邂逅 前
次の日。朝起きた瞬間からワクワクしていた。やっと星の神の尻尾を掴めるかと思うと、とっても楽しみだ。……まあ、成功するかどうか分からないんだけど。ここまで誰も見たことが無いんだから。
「おはよう、リアさん!」
「はよ、リア」
「おはよー」
教室で二人と合流して、ことちゃんに放課後残って貰うようにお願いする。エデルはどっちでも良かったけど、なんか見とかないとカザドラに怒られるとかで一緒に残ってもらうことになった。
あんまり大人数でやるとことちゃんも緊張しちゃうだろうし、私、エデル、ことちゃんの三人だけでやることにした。
本当はヌルも呼びたかったけど、しょうがない。最小限の人数でやることのほうが大事だ。
それを楽しみにして授業をやり過ごす。寝ちゃうのはあんまり良くないから、メモを取るフリをして星神について考えていた。
一体どんな加護を与えているんだろう。どうしてことちゃんを選んだんだろう?神の意思なんてよく分からないけど、きっと何か理由があるはずだ。そもそも、星神って意思疎通を図れる相手なのかな?
……まあ、今はまだ痕跡を辿ることしかできないけど。相対できる日はいつになることやら。
―――――――――――――――――――――
「……で、今俺の所に来た理由は?」
昼休み。速攻でお昼を食べて、特別教員室に駆け込んだ。特別教員室は魔法協会の面子しか居ないから気楽だ。
そして、一番奥に座っていたヌルの所まで行って、怪訝そうにしているヌルの周りに昨日のメモを浮かべた。
読んで、と促して読んでもらっている間に今日の放課後の事をもう一度考え直す。
このあと、授業が終わったらことちゃんとエデルに部屋まで来てもらって、そこで星の神との繋がりを見る。出来れば証拠も押さえたいところだけど、それはまあ出来なくても構わない。一番重要なのは、革命者と星神の関係を見つけ出す事だ。
……でも、これを絶対やらなきゃいけないってなるとなんか嫌かも。
「ヌル〜、なんか凄い飽きてきた〜」
「なんでだよ!お前はいつもそうだな」
「だってぇ。新しいことは出来たし、成功した。これでじゅーぶんなのに、さらにやれって言われてるんだよ?なんか嫌になってきちゃった」
ぐでーっとヌルにもたれかかって体重をかける。特に何も言ってこないのをいいことに頭をヌルの腕にグリグリと擦り付けた。
「やる気を出せ、お前なら大丈夫だ」
「……ほんとにぃ?」
本当に、と言いながら頭を撫でてくれるヌル。やっぱり、こいつは私の扱い方が分かってる。エデルとおんなじくらい。
やる気が急に無くなる私がモチベを保つのに必要なのって、やっぱりこういう甘えさせてくれる人なのかも。
「それで、その星の神の観測には俺は呼んでくれないのか?」
少し頭を離して顔を上げると、ニヤッといたずらっぽく笑うヌルの顔が見えた。
そうだそうだ、その話をしに来たんだった。
あんまり人数増やすとことちゃんに精神的な負担がかかるかなーって思ってたんだけど、やっぱりヌルにはいて欲しい。
何故かって、こいつも私に負けず劣らず好奇心が強いから。呼ばないと拗ねそう。あと、正直こいつの方が私より抽象的なものを具体化することが上手いから。神みたいな曖昧なものをきちんと枠に入れるなら、私はきっと向いていない。
「今日の放課後なんだけど、呼んでいい?」
「勿論。そう急ぐものも無いから空いている。どこでやるつもりなんだ?もしあれなら、空き教室を押さえておくが」
「え、マジ!?ありがた〜。じゃ、授業終わったら一年D組まで来てね、待ってるから」
よろしく、と頼んで、ヌルの押さえられる教室を尋ねた。なるべく北の方の教室がいいな、と希望を添えて。
私の希望の理由はヌルも分かってるみたいで、なるべく強い光の差さない教室を取ってくれるらしい。こういうときに全部説明しないで済むの、本当にありがたい。
「そういえばお前、昼食は摂ったのか」
「うん、食べたよ。ヌルこそ、ご飯抜いてるんじゃ無いだろうね?」
「無論」
なら良し。ヌルってば、ほっとくと食事も睡眠も全部スキップしだすからちゃんと注意しとかないと。
そんな事を言えば、「それはお前もだろう」と突っ込まれた。まあ、それはそうなんだけど。
「とにかく、放課後はよろしくね!私、今から授業受けないといけないから!」
そう言っても去ろうとした所で、ヌルが私に言葉を投げかける。
「いつも思うが、どうして毎回律儀に受けているんだ?殆ど聞いていないんだったら、別に教室にいる意味も無いだろう」
