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守ってくれるって

「灯里、今日も放課後青山くんと一緒?」

「うん、そうなの。初バイトだから来てほしいって」

 休み明けの月曜日はなんだから朝からだるい。灯里は休み時間、いつものように4人で集まった。

「彼氏できたばっかりだからそんなもんよ。そのうち空気になるから」

 中学から今の彼氏と一緒にいるらしい美奈の言うことは、なんだか重みが違うと夏樹はうなずいた。

「わたしもほしいなー。彼氏」

「私は大学入ってからでいいかな…」

 奥手な香が独り言のように言った。

「えーそう? 高校のうちにあたしはほしいけど…。前の席は青山くんと違ってあんなだしなー」

 香の前にいる永井は、太っていて汗っかきだ。いつも食べている印象の男子だった。

「じゃあ隣は?」

「あれもだめ。男として見れない」

 香の左隣は、香より背が小さくて小うるさいタイプだった。

「面食いの上に高望みじゃ、しばらく無理ね…」

 美奈はやれやれと肩をすくめた。


 放課後になって颯太が先生に呼ばれたので、「ちょっと待ってて」と言われて教室から出て行った。

 バイトまでまだ時間があるので、灯里は教室でスマホでゲームをしながら待つことにした。すると、隣の教室から畑中が入ってきた

「颯太は? 一緒じゃないの?」

「今、先生に呼ばれて…。これからバイトにはいくんだけど」

「ふうん」

 畑中は颯太の椅子に座って、灯里のほうを見る。

「ちょっと話していい?」

「いいけど…」

 灯里はスマホを机の上に置いた。畑中は灯里の机に肘をつく。

「颯太ってさ、昔から池田さんみたいな優等生タイプが好きなのよ」

「私、優等生ってわけじゃ…」

「いいから聞いて。でも近寄ってくる女の子のことも拒否しないから、勘違い女子続出で結局つきあってる子とはだめになっちゃうの。なんとなくわかるでしょ?」

「う…ん、まあ…」

 今日もあの二人組の女子が颯太に話しかけてきたけれど、颯太は灯里も交えて楽しそうに話していた。灯里はとりあえず笑っているだけだったけど、彼女たちはあからさまに颯太とだけ話していたかったのだろう。


「あたしもそうなの」

「え?」

「颯太がやさしいから、つい勘違いして…しちゃったことがあるの。そういうことを」

「…そう、なの」

 畑中があえてぼかしていうのは、灯里がそういうことに免疫がないと思ったからだろう。灯里は二の句が継げずに、そういうのが精いっぱいだった。


「でも誤解しないでね。昔の話だから。昔っつっても1年くらい前だけど。それであたし、あたしたちつきあってるんだよねって言ったら、なんで? って言われちゃった。そういうところは彼女に義理立てするのよ。だから、池田さんもそういう覚悟はしておいたほうがいいと思う」

「覚悟…」

「そういうやつだってこと。あたしはだめだったし、ほかの子もだめだったけど、池田さんはそうならないといいね」

「………」

「今の話、颯太に聞いてもいいよ。本当のことだから」

 畑中は言いたい事だけ言うと、椅子から立ち上がった。

「あっ…あの」

「何?」

 池田はようよう畑中を引き止める。

「畑中さんは好きなの? 颯太くんのこと…」

 灯里にそう聞かれ、畑中は少し考えてから「嫌いになれないの」と微笑んで教室を出て行った。


 灯里は今畑中から聞いた話を頭の中でぐるぐる反芻する。誰とでもそういうことをする。どうして畑中さんはその話をしたんだろう。親切心からか、それとも颯太くんと別れればいいと思ってるんだろうか。そして颯太くんは、私とそういうことをしたいと思って…思ってるんだろう。たぶん。男の人だから、そうだよね。

「お待たせー。あれ?」

 教室へ入ってきた颯太が灯里のそばへきて、じっと灯里の顔を見る。

「お、おかえり。意外と早かったね」

「ああ、いつもの髪のこと言われただけだから。…なんかあった?」

「なんか? って…私? 別に何も…」

「だったらいいけど。なんとなく、顔色悪い気がしたから」

「私、血色よくないから…」

「だからすぐ顔赤くなるのわかりやすいよな」

「もう!」

 図星を刺された灯里はやはり顔を赤くしてカバンを持って立ち上がる。

「先に行くよ」

「あ、待って待って。俺も行くから」

 颯太も急いでカバンを持って灯里の後を追った。二人で自転車に乗って弁当屋へ向かう。2人で暑い日差しの中を並んで自転車を走らせた。


 弁当屋に入ると、おじさんが颯太にエプロンや帽子の身に着け方を教えて、手を消毒させると根本さんに後は聞いて、と言って出かけて行った。いつものことなので、根本は気にした様子もなく受け入れる。

