二十一話 想いのカケラ。
こんなにも遅くなってすみませんでした!!
私にはもう謝る事しかできません!!
本当にすみませんでした!!
試験の翌日は入学式。
急なスケジュールだから、合格した生徒の分のみ祖国から纏めた荷物が昨日の夕方から今日の朝にかけて届けられるらしい。
朝に弱い私がこんなに早い時間に起きたのもそのせいだ。
もそもそとベッドから這い起き、枕元に準備しておいた蒼のカーディガンを羽織る。
流石にこの時間帯に薄でのネグリジェだけでは心元なかったのだ。
眠い目を擦りながら濃紺のカーテンを開け、紗のような白いレースのカーテンの隙間から外を覗く。
まだ太陽は顔を出したばかりだというのに、階下からの喧騒は絶えないどころか騒々しさが増すばかり。
分厚い壁に波打つカーテンと軽く遮音できる空間になっているにも関わらず、こうもハッキリと怒号が聞こえるのでは二度寝も無理そうだ。
でも今日は特にする事が無く、あるとすれば身支度と腹ごしらえくらいなんだよね。
それに私の荷物はすでに私の空間……『箱庭』に収納してあるから、本当に何もすることがない。
手伝いに行こうかな?とも考えたけど、私が行くとむしろ使用人の皆が縮こまりそうだ。
……うん。暇だ。
暇人が確定したので、とりあえず着替える事にした。
私服はクロアと買った物があるけど、今日は学校だから出番ナシ。
ネグリジェは流石に男の人と買うのは躊躇われたから、仕方が無いと腹を括って城の女性陣が用意したものを着させてもらっている。
コレばっかりは諦めるしかなかったからね。
今の自分の格好を見下すと、どうしても自分の胸が真っ先に目に付く。
何とも微妙な気分になるが、本人達の目に映らなかった事を感謝しつつ、私は備え付けのクローゼットに近づいた。
今更だが、用意された部屋は一人一部屋なのだが、正直にいうとそれは嘘だろ、と突っ込みたくなった。
確かに一部屋なのだが、かなり広い部屋を用途ごとに区切っているといった感じで、実際には五部屋あるような気分だ。
入ってすぐに小さな応接室があって、そこから扉の無い壁数枚で寝室、台所、お風呂場、空きスペースといった按配。
もうこれは一部屋と言ってはいけない気がしたのだ。
そして各部屋にはこうして備え付けの家具が最初から付いていて、そこから各々の趣味に合わせて改造していくのだそうだ。
……改造してもいいって学校、そうそう無いと思うのだけれど。
目の前のクローゼットの取っ手に手を掛けながら、私も改造してみようかな、なんて考えてみたが、どうあっても結局は『箱庭』にある自分の部屋に行き着きそうだったので断念することに。
開いたクローゼットの中には、数着の制服が入っていた。
昨晩の内に出して入れておいたものだ。
昨日は眠くてよく見ていなかったが、手に取り、明かりをつけて見て見ると、それはどこからどうみてもセーラー服にしか見えない。
どこから文化が混じったんだろう?昔ヲタクさんか、はたまた女子高生でも召喚されたのだろうか。
そう思ってしまうくらい、見れば見るほど純然たるセーラー服だった。
違うところといえば、制服に使う代物なのかと首を捻らずにはいられない布地の滑らかさと、明らかに純銀で作られた翼の形をした校章くらいだろうか?
