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嘘の告白

「おはよう、灯里」

「おはよう…」

 灯里は重い気分のまま朝食をとる。朝はいつも納豆ご飯と味噌汁なので、各自食べて学校と会社へ向かう。父はすでに食べ終えていた。

「おとうさん、もう行くけど…具合悪いか? 灯里」

「え? どうして…」

「なんだか青い顔してる」

 顔に出てしまっているのか。そういえばいつも自分は顔がすぐ赤くなったりするな、と灯里は思い返した。灯里はできるだけ平静を装って、「大丈夫」と笑って見せた。今日をなんとか乗り越えればいいだけだ。

「ならいいけど…無理はするなよ。おとうさん、会社行くけど何かあったら連絡するんだぞ」

「わかった。いってらっしゃい」

「行ってきます」

 父はいつもどおり会社へ向かった。あかりはなんとか朝食を終えて戸締りをして家を出る。

 向かいの同じ高校に通っている朝陽とは、めったに顔を合わせない。一緒に登校するなんてありえないことだ。灯里は向かいの家を見てため息を吐き、学校へ向かった。

 学校へ着いて教室に入ると、颯太はまだ来ていなかった。灯里はほっとしつつ、カバンを置いていつも一緒にいる女子のグループのもとへ行く。

「おはよう」

「おはよう」

「おはよう」

「おはよー」

 灯里はたいてい4人グループで行動していた。ネットニュースの話題をしていると、颯太が教室へ入ってきた。颯太が来るのは、いつも遅刻ギリギリだ。灯里は意を決して自分の席へ戻った。


「おはよう、青山くん」

「おはよう、池田」

 颯太は眠そうな目をして、それでもにこやかに笑う。

「あ、あのね、青山くん。今日の放課後って予定、ある?」

「今日? んー…別に特に何もないよ。なんで?」

「その…ちょっとでいいんだけど、私に時間くれないかな」

「いいけど…どうしたの?」

 いつも様子の違う灯里に、颯太は首をかしげる。そのしぐさがちょっとかわいいな、と灯里は思った。

「放課後、話すね」

「わかった」

 いつものように颯太はにかっと笑った。つられて灯里も微笑む。

「ところでさ、今日は別の味のソフトキャンディ持ってきたんだけど、食べる?」

「ええ? また?」

「今度のは酸っぱくないから。ほら」

 颯太はポケットから赤い包みのソフトキャンディを取り出す。

「そう? ありがとう…」

「食べて食べて」

 颯太に催促され、灯里は仕方なくソフトキャンディを口に入れる。今度は酸っぱくない。けど…。

「う、辛い!」

「あはは、でしょでしょ?」

「もう~…」

 灯里が文句を言おうとすると、担任が教室へ入ってきた。灯里は文句を喉の奥へしまい込んで、ソフトキャンディをなんとか飲み込んだ。これから起こる予兆のようだった。


 放課後までは何事もなく一日が過ぎて行ったが、自分がしようとすることを思うと灯里は気分が沈んでいた。

「池田、話って?」

 放課後になると、すぐに颯太が灯里に振り返って声をかけてきた。

「あ、うん。あの…よかったら、一緒に帰ってもらっても…」

「いいよ、もちろん」

 拍子抜けするほどあっさりと颯太は了承してくれた。

「颯太―」

 そのとき、昨日と同じように畑中が教室へ入ってきた。

「一緒に帰ろ」

「ごめん、今日は池田と帰るから無理」

 あっさりとそう言われ、畑中は「そうなの?」と灯里を見る。

「う、うん、そう…ごめんなさい」

「謝るようなことじゃないけど。ならしょうがないな。じゃあね」

 畑中もあっさりと引き下がって教室を出て行った。嫌味でも言われるかと思ったが、彼女はそういうキャラではないのかもしれない。見た目で判断してはいけないな、と灯里は密かに反省した。