「えー?学校っていう機関に生徒として在籍している以上、形だけでも授業を受けるっていうのは大事じゃない?」
じゃあね、と手を振って特別教員室から出た。ここ、教員室の隣だから普通教室から遠いんだよね。わざわざここから各教室まで行かないといけないなんて、教員も大変だな。
小走りで自分の教室に滑り込み、席についた瞬間にチャイムが鳴った。よし、ギリギリセーフ。
―――――――――――――――――――――
授業が終わり、解散となる。他のクラスメイトが一斉に扉へ向かうのを尻目に、私は椅子から立ち上がらずにヌルを待った。
一応ヌルは教員側だから、来るまでは少し時間があるだろう。そう踏んで、下準備は先にしておくことにした。
興味津々なことちゃんと心配そうなエデルに見守られながら羊皮紙を魔法薬に漬ける。先に漬けとくとちょっと魔法陣が描きにくいけど、こっちのほうが衛生的には安心のはず。
漬けている間にインクを用意していく。瓶で持ってきていたインクを、少しだけ別の容器に移し替える。
カッターの刃くらいの大きさの刃がついたナイフを構えると、ことちゃんが焦ったように声を掛けてきた。
「え、リアさん!?血、血が必要なの!?」
「私はね。ことちゃんは必要無いよ」
今回は、月夜ちゃんの時に使ったインクじゃ無いやつ。あれよりもさらに、血とは別口で魔力を込めた特別製のインク。正直、これでしか使わない気がする。
指先を軽く切って、出来た傷が塞がらないようにぐっと広げる。ポタポタと垂れる血がインクに落ちていくのを確認したあと、広げていた指を離した。
「……あれ?」
いつもなら特に変化のないはずのインクが、じわじわと青くなっていく。何で?赤ならわかるけど、青って。
そして、インクの色がだんだん分離してきた。青から茶色が出てきて、だんだん黒がその二色に侵食されていく。
多分インクに魔力を込め過ぎたのが理由だとは思うけど、私だけじゃなんとも言えない。
「ねえ、エデル、ことちゃん。さっき血はいらないって言ったけど、あれ嘘」
刃についた血を拭き取りながら、二人を振り返る。そのナイフを掲げて完璧な笑顔を浮かべてみれば、ことちゃんは顔を引き攣らせ、エデルはいつもの事だとため息を吐いた。
「それ貸せ、リア」
「はいはいっと。ちょっとインク分けるから待ってて」
エデルにナイフを渡し、インクを三つの容器に少しずつ入れた。後でヌルが来たらやってもらわないと。
エデルは躊躇なく指先をピッと切ってインクに血を垂らしていたが、ことちゃんはあんまり気が進まないようだった。確かに、普通の人だとちょっと痛いのは躊躇っちゃうよね。
でも、とことちゃんの前に分けたインクの容器を差し出す。一番の本命はことちゃんなんだから。
「ことちゃん。必要なら、痛みを和らげる魔法も掛けてあげるし、傷もすぐに治してあげる。だから、一滴でも良いから」
お願い、としっかりと目を見て頼む。少し目の奥が揺れていて、ちょっと迷っているのが分かった。
「……魔法、使ってくれるなら。あと、」
そこで一瞬言葉を飲み込んで、「リアさんがやってくれるなら」とことちゃんは言った。
勿論、と頷いて感覚を鈍らせる魔法を掛けた後に人差し指をすこーしだけ、浅く切りつける。
滲んできた血を絞り出すようにちょっと傷口の周りを摘んだ。
「っ、」
「ごめん、すぐ終わる」
ぽたりと一滴インクに落ちたのを確認して、すぐにことちゃんの傷を治し、掛けていた魔法を解いた。
インクの様子を確認すると、明らかに色が変わっている。
エデルの方は七色に、ことちゃんの方は白色に。特に、ことちゃんの方のインクはまるで白色の銀河のように輝いてすらいた。
これは、やっぱり魔力で変化していると見たほうが妥当かな?色の表す意味さえ分かれば、何らかのヒントになりそうなものだけど。
とりあえず、インクには埃が入らないように蓋をして、ヌルが来るのを焦れながら待った。
早くあいつの結果も知りたい、何ならあいつと話して思考を整理したい。あいつが一番話が通じる。なんの説明もしなくても分かってくれる。
「すまない、待たせたか」
「待った!あのね、場所移す前にこれだけよろしく!」
ようやく待ち人が現れたから、間髪入れずにインクとナイフを渡した。それだけで私の意図が理解できたようで、慣れた様子でインクに血を落としてくれた。
そのインクは、じわじわと深い紫に変化していったが、完全に色が変わり切ることは無かった。なんの違いなんだろう?
