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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

暗殺勇者なボクは日本の転校生〜はじめまして。同じクラスの少女をいじめているイジメっ子の君たちを殺しに来ました〜

作者: イーサーク

 日本の〇〇県△△市。

 都道府かもしれないし、町や村かもしれないということにしておく。


 そこの□□□中学校三年一組に通う中学三年生、秋村みいやさん。

 小柄でショートヘアの女の子が自宅の暗い部屋の中でうずくまり、スマホを手に取って画面を見ていた。


 画面のブラウザ上に、”暗殺勇者”という名前が表示されている。


 ネットのSNS上での名前だ。

 登録者数は、十人にも満たない。

 概要欄には、メールアドレスが表示されていた。


 彼女はそのアドレスを宛先にして、次のメッセージを書いて送った。


 ――お願いです、暗殺勇者さん。あいつらを殺してください。


 あいつらとは、メールの内容に記述されたクラスメイトのリストだ。


 送信後、そのメールを削除し、次に彼女はスマホのメモ帳を使って、次のように書いた。


 ――ごめんね。お父さん、お母さん。


 パスワードロックを無効にして、誰にでも見れるようになったスマホを置く。


 そして、そばに置いてあったいすに昇って、部屋の中に吊り下げたロープが落ちないか確かめる。


 吊り下がったロープの下は、彼女の頭が通る輪っかができあがっていた。


 問題なかった。これで楽になれる。


 彼女がそうしようとしたその時――。


「――ダメだよ。自殺なんて」


 部屋の中に侵入していた僕は、後ろから話しかけた。

 秋村さんは振り返り、ファンタジーに出てくるような聖剣を背負い、黒衣を着た小さな少年の姿を目撃する。


「僕は、暗殺勇者。君に何があったの?」



 その日の夜の内に、僕は下調べと裏工作をやり終える。

 翌朝、〇〇県△△市□□□中学校の制服を着て、日本人の転校生に成りすまし、彼女のクラス三年一組に潜入した。

 聖剣やナイフといった刃物は、学校には厳禁だから持ち込まない。

 持って行くアイテムは、秘密のスマホだけだ。


 ただ一つ誤算だったのは、僕の他にもう一人、転校生がいたこと。


「□□□中学校へようこそ」


 職員室で、机に座っている僕たちの担任、梅水先生が聞いてきた。

 五十歳近くのおばさんで、愛想良く笑っている。

 陰で十歳近い年上の恋人への文句と愚痴が絶えないみたいだ。


「あなたたちが山野やまのたける君に、貴崎きさき陽菜ひなさんね」


 先生に最初に言われた名前が、僕の偽名。

 二番目の名前が、もう一人の転校生だ。


「はい」

 僕は暗い表情で返事をした。

「そうです」

 貴崎陽菜さんは明るく答えた。


 彼女は小柄な僕より背が高く、茶色に染めた長髪をウェーブハーフアップでまとめ、優しく活発な印象を与える美少女だった。


「それじゃああなたたちのクラス、三年一組へ案内するわね」


 梅水先生が立ち上がり、僕と貴崎さんを連れて、職員室を出る。

 職員室の中は、腐敗の臭いで一杯だった。


 僕と貴崎さんは、梅水先生の背中を追って、学校の廊下を並んで歩く。


「さっき聞いたと思うけど、私、貴崎陽菜」

