文化祭の結末
文化祭1日目の土曜日。
みんながエプロンをつけて準備をする。交代で調理係と接客係をすることになっていた。
接客中は女子は「おかえりなさいませ、ご主人様」と呼び入れ、男子は「おかえりなさいませ、お嬢様」と声をかけなければならない。最初はブーイングが出たが、当日になってしまえば、みんななり切ってやるものだ。
少しずつ人も入ってきて、各々がついて接客している。
妙に気合が入っているのは、おそらく灯里だけだろう。1位を狙うという人もいたが、大概はビリにならなければいいという程度の頑張りようだった。
「いら…おかえりなさいませ、ご主人様、お嬢様」
ついくせでいらっしゃいませ、と言いそうになる灯里は、自分を叱咤しつつ、教室に入ってきた生徒の両親らしい中年二人組の男女に声をかけた。
「へえ、ここは喫茶店?」
「はい。メイド&執事喫茶です」
「どこに座ればいいの?」
「こちらへどうぞ」
空いている机と椅子に座ってもらい、メニューを差し出す。2人は紅茶とコーヒーを注文した。灯里は調理班にメニューを言って、お客のそばに立つ。
「ご主人様とお嬢様、今日はご来店ありがとうございます」
「あら、お嬢様だって。そんなこと言われたの何十年ぶりかしら」
中年女性はころころと笑う。「そういうシステムだろ」と夫らしい中年男性が突っ込んだ。
「お二人とも、どなたかのお知合いですか?」
「そうなの。娘が1年生で今日は体育館で合唱するんだって。ちょっと早めに来て、どんなものかいろいろ見て回ろうと思ってね」
「へえ、楽しみですね」
その後も中年女性の娘の話が続き、灯里は笑顔で聞いていた。接客の基本は笑顔。これは接客のどの検索項目にも載っていた。実際、彼女の話を聞くのが楽しかったのもある。
「じゃあ、そろそろ行くわね。ごちそうさま」
「ありがとうございます。お客様、もしよろしければ」灯里は自分の胸に刺した番号札を両手で持ってみせる。これは出席番号がそれぞれの番号となっていた。「ただいま、どのメイドか執事の接客がよかったか投票をしております。よろしければ、私に投票をお願いします」
「まあ、そうなの。あなたは2番ね。いいわよ、書いておくわ」
そう言って、二人は立ち上がってレジへ行って会計して、投票用紙に記入して教室を出て行った。
「ありがとうございました」
灯里は頭を下げてから、ふうっと息を吐いた。緊張した。でも、心地よい緊張だった。相手がいいひとでよかった、と灯里は胸をなでおろした。
「いい感じね、灯里」
エプロン姿の美奈が声をかけてきた。
「美奈はどう?」
「変な男二人組が相手だったから、適当にあしらっといたわ。そしたら投票しなかったわね。まったく」
腕組みをする美奈に、灯里は「相手に寄るよね」と笑った。
「灯里、1位狙ってるの?」
「え? えっと…うん。一応…」
よくわかったね、というと、普段見ないくらい笑顔だからすごく頑張ってるのがわかる、と美奈が答えた。
「先生のボーナス目当て?」
「ううん。それはいいんだけど、目標っていうか…目的のための手段というか…」
「そうなんだ。よくわかんないけど、頑張りなよ。私はボーナスとかどうでもいいし。協力するね」
「ありがとう」
灯里はなんだか胸があたたかくなった。心強くなって、調理班と交代のお昼まで笑顔を保ちながら接客に奮闘した。
接客時間はあっという間に過ぎた。調理にまわり、飲み物やお菓子の準備だ。後は自由時間を1時間もらっている。美奈と夏樹と香と体育館で演劇を見たりほかのクラスでお茶をしたりして、1日目の文化祭は終わった。
笑顔を顔に張り付けていたせいもあって、なんだか顔が凝った気がした。
夜は顔をマッサージして眠った。興奮しているせいか、あまり寝付けなかった。
日曜日は父親も文化祭に来ると言っていた。灯里は恥ずかしいのであまり来てほしいと思わないのだが、それでも来ないでということはできないので、待っていると言って学校へ行った。
文化祭最終日のせいか、お客さんが結構多くて急いでエプロンをつけて接客にまわる。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
高校生らしき男子3人組が入ってきて、灯里が担当した。
「あー眼鏡っこだ」
「よろしく、メイドさん」
「へー本当にご主人様って言ってくれんだ」
3人はへらへら笑いながら灯里に案内され、席に座る。灯里はメニューを差しだした。
「ご注文は何になさいますか?」
3人はだらだらとしゃべりながら、なかなか注文しない。それでも灯里が笑顔で待っていると「それじゃあね…」とようやく注文した。