「へえ、それで灯里ちゃんも一緒に来たの。ホントにラブラブねえ」

 根元はうなずきながら颯太にいろいろ教えている。灯里はシフトが入っていないので、店の表から颯太の様子を見ていた。

「そう。俺らラブラブなんですよ。な?」

 颯太が嬉しそうににかっと灯里に笑う。灯里は恥ずかしくて顔をそらした。


 颯太は要領の悪い灯里と違って、どんどん仕事をこなして覚えて行く。根本も物覚えの良さに舌を巻いているようだった。

「へえ、あんた仕事早いねえ。学校の勉強もできるの? その頭で」

「頭、関係ないし。俺、勉強は嫌いだから覚えられないけど、こういう身体使うのは好きだから、すぐ覚えるの」

「社会に出てから役に立つよ。灯里ちゃんはなかなかこつがつかめなくて…って、あらやだ。ごめんね」

 店の表側にいた灯里に聞こえたと思ったのだろう。謝る根本に、「気にしないでください」と灯里は苦笑いで返した。物覚えが悪いのは本当のことだ。

「でも灯里ちゃんはそのぶん、一所懸命だからね。そういうのがわかるから、こっちも教えてやらなきゃって気になるのよ」

「あ、それ俺もわかります。灯里の一所懸命なところって、かわいいですよね」

「ちょ、ちょっと…」

 漏れ聞こえてくる話に、灯里は焦って声をかけるが、颯太はお構いなしだ。

「運動神経悪いのに、マラソンでみんなに抜かれても絶対手え抜かないで走っていくの。俺、それ見てなんか感動しちゃった」

「灯里ちゃんらしいわねえ。にしても、よく見てること」


「だって好きだから」

「な、な…」

 灯里が顔を赤くしていると、颯太は振り返って「また赤くなってる」と笑った。

「もう、私帰るから…」

「え? もう?」

「だって、私がいてもすることないし。根本さんに聞けば大丈夫だよ」

「えー…そう」

 あからさまにがっかりする颯太に、「私がいるじゃない」と根本が笑った。

「灯里ちゃん、夕食にどう? お弁当」

「そうだ、せっかくだから買って行ったら?」

「でも、今日は昨日の残りの餃子食べないといけないの」

「へえ、昨日灯里のうちって餃子だったんだ。手作り?」

「そう。ちょっと作りすぎちゃって…」

「いいなあ。俺も食べたい」

「餃子が余るなんて、うちじゃ考えられないわねえ。みんな取り合いよ」

 灯里は頑張って、と言って弁当屋から出た。日差しが暑かった。灯里はそれから目をそらして、自転車をこいだ。


 夜になって颯太からは初バイト疲れた、とメールが来た。お疲れ様、と返すと灯里とは今週の金曜日に一緒にバイトできるから楽しみだとメールが来た。灯里もそうだね、と返した。


 これからますます颯太と一緒にいる時間が多くなる。そうなればなるほど、きっと灯里は颯太を好きになってしまうだろうと思った。もうこんなことはやめたい。朝陽にそうメールしようかと思い、結局やめた。

 朝陽があかりの願いを聞いてくれるはずもないのだから。

 朝陽の復讐を果たすまでは。


 金曜日になり、颯太と一緒にバイトへ来た。といっても、相変わらず颯太は灯里にくっついてバイトにきたりしてはいたのだが。

 根本が途中まで颯太に指導し、5時からは山辺という大学生が根本と交代して入ってきた。いつも根本と入れ分かりで入ってくる女性だ。彼女は颯太とは初めてなので、お互いに挨拶を交わした。

「灯里ちゃんの彼氏なの。すごい見事な頭ね」

 山辺は颯太の金髪に驚いたようだ。

「あはは。よく言われます。でも、灯里は好きだって言ってくれてるんで」

「そうなの? 灯里ちゃんて、意外な趣味してるのねえ」

 山辺はそれだけ言うと、灯里と颯太に指示を出して、颯太に簡単な仕事を教えながら作業している。灯里は店内に出て待合の椅子を拭く。小さい店なので飲食スペースはないが、弁当ができるまでの間待つスペースがあるのだ。


 颯太はすぐに山辺とも打ち解けて、楽しそうに話している。山辺はサークルでダンスサークルに入っているなど、灯里は聞いたことがない話をしていた。それを聞きながら、灯里は胸がちりちりするのを感じた。

