二十四話 デジャブ。
殆ど進展無しのこの小説……
頭の中には大分先にどんな事がしたいかとかあるんですけどね。
こんなに遅くなってしまい、本当に、すみませんでした。
それでは二十四話です。
衝撃の強すぎる自己紹介は、軽く私の意識を奪いかけた。
だけど、それで意識を飛ばせたら私はこんな風には育っていない。
不自然に跳ねだした心臓が煩いが、そんな事はすぐさま忘れた。
視界の端に写るアタッシェが此方を怪訝そうに見下ろし、声をかけようかどうか迷っている。
ごめん、私もどうすればいいか解らないの。
「本当に今年は凄いよね。どうして僕こんな学年受け持っちゃったんだろうね?」
出席簿を眺めながら言うオーベルに心の中で同意する。
彼の言う『凄いの』の中に自分が含まれていることなんて、当然気にしない。
彼も私の異変には気付かずに場を進行していく。
今はその無関心さが有難い。
「まぁいいや、それじゃあネロさんは落ち着いて着席。じゃあその前の席の子は?」
「はい、私は……」
ふわふわと宙を漂うように、耳と思考が乖離する。
耳は情報を拾い、脳に刻みつけ、思考は独立して働き出す……並列思考«マルチタスク»、情報戦用にとこっそり鍛えていた能力を発動する。
さて、考えよう。
彼女、ネロは帝国の第三皇女、つまりは敵方の人間。
皇女ということは、魔属に対しての偏見が人一倍強そうなものだが、ネロに敵対の意志は微塵も感じられない。
むしろ好意的でさえある『感情«イロ»』だ。
何故?
王が魔属を嫌っているというなら、こんな風には育たないはず。
幼少に魔属と交流を持っていた?
その可能性はゼロではない、でも、王が魔属嫌いならこの仮定は成立しないに等しい。
誰が嫌いな者を身内に近づけるか。ありえない。
では、王は魔属が嫌いではないの?
だとすると魔王国侵攻の理由を別に模索しないと。
侵攻はあくまで噂程度のものだが、勇者が召喚された今、本気だと取って間違いないはず。
魔属にあって、人間にないもの、或いは人間に疎まれる理由は?
王国の……魔方陣が狙い?
まさか世界征服なんて事はないよね。
兵を送り込むにはどうしても間に挟んだ共和国を通過する必要がある。
帝国の魔方陣を使い王国に乗り込むのは不可能……接続«リンク»していない。
中立の共和国が手引きすれば出来ない事は無いけど、今の状態でメリットは考えられない。
なら、勇者を召喚したその真意は?
解らない……保留しよう。
勇者、そうだ、ネロが勇者でないのなら、勇者は誰?
プラチナの魔力は二人だけ。
でも二人とも違う。
なら勇者は金の魔力か、銀の魔力か。
あの女の子?もしくは、あの男の子?
後で情報を回収して選別しないと。
勇者なだけあって適性は光か、はたまた私みたいにオールラウンドか。
勇者についての考察も一時保留、進まないもの。
…………でも、何でネロは……あんなに懐かしかったのかな?
あの子からは、確かに『夏』の気配がしたのに。
田舎の、鮮やかな『夏』……アレは確かに見知った感覚だった。
ネロに、他でもない、彼女に懐かしい『夏』を見たのに。
夢幻というには、あまりに生々しすぎる。
彼女は一体……
「レイカ様!!」
思考を中断させるほどの大音量が、完全に不意を突いて鼓膜を叩く。
ビクッと肩を震わせて傍らを見れば、焦った様に私を見るアタッシェと眼が合った。
……眼?
しかし深く考える前に、彼は素早く身を引いて顔を俯け、次いで疲れたようにため息を吐いた。
ガックリと下がった肩が痛ましくも憎らしい。
そんなにあからさまにしなくても……!
「レイカ様、何を呆けてるんですか。もう終わってしまいましたよ」
知ってる、聞いてはいたからと返してやりたいけど、先ほどの焦った様子が申し訳なくて、その言葉は喉の奥で霧散した。
「え……っと……ご、ごめんね?」
変わりに出てきた台詞はこんなもので、改めて自分のコミュニケーション能力の低さを実感した。
大分マシになったと思ったのだけれど……
「何で疑問系なんですか……とりあえず、昼食です。食堂に行きますよ」
また呆れられた!?