「それ、色が変わるように作ったのか?」
「まさか。そんな訳ないよ、なんか変わっちゃっただけ。なんでだと思う?」
場所を移す準備をしながら問いかけると、そっちではなくエデルの方から声が上がった。
「なあ、そのインクって普通のと何が違うんだ?」
「これは、わざわざ魔力を込めたやつ。このためにけっこう頑張ったんだから」
「その魔力を入れるのに何か使ったか?魔石とか」
「えー、別に魔石は使ってないよ。他のは使ったけど……これ、言わなきゃ駄目?」
「言ってみろ。それで解決するかもしれないのだったら、そのほうが良い」
ヌルにも言われて、渋々インクの作り方を話した。本当はあんまり人に伝えたくは無いんだけど、しょうがない。それに、少しだけ思い当たる節もあったから、丁度いいのかもしれない。
「でも、そんなに特別なことはしてないよ。普通のインクに、粉々にした星の欠片を混ぜただけだもん」
星の欠片は、年に何度か星空から降ってくる謎の物質。キラキラで綺麗だから、星の欠片なんて呼ばれてるだけのよくわかんない物だ。
いくら成分を解析しても全く分からないから、研究者たちも匙を投げている。危険性は無いから、これ以上本質を探ろうとしても無駄だと。
ただ、今のところ判明しているのは、これが魔力を多く含むということ。ただし、魔石よりも随分と貴重だからそうそう見かけることは無いけど。
今回は、相手が星の神だからってことで魔石よりなんだか相性が良い気がした。
「原因それじゃね?」
「星の欠片に魔力で色変わる性質あったっけ?」
「知らん、もしかしたら革命者の影響かもな」
「嘘でしょまた報告しないといけないことが増えた……?」
ただでさえ忙しいのに、と頭を抱えていると、「俺も報告手伝うから」とエデルの手が右肩に乗った。
ヌルは冷静に「そんなものはやってみないと分からないだろう」とか言っていた。それはそうなんだけど。
でも、血を使う以上誰かを巻き込み辛いってのがいの一番に来るからなぁ。あんまり進まないかも。また別の方法で魔力を液体化出来れば良いんだけど。
「場所を移すぞ。中々良い教室が押さえられた」
着いて来い、とローブの裾を靡かせながら身を翻して教室を出ていくヌル。くそ、無駄に格好良いのは何なんだ。
「行こっか」
「そうだね。……これ以上、痛いこと無いよね?」
「ないない。安心して」
教室の入口で待っててくれているヌルの所へ急ぐ。実験の時間が少なくなってはかなわない。
そういや、結局どこの教室を借りれたんだろう。もうそろそろ普通教室の端っこまで行くけど、ヌルが立ち止まる気配はない。
「あれ、もう特別教室棟に行っちゃうけど」
「あぁ、そっちの方の教室を取ったからな」
なるほど。確かに、普通教室よりかは特別教室のほうが北にあるからありがたいけど、よく押さえられたな。あっちの方は学外活動で殆ど使われている筈なのに。
どんどん四人で歩いていって、気が付けばこちらも端の方まで来ていた。こっちに来ても、あるのは行き止まりだけなんだけど。
……あ、もしかして。
「こっちだ」
やっぱり、ヌルが地下へ続く階段を降りて行った。地下にあるのは、魔法研究棟。上級生と教員しか立ち入れないはずだけど、ヌルは特別に許可を取ってくれたらしい。
急な階段を踏み外さないように注意して、一段一段ゆっくりと降りていく。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
壁についた蝋燭が、風もないのに揺れている。おかしいな、こんな事は見たことが無い。強い魔力が近付くとこうなったりするけど、そんなに特殊な人は居ないはずだし。
「あ、もしかして」
試しに今日持ってきたインクを蝋燭に近づけてみるけれど、特に何も起こらないどころか蝋燭の炎はピタリと揺らめくのをやめてしまった。
これじゃないのかな?星の欠片の魔力に反応してるんだと思ったんだけど。……いや、多分違う。これじゃない。
「リア?置いてくぞ……って、何やってんだよ?」
「先行ってて」
星の神云々よりも気になることができてしまった。解決はすぐに出来るだろうから、先に行って待っててもらうほうが良いだろう。
