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2度目の告白

「久しぶりー」

「おはよー」

「おはよー…って、あれ、灯里?」

 夏休み明けの教室で、夏樹は灯里を見て目をぱちくりさせた。


「え、髪切ったの? 眼鏡も変わった?」

「うん、ちょっと気分転換…」

 後ろにまとめられていた灯里の髪は短くショートカットになっていた。眼鏡も今までの四角いものから、丸みを帯びたものに変わっている。

 本当は自分で格好よく切りたかったのだが、どうにもうまくいかず、結局は美容室で切りなおす羽目になった。


「へえ、いいじゃん」

「灯里、イメチェン? 失恋で?」

 香に聞かれ、あはは、と灯里は笑った。美奈が後ろからツッコむ。

「香は余計なこと言わないの。似合ってるよ、それ」

「うん。さっぱりしていい感じ」

「ありがと」

 眼鏡もコンタクトにしようか悩んだが、どうにも眼鏡を外すのは怖くて中途半端なイメチェンになってしまったが、それでも灯里の変身願望は満たされた。外見からだけど、少し変われた気がする。


「休み明けって結構変わる人いるよね」

「うん。見て見て、松田なんかすごい日焼けしてる」

 クラスの人の変化を眺めながら、颯太が遅刻すれすれで教室へ入ってきた。

 灯里はなけなしの勇気を総動員して、自分の席へ戻る。


「おはよう、颯太くん」

「おはよう」

 颯太は振り返らずそう言って、思い出したようにくるりと振り返って灯里を見た。

「あれ…」

 颯太はぽかんとして灯里を指さす。

「髪切った?」

「うん。へ、変かな…」

 灯里は自分の髪をなでる。

「いや、変、じゃないけど…」

 颯太は視線をそらして「似合ってる」とだけ言うと前を向いた。


 気づいてくれた。嬉しい。

 灯里にはそれで十分だった。担任が教室に入ってきて、休み明けの注意が始まった。


 学期明けのホームルームでは、最初に席替えが始まった。くじを作り、くじ引きの結果は前の席から後ろの席となったが、どういうわけかまた颯太の後ろになった。

 偶然だが、この幸運に灯里は密かに喜んだ。

 以前のように話すことができなくても、彼の後姿を見られるのは嬉しかった。


 1週間後には文化祭なので、ホームルームで何をクラスでやるかの話し合いになった。

 フリーマーケットやお化け屋敷、演劇などの意見が出たが、準備が大変なのでメイド&執事喫茶に決定した。

 女子がメイドで男子が執事だ。といっても、別に衣装を準備するとか言うものではなく、制服にエプロンと手袋をつけて、それっぽくふるまうということになった。調理類は出せないので、飲み物とお菓子を出すという簡単な喫茶店を準備することになった。


「お客に一人一人が直接ついて接客か。じゃあこうしようか。お客さんにいい接客した人を投票してもらって男女各一人ずつ、1位だったものにボーナスをやろう」

 ずっと話を聞いていた担任の言葉に、クラス中がわあ、と声をあげた。

「ボーナスってなんですか? 先生」

「それは1位になったものだけのお楽しみだ」

「やだ、絶対頑張らなきゃ」

「組んでやったほうが効率良いかな」


 盛り上がっているクラスの中で、灯里はこれは苦手な分野だな、と思っていた。どうせ1位になるのは愛想のいい女子か男子だろう。例えば颯太くんのような…。

 颯太の背中を見て思う。きっと男子の1位は彼だ。


 夜になり、灯里が父親と夕食を一緒にとっているとき、文化祭がもうじきだという話をした。

「文化祭か。なつかしいなあ。おとうさんにとってはもう三十年くらい前の話になるよ。灯里のクラスは何をやるんだ?」

「メイド&執事喫茶。と言っても、制服にエプロンつけるだけで、名前だけのメイドと執事だけどね」

「はは、名前がいいな。灯里もメイドさんにわるわけだな」

「うん、そう…」

 灯里はそうめんをすすりながら「お客さんに投票してもらって、1位の人は先生がボーナス出るんだって」と説明する。

「ボーナス? 何?」

「先生、教えてくれなかった。文化祭終わるまで秘密みたい。きっと男子の1位は颯太くんだろうな…」

「ああ、金髪の」


 ぽろりとつぶやいてしまった言葉に、灯里は自分で動揺した。父親は特に気にしたようではなかった。

「そう…金髪の」

「元カレが1位なら、灯里も頑張らないと」

「ええ? 私はいいよ。どっちにしても、無理だと思う。私よりかわいい子いっぱいいるし…」

「灯里が元カレとつきあってた頃は、すごくかわいくなってたよ。笑顔も増えたし」

「………」


 灯里はぐるぐるとそうめんを納豆とツナの入っためんつゆの中でまわして、思い切りすすった。そうえいば、美奈たちにもそう言われたっけ。

 自覚はなかったけど、そういうことなんだろうと灯里は思った。


「まだ好きなんだろう? 元彼氏くんのこと」

「………」

 灯里が答えられずにいると、父親もずるっとそうめんをすすった。

「文化祭、灯里も1位を目指したらいいんじゃないか?」

「いいよ、別に…」

 灯里が視線をそらすと、父親はつけものを食べながら「灯里はもっとかわいくなれるってところ、見せつけてやればいい。そうしたら、灯里のもとへ戻ってきてくれるかもしれないぞ」