しかも学年を識別する為に校章に嵌め込まれているのは、サファイアのような蒼い宝石だ。
一年生は蒼、二年生は緑、そして最高学年の三年生は赤の宝石が嵌めこまれる。
教師はそこから黄色の宝石に変わるらしい。
この制服一枚にどれ程の金額が掛かっているのか、元一般人としては恐ろしくて聞けない。というか聞きたくない。
ついつい出そうになるため息を堪え、制服を抱えて風呂場に向かう。
浴室は一人で入るには少し大きいのではないかと思うほどの広さで、こっちはちゃんと擦りガラスのように中が見えないようにしきられていた。
部屋には誰も居らず、そして皆は荷物の整理で忙しいだろう。
そう思って、私はネグリジェの肩紐を解き、すとんと床に落とした。
「うわ、やっぱり胸元に痕がついてる……今度直さないと」
鏡台を覗き込むようにして壁に掛けられた鏡に胸元を映すと、そこには薄くだが赤い線が引かれていた。
「全く……もう少し小さくなってもいいと思うのだけれど……」
自分の身体だが、どうしても好きになれないものがある。
歳相応に見られない小さな身体、日本人らしくない白い肌、時々邪魔になる胸。
別に好きではないが、嫌いでもない。
長い髪はお姉ちゃんとおそろいだし、釣り目勝ちな瞳もお姉ちゃんと対照的、対に見られると嬉しかった。
ただ、ほんの少し似通ってる部分があまり……好きになれない。
お姉ちゃんほど小さくない身体、お姉ちゃんほど白くない肌、胸は……単に邪魔なだけ。
お姉ちゃん本人になりたい訳ではないけれど、双子なのだから、もう少し似ていても良かったのに。
せめて私の元気さを分けて上げられたら、きっと私達は今も幸せに生きていた。
「依存……してるのかな?」
自覚はあったし、否定もしなかった感情を再確認してみる。
最近、向こうの世界と切り離されたからか、よくお姉ちゃんとの思い出を反芻するようになった。
これで良かったと思っている反面、心のどこかで不安を感じていたのかもしれない。
小さい頃、不安になったり怖い事があると、直ぐにお姉ちゃんの所に走っていた。
お姉ちゃんは、受け止めてくれたから。
どんな事でも、何があっても、慰めて、怒って、諭して、そして最後は笑って全て受け止めてくれた。
私はそんなお姉ちゃんが、好きで好きで、好きじゃ足りないくらい、大好きで。
言い換えれば、やっぱりそれは『依存』になるのだろう。
「はぁ……思いっきり引き摺ってるなぁ」
朝から気分が重くなるような事を考えた自分に嫌気が差す。
きっとこの行為すらも『依存』で『現実逃避』なのだろう。
自分はとことん不器用な人間だと思いながら制服のシャツに袖を通す。
「ん……こっちは丁度いいかな?スカートは……ちょっと丈が短い気がする」
「大丈夫だって、こっちじゃそれでも長いほうだと思うよ?」
「そうなんだ……あ、そこに在るスカーフ取ってくれる?あと校章も」
「了~解~……あー、やっぱり凄く似合うね!可愛いよ」
「そうなのかな……髪は下ろして行こうか……な……!?」
一体自分は誰と会話をしているのか、警戒心が緩んでいた自分に驚きながら後ろを振り返る。
目を皿のように丸くしたが、人影は一切無い。
部屋から聞こえたにしては会話の内容が可笑しいし、そもそもスカーフを手渡してもらったばかりだ。
だが何度見回してみても、人影どころか蜥蜴も虫もイニシャルGもいない。
……清潔だな。うん、清潔だ。
混乱して何を考えているかわからない頭に、さらに追い討ちを掛けるようにして、また声が聞こえた。
「え~、髪は二つ結びを希望!でも後ろ髪は残す感じって言っても解らないか……ちょっとボクに結わせて」
「え……え!?」
訳の解らないままうろたえていると、鏡台に掛けていた黒のリボンが消えていた。
変わりにシュルシュルと髪が結われていく音が聞こえる。
一房、二房分くらいの髪が側頭部を行き来し、今度は反対側に音が移動する。
何が起きているのか解らないまま鏡に目を映し…………絶句した。
そこに映っていたのは、小さな身体をものともせずに私の髪を結っている魔王・キリがいた。
小さいというか、もの凄く小さいというか……そうアレだ、手の平サイズだ!
手の平サイズで獣耳と尻尾を生やしたキリが、まるでカフェのウェイターのようなベストを着て楽しそうにリボンを結んでいた。
呆然としていると、一仕事終えたというように額を拭い、フワフワと降下しながら私の肩に座る。
「どんな髪型でも似合いそうだけど、ボクはこっちが好きだな~~。なんかレイカって感じがするし」
「……私みたいな感じって何?」
「ん~~、奔放で抜けてて明るい感じ?」
「そっか……じゃなくて!」
そう、そんな事を聞きたいわけじゃなくて!
