同室
お久し振りです、やっと話が降りてきました。
入学式。これまで仕事サボってきたせいで全くもって馴染みの無かった行事だ。私の前にズラリと並ぶ新入生たち、その前に並ぶ教師陣。広いホールを埋め尽くす程の人の数、嫌に息が詰まってしまいそう。
一段高くなった場所で、拡声魔法を用いて話しているのは、学院長だろう。あまり面識が無い。
人混みの中で、ことちゃんを探す。入学式までの間に冒険者登録をし、初陣もこなしたことちゃん。革命者だからか、カザドラの計らいなのか、試験は普通に免除されてた。私は受けたのに。
因みにエデルとジェイドも試験は免除。王族ずるい。
『……以上で、学院長の話を終わります』
やっとか。30分以上喋ってたぞ、学院長。
『次に、新入生代表挨拶を……』
……そろそろ退屈。
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つまらなかった入学式も終わり、解散となった。これから、事前に知らされていた寮へ向かうから、今日のところはエデルとはお別れだ。
「じゃあね、エデル。次は……一週間後?」
「そうだな。同室の子、困らせるなよ」
「分かってる。どんな子なんだろな、ちょっと楽しみかも」
寮の部屋はふたり部屋で、必然的に誰かとの共同生活を強いられる。かわいい子だと良いな。
寮は全部で三つある。どうやら成績によって寮が変わるらしい。上から『白竜寮』、『青竜寮』、『緑竜寮』。私は白竜寮だった。
私の部屋は523号室、六階だ。階段上るのめんどくさ、と思ったけど、上級生は意外と吹き抜けなのを利用して飛んで行ってるし、私もそうしようかな。杖の形を飛びやすいように変えて、しっかり杖に掴まって宙に浮く。
六階で降りて、部屋を探す。結構広くて迷子になりそう。
「あった、ここだ」
つやつやの木の扉に金色で523と書かれている。
しっかり磨かれたドアノブに手を掛けてそっと回し、開いたドアの隙間からスルッと入り込む。最早これは癖だ。
「同室の子?……ちっちゃ」
「初めまして、リアだよ。貴方は?」
「西園月夜。よろしく、リア」
西園月夜?あれ、そんな名前だったっけ。
中に居たのは、月色のボサボサの髪をした、ストロベリーピンクの瞳の女の子。背はかなり低く、おおよそ140cmくらい。
どうしても気になることがあって、初対面だけどぶっ混んでみることにした。
「ねえ、西園月夜って本名?」
「……そうだけど。いきなり何?」
「ううん、月童に東風の名前って珍しいなって思って」
月童と聞いたとたん、無表情だった月夜ちゃんの顔が一瞬ひきつった。
「月童、って。そんなわけ無いでしょ。私はどこからどうみてもただの人間……」
「うーん、別に隠さなくていいんだけど。気にしないし。ただね、ちょっと懐かしくなっただけなんだよ」
月童は月の神『ルナシュリーカ』の眷属として加護を得た人々。全体的な特徴としては背が低く、金色の瞳を持つこと。月の出る晩に魔力が高くなること。皆見目麗しいこと。 あまり使われることは無いが、独自の言語を持つこと。人間よりも体の発達が遅いこと。それくらいだ。あと、基本的に山の中で集落を作って暮らしている。
「フェデリーシャの娘でしょ?月夜ちゃん。髪の色違うだけ、すっごく似てる」
フェデリーシャは、とある月童の集落に訪れた時に出会った、長の娘。ルナシュリーカ(ルカ)の加護を強く受けた証である金の髪にストロベリーピンクの瞳を持った、それはそれは美しい少女だった。
……ルカ自身は紫の髪をしてるのに、何故か加護を強く与える相手の髪は金色にしたがる。あと、名付けに関与したがる。生まれた子供にミドルネームを付けて欲しがる。だから、フェデリーシャもフルネームで言えばフェデリーシャ・エラ・モーリス。
そんなフェデリーシャの娘の名前はムーリッシュ・エラのはず。苗字は知らない。フェデリーシャ、教えてくれなかった。
「えーっと、あ、私、ばらさないよ。人間だって、ちゃんと言う。それでもだめ?」
怯えたような強ばった顔でひたすらこちらを見つめる月夜ちゃん。もはや絶望すらも感じるような表情をしている。だいぶ怖がられてるっぽい。そんな顔、させたく無いんだけどな。
よし、ちょっとした秘策でも使うとしよう。本当は、あんまり言いたくないけど、彼女の秘密を勝手に暴いてしまったのは私だし、やんなきゃ不公平だよね。
