯里は颯太の顔を見て笑った。颯太も微笑んで、自転車を立てると灯里の目の前に立った。

「…颯太くん?」

 ふいに肩に手を置かれ、颯太の顔が近づいてきた。


 あ、まずい。だめ。


 灯里は反射的に目をつぶって顎を引いた。どれくらいそうしていたのか。すごく長い気もするし、ほんの数秒だった気もする。そっと目を開けると、颯太が苦笑していた。

「ご、ごめ…」

「謝んなよ。恥ずかしいから」

「でも…」

 颯太は灯里の手を取って、指先にキスをした。灯里は顔が火が付いたように熱くなった。きっと真っ赤になっているに違いない。


「そ、颯太くん…」

「今はこれで十分」颯太は自転車に乗った。「帰るわ。テスト、頑張ろうな」

「う、うん…またね」

 灯里は心臓がバクバクするのを感じながら、颯太を見送った。そういえば、人に見られていなかっただろうかと周りを見渡したが、とりあえず人の姿は見当たらなかった。灯里はほっと息を吐いて、さっきそうたにキスされた左手をぎゅっと握りしめた。…このことは、朝陽には言わないでおこう。灯里はのろのろと自転車を車庫にしまった。


 夜になって灯里がメールする前に、朝陽からメールが来た。灯里がメールを確認すると、家の前で青山とキスしてただろ、と書いてあった。

 颯太とキスしそうになったところを見られていたらしい。灯里はぎょっとしてメールを返した。


 ----見てたの? 悪趣味。

 ----見られたくないなら、公共の場所でキスなんかするなよ。

 ----キスなんかしてないよ。しそうになっただけ。

 ----似たようなもんじゃん。見せつけてくれるな。

 ----そんなんじゃない。本当につきあってるわけでもないのに、キスなんかできないよ。

 ----それくらいどうってことないじゃん。おまえ、誰ともつきあったことないんだからチャンスだろ。

 ----こんなふうにするものじゃない。もう無理。私、これ以上颯太くんとはつきあえない。

 ----無理じゃない。あいつが完全に落ちてから別れろよ。

 ----無茶言わないで。これ以上颯太くんをだますようなことできない。

 ----こっちはもっとひどいことされてんだよ。おまえが文句言うな。そんな資格ない。


 それ以上は朝陽は何も言わなかったし、灯里も返さなかった。

 そのあと、颯太からいつもどおりメールが来た。灯里は泣きたくなるのをこらえて颯太とメールした。

 颯太は今日のことには触れず、帰ったら母親が寝ていたことや相変わらず三木弁当から夕飯を買ってきたことが書かれていた。

 颯太のやさしさに触れたようで、灯里はぎゅっと服の胸元を押えた。ひどく胸が苦しかった。



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