 すると、貴崎さんが僕に愛想よくあいさつしてくる。

「今日からよろしくね、山野君」

 見た目どおり、社交的な性格のようだ。

 加えて、前の学校で失敗した。この学校で今度こそ楽しい学校生活を送るためにがんばろうとしている。内心の焦りが垣間見えた。


 そんなことがなぜ僕にわかるかというと、暗殺者としての眼を磨いてきたから。


 ならば彼女にとって、確かに初日が大事だ。


「……ごめんね、貴崎さん」

 僕は前を歩く梅水先生に聞こえないように、こう言うしかなかった。

「はい?」

「先に謝っておくよ。僕は今日……これからとてもひどいことをする」

 貴崎さんが呆気に取られている。


 僕たちの間にそれ以上の会話はなく、三年一組の教室に着いた。


 梅水先生の手によって教室のドアが開かれ、梅水先生、貴崎さん、僕の順番で教室に入る。

 入室する直前、僕は無言で詠唱した。


 ――《沈黙呪文サプレス


 三年一組の教室を囲む四方の壁全体に呪文がかかった。

 これで教室の中で何が起ころうと、声や物音が外まで聞こえることはない。


 教室に入った瞬間、僕は的確に、貴崎さんは勘じみたもので、教室の異様な雰囲気を感じ取った。

 重苦しくて、殺伐とした雰囲気をである。


 貴崎さんは一瞬ためらうもすぐにそれを押し隠して、クラスのみんなに受け入れてもらえるよう平静を装った。

 梅水先生が黒板沿いの中央に置かれた教壇より奥まで進んだ。

 僕と貴崎さんは教壇の手前で止まって、左側の生徒たちの方を振り組む。


 三年一組の生徒二十人が、席についていた。


 教室の机と席の並びは、縦五列、横五列。一番後ろの横列が空席だった。

 秋村みいやさんは、前から三列目、左から三列目のちょうど真ん中の席に座っていた。クラスのみんなで囲い込んで逃げられないように。

 席に座って、顔をうつむかせて怖がっている。

 他の生徒たちは、こんな雰囲気の中でとても楽しげだった。


 教室に彼女が入った瞬間、みんなの目が彼女の容姿に引かれた。

 担任の先生が入ってきてもスマホをいじっていたり、グループで話をしている子たちもいたというのに、そんな子たちが即座にやめたほどだ。


 ただし男子はいやらしい目つきで、女子は敵意や高慢な目つきで。

 平凡な身なりの僕は、あからさまな侮蔑が向けられる。


 二十人の生徒の中で一番目立っていたのは、僕から見て、秋村さんの右側の席に座っていた背がとても大きい美少年。彼がクラスの中心だ。


「貴崎陽菜さんと山野武君。この二人が、今日新しく来てくれたクラスの仲間よ」


 担任の梅水先生が、僕たち転校生をクラスの生徒たちに紹介した。


「まずは自己紹介してもらいましょう。まず、貴崎さんから」

「はい」


 貴崎さんが元気よく返事をすると、クラスのみんなへ胸を張った。


「はじまして、貴崎陽菜といいます。福岡県から来ました。趣味はダンスと絵を描くこと。週末はダンススタジオに通っていました。あとカラオケが好きです」


 カラオケというのは、クラスのみんなに誘ってもらうための理由付けだと思う。

 おそらく貴崎さんは、街中や自然を歩く方が好きだろう。 


 対してクラスの生徒の視線は、新しい友達を歓迎するというより、この美少女を自分たちの新しい仲間に加えるか、それとも新しい奴隷にするか品定めしているようなものだった。 