「……我、吸血鬼のシュヴァリティアと半精霊シルヴィアの娘、アクスメリリア・デュード・クラウンなり……ってね」
「……へ?」
「まあ、こんな感じで私、半吸血鬼だから。ついでに、だいぶ長いこと生きてるからさ、今更月童くらい珍しくないの」
「……そ、そうなんだ……」
嘘です、だいぶ珍しいです。でも、普通の人間みたいに大騒ぎする程でも無いかな。
先程より幾分か表情の柔らかくなった月夜ちゃんを見て、少し安心。
「おかあさんにね」
少しして話し始めた月夜ちゃんの話を静かに聞く。「月童だってバレたら、どうなるか分からないって」
子供にそんなこと教えるなんて、フェデリーシャ、なにかあったんだろうか。
「だから、おとうさんのつけた名前を名乗りなさいって。私、ルナシュリーカ様のつけてくださった名前を名乗りたいって言ったの。どんな目にあってもいい、おかあさんとお揃いの部分があるムーリッシュ・エラ・ロミアって名乗りたいって。でも、ダメって、言われた」
ロミアって、隣の国の貴族だな。確かあそこ、人間と獣人と、みたいな人の血を引いていないと人間として見なさないみたいな風潮の国だったっけ。あんまり好きな国じゃ無い。
確かに、フェデリーシャがあそこに嫁いで迫害されたのだったら、娘に同じかようなことになっては欲しくないだろう。この学校には自分の意思で来たのか、それともフェデリーシャがここに通えと言ったのか。後で手紙出して確認しておこう。
「……ん?」
さっきさらっと流したけど、ルカが名前つけたって言った?
「え、あの、ごめんちょっといい?月夜ちゃん、ムーリッシュって、誰につけてもらったって……」
「え、ルナシュリーカ様だけど」
「なんでルカがバリバリ干渉してんの!?自分の眷属だからって、やりすぎでしょ!ルカ、聞いてる!?なんでそんな事したの!」
眷属に名前をつけるなんて馬鹿げた事をするくらいだ、ルカ、月夜ちゃんを相当気に入ってるはず。だから、ちゃんと見張ってるはずなんだよね。
『なんだい、別に僕が月童さん達に名前を付けたところで、聖職者かほかの神位しか分からないんだからいいだろう?』
やっぱり見てたー!声だけの出演、月の神ルナシュリーカ。
「言いわけあるか!」
『えー、でもぉー、僕の名付けってメリットしか無いし』
「そういう訳じゃなくて!……親から名付けの機会を奪ってやるなよ。私みたいのならともかく、自分で産んだ子供なんだから」
『全く』
やれやれ、としていった様子で首を振る様が見て取れる呆れた声。
『そんなこと考えるのは、君だけだろう?僕の眷属なんだ、名付けをするもしまいも僕の勝手だろう。君はね、少し頭が固いと思うよ』
もっと柔軟な考え方をしないと。そう付け加えられて、カチンと来た。
「……もういい、ルカってやっぱりキライ」
『ディベートで勝てないからって、キライって。子供っぽいよ』
うっざい!こんなやつをどうして信仰するんだろう!?
「月夜ちゃん、取り乱してごめんね。これから同室として改めてよろしく」
「う、うん……」
うーん、せっかく心を開いてくれそうだったのに、自分で可能性消しちゃった。まあ、これからゆっくり頑張りますか。
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その頃、ルナシュリーカの神界にて。
「……リア、今本気で僕のこと嫌ってた……」
紫の髪にストロベリーピンクの瞳のどこか陰気そうな背の高い青年が、本気で絶望したような顔で肩を落としていた。
「……何やってるんですか、ルカ様」
「うう、だってぇ」
「好きな子にちょっかいかける小学生ですか貴方は」
従神にザクザクと刺され、すっかりいじけてしまったルナシュリーカ。
「ルカ様、リア様が基本的には誰かを激しく嫌ったりはしない性質で良かったですね。リア様が間に入ってくれなければ、とっくに孤立していますよ」
「うっ……」
しっかりトドメを刺されていた。
「だいたい、ルカ様はあんまり表にでないのがいけないんですよ。そんなんだから……」
従神の彼への文句はまだまだ続くのであった。
ルカ様、こんな性格してますが顔は良いんです。性格も別に悪い訳じゃないんです。良い子なんです。思考が神様なだけ。