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七夕の星に祈りを

作者: 宵待 黒


あの頃は夢で溢れていた。

四葉のクローバーには夢を叶える力があるし、流れ星に3回願い事をすれば叶うし、虹を見ればいいことがある。

七夕に願い事をすればきっと叶うはずだった。


歳を重ねていくにつれて現実が悉くそれらを打ち砕いた。

四葉のクローバーにも、流れ星にも、虹にも、七夕にだってそんな力は存在していない。

簡単に夢や希望が叶うことなどあり得ず、非情な現実だけがそこに溢れていた。


30代になってしまった今では何に対しても裏に潜んでいる現実という悲しさを見過ごすことなどできなくなってしまっていた。

こういうのを疑心暗鬼とでもいうのだろう。とてもじゃないが素直さを羨むことすらできなくなっていた。

最近の一番の不安は、彼女のことだ。今の彼女とは新入社員として会社に入ってから出会った。

きっと一目惚れだったんだと思う。一眼見た時からなぜか深く深く惹かれていた。

周りの友人たちの話を聞けば、どうにも恋愛をしている様子もなく、特定の誰かとのうわついた話が出ることもなかった。

というより、逆に先輩社員に告白をよくされてはいるのだが、その全てを振っているということから「撃墜女王」というダサいあだ名までつけられているようだった。

そんな噂を聞いてもなお、彼女に対する熱が冷めることはなく、その勢いのままダメもとで告白をした。

そういえば告白の時、自分の名前を名乗った時に彼女が少し目を見開いていたが、あれはなんだっったのだろう。

だめでもともと、人生はギャンブルの気持ちの告白は何故か成功し、交際が始まった。

今までの相手を尽く振ってきた彼女がどうして告白を受け入れてくれたのかは今でも謎のままだった。


そんな釣り合いが取れていないとすら感じるような彼女との付き合いも長く続き自分の中ではうまくいっているつもりだった。

しかし、最近どうにも彼女の様子がおかしいことに気がついた。

もともと七夕の時期になると少し不安そうな顔を浮かべることがあったが、理由を尋ねてもはぐらかされていた。

今年は特に顕著に現れており、いつもの心配そうな表情に加え何かを悩んでいるような様子すらあった。

それでも理由を話してくれることはなくいつものように誤魔化されてしまった。

結局何度か話そうとはしてみたがどうにもうまくいくことはなく、そうこうしている内に7月7日の七夕の日がやってきた。

会社の仕事をしようにも彼女の表情が気になってしまい、作業の進捗も芳しくなかった。

気がつけば七夕だというのに夜遅くまで残業をしていて、仕方がないので適当に切り上げ一人家に帰り始めた。

いつものように駅まで歩き、帰りの電車に乗る。目的地は終点だから気兼ねなく眠ることができる。

残業のせいもありいつの間に重たくなった瞼は閉じ切ってしまった。


「起きてください!」

気がつくと、電車は終点まで到着しており、車掌に起きるように声をかけられているのに気がついた。




「あの…」

ゆっくりと家に向かって歩いていると、後ろから小さな声で呼び掛けられた。

振り返ってみてみると制服を着た一人の女子生徒が立っていた。

「こんな時間に一人で出歩くのは危ないよ。」

ついつい彼女が話す前に説教くさいことを口走っていた。

そんな言葉にしゅんとしてしまった少女に、どうして声をかけたのか聞いてみた。

どうやら、頼みたいことがあるようだが、どうにも要領を得なかった。

そうして魔がついていると後ろから同じ制服の生徒たちが声をかけてきた。

「おじさん暇でしょ?ちょっと人助けに協力してよ。」

「この子、男性経験がないから早く捨てたくて誰でもいいから声かけてんのよ」

「おじさんもこんな若いこといいことできるなんて滅多に無いでしょ。サイコーじゃん」

なんて適当なことをのたまっていた。

長年付き合っている彼女もいて、尚且つ歳もかなり離れているような相手からの話を受け入れるわけもなかった。

しかしふと気になったことがあり目の前の少女に視線を向けた。

その少女はひどく自信のなさそうな雰囲気を漂わせており、今にも折れてしまいそうな気がしてしまった。

なんとなくそのまま放っておくことも出来ないと感じ、首を突っ込むことに決めた。

何より後ろから鋭い視線で彼女を睨みつけている複数の同じ学校と思われる女子たちのことがどうにも胡散臭かったのだ。

表向きは下心満載で協力的なように装いながら、彼女と二人になれるように話を進めた。

周りの子達に気づかれないように、「信じて話を合わせて。」そう告げた。


どこか震えているような彼女の手を引き、暗い路地を進み、人気のない場所まで辿り着いた。

ようやく二人きりになり、一番初めに頭を下げた。