けど嫌な感じはしないから、まぁ、いいや。
けど、そっと差し出された手を取るのは躊躇われた。
だって……
「ごめんアタッシェ。私、キリとお弁当食べるから……食堂はコノトト達と行ってくれるかな?」
折角誘って貰ったけど、私はお弁当を準備してきた。
それに大人数で食卓を囲むのは、なんと言うか、苦手だ。
そう告げると、アタッシェは驚いたように固まり、やがてゆるゆると手を下ろした。
その様子がなんだかおかしくて、思わず身構えてしまう。
「そうですか……」
だが、たった一言。
それだけ言って、アタッシェはくるりと踵を返す。
だが、向かった先にコノトトとロゼリアはいない。
廊下の向こう、アタッシェの進路の反対から、姦しく言い合う声が聞こえた。
どうやら待ち切れずに先に行ってしまったようだ。
まさか一人で食べるのかと思った時……
「アタッシェも、一緒に食べる?」
つい、私は彼の袖を掴んでいた。
「……はい?」
困ったような、状況を把握出来ていないアタッシェの視線が痛い。
咄嗟の行動だったから、私もよく解っていないのに!
「え、あ、あの……お弁当、実はちょっと張り切り過ぎちゃって……一緒に食べてくれないかな?というかお願い一緒に来て」
「え、え、あ、ちょっ!?」
一気にまくし立て、有無を言わさずに彼を拉致した。
机の端で、まだ眠っていたキリも連れ出して、一直線に外へと向かう。
途中にあった絵画の貴婦人に道を尋ね、階段を降り、ひっそりと静まり返った廊下を抜け、外へと続くガラス細工の美しい扉を潜った。
それまでの間に、アタッシェは何か言いたそうにしていたけど全部黙殺した。
ちなみに貴婦人は優雅に旦那様の浮気相手と銃撃戦を繰り広げていた。
どれだけ乱闘好きなのかな、貴婦人は。
他愛の無い思考を挟みつつ、狭い石畳の小道を渡る。
なだらかな丘陵を乗り越えれば、わずかな木々に囲まれた小道に繋がった。
生い茂る葉は重なりあって、光を柔らかくして地面に落とす。
小道を抜けた先には、木陰に佇む、綺麗な白い東屋があった。
……教室の窓から見えた場所……やっぱり、綺麗……
鳥のさえずりが似合いそうな繊細な造りで、自然と雰囲気が和む、そんな場所。
周囲を囲む短い芝生は風に揺れ、空を渡る雲は小ぶりで遅い。
大きく息を吸い込んで、吐く。
新鮮な空気が肺を満たし、清清しさを残し、去っていく。
「あ、あの、レイカ様?」
一連の動作を見守っていたアタッシェが、困惑したようにあたりを見回した。
その様子に、先ほど感じた『翳り』は見当たらない。
それが嬉しくて、私は再び彼の手を引き、東屋に拵えてあったベンチに並んで座る。
ようやく起きたキリが、思わぬ同伴者に眼を丸くして、アタッシェを見、次いで私を見上げた。
綺麗にまん丸になった緑眼に苦笑を零し、私は空間を僅かに裂いてバッグと繋げ、中にあったお弁当を掴み、引っ張り出す。
勢いのまま出てきたから、肝心のお弁当を忘れていた。
「レイカ様、今、どこから……?まさか、空間魔法?」
「それ以前に君は誰なの?てかアレ?君って確か……雷の防御壁の!」
「そういう貴方こそ誰ですか?レイカ様の使い魔ですか?」
「つつつつつ、使い魔だって!?」
「二人ともそこまで。先に食事にしよう?冷めたら美味しくなくなっちゃうから」
喧々囂々と言い合う二人を窘め、東屋を形造る滑らかな大理石で出来た、備え付けの丸テーブルにバスケットを置く。
「カレーだよね?冷めちゃったの?」
私の台詞にあわてたのか、キリの尻尾があわただしく揺れ、ポスポスとアタッシェの手の甲を叩く。
彼はそんな尻尾の感触に少しだけ口元を緩め、はっとして引き締めた。
もうちょっと見てたかったのに。
「冷めてないよ。揚げたての状態でキープしてあるから」
「揚げたて?カレーって揚げ物だっけ?」
不思議そうに首を傾げる矮躯を机の上に広げたシルクのハンカチに座らせ、同じくシルクで出来た小さめの布切れを置く。
そしてバスケットを開ければ、中からは香ばしい揚げ物と、カレー独特の香辛料の匂いが鼻腔をくすぐり、食欲を刺激した。
何がでるかと構えていたアタッシェも、この匂いに警戒を解いた。
「カレー単体で持ってくるのは無理だったけど……こうしてパンにしちゃえば、美味しく食べれるの」
そう、私が作ったのはカレーパンだった。
黒くて悪魔な執事さんを思い出し、でっきるかな?でっきるかな?みたいな感じで作ってきたのだ。
「素人の作ったものだけど、味は保障するよ」
見た眼はちょっと不恰好だけど。
まず真っ先に食いついたのは、やはりというかキリだった。
キリ用の小さなカレーパンは四つ、普通サイズは五つ、今更ながらにアタッシェを誘って良かったと思う。
キリは小さな手で小さなパンを掴み、迷わずに大きく齧り付いた。
そして……
「おいっしぃぃぃ!!!これ美味しいよ、レイカ!!何が美味しいってもう全部が美味しい!!」
それからキリは美味しい美味しいと私が赤くなるくらい連呼しながら、あっという間に二個目を手に取った。
このペースでいけば、すぐにでも食べ終えるだろう。
「ほら、アタッシェも遠慮しないで食べて?」
ほら、と一個差し出し、受け取ったのを見て、私も小さく齧り付く。
うん、結構上手に出来た!
