第38話 おやつ勉強会2~いろはの過去と梨絵の想い~
「大前提としてなんですけど、そもそもウチは小学生の頃からずっと迅先輩が好きだったんです。でも、料理の腕前が心配だからウチが確実に美味しいご飯を作れるようになってから高校生になった迅先輩に再会して告白しようと思ってました。その時にも料理の協力してくれたのが、新田 いろは先輩。そうです、今、問題の彩莉先輩です」
「新田 いろはさんが大阪来ただけで彩莉先輩になるの?」
梨絵が話していて皆が不思議に思っていたことだ。わたしも初詣から新田姓のはずなのに現彩莉センパイの名前を聞いて以降気になっている。聞いたのはわたしだ。麻実センパイ、夏美センパイから『夏芽ちゃんが聞くべき』というオーラが出ていた。梨絵は責任を感じてるし、この場で『新田』から『彩莉』に変わった理由を知ってるのは梨絵だけだから必死に言葉を出そうとしている。
「もしかして、話しにくいこと?」
「アハハ、話しにくいというか……、迅先輩の彼女でウチの親友の夏芽の前で話していいか悩むことが何点かあって……」
よかった、親友と思ってるのはわたしだけじゃなかった。梨絵もわたしのことを親友と思ってくれている。
「いいよ、親友でしょ!!」
「単刀直入に苗字が違う理由は、今の『彩莉』姓は先輩のお母さんの旧姓なんです。離婚したわけではなく、大晦日の高速道路のサービスエリアで起きた通り魔事件で先輩は両親と弟さんを亡くしています。まぁ、ニュースではお茶を濁して『交通事故』って報じてましたけど……。不幸は続いて、先輩の父方の家系とお父さんは絶縁してて、『今更、あいつの娘で高校生を……』と言われたんです。先輩のお母さんの弟が引き取ってくれたから、今の『彩莉』姓なんです。まぁ、そこもいろいろ複雑な事情があるみたいですけど」
わたし含むみんな何か考えている。わたしは『話しにくい』と言う前に『大前提』として言ったことを思い出していた。麻実センパイが、喉の奥に魚の骨がひっかかているかのような声を出した。
「なんで、久賀っちが彩莉さんのそういう事情を知っているの?」
「そうですね、彩莉先輩とは今もたまに連絡とってるんです。まぁ、さっき話したのが新田先輩が彩莉先輩になった理由です。この際なので迅先輩の初恋の話もウチの知ってる範囲で話しますね。ちなみに、ウチは迅先輩の小学校の卒業式で1度告白していて、フラれてます。ま、それはさておき、彩莉先輩は小学生の頃からご近所さんでウチ、彩莉先輩、迅先輩の3人でよく登校してました。ウチは迅先輩が好きだったから迅先輩目当てで上級生の2人と一緒だったんです。ご近所さんには同学年、下級生も数人いたんですけどね。それで迅先輩はよく『同い年の友だち作りなよ』と言ってました。でも、それ以外は彩莉先輩とずっと話してた。それでも、迅先輩が好きだった……」
梨絵が唐突に泣き出した。ホントはもっと前から泣きたかったのかもしれない。好きな先輩から聞かされた初恋の話を思い出すのだ、辛くて当たり前だ。
「大丈夫? つらかったよね」
夏美センパイは梨絵を抱きしめ、麻実センパイは背中を優しくさすっている。……わたしにできることはなんだろう。これ以上、話を聞かないほうがいい気がする。梨絵だって受験生だ。この後、思い出したのが辛くて勉強ができないかもしれない。それに今日の元々の目的は過去の話をするわけじゃない、どちらかと言えば、過去の話はついでの目的のはずだ。『ありがとう』と言いたかった。でも、わたしはその言葉よりも今の疑問をぶつけてしまった。
「……梨絵はさ、まだ……」
麻実センパイ、夏美センパイから『今それ以上言ってはいけない』という視線を感じる。
でも、止まらない。
「迅くんがす…」
梨絵は泣きじゃくりながら、夏美センパイ、麻実センパイを振り払った。
1発だけ、きっと、梨絵の今出せる力の最大で、グーパンチされた。痛かった。でも、それは受けなくてはいけないバツだ。
わたしは梨絵の親友だと言いつつ、迅くんを奪って何度も目の前でイチャイチャしたから。
「ごめん、夏芽。うん、そう。夏芽の言う通り、まだウチは迅先輩が好き。正直、今も心のどこかでは、夏芽よりも迅先輩が好きだと思ってる。ううん、心のどこかじゃない、心のど真ん中でだよ!! ずっと、小さな時から小学生になって思春期になって、同級生から何言われても、『迅先輩とうまくいくために』と思って行動してたのに。迅先輩が大阪に……宝賀に行ったって聞いたとき、ホントは高校生になったら追いかけて告白しようと思った!! でも、都合よくお父さんが大阪に転勤が決まって、急遽、理事長とお母さんが知り合いだから、無理やり、宝賀の中等部に編入させてもらった。夏芽はホントにいい友だちになれそうと思ってたのに、クリスマス会実行委員で迅先輩をバカにするような発言してるのに、結果として、迅先輩と付き合うし、メリハリつけてたにしてもほとんど迅先輩と一緒。何度、ウチが今度は夏芽の幸せのためと思って、頑張って、受験勉強に意識が行くように頑張ってても、どんなに頑張ってても、頭の中に……心にはずっと『迅先輩』がいた。迅先輩からも夏芽からもいつもいつも相談ばっかりされて、迅先輩はずっと『夏芽が好きだけど、夏芽には嫌われてる気がする』だし、夏芽はここのところずっと、『彩莉先輩がー』『迅くんのこと嫌いになりそう』ばっかで。今の状況は確かに彩莉先輩は悪いです。でも、ずっとずっとも好きだった人のことを悪く言われてるのに……」
梨絵はまた大声で泣き始めた。それでも梨絵は必死に言葉を続けようとしている。
「それに……、多奈川先輩だって夏芽が憎いはずです……」
次回 第39話 おやつ勉強会3~本心~