「どうしてそんなに小さいの、というか何時来たの、それと耳と尻尾可愛いね……って最後の可笑しい!!」
自分で言ってて可笑しいことを自分で突っ込んでみる。
うん、更に混乱しただけだ。
あわあわと慌てる私に、キリはイタズラが成功した子供のようにやんちゃな笑顔を向けた。
「あははっ、驚かそうと思って昨日から準備した甲斐があったよ!」
ブンブンと身体に比べて大振りな尻尾を振りながら、キリはどこまでも楽しそうだ。
「ボクはね、ボクの大元の魔力と髪の毛一筋と一滴の血液で造られた、いわば人形のようなものなんだ。視界と聴覚を本体と共有し、性格と考え方、言動も本体その物の人形」
「に、人形?」
「そ、流石にボク……本体のほうにも魔王としての仕事があって、ずっとそっちに居る訳にはいかなかったんだ。でもフォンを行かせるにしてもシエラを行かせるにしてもレイカには危険しか与えられないし、それに約束を破るのも嫌だったから、本体はボクをここに送ったんだ」
「おぉ……台詞が長い」
キリにしては長文だね。というかじぃじ以外は皆簡潔なんだよね。
見当ハズレな所に感心する私に、キリ(小)が肩の上で器用にコケた。
「内容は?内容は聞いてたの!?」
「うん、聞いてた」
というか、耳元で叫ばないで欲しい。
「じゃあいいや……本当にレイカのキャラが掴めない……」
「掴んだ所で、見えてくるのは存外つまらないものだと思うの。で?質問に答えて欲しいのだけれど」
「質問?あぁ、ボクがどうして小さいのかは言ったけど、何時来たかってのはまだだったよね」
「あと尻尾と耳も」
どちらかというと、最初に挙げられた二つよりもこれが一番知りたかったりする。
というか触りたい。ふもふもしたい。
光を受けて色の濃淡を変える柔らかそうな毛が私を誘っているのは気のせいなのかな?
その想いを知ってか知らずか、キリ(小)は尻尾を振るのを止めない。
「ボクが何時来たかっていうのは、実はついさっき、レイカがスカートを履き始めた辺りから」
…………キリ(小)、今なんて言った?
「……履き、始めた?」
「で、尻尾と耳は、ボクが剣狼族、つまりは狼の魔属だからかな」
解った?と聞いてくるキリ(小)の、その小さな身体をそっと手の平にもって来る。
いきなりの移動にバランスを崩すキリ(小)を無視して、目を合わせた。
私の顔を見て、何故かぎくりと強張ったキリ(小)に、私は精一杯の笑顔を向ける。
「ねぇキリ(小)、もしかして……見た?」
「(小)って……見たって、何を?」
音を立てそうなほど鈍い動作で顔を逸らそうとするキリ(小)の顔を指先で押しとどめ、更に声を低くして、もう一度尋ねた。
「だから、その……私の、し、し……下着、見たの?」
言うのも恥ずかしくて、さっきまでは少し赤いくらいだった顔が真っ赤になっていくのを視界の端に映る
鏡が映す。
それを見て、キリ(小)の顔も見る見るうちに赤く染まり、やがて観念したように項垂れた。
「ごめん……見た」
「~~~~~~~~~~~っ!!」
生まれてこの方、純情そうな少年とはいえ、異性の目に自分の下着なんて晒したことの無い私は言葉を詰まらせてしまった。
別に減るものではないと言うかも知れないが、私はこういった事にはとことん免疫が無い。
今も昔もお姉ちゃんに依存している私にとって、他の誰かに肌を見られるというのは死ぬほど恥ずかしい事だ。
今だって、なんとか理性で抑えてはいるものの、下手をしたら握っているキリ(小)を絞め殺してしまいそうで怖い。
「なるべく考えないようにしてたのに……どうしよう、ボク、クロアに殺されるかも……」
「その前に、私が死ぬ……うぅ、恥ずかしい……穴があったら入りたい、というか入った上からコンクリ流して全てを無かった事にしてほしい……」