 僕のことは早くも存在自体が無視されるか、新しいおもちゃに決定したようだ。


「みなさん、仲良くしてください。よろしくお願いします」


 秋村さんを除く生徒と担任全員が、貴崎さんに笑顔で拍手を送る。

 クラスのリーダーが初めにそうしたことで、新しい仲間として迎えることに決まった。

 ただしリーダーは、自分たちの行いを拒むようなら標的に加える気でいる。男子のうち三人、女子のうち二人は、早くそうしたい欲求に駆られていた。


 貴崎さんは、うまくいったみたいだとひと安心。

 このクラスの隠そうともしない本性に意識がいかない。

 秋村さんが、とても心配そうに僕を見た。


「次、山野武君」


 梅水先生の呼びかけで、クラスのみんなが僕を見た。

 その視線は、入室時よりひどくなっている。

 何かを期待しているのは、貴崎さんと秋村さんだけだ。



 みんながこんなふうに自分をさらけ出しているんだ。


「さあ、みんなに自己紹介して」

「……みなさん、はじめまして」


 僕も偽名を名乗るのはやめて、自分の正体を明かすとしよう。


「実を言うと、山野やまのたけるというのは偽名です。年齢も十三歳。あなたたちより二つ下の中学一年生になります」


 貴崎さんとみんなが、戸惑いの表情を浮かべた。


「僕の本当の名前はカケル。異世界から来た暗殺勇者です」


 異世界。勇者。暗殺。

 日本人の彼らは、これらの言葉が非現実のものだと認識している。


「世界を救った勇者として、日本の現在のいじめの現状にとても憤慨しています。なので今日は、秋村みいやさんをいじめているあなたたちを殺しに来ました」



 少しの間だけ、教室の中に沈黙が流れた。


「……なに、あいつ?」

「イカれてんの?」

「病気?」

「ウケるー」


 生徒たちが、くすくすと声に出して可笑しがる。

 教師であれば優しく現実を諭してあげるべきなのに、担任の梅水先生ですら僕をバカにする目つきで口元を緩ませていた。


「……何言ってるの、山野君?」

 真面目に聞いてくれていたのは、貴崎さんだけだった。

「嘘じゃない」

 僕は、貴崎さんにそう言ってから、

「君と秋村さんだけは、怖くなったらすぐ逃げていいから」

 二十人いる生徒たちの席と席の間へと踏み入った。


 生徒数人だけが驚きの声を上げて、変な奴が今度は何をする気だと見物する。

 そんな視線を向ける生徒たちの間を、僕はためらうことなく進んで行った。


 既述したとおり、このクラスは生徒二十人、縦五列、横五列の席が並んでいる。

 僕が歩いていく先は教壇から見て、前から三列目、左から三列目にある秋村みいやの席とその左隣にある男子の席の間だ。


 そこまで歩いていった僕は、うつむく秋村さんを背に、隣の男子の方を向く。


「君が、安堂あんどう愛獣王がりらくん?」


 中学3年生で身長180cmもあるイケメン男子が、背の小さい僕を見上げた。


 白馬の王子様のように、大きな瞳でにこやかに笑っている。

 上半身は肉付きがよく、足はすらりと長い。

 未来のトップアスリートとトップモデルが合わさったみたいな体だ。


 彼に話しかけられるだけで、普通の女の子は喜ぶだろう。

 ただし僕の眼だとこいつの本性は、傲慢なものだった。

 ――僕が初めて殺した勇者によく似ている。


 こいつがクラスのリーダーで、いじめの主犯格だ。


「そうだよ」

 安堂くんがいすの上で身体を回して、僕と向かい合った。

「俺に何か言いたいことでも?」

「聞いたよ。君がこのクラスを率いて、みんなでよってたかって、秋村みいやさんをいじめているんだってね?」


 僕は、はっきりと言った。

 安藤愛獣王の表情は変わらない。

 後ろで、秋村さんが涙を浮かべて肩まで震わせたことがわかる。


「おまけに担任、教師、学校、PTA、警察と市長まで、君たちの両親と友達でかばってくれるからやりたい放題だ」


 ちなみに彼の名前は、両親がフィクションものの大ファンだから。

 当時、彼の出生届を断った市の職員は懲戒免職を食らったらしい。


 クラスの生徒と担任の先生は、面白そうに見物している。

 貴崎さんは、見ていることしかできない。


「どうしていじめなんてしたの?」

「……イジめたいと思ったから」


 安藤くんが椅子から立ち上がり、小さな僕と秋村さんを見下ろしてくる。

 歳はたいして変わらないのに、怪獣と子どもだった。


「だったら、なに?」

「一度だけチャンスをあげる。今すぐクラス全員で秋村さんに謝罪しろ」


 僕は視線を反らさず要求した。


「そして警察に自首して、彼女と彼女の家族に億単位の慰謝料を払うこと。そうすれば僕は、君たちに何もしない」


 安堂くんが、笑みを深くした。

 クラスの一部から忍び笑いがこぼれる。


「こいつ、チビのくせにナマイキ!」

「億なんて、強欲すぎでしょ~」

「証拠はあんのかよ!? 証拠は~!?」

愛獣王ガリラく~ん、殺っちゃってー」

「そいつが殴られるところ、見た~い♥」


 クラスのみんなの発言に、貴崎さんはショックを受ける。

 教室を見渡せば秋村さんを除く生徒全員がこの状況を楽しんでいるではないか。


「先生……」


 貴崎さんは、担任に何とかしてもらおうと振り向くが、梅水先生まで笑っている表情を見て、言葉を失ってしまう。


 ――この教室は、一体どうなっているの?