「行こうか、池田」

「う、うん…」

 教室から出てからも颯太は女子や男子によく声をかけられる。そのたびに、颯太はにこにこと手を振っていた。昇降口から2人で並んで自転車小屋へ向かう。


「池田、自転車だよね」

「うん。青山くんもだよね?」

「そうそう」

 二人は自転車に乗って学校から出た。

「どこ行く?」

「えっと…お城跡の公園行かない?」

「いいよ。いこっか」

 ここからそう遠くないし、うちの生徒もいないだろうと思って灯里は提案した。颯太がすぐに受けれていくれたので、灯里は安心して城跡公園へ自転車をこいだ。

 自転車置き場に自転車を置いて、うっそうとした木々のある公園を歩く。

「俺、あんまりここ来ないから久しぶり」

「私も久しぶり」

「これからだんだん寒くなるよね」

「本当だね」

 灯里がオウム返しのような返答をしても、颯太は楽しそうに笑っている。途中で自販機をみつけて、「何か飲む?」と颯太が聞いてきた。

「冷たいのがいいな」

「俺も。俺、ココア」

「甘いの好きなんだ?」

「そうなの。池田は? おごるよ」

「え、いいよ、そんなの…」

「いいから。俺、新聞配達のバイトしてるから金あるんだよ」

「それなら、私だってお弁当屋さんでバイトしているし…」

「へえ、弁当屋って、どこの弁当屋?」

「えっと…いや、いいから。自分で払うから」

「そう?」

 それ以上颯太はしつこくせずに、自分の分だけココアを買った。灯里はミルクティーを買って、2人でベンチに座ることにした。

「おいしい」

「うん。おいしい」

 ふう、と颯太はココアを飲んで息を吐いた。

「でさ、話って何?」

「うん、あの…」

 なんと言って切り出そうかと灯里は前を見た。見知らぬ子供やおじいちゃんおばあちゃんが紅葉の木々の間を歩いている。


 灯里は昨日何度も頭の中で練習した台詞を覚悟を決めて切り出した。

「青山くんて、今、つきあってる人とかいるの?」

「俺? 今は…」

 颯太は灯里から視線をそらしてココアの缶をゆらしながら「今はいないよ」と言った。

「じゃ、じゃあ…私とつきあうっていうのは、ありかな…?」

 おずおずと灯里は颯太に尋ねる。

「え…」

 颯太がきょとんとして灯里を見る。しばらく視線をさまよわせてから「マジで言ってるの?」と聞いた。

「わりと、マジなんだけど…」

「え、いや…」

 颯太は視線を泳がせる。

「…まいったな」

 あ、やっぱふられるわ。灯里は自嘲気味にそう思った。まあ当然だよね。私みたいなつまらない女に興味がわくわけもない。でもこれで朝陽のミッションはクリアだ。失敗だけど、これ以上私にはどうしようもないのだから、仕方ない。

「いいよ、はっきり言ってくれて…」

「すごく嬉しいんだけど」

「そう………え?」

 灯里は聞き間違えたのかと思い、颯太を凝視する。

「俺も、池田のこといいなあって思ってた」

「え? いや、あの、えっと…」

 今度は灯里がうろたえた。この展開は予想していなかったのだ。

「えへへ、やばいなあ。俺、すげー嬉しい」

「そ、そう…」

 灯里は一気に顔が赤くなるのが自分で分かった。どうしよう。青山くんが受け入れてくれるなんて思わなかった。これが晴天の霹靂とかいうやつなのだろうか。

「池田、顔赤い」

「う、い、言わないで…」

 颯太に指摘され、灯里は自分の頬を両手で覆って顔をそらす。

「俺、池田ってすごい努力家なんだって思ってさ」

「え?」

 唐突に言われ、灯里は颯太に振り返る。

「いつも真面目に予習とかしてくるじゃん。俺がいっつもノート見せてって言っても嫌がらないで見せてくれるし。やさしいよな」

「そんなこと…」

「それに、面白いし」

「わ、私、面白くなんか…」

「池田は? 俺のどういうところが好き?」

「え? えっと…」

 そう振られるとは思わなかったので、灯里は懸命に理由を考える。好きなところ、好きなところ、好きなところ…。

「…髪が金髪のところとか?」

「へ?」

 颯太は灯里の発言に目をぱちくりさせた。そして、吹き出した。

「あははは! 池田って本当に面白いよな~」

「う、ご、ごめん…」

 灯里は恥ずかしくなって髪の毛をごまかすように触った。

「池田って、髪きれいだよね」

「え? そ、そうかな…」

「触っていい?」という颯太に、灯里はうなずいた。肩まである髪をポニーテールにしている灯里は、できるだけ髪は痛まないようにブラッシングは念入りにしている。

「やっぱり。さらさら。髪きれいな女の子っていいよね」

「う、あ、ありがとう…」

 灯里は焦って眼鏡を指で押し上げた。颯太はしばらく灯里の髪の感触を楽しんだ後、スマホを取りだした。

「連絡先、交換しよ。知らないじゃん、お互いの」

「うん、そうだね…」

 灯里はあまりにもうまくいきすぎていることに懐疑心を抱きながら、颯太と連絡先を交換した。これって実はどっきりか何かで、後で青山くんにやっぱり嘘だよとかメールが送られてくるんじゃ…。などと灯里が妄想していると、