「その“こんくり”っていうのが何かは解らないけど、危ない感じがするからそれはやめて……あとキリ(小)もやめて……」
「じゃあそのままキリで……うあぁ……」
「お願い……う~……」
暫く風呂場で二人して立ち直れていないでいると、ふと耳に何かの音が届いた。
大分マシになってきた頬の赤さを無視して目を上げると、キリ(小)……キリが恥ずかしそうにお腹を押さえて佇んでいた。
外を見れば、太陽は先ほどよりも高い位置にあった。
階下で響いていた喧騒も大分落ち着いていて、代わりに美味しそうな匂いと、それらに付随する独特の音が聞こえてくる。
そこまで考えたところで、再びあの音がキリのお腹から聞こえてきた。
「……朝ご飯にしようか」
どうやら、人形でもお腹は空くらしい。
私は苦笑を堪えると、手に掴んでいたキリを再び肩に乗せ、緩んでいたスカーフを直して台所に向かう。
それを聞いた途端にキリはパッと顔を輝かせ、ぶんぶんと千切れんばかりに尻尾を振った。
ぽすぽす耳に当たるそれがくすぐったいが、まぁそれも仕方ないかと台所の椅子にかけていたエプロンを手早く纏い、創造した冷蔵庫を開ける。
「ボク、またあのカレーが食べたい!」
「あれは朝食べるには重いから、お昼に作ってあげる」
嬉々としてリクエストをするキリの頭を指先で撫でて、私は冷蔵庫から卵とベーコン、レタスとミニトマトを取り出し、それから冷蔵庫と一緒に作っておいたカートの上に『箱庭』からもってきた食パンと一緒に並べた。
パンは今度から時間があるときは自分で焼いてみよう。
野菜もいずれは無くなるだろうから、『箱庭』に畑を作って栽培して……カレールゥとかもそれに代わるものをこっちで見つけるまでワルキューレみたいにして複製しておこうかな。
それなりの設備の整った台所を見回しながら、そう考える。
今日は確か入学式があって、午前中で終わるけど、その後に確か先輩達との交流があるらしい。
生徒の大半は、というか殆どは学校内にある巨大な食堂で食事を摂るようだが、私は少人数で食べる方が好きなので、お弁当を作ることにした。
……カレーをお弁当に持っていくと大変な事になりそうだな。
高校に入り、給食からお弁当に変わった時、男子の誰かがお弁当にカレーを持ってきた時の事を思い出す。
……油の浮いた冷めたカレーなんて、カレーじゃない。
仕方なくカレーは無理だとキリに告げようとして、止まる。
……そんなキラキラした目でみないでよ、キリ。
これじゃあ無理だなんて言えない。
言ったら最後、自分にも多大なダメージが来るだろう。
何とか、何とかできないかと考え、そして……
「あ、アレならいける」
一休さんのように頭の木魚を連打するような時間も掛からずに出された答えは、案外いけそうではあった。
そうと決まれば直ぐにでも決行。
私は手早く朝食を作り、キリと共に席に着く。
小さなキリの身体に合わせて作ったナイフとフォークと皿にコップをならべ、ナプキンも作り上げ、椅子とテーブルも創造する。
聞けば、身体のサイズに合わせた食事量で事足りるそうだった。
なんでも私は料理を作る際に気でも緩むのか、私にとっては僅かではあるが、キリたちにとっては十分な量の魔力が料理に注がれるらしい。
魔属の食事には、その食材の持つ魔力が欠かせないという。
総じて魔力の保有量の多い魔属は、その食事からも魔力を得るようだ。
キリが言うには、私の魔力は食事の味を引き立て、尚且つそれ自体もドコの高級品だ、もうこれ食べたら他のなんて……というくらいに美味しいらしい。
誇張された感もあるが、本人が気に入っているならまぁ良しとしよう。
小さな食事を作るのは難しかったが、これは慣れるまでの辛抱だ、慣れれば楽しくなるだろう。