 貴崎さんは訳が分からなかった。

 かつて勇者パーティーにいた僕にはよくわかる。


 こいつらにとって、弱い者いじめは当たり前。

 どうしようもない大人に甘やかされて、この教室の子供は狂っていた。


 僕をボコした後、この悪意が貴崎さんと秋村さんに向けられるのは確実だ。

 先生は何もしてくれないだろう。


 弱い者いじめは楽しいもんな。

 かつて聞いた言葉が頭をよぎる。


「さあ、どうす――」


 僕が言い終わる前に、安藤くんが右ストレートのパンチを出してきた。


 僕の顔面が骨折するほどの威力だ。

 生意気なチビに、一発お見舞いしてわからせる気なんだろ。

 そんなことしても生徒たちは喜び、担任はやりすぎてはダメよと注意するだけ。


 ――わからせなきゃダメだね。やりすぎるぐらいがちょうどいい。


 僕は避けながら異世界の魔力を込めて――、左ストレートをお見舞いする。


 安堂くんのきれいな顔が粉砕されて、身長180cmある彼の図体が後ろにある窓ガラスまで飛んで行った。

 そこから跳ね返って、窓際から並んだ席と席の間の床へうつ伏せに転がった。


 □□□中学校三年一組の生徒たちは黙らされて、あれだけうるさかった教室内は静まり返る。

 貴崎さんと梅水先生は、ただただ驚愕していた。


 僕は窓ガラスの方を見ながら、安堂くんに近づいた。


「あーあー、学校の窓ガラスに傷がついちゃった。あとで弁償しないと」

「……あぐ、あぐ」


 僕が見下ろすと、安堂愛獣王は四つん這いになって、醜くうめいていた。

 口と鼻が潰れて血を流し、呂律が回らず、起き上がれない。


 見た目はひどいけど、命に別状はない。ちゃんと手加減したから。

 彼の姿に生徒たちは愕然となっている中、秋村さんだけが――興奮する。


「ねえ、どんな気持ち。自分がイジめられる気分は?」


 僕が聞くと、四つん這いの安堂が僕の方を何とか見上げる。


「あっ、あう……」

「答えろよ」


 僕はしゃがんで手を伸ばし、安堂くんの鼻をねじ曲げた。


「――――――!!」


 さらに立って、二、三発、蹴りを入れた。


 魔力を使えば、人の身体を簡単に壊せるだけの怪力が出せる。

 周りのクラスメイトたちは後ずさりするばかりだ。


「や、やめ……」

「やめないよ」


 僕は、涙目になった安堂を睨みつけた。


「だってお前たちは、どれだけ言われてもやめなかったんだから」


 どういう意味なのか、安堂と生徒たちはたちまち理解する。


「だからお前らのことも、僕の気が済むまでイジめてやる」


 安堂と他の生徒たちが、怖くて震えだす。

 彼らの目に映った僕の姿は、地獄から来た悪魔に変貌していた。



「ねえ、先生」


 僕は右側を向いて、そちらの奥にいた担任の先生に話しかけた。


「なんで止めないの?」


 梅水先生は、教壇のそばで黒板を背にして固まっていた。


「あんたさ、教師だろ?」


 僕は、クラスの担任の方へゆっくりと近づく。


「自分の教室で受け持ってる生徒がいじめられてるんだからさ、止めろよ」


 動くことができない梅水先生の顔に、手が届く距離まで迫った。


「怖かったら助けを呼びに行くとかさ。なんでそうしないわけ?」


 転校生の僕に向かって、梅水先生は何も言えない。


「そ、それは……」

「面倒臭いからだろ」


 担任がすくみあがった。


「昔から学校にいるよね。お前みたいな先生」

 僕は左手を出し、担任の右頬をつねった。