「それは、ない、と思う…」

 母親にも父親にも似たようなことを言われ、そんなに自分は落ち込んでいるのだろうかと灯里は思った。自分では普通にしているつもりなのに。

「ない、なんてことはわからないだろう。別れたことを後悔させてやるんだよ。それならどうだ?」

「………」

 灯里は急に胸がいっぱいになってきて、まだ麺つゆの中に入っていた納豆を無理やり流し込んで、「ごちそうさま」と言って茶の間を出て行った。


 風呂に入って髪を乾かす。短くなった髪。でもあの人にふさわしい人間にはなれていない。どうすればそうなれるんだろう。ふと、父親がさっき言ったことを思い出した。


 もし文化祭で私が1位になれたら。これをきっかけにしてもう一度、颯太くんに告るというのはだめだろうか。今度こそ、本当の告白を。


 灯里にとってはかなり勇気のいることだ。もう一度つきあってくださいなんて言うことは。そもそも灯里の言うことなんて、颯太くんはもう信じてくれないかもしれない。でも文化祭を口実にできるものなら、これほどいいものはない。

 1位になれたら、弁当屋でもできなかったことをここでできたら、少しは颯太も灯里を見直してくれるかもしれない。

 灯里はぎゅっと拳を握りしめた。…これしかない。


 文化祭の前日になり、飾りつけなどをみんなで放課後やることになった。机と椅子を並べて、教室を百円ショップで買ってきたマスキングテープやシールで飾りつけする。手間がかからないように最低限の飾りで、さほど遅くならないうちに準備は終わった。


「…颯太くん」

「ん?」


 颯太が自転車小屋へ帰るのを見計らって、灯里は声をかけた。颯太の様子をうかがって、ずっとタイミングを計っていたのだ。ストーカーみたいだなと自分でも思うが、もう今日しかチャンスはない。


「あの、ちょっとだけ、一緒に帰ってもいいかな?」

「…いいけど。バイト? あ、遅れて行くのか」

「うん。文化祭の準備があるから遅れますって言ってるの」

「そっか」

 颯太は自転車小屋から出て自転車に乗る。

「じゃあ、途中まで」


「ありがとう」

 灯里はほっとして颯太の横に並んで自転車をこぐ。

 こうやって二人で帰るのは久しぶりだ。嬉しくて緊張していた。


「颯太くん、あのね」

「うん?」

「…この前のことは、本当にごめんなさい。私、朝陽の言いなりになって…」

「ああ…。いいよ、それはもう」


 颯太は悲しげに笑う。

「話って、それ?」

「ううん。それだけじゃなくて…」


 灯里はありったけの勇気を振り絞った。今しかない。

「私、颯太くんが好きです」


「へ?」

 颯太は自転車を止めた。

「え? 何? 今、なんて…」

 灯里も颯太に合わせて自転車にブレーキをかけて横に止まる。


「今度の学園祭で、喫茶店の投票で、もし私が1位になったら、もう一度、颯太くんとつきあいたいです」

 颯太は目をぱちくりさせて、灯里をみつめる。


「か、勝手なこと言ってるのはわかってるんだけど。もし許してもらえるなら、もう一度颯太くんに告白するチャンスをください」

「…灯里」

 池田ではなく、颯太は灯里を名前で呼んだ。


「それは、森に言われたとかじゃなく…」

「全然関係ない。私、颯太くんと一緒にいたい。ずっと夏休みの間も颯太くんのこと考えてて…。そんな資格ないってわかってるけど、私、文化祭で頑張って、颯太くんにふさわしくなれるようになんとかするから、お願いします!」

「…わかったよ」


 必死になって頭を下げる灯里に、颯太は苦笑してうなずく。

「でも、俺…」

「いいの。返事は文化祭が終わってから聞くから。それまでは保留にしてて。お願い。でないと私、頑張れないから」

「…そっか。うん。わかった」

 颯太が了承してくれたので、灯里はほっとして笑った。


「ありがとう。じゃあ、私行くね」

「あ、うん…」

 灯里は顔を真っ赤にしながらがむしゃらに自転車をこいだ。火照った頬に風が心地よかった。


「…言い逃げかよ」

 遠ざかる灯里の姿を颯太は笑いながら見守った。


 灯里は家のパソコンで接客のマニュアルや接客のコツ、接客の心構えを検索して文化祭に備えた。

 灯里がバイトを始めるときでもこんなことをしたことはなかったのに。効果が表れるかは正直、微妙なところだった。



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