テーブルに並べたのは、ごく一般的な洋食の朝食で、私にとってはとても馴染み深く、簡単に作ったものなのだが、やはり異世界の料理とあってか、キリは始終子供のようにキラキラしていた。
私は手早く食事を終えると、昼食の準備の為に台所にこもる。
キリにはお楽しみだといって遠ざけておいたが、さて、小さいアレを作るのは結構難しそうだな……
私は時間に遅れないようにと急いで準備に取り掛かったのだが、やはり考えは的中。
私がお弁当を作り上げ、キリとともに部屋を出たのは、入学式が始まる三十分前だった。
因みに集合時間は十五分後、この寮から学校まで最低二十分は掛かる。
……アレ?どうしても五分オーバーするのだけれど。
「入学式から遅刻する覇王ってダメだよね?」
「ダメだよ!だからもっと急いで!」
タッタッタッタと不快にならない速度で軽快に駆けているのだが、これだとどうにも間に合わない。
「レイカならもっと早く走れるでしょ!?」
「走れるけど……これ以上規格外のレッテルを貼られるのはなんだかなって」
「そんなの今更だから!とにかく急いで!!」
必死に叫ぶキリがなんだか哀れになり、私は不本意ながらもスピードを上げることにした。
一度足を止め、肩に乗っていたキリを手の平で守るように優しく包み込み、そっと片足を後ろへと引く。
「レイカ?」
「しっ、喋ると舌噛むよ」
「え?」
「さて、行きますか……いけ!わたしの『でんこうせっか』!!」
瞬間、私達は眼にも止まらぬ速さで舗装された道を駆け、植え込みを飛び越え、まさに電光の勢いで校舎へと猛進した。
景色が、音が遠く流れていく感覚が気持ちいい。
空気すら切り裂くように、私は目指していた場所に集まる人の群れに走った。
頭の中はメロス状態で、うろ覚えの歌が耳に届く。
あれ、ロンリーウェイなのかな?ロリウェイって聞こえるんだけど。
よく見れば然程人数は集まっておらず、教師も悠々とベンチに腰掛けていた。
談笑すらかわされる中に、私は『でんこうせっか』のまま近づきながら、ふと思った。
これ、どうやったら止まるんだろう。
何かぶつかる対象があれば良いのだが、生憎教師や生徒以外にぶつかれそうなものはない。
樹に当たってもいいのだが、それだと樹が折れそうだし、校舎も破損してしまいそうだ。
どうしようかな?と思っていると、誰かが此方に気がついた。
長身なのに猫背気味のフードの青年、アタッシェと、さっきまでベンチで欠伸すらしていた細身の教師、それと帝国の金髪碧眼の女の子だ。
「あれは、まさか……レイカ様?一体何してるんですか!?」
「止まり方が解らないのだけれど、どうしたらいいと思う!?」
「ちょ、レイカ!?今何か嫌な事いわながっ……!!」
「だから舌噛むから喋らないでっていっにゃっ……!!」
「今の誰の声ですか!それと貴女も人のこと言えてないですよ!!」
平和であった空間に突如混乱が巻き起こり、誰も彼もがどうしていいのか解らずにオロオロし始めた。
教師ですら、覇王相手にどうしていいか戸惑っているようだ。
これじゃ埒が明かないと思った私は、皆よりも混乱が大分マシなほうの金髪の子とアタッシェに声を掛けた。
「アタッシェと帝国の金髪の子!私の前に防壁を張って!」
「え?あ、あたし?」
「どうするんですか!?」
「ぶつかって止まる!!」
「無茶苦茶だよそれ!」
金髪の子が吃驚したように叫ぶが、もうそれしか頭になかった。
手前から止まってスピードを殺すには、余りにも近い場所にまで私は来ていた。
「あぁもう、僕は悪くありませんからね、こんな無茶する貴女の自己責任ですから!!
轟かせろ 来たれ雷雲 我を守る壁となれ エレク・ウォール!!」
それを察してか、アタッシェは悪態をつきながらもなかなか分厚い障壁を張ってくれた。
だけどアタッシェ、雷属性だから仕方ないけれど、これは当たると痛そうだよ?