私の意志としてはそんな感じだったんだけど、そう伝わらなかったのかヌルが階段を上がっていく。何をする気なのかは知らないけど、私のところを素通りしていったから邪魔するわけじゃなさそうだ。
ことちゃんのことはエデルが案内してくれるらしいからほっといて大丈夫。
人気の無くなった階段で、今度は各々の血を混ぜたインクを蝋燭に近付けた。これで何か反応があれば、私の考えが合っている証明になる。
最初に私の。微かに炎が揺れたが、それだけだった。次にエデル。こちらは私のよりかは大きく揺れたが、それでも次第に揺れが収まっていく。次にことちゃんの……といきたいところだけど、大本命は最後にしておこう。
というわけで次はヌル。これは全く揺れない。入ってる魔力量って訳でもないよね、やっぱり。
そして最後はことちゃん。ちょっとだけ緊張する。ことちゃんの血の混じったインクを袋から出した途端、炎の様子が変わった。インクに向かうように、四方八方から炎が伸ばされる。
少し炎に触れさせて様子を見たかったが、量が少ないから全部取られるわけにもいかない。一度インクの周りに結界を張り、そこからスポイトで少しだけ取った。
それをスポイトごと炎の中に放り込むと、炎は一瞬にして大きく燃え上がった。そういえば、星の欠片にはもう一つ特徴があったっけ。あらゆる魔法を強化するという馬鹿みたいな特徴が。
これのせいでこんなに炎が大きく燃えているのか。この火、魔法でつけられたのかな。蝋燭からは特に魔力を感じないからきっとそうだ。
そして、ことちゃんの魔力にだけ魔法が引っ張られたのは星の神の力だろう。星の神の魔力が、ことちゃんにも流れているのだったら納得がいく。
さて、中々面白くなってきたじゃん。後のことを考えるとめんどくさ過ぎて泣きそうだけど、今はそんなことどうだっていい。
試しに、少し離れたところの蝋燭の炎へ四つのインクをそれぞれ落としていく。
私とヌルのものは、大きくなりはしたけどあそこまで爆発的な反応は見られない。エデルの物だけは、逆に少し炎が小さくなった。多分、別の神の力が混ざって星の欠片が負けたんだろう。
まじまじと星の欠片の混ざったインクを眺める。元々真っ黒だったのが、魔力によって色が変わってしまったインク。星の欠片って、やっぱり素晴らしい研究対象だよ。
「これ、もう星の神がことちゃんに加護を与えた証明になったのでは?」
星の欠片が星の神の創造物だったとすると、制作者にも似たような性質があるはずだ。神は、基本的に自分の司る性質に類似したものしか作れない。創造神だけは別だけど。あれは『創造』に特化しているから。
勿論、加護を与えた対象にも似たような性質がついて回る。だとしたら、やはりルカが言ってたことは間違いが無いのかもしれない。正直、私よりもカザドラとかに言って欲しかった。
出来る限り、炎の様子やインクの反応の仕方を正確に記録しておく。残念ながら、戻ったら報告書に全部書かないといけないからね。
さて、大体星の神とことちゃんの関係は見えてきたけど、やっぱり分からないことが多すぎる。
そもそも、星の神は革命者に力を与えているの?守っているだけなの?使命なんて、本当に達成出来るの?それまで一体、いくらの年月が経ってしまうんだろう。
疑問が一気に湧いてきて、だんだん体が震えてくる。もしかして、私はとんでもないことに足を突っ込んだんじゃないか。そんなの、そんなの。
……すっごいワクワクする。
少しでも疑問を晴らせるように、今から星の神の痕跡を見つけにいくんだ。何も語らない神から、神秘の内側に入り込むような隙をこじ開けにいくんだ。
彼の星々を統べる神を、それに選ばれた使命を帯びた革命者を包む謎を解き明かせるなんて、なんて役得なんだろう。
「ふ、ふふ……」
無意識に笑いが漏れる。最高だ。ここ数百年は感じていなかったこの感じ。一体いつまで保つかは分からないけど、これが続く限りはなんとかやってやろうじゃない。
まぁ、まずは革命者の使命とやらを果たしてもらうための教育からだけどね。
こないだの話から『星の神』と『星神』の二つ表記がありますが、特に規則性はないです。読んだときに語呂が良くなるように変えています。違和感があったり、表記を統一しろ!という場合は遠慮なく言って下さい。