はむはむと頬を緩ませると、ようやくアタッシェも一口だけ飲み込んだ。
咀嚼し、暫くして飲み込むと、驚いたよな声が唇から毀れた。
「……美味しい」
それからは彼も、キリと同じように、けれど黙々と食べ続け、二つ目に手を伸ばそうとして、止まる。
遠慮してるとすぐに気付いて、苦笑を零しながら、中途半端に伸ばされた手に、新しくパンを乗せた。
「異世界の味は気に入ってもらえたようで、何よりね。遠慮しないで、全部食べちゃってもいいよ」
一個で限界なの、とまだ半分も減っていないパンを振る。
それに背を押されてか、彼はすぐにキリに追いついた。
こっちの学生も食べ盛りだなぁ、見てるだけでおなかいっぱいになりそう。
一心不乱にパンを食べる二人を見て、あながち間違いでもないかと手にあるカレーパンを見る。
半分も食べていないは、未だ食欲をそそる匂いがする。
でも、もう食べる気にはなれず、こっそり小さく凝縮させて口に放り込んだ。
咀嚼するフリをしつつ、隣のアタッシェを盗み見る。
彼があの場を立ち去ろうとした時、言った言葉が頭に浮かぶ。
あの時、彼からは馴染み深い感情が感じ取れた。
それが何だか解ったから、私は彼の袖を掴んだ。
私は知っていた、それが意味する事を。
多分、あの場の誰よりも。
私はアタッシェが混血だという事を、すっかり失念していた。
同属に近いコノトト達でさえ、一瞬とはいえ怯んだのだから、他がどうなるかなんて、考えるまでも無いことなのに、私は、忘れていた。
アタッシェが、一人になるかもしれないという事を。
一人になると解っているから、大衆の中で孤立すると、解っていたから……
「だから、私は掴んだ……だって……」
呟きはごく小さなもので、小さすぎて言葉にすらならず、吐息に溶けた。
「レイカ様?何か……言いました?」
既に三つ目を手にしたアタッシェが首を傾げる。
そうしていると、何だか愛嬌があるのに。
フードが邪魔だなと思いながら、仕方の無い事と諦める。
「言おうとして、言わなかったの」
「どうしてですか?」
「それは……内緒、かな?」
「なんですかそれ……」
胡乱な眼差しを苦笑でいなし、大して満たされていないお腹をさすった。
……言える訳、ないじゃない。
こんな事口にするだけ無駄な事だし、きっと誰にも解らない。
あの時のアタッシェがまるで……
まるで、いつかの微笑と……
同じに見えた、なんて。
作「はぁ……本当に進まない……しかもこのまま三年生になっちゃうし」
神「待たされた皆様の身にもなれ!……まぁ、進級できたんならいいじゃん」
作「それは本当に安心したけど……あと、両親の実家も無事で安心した」
神「ここで言うべきこと?」
作「だってさ、誰にも言えなかったから。皆ピリピリしてて……当たり前だけど、本当によかったって、今更だけど安心したんだ」
神「まぁ、ね」
作「っし、それじゃあまだ自由でいられる内に書き溜めとくかな」
神「そうしといて。ただでさえ遅筆なんだから☆」
作「おおぅ、久しぶりにグサッてくる……」
神「それではみなさん」
作「また次回!!」