即座に防壁を張ったアタッシェを見て、ほっと一息吐き掛けた金髪の子も、その防壁が雷属性だと解るや否や顔を青ざめさせて手を伸ばした。
「雷は死んじゃう!
吹きすさべ 来たれ疾風 我を守る壁となれ ブリーズ・ウォール!!」
アタッシェの作った雷の防壁の後ろに、金髪の子の作った防壁が現れた。
おっと少女、出す所を間違えてるのは私の目の錯覚かな?
錯覚だと思いたかったのに、金髪の子は一層顔を青ざめさせて私を見る。
もう、間に合わない。
私は手の中のキリを空高く放り投げ、目の前に壁を見据えた。
「装備 『雷神の腕輪』!!」
私はそのままの勢いで雷の壁に突っ込んでいった。
衝突の瞬間に弾ける火花、ついで衝撃が全身を叩く。
間一髪で装備した腕輪の効果で雷に焼かれる事は無かったが、衝突の勢いと相まってアタッシェの防壁は脆く崩れた。
幾分か緩和された勢いだが、それでもまだ殺しきれていないまま今度は風の防壁に突っ込む事に。
しかし彼女の風は切り裂くというよりは包み込むような温かさがあって、私の馬鹿げた突進の勢いはゆるゆると削がれ、私の足が地面に付く頃にはもう勢いなんて残っていなかった。
「ブリーズ……だからあんなに……」
風に巻かれてなお乱れもしない髪を靡かせながら、私は少女を振り返る。
優しい風を放ってくれた金髪の女の子は、私が無事な事を知ると、ほっと安心したのか、そのまま地面にへたり込んでしまった。
その様子に、すっと眉根が寄るのを止められない。
ずっと前、どこかで見た事があるような、そんな雰囲気を纏ったその子に興味が沸いた。
私はその子に近づいて、その手を取って立たせる。
私よりも少しだけ大きい手、少しだけ高い身長。
伺うように小さく首をあげれば、見下ろされる位置にある少女の顔。
東洋系の血筋を思わせる、小さな顔。
だけど西洋系の色合いを持つ、不思議な子。
「助けてくれて、ありがとう……今度なにかお礼をしたいのだけれど……」
「あ、いや、いいよいいよ、別にそんなお礼とか!」
さっきまでは安心したように笑っていたのに、急に大袈裟に困惑するその様はまるで小動物。
「それじゃあ私の気がすまないの……じゃあ今度私がお菓子を作ってあげるね!」
無邪気さを前面に出した笑顔を向ければ嬉しそうに微笑んで、小さい子にする様に夏色の瞳を合わせてくれる。
「ならあたしも何か作るから、一緒にお茶しよっか……味は保障できないけどね」
えへへ、と笑う少女は見れば見るほど、まるで昔会ったかのような錯覚に襲われる。
帝国の少女、過去の錯覚を呼び起こす、夏のような女の子。
もしかしてと、私の中の疑念が首をもたげる。
いいや違うと、私の中の不信が疑念を睨む。
それから先の言葉を紡げないままでいると、不意に頭上に何かが落下してきた。
ポスンと軽い音を立てて私の頭に着地したソレは、不意に私の前に飛び出すと、小さな肩を怒らせて叫んだ。
「レイカ!なんであんな無茶をしたのさ!」
小さなソレ、キリは涙目になって私をしかる。
「ゴメン……急がなきゃって思ったらアレしか思いつかなくて」
「それもあるけど、ボクが言いたいのはそっちじゃなくて障壁の方!どうして突っ込んだの!?」
あぁそっちか、と暢気に零せば、さらなる怒号が耳を劈く。
顔を真っ赤にして怒るキリに申し訳なく思いつつも、心のなかではアレしかなかったんだと言い訳を繰り返す。
例え頭の中では、もっと別の、安全な方法があったと解ってはいるけれど。
一通り叫び終えて、それでもまだ足りなさそうなキリを肩に乗せる。
「心配かけて、ごめんなさい……」
キリにだけ聞こえるように零すと、キリは釈然とはしていなかったが、それ以上怒る事はなかった。