灯里が料理班に注文して席に戻ると、一人が「ねえねえ」と灯里に話しかける。
「なんか投票してるんでしょ? ここって」
「はい。気に入ったメイドか執事によろしければ投票していただいています」
「俺、君いいなあ。眼鏡っこって好きなんだよね」
男は灯里の手をいきなり握った。灯里は一瞬、振り払いそうになったが、ぐっとこらえて「ありがとうございます」とやんわり男の手からするりと手を抜いた。
「あはは、振られてやんの」
「うるせえ」
「でも君、かわいいよね。笑顔の似合う眼鏡っこだ」
「え、そ、そんなこと…」
かわいいなんてあまり言われたことがないので、灯里はすぐに真っ赤になった。
「うわ、赤くなった」
「やっぱかわいい」
「ねえ、一緒にスマホで撮影しようよ」
男の一人がスマホを片手に立ち上がり、灯里の肩に手をかけた。灯里は思わず身をすくませる。
撮影なんていやだ。勝手にネットにアップされるかもしれないし、どうやって断ろうかと灯里は周りを見回したが、美奈もいなかった。どうしよう。
「すみません、ご主人様~」
聞きなれた声に顔を上げると、颯太がいきなり灯里と男の間に割って入った。
「な、なんだよ、おまえ…」
「うちはメイドの撮影はご遠慮いただいてるんですよ~」
颯太はすっと灯里を後ろに下がらせて、後ろ手で離れるように手を振った。灯里はそっとその場を離れる。
「何言ってんだよ、これくらいいいじゃん。メイドってそういうもん…」
「俺を撮ってください! 俺、写るの大好きなんですよ~」
「はあ? 男撮ってもしょうがねえだろ…」
「執事とのショット何て貴重ですよ。さあ、撮って撮って!」
「んだよ…」
その後、颯太が勝手にその3人の対応をしてくれたので、灯里は別の客の対応をした。帰り際には、颯太は灯里に絡んだ3人と仲良くスマホで写真を撮っていた。つくづく、颯太のコミュニケーション能力の高さには舌を巻く灯里だった。
颯太とお互いの手が空いた時に、灯里は颯太に声をかける。
「颯太くん」
「ああ、どう? 調子」
「うん。大丈夫。あの、さっきはありがとね」
「ああ、あれね。ああいうのはさっさと断ったほうがいいよ」
「そ、そうだよね…」灯里は自分で対処できないのが恥ずかしくなった。
「撮影禁止って張り紙しときゃよかったな。何かあったら、俺呼んでくれればいいから」
「うん。ありがとう…」
颯太は再び接客にまわる。颯太がいてくれると思うと、ひどく安心できた。
交代になって昼食をどこで食べようかと見て回っていると、金髪が目に入って颯太が目の前を歩いているのに気づいた。
もう、これが最初で最後かもしれない。灯里は思い切って声をかける。
「颯太くん」
「よう。休憩?」
振り返った颯太は、いつもどおり笑顔だった。灯里もそれにつられて笑う。
「うん。颯太くんは?」
「俺も。どこで飯食おうかなって思ってたとこ」
「い…一緒に行っても、いい、ですか…?」
緊張気味に聞く灯里に、颯太は苦笑しながら「いいよ」と答えた。
「菅野たちと一緒じゃないの?」
「美奈は彼氏きたから。夏樹と香とは休憩時間ずれてるから」
「そっか」
通りかかった教室から嗅いだことのある匂いがしてきて覗くと、そのクラスではカップラーメンを提供していた。意外と人も入っている。
「ちょうどいいや、ここにしよ」
「カップラーメンだよ?」
「こういうときに、だよ。今食べると味が違う気がする」
確かに颯太の言うとおり、文化祭で食べるカップラーメンはいつもと違う気がした。
それは颯太と一緒にせいもあるのだろうけど、灯里は口には出さずに塩味のカップラーメンをすすった。
「灯里、頑張ってるよな」颯太がみそ味のカップラーメンをすすりながら言う。
「え? あ、メイド?」
「うちでもあんな感じなの?」
「まさか。おとうさんのこと、ご主人様とか言わないし」
「だよな。灯里のおとうさん、来るの?」
「何時になるかわからなけど、来るって言ってた。颯太くんのおかあさんは?」
「うちはそういうの全然興味ないから。まあ来ても『お嬢様』とか言いたくないし」
「そうなんだ。見て見たかったな、颯太くんのおかあさん。美人なんでしょ?」
「美人ていうか…まあ、それなりに。ブスではないと思う」
どことなくすねたように言うのは、照れているからなのだろう。灯里は微笑んだ。
「カップラーメン、結構お腹いっぱいになるね」
颯太より少し遅れて食べ終わり、灯里が暑さに顔を赤くして一息ついた。
汁も残さないで下さいと注意書きしてあるので、普段はカップラーメンのスープは残す派の灯里は苦労して飲みほした。