 …なんだろう、これ。やきもち? まさか。でも。…そうじゃないとは言えない気がした。

 灯里は素知らぬ顔をして椅子を拭く。そのとき、店内に客が一人入ってきた。


「いらっしゃいませ」

「いらっしゃいませ」


「いらっしゃいませー」

 女性二人のほかに、元気のいい颯太の声が響く。

 入ってきた客をみて、げ、と灯里は口の中でつぶやいた。いつもなにか難癖つけてくる中年男性だったからだ。

「やれやれ、相変わらずしけた店だな。本当に流行ってんのか?」

「おかげさまで…」

 灯里は仕方なく返事をする。愛想笑いを浮かべたつもりだが、引きつっていたかもしれない。

「相変わらず愛想悪いな、おまえ。おまえみたいなのは他じゃやってけないだろうから、しっかりしろよ」

「はい…」

 ああ、もう面倒くさいなあ。さっさと買って帰ってよ。灯里の心中を知ってか知らずか、男性はゆっくりとメニューを見る。山辺がレジに立った。


「お客様、ご注文はお決まりですか?」

「ああ、姉ちゃん。今日も彼氏と一晩中か? あんた、好きそうだもんなあ」

 山辺はあからさまに顔を引きつらせたが、それでも笑顔を崩さない。さすが大学生は大人だな、と灯里は思った。

「やだなー。お客様。それ、セクハラですよ」

 颯太はにこにこと笑いながら中年男性の前に立った。男性は怪訝そうに颯太を見る。


「おう? なんだ、おまえ。見たことねえな。新人か?」

 男性がにやにや笑いながら颯太に話しかける。

「はい。今週入ったばっかりです」

「そうか。それなら教えといてやる。客商売ってのは、何事にも愛想が大事だ。あっちは愛想悪いし」と男性は灯里を指さした。「こっちは愛想はいいが薄っぺらい。だから俺が指導してやってるんだ」と男性は山辺をさした。

「へえ、そうなんですか」

 颯太は笑顔を崩さない。こういうのも性格なのかな…と灯里は半ばあきれ、半ばうらやましく思った。


「兄ちゃんは笑顔がいいが、いつもそうだろ? 女好きか?」

「ええ、俺女の子大好きです」

 男性の質問に、颯太は笑顔で答える。まあそうだろうな、と灯里は思った。率直なのが颯太らしいというかなんというか。

 男性は「やっぱりな」と笑った。

「おじさんも好きでしょ? 女の子」

「はははは、当然だ。けどあそこにいるような暗そうな女はだめだな」

「ああ、俺の彼女ですよ」

 灯里をさした男性は颯太の返答に、へええ、とわざとらしく驚いて見せる。


「兄ちゃん、女の趣味悪いなあ」

「俺は彼女のいいところ知ってますから」

「お、おお…なんだ、のろけか?」

「人のことを知ろうともしないで思い込みでそういうこと言うのって、どうかと思いますよ」

 颯太が笑顔を崩さずにそう言ったので、男性は一瞬、表情を硬くした。


「な、なんだよ、文句あるのか…」

「文句じゃありません。俺の感想です。思い込みで誰彼構わずそういうことを言ってたら、一人ぼっちになっても気づかないでしょうね」

「な、て、てめえ! 客に向かってそういう…」


「お客様、ご注文はお決まりですか?」

 颯太はさらに笑顔でメニュー表を男性に向かって差し出す。

「もういい! 二度とこねえぞ、こんな店!」

 男性は捨て台詞を吐いて店から飛び出していった。


「だといいけど」

「やるわねえ、颯太くん」

 山辺が感心したように颯太に話しかける。


「あのお客さん、本当に迷惑してたのよ。灯里ちゃんとかほかのバイトの人もみんな嫌っててね。もう来ないって言うならそのほうがいいわ」

「ああいうのにはがつんと言ってやったほうがいいですよ。あ、でも俺があの人を追い出したってことは、店長には内緒にしといてくださいね。俺首にされちゃう」

「わかってるわよ。でも助かったわ。灯里ちゃん、いい彼氏ね」

 山辺がレジから灯里に声をかける。


「灯里、大丈夫?」

 颯太が灯里のそばへ来た。

「ホントむかつくな、あのおっさん。この前メールで言ってたやつだろ?」

「う、うん。そう…」灯里は布巾を握りしめて「ありがとう…」と小さくつぶやいた。


「あんなの相手にしなきゃいけないなんて、弁当屋も楽じゃないな。でももう来ないって言うから、大丈夫だよ。俺がなんとかするから、な?」

 颯太に笑いかけられ、灯里もつられて笑う。

「灯里、いつもそうしてろよ」

「え?」

「そうやって笑ってたら、あのおっさんにも文句言われなくなるし。そのほうがもっとかわいい」

「…うん」

 灯里は痛くなるほどふきんを握りしめた。

 どうしよう。私、この人のことを本当に好きになってしまいそうだ。それが苦しい。

 灯里は颯太から顔をそらして再び椅子を拭き始める。一緒のバイトの時間が苦しくなりそうだった。


 途中まで一緒に帰るとき、明日は土曜日だからデートしたいと颯太に言われ、灯里はうなずいた。自分でも颯太に会いたいと思ってしまっている。


 夜になって明日はランチを一緒に食べようとメールが来た。灯里もそれに同意する。二人で駅前のファーストフードの店で待ち合わせすることにした。そして灯里はそれを朝陽にメールする。いつもの作業だがそれをするたびに、灯里は気が重かった。

 これは颯太に対する裏切りだ。


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