それから私は金髪の子と話がしたくて、彼女の元へと寄ったのだが、暫くして帝国の人間が来て全員が揃うと、私は金髪の子と離された。
帝国の人間と、アタッシェの手によってだ。
本当なら入場するまで誰と話していても構わないのだが、帝国の人間は魔属に対してそれなりに悪感情を持っているらしく、厳しい目で睨みつけられてしまった。
ソレを見咎めたアタッシェが危害が加えられる前にと私の手を引いてくれたのだ。
「ちょっと、いきなり失礼だよ!」
今までぎこちなくはあったが、それなり楽しく会話をしていた所を中断させられて、金髪の子が仲間を諫めた。
しかし帝国の人間の、彼女の手を引いて遠ざけたもう一人の少女は、忌々しげに私を見て鼻で笑った。
「魔属なんかと話したらダメよ。しかも、覇王なんかとは特にね」
「偏見だよ!あの子はいい子だよ!」
「猫かぶりが得意なのよ、あの手の魔属は、外見が麗しいほど性質が悪いんだから」
騙されるなと説く少女の説教に、何故か私は笑いがこみ上げてきた。
それを抑えようと必死になるが、どうにも口角だけは思い通りに動いてくれない。
ぴくぴくと引き攣る口角に何を思ったのか、帝国の嫌味な少女は勝ち誇ったような笑みで私を見下した。
「まったく、どうして魔力だけが取り得の魔属なんかと教室を共にしなければいけないのかしら?」
だがその見下した笑みすら、私の腹筋を甚振る要素にしかならなかった訳で。
結果、私の努力も空しく、私の喉からは甲高い笑い声がこぼれていた。
「くっ……も、ダメ……きゃは、はっ……きゃはははははははっ!」
「な、何!?」
「レイカ様!?」
少女だけでなく、アタッシェまでも声を上げ、他の皆も不穏な空気に不自然に響く笑い声に戸惑っている。
「きゃはははははははははっ、ごめっ、無理、笑えて来た……きゃはははっ」
息が苦しくなってきたが、それでも私の笑いは止まらない。
その様子に怯えた少女が顔を青ざめさせるのが、私の笑いに一層の拍車をかけた。
「猫かぶり……見目が麗しいほど性質が悪い?きゃははははははっ!!」
「何よ、何が可笑しいのよ!!」
もはや泣きそうな顔をしている少女のその言葉で、私は漸く笑いを納めた。
「きゃはははははっ…………何が可笑しいか、だって?」
変わりに、この喉を震わせたのは冷たい声だった。
「可笑しいでしょう?ここでも人間は変わらない。変われない種族だったのだもの、これが笑わずにいられる?」
どこまでも、どこまでも暗い声が、自分のものとは思えなかったが、紡がれる言葉は確かに自分のものだ。
「人間だからって壁を作るつもりは無かったのだけれど……無理みたい。だって、私、貴女みたいな人間にいい思い出なんかこれっぽっちもないんだもの」
思い出すほど愚かしく、浅ましい過去の世界。
ソレを瞼の裏に見ながら、私は幼く微笑んだ。
「私、貴女みたいな人間を見てると、憎くて憎くて……気が狂いそうになるみたい」
それが私が子の世界にきて始めて垣間見せた、私の想いのカケラだった。
神「一ヶ月以上待たせてくれてありがとう、なにか言い訳はあるかな★」
作「ええっと……試験勉強と文化祭と……部活、かな」
神「死ね★」
作「え?」
神「死ね★」
作「えっと……了解しました」
神「あともう一つ、理由があるだろ★」
作「……ポケモンを……ホワイトを買いまして、それで……」
神「死に晒せ★」
作「えっと……せめてジムリーダーを……」
神「死に晒せ、このクズ」
作「(星すらなくなった……)りょ、了解です」
神「愛想つかされても仕方ないけど、これからも見てくれると嬉しいな」
作「(棺桶準備しといたほうがいいかな……)嬉しいです……」