「スープ飲んだからなあ。ちょっと喉乾いたな。なんか飲みに行こ」
「う…うん」
颯太が自然に誘ってくれたのが嬉しかった。
灯里は火照った頬に手であおいで風を送りながら、颯太に言われるままに歩くとどういうわけか自分たちの教室へ着いた。
「え? ここ…」
「自分たちのクラスのお客さんもいいもんだろ?」
颯太に言われるままに、教室に入る。颯太は「金払うから」と言ってお客として教室へ入った。
「もう…ここでいいの?」
「ここがいいの」颯太はにこにこと笑った。2人はコーヒーと紅茶とクッキーを注文した。すぐにクラスメートが持ってきてくれた。
「灯里」
不意に聞きなれた声に灯里が振り向くと、父親が教室に入ってきていた。
「おとうさん」
「灯里のメイドさんみたいと思ったけど、休憩中かあ。後で出直してくるかな」
「もう…入り口でご主人様って言われたでしょ」
「そうだけど…」父親は颯太に気づいたようで、「君が青山くん?」と問いかける。
「はい。青山颯太です。初めまして」
颯太は立ち上がって頭を下げた。
「確かにすごい髪…いや、ああ、そう。娘がお世話になったみたいで」
「いえ、お世話になったのは俺のほうです」
いつになく真面目な様子の颯太に、灯里はちょっと物珍しくて見入ってしまう。
「ご主人様、こちらでお話しされます?」
クラスメートの女子がたまりかねて父親に声をかける。
「ああ、そうだね…いや、別の席で」
「はい、こちらへどうぞ」
父親は一人で空いている机に座った。クラスメートの女子が話しかけるのを、楽しそうに相手をしている。
「もう…おとうさんたら、嬉しそうにして」
「いいじゃん。ああいうおとうさん見るの新鮮だろ」
「そうだけど…」
灯里はそっぽを向いた。「なんか恥ずかしい」
「結構みんなの親もあんな感じだから、気にすることないよ。うちのはもっと恥ずかしいから、来なくてよかった」
颯太がため息を吐きながらコーヒーを飲んでクッキーを食べる。
いつもの女子二人組が颯太のそばに来てはしゃいで話をしていた。颯太も笑顔で相手をしている。灯里はそれをうらやましく思いながら紅茶を飲んだ。
文化祭は3時には終わり、教室の片づけが始まった。飾りつけを取り外し、ごみを捨ててみんなからお金を集めて買ったコーヒーや紅茶はいる人は持ち帰ることになった。
「それじゃ、メイドと執事のMVPを発表しま~す!」
文化祭実行委員が片づけが終わったのを見計らって、黒板の前でみんなに呼び掛けた。
「一位誰?」
「早く発表して~」
「はい、それでは第3位から発表します。男子の3位は松田くん、女子の3位は池田さんでした!」
灯里ははっとして颯太の背中を見た。颯太は振り返らなかった。
2位、1位と発表になり、男子の1位は予想通り颯太だった。女子もクラスで一番かわいいと言われている大島だから、当然と言えば当然の結果だった。
「おめでとう! みんな、よく頑張ったなあ」
担任が袋を持って教壇の前に立つ。
「1位の二人、前へ」
颯太と大島は先生の前に立つ。
「おめでとう」
二人が渡されたものを開けると、5枚組の大学ノートだった。
「え…これが1位のボーナス?」
颯太があからさまにがっかりした様子で言うと、「役に立つだろう?」と先生は一人で悦に入っていた。
なんだあ、という声が教室に上がり、先生からの話の後は解散となった。それぞれ教室を出て行く。灯里もカバンを持って教室を出る。
「灯里、帰ろう」
「美奈。彼氏いいの?」
「明日振替休日だから、いいの。夏樹と香も今からファミレス行こうって」
「あ…うん。行く」
4人でその後は夕食の時間まで楽しんだ。
灯里がすごくメイドを頑張っていた、とみんな一様にほめてくれた。でも本当は一位になりたかったんだ、と言うと、でもあれがボーナスじゃね、とみんなで笑った。灯里も笑っていた。泣きたくなるような思いを抱えて。
家に帰ると、颯太からメールが来ているのに気づいた。
----明日、会えないかな。
どういう意味だろう。文化祭で灯里は1位になれなかったのに。颯太にふさわしくはなれなかったのに。でも明日は振り替え休日でどうせ休みだし、予定もない。
颯太に会えるなら、これで最後かもしれないけど、二人きりで会えるなら、それもいいかもしれないと思って灯里はOKの返信をした。
父親は灯里にメイドとして給仕してもらえなかったことを残念がっていたが、接客してくれたのが1位の大島だったので、納得していた。
灯里が3位だったことを伝えると大健闘だと喜んだ。