「池田の家に一緒に帰っていい?」と颯太が聞いてきた。

「え、そっ…それはだめ」

 灯里は力強くぶんぶんと首を横に振る。

「なんで?」

「今、ちょっと…胸がいっぱいというか、まさかOKしてもらえると思わなかったから、びっくりしすぎて心臓破裂しそうなの…」

 颯太はまたきょとんとして、楽しそうに笑った。

「わかった。それじゃしょうがないな。じゃ、俺、もうちょっとしてから帰るわ」

「う、うん。また明日…」

「ばいばい」

「ばいばい」

 灯里は体温が2度くらい上昇している感じがした。体がふわふわしているようなぎこちないような、不思議な気持ちで自転車をこいだ。

 今日はバイトはないので、まっすぐ家に帰ろうかと思ったが、途中でコンビニによって生クリームたっぷりのケーキを買って帰った。


 家へ帰ると、お湯を沸かしてお茶を入れた。一人分のケーキを用意して、紅茶と一緒にケーキを食べる。そしてほっと息を吐いた。甘いものを食べて、少し落ち着いた。

 母がいなくなってから、灯里は男子とつきあうなんて考えたこともなかった。そういうことは汚らわしいことだとすら思っていた。でも、もうそうは言っていわれない。さいは投げられた。朝陽の思い通りになるようにことを運ばなければならない。


 灯里が颯太と帰ってこなかったのは、誰かに男子と一緒にいることを見られたくなかったからだ。特に朝陽には。朝陽は部活に入っているから大丈夫だとは思うけど、それでも見られたくなかった。朝陽の思い通りになっていることを、現実に見せたくなかった。矛盾しているとは思うけど、それが灯里の気持ちだった。


 夜になって灯里は朝陽に事がうまく運んだことをメールした。これからうまくやれと朝陽の嬉しそうなメールが来た。颯太のことをだます気が引けるが、彼は女子にモテるし灯里のことなどすぐに相手にしなくなるだろう。今日のだって、たぶん気まぐれというか一時の気の迷いで了承したのだと思う。


 灯里が風呂から上がると、颯太からメールが来ていた。

 ----これからよろしくね。

 ----うん。私もよろしく。

 灯里はどぎまぎしながら颯太に返信した。そういえば、朝陽以外の男子にメールするのはこれが初めてだ。

 ----みんなに言ってもいい? 池田とつきあってるって。

 灯里は一瞬迷ったが、いいよ、と返信した。隠しておくのも不自然だ。たぶん、朝陽もそれを望んでいる。

 ----よかった。すごく誰かに言いたくてうずうずしてたんだ。

 ----そうだね。私も友達に言うね。

 返信しながら、灯里は颯太が彼氏となったことに罪悪感を覚えていた。どうせすぐに別れることになるのに。本当の彼氏彼女みたいなやり取り。

 ----明日はバイト?

 ----バイト。4時から7時までやるの。

 ----働き者だね。俺も行ってみていい?

 ----いいけど、青山くんが見ても面白くないと思うよ。

 バイト先を教えるのは一瞬灯里は躊躇した。でも教えないのもおかしいだろうか。初めて異性とつきあう灯里には、線引きがわからない。

 ----いいよ。池田がバイトしてるの見たいだけだし。

 ----わかった。いいよ。

 ----それからさ。

 颯太は少し間を置いてから送ってきた。

 ----俺のこと、名前で呼んで。俺も灯里って呼んでいい?

 名前で男子に呼ばれるなんて、小学校以来だ。灯里は今日何度目かの顔が赤くなるのを感じながら、いいよ、と返信した。

 ----おやすみ。また明日。

 ----おやすみなさい。

 メールはそこで終わった。まだ緊張している。スマホをぎゅっと握りしめて、灯里はふっと息を吐いた。初めてつきあうなら、好きな人が良かったな。嫌いではないけど、好きかと言われるとわからない。そもそも髪を金髪にしている時点で、自分とは違う世界の生き物だという気がする。それが颯太に対する灯里の正直な気持ちだ。


 灯里はスマホを机の上に置いて、階段を下りて茶の間にいる父に声をかける。

「おとうさん」

「うん?」

 父はビールを飲みながらテレビの野球を見ていた。

「私、彼氏できた」

「…え?」

「そんだけ。おやすみ」

「え、ちょ、ちょっと!」

 慌てふためいた父が茶の間を出て行く灯里の腕をつかんで押しとどめた。

「何、彼氏って? 誰? 朝陽くん?」

「それは絶対ないから。金髪の…私の席の前に座ってる」

「ああ、前田君だっけ?」

「1ミリもあってないし。青山くん」

「そうそう、そうだっけ。ええー…灯里、そういう子が好みだったのか。意外だなあ」

「…まあね」

 これ以上追及されたくなかったので、灯里は父の手を解いて階段を上り始める。

「う、うまくいくといいな! おとうさんは応援してるよ!」

「…ありがと」

 灯里は振り向くことなく、そう告げると2階の部屋へ向かった。そして颯太にきれいだとほめられた髪をドライヤーで乾かし始めた。

 そして忘れないうちに、いつも一緒にいる3人に颯太とつきあうことになったとメールをした。彼女たちは彼氏がいるのが1人といないのが2人なので、やっかみと好奇心でいろいろ聞かれたが、灯里は恥ずかしいからそのうち話すとお茶を濁した。簡単に終わってしまう真似事なのだから。このときの灯里は本当にそう思っていた。


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