第58話 プレゼント3~引っ越し~ー迅目線ー
『迅くん……』
「夏芽、最後に会いたい」
『そうだね、わたしもちゃんと伝えたいことがある』
お互いどこに集まるか話していない。でも、自然と向かう場所がわかる。元『鮮魚のはなまる』だ。同じ南商店街と言ってもそれなりに距離がある。いつもならイヤホンをして音楽を聞きながら向かっていた。今日は音楽を聞きたくない。さっきの夏芽の声の余韻に浸りたい。
鮮魚のはなまるに着いた。ここには色々な思い出がある。名前は知らないけど地域のお客さんにかなりよくしてもらった。よく言う大阪のおばちゃんが飴をくれたこともあった。いい事ばかりじゃない、ここのバイトの終わりがけにいろはがやたら夏芽に嫌がらせをしていたこともあった。
「夏芽が初恋がよかったなぁ」
「わたしは迅くんが初恋ですけどね」
「……夏芽」
オレは他にも色々言いたいことがあった。でも、何も出てこない。ただ、夏芽の普段と何も変わらない様子を見て安心やオレは不要なのかとか色々な考えがよぎる。思わず声をあげて泣いてしまった。きっと、これで夏芽から見たら『最後に急に泣き出す情けない最初の彼氏』で覚えられ笑い話になるだろう。それか一気に思いが冷めてここでこっぴどくふりたいと思うだろう。
「大丈夫だよ、迅くん。わたしはお父さんとお母さんにお姉ちゃんと関東で暮らす。もう向こうの高校の入学手続きは終わってるんだ。今の時代、ビデオ通話もあ……。……やだよ。迅くんとどんなに短くても3年は会えないなんてやだよ」
「ごめん」
オレはなぜか夏芽に謝って抱きしめていた。悪いことは何もない。
「……なんで迅くんが謝るの。お父さんから聞いてると思うけど、引っ越すのは土曜日なの」
「知ってるよ。懐かしいよなぁ。冬に入るか入らないかの頃からの恋人とは思えないし、友だち付き合いという意味でもプラス1ヶ月しかない」
「だねぇ、すごい濃い時間過ごしたよね」
色々な思い出が蘇ってくる。出会った頃のツンデレっぽい雰囲気や付き合うと同時に学校に泊まりこんだり、オレの家に居候、いろは騒動や夏芽の家に居候したり。
「……これ、今まで何か物をブレゼントしたことないと思って……、今までのありがとうと大好きの意味でのネックレス」
「高かったんじゃない?」
「まぁ、いい値段はしたけどここでのお給料をほとんど使ってなかったからさ」
「ごめんね、わたしは無言で去るつもりだったのに……。冷たい彼女だよね」
「そんなことはないっ!! きっと、高校3年卒業したら進学すると思う。そこでも色んな出会いをすると思う。そこで彼女ができるかもしれない」
「彼女を前に浮気宣言ですかぁ?」
「んー、今から3年も先だし、遠距離だし、未来はわからない。でも、もし、新しい彼女ができたとしても夏芽を超える最高の彼女なんていない」
「そうだね、言い方を変えればわたしだって関東の高校で彼氏ができるかもしれない。そのままその彼氏と結婚するかもしれない。……でも、わたしも思う。迅くんが最高の恋人だったって。幸恵さんがわたしによく言ってたんだ。『未来はわからない』って」
なんとなく2人で笑い合った。意味なんて何もない。幸せかと言われたら、この瞬間は幸せだ。
「この時間が永遠に続けばいいのになぁ」
「永遠なんてない。その言葉に時間も愛も勝てないんだよ」
「夏芽ってだいぶ大人だよね」
「わたしは迅くんにお父さん、お姉ちゃんに麻実センパイに夏美センパイ、色んな年上の人をよく観察したからね」
この後、夏芽は関東に転校した。
そうだ、この世に永遠なんてないんだ。あるのは現実だけ。
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