「怖い思いをさせてごめん!多分だけど助けが必要なのかと思って。けど上手い案が思いつかなくて、咄嗟に提案に乗ってみたけど怖がらせてしまったよね。」

女学生は驚いたような表情を浮かべ、

「怖かったですけど、なぜか貴方のことは信頼できるような気がしたので、大丈夫です。」

怖く無いわけがないし、きっと半ば諦めていただろうに、こちらのことを気遣ってくれているのだろう。

両親がミシミシと痛み、再度謝罪した。

「本当にごめんね。…はぁ彼女なら上手くできてたのかなぁ。」

それから彼女の身の上話に口を出すのも躊躇われ、かつ彼女もあまりおしゃべりが得意そうではなかったので、話を切り替えるためにも気分を切り替えるためにもたくさんのことを話した。

本当に他愛もないような会話ではあったが、彼女の表情は徐々に明るくなっていった。

そんな様子を見てついつい口が滑って恋バナの方にも話が飛んだが、彼女はあまり興味がないのか何かを考えるような表情をしていた。

ある程度の時間が過ぎた頃、そろそろ彼女の同級生たちも飽きて帰っただろうと思い、家に送ろうとした。

しかし彼女は「ここまで助けてもらったのに、これ以上は申し訳ない」と強く断るので、仕方なく名刺を渡した。

「これは…?」不思議そうな表情を浮かべる彼女に

「もし何かあったら連絡して!出来る限りにはなるけど力になれると思うから」と告げた。

彼女はしばらく、名刺を眺め何かに気がついたのか、顔を上げてこちらを見てきた。

「すみませんここまで助けていただいたのに、名前を伝えてませんでしたね。」

「私の名前は…」

そこまで聞いたとき、辺りがぐにゃりと歪んだような気がした。

次第に意識が遠くなり、視界が暗くなっていく。

最後に聞こえた彼女の名前は、今付き合っている彼女と同じ名前だった。




「起きてください!」

気がつくと、電車は終点まで到着しており、車掌に起きるように声をかけられているのに気がついた。

我に帰りあたりを見渡す。

彼女の姿はどこにもなく、加えて今いるのが電車の中だと気がついた。

さっきまでのことは夢だったのだろうか。けれど、彼女と同じ名前の女学生などこれまでみたことなどなかった。

狐につままれたような気持ちを抱えながらマンションに辿り着く。

ようやくひと心地つけると部屋の前に行くと、扉のところに彼女がいた。

泣き腫らしたような目をしている彼女をみて、何故かあの女学生がダブって見えた。


それから泣き続ける彼女を宥めながら家の中に入れ落ち着かせる。

これまで落ち着いた雰囲気の彼女しかみたことがなく、泣いている彼女を初めてみたような気がした。

彼女は泣きながら何かを言っていたが、断片的に「捨てないで」と言っているのしか聞き取れなかった。

それでも、聞き取れた捨てないでという言葉と、彼女の様子から心の奥に不思議と一つの確信が浮かんできた。

少し落ち着きを取り戻した彼女は俯きがちに口を開いた。

「だって、貴方は落ち着いた雰囲気で自信にあふれているような女性が好きなんでしょ。

本当の私はきっと好きになってくれないから。」

俯きながらそう呟く彼女をみて、自然と体が動いた。

彼女を抱きしめながら頭を撫で、口を開いた。

「俺が好きなのは君だよ。あの頃の君に伝えたタイプの話はあくまで俺が知っている君のことだったんだ。

新しく知った君の一面を好きになることはあっても、嫌いになることなんてないよ。」

その言葉に彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべて強く抱きしめてきた。



ひと段落して聞いた話では、彼女は中学生の頃いじめられていたらしい。

今の彼女からは想像もできないが、あの女学生とわかった今ならそこまで違和感もなかった。

そんな彼女は今から16年前の七夕の日に、「変わりたい」と願ったらしい。

そしてその日に、今日の俺と出会ったという。

その日から、自分に自信を持てるように努力をし、もらった名刺に書かれていた会社を目指していた。

しかしその会社はまだ存在していない会社で半ば諦めかけていたらしい。

それでも、少しの可能性にかけて大学に入学し、就活までたどり着いたらしい。

そうしてあの告白の時、もともと似ていると思ってはいたが、名前を聞いてあの時の人だと確信したらしい。


こうして話を聞くうちに、今の自分がどれだけ彼女に愛されていたのか気がついた。

腕の中の彼女が愛おしくなり、さらに強く抱きしめた。


16年後も25年後も、それよりもずっと先も一緒にいようと二人で星空にかかる橋に祈りを捧げた。


正確には16.7年後なのですが多目に見てください

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