「ギャ!」

 梅水先生が涙目になって、うめき声を出す。


「や、やめなさい! 先生にこんなことして!!」

「子供の言うことろくに聞かなかったり、理由も説明せず校則押しつけたり、ただサボったりしてさ。教師ってだけで、生徒から尊敬されると本気で思ってる?」


 僕は、相手の右頬をつまみ上げる。

 梅水先生は絶叫し、僕の身体を押し続けて抵抗するが、引き離せない。


「離せって言ってるでしょ! 学生の分際で先生をなんだと……」

「お前に関して言えば、彼女の姿を見て、自分のストレス解消のために楽しんでいやがった!」


 僕の叫びに、梅水先生だけじゃなく、生徒たちまですくみ上がる。


「ガキはウザくて、残業続きの安月給なのはわかるけど、給料もらってそういう責任についたんだから……仕事しろよ、クソ教師!」


 僕は右頬を弓矢のように引いて、梅水先生の頭を黒板に叩きつけた。


「ぎゃふっっ!?」


 梅水先生が泣いて、黒板の下にへたり込む。


「なんなの……なんなのよー!?」


 梅水先生は謝罪の言葉一つ口にすることなく、自分のことで嘆くだけだった。


「……カケル君!」


 僕は片手を離して、右側の教壇がある方を振り返る。

 梅水先生が黒板に寄りかかるようにへたり込み、左の奥へ後ずさった。


「もうやめて」


 勇気を出して僕を止めたのは、貴崎さんだった。



 貴崎さんが、僕のそばまで近づいてくる。


「私たち転校初日なんだよ。こんなことして何になるっていうの?」

「彼女がやられたことをやり返しているだけだよ」


 僕は、貴崎さんに向かって返答した。


「……えっ?」


 ここに来たばかりの貴崎さんは、この学校の事情を知らない。


「何をやられたっていうの?」

「彼女から聞いて」


 貴崎さんが、教室の真ん中の席に座っている秋村さんを見た。


「きっと僕と彼女の気持ちがわかるから」


 貴崎さんが、秋村さんのそばまで近づく。


「あなたは、何をされたの?」


 秋村さんが座ったまま、聞き取れないほどの小さな声でつぶやく。

 貴崎さんは、耳を貸してほしいのだと察した。


 秋村さんの目の前で、貴崎さんが屈む。

 彼女の耳元で、秋村さんが一言二言伝えた。


 それを聞いた貴崎さんは涙目を浮かべ、秋村さんをぎゅっと抱きしめた。

 間もなくして秋村さんを立たせると、彼女の肩を抱きながら自分と彼女のバックを持って、教室の前の方にあるドアへ歩いていく。


 他の生徒たちがそれを見て、自分もついていこうと席から立ち上がった。

 担任や安堂を見捨てて、教室のドアから逃げる気だ。


「逃げるな」


 僕は《麻痺パピリプカーズ》を霧状に放って、教室内に充満させた。

 秋村さんと貴崎さんを除く生徒たちが金縛りのようなものに遭って、恐怖の表情を浮かべたまま動けなくなる。


 クラスのみんなが、僕からは逃げられないことを悟った。


 貴崎さんが、教室のドアを開ける。


「……カケル君」

 そして、僕に言った。

っちゃって」

 二人が外に出て、教室のドアが閉ざされる。


 生徒たちの恐怖が頂点に達した。



「さて」


 担任と生徒十九人が《催眠ヒュプス》を重ね掛けられて、教室の中心にいる僕の方へ無理やり振り向かせられる。

 

「本格的なお仕置きといこうか」

「はっ……ぎゃん!?」


 まずは担任と安堂を除く生徒十八人を一発ずつ殴った。


「やめ!?」「げっ!」「ぼっ」「がふ!?」「……べ!」「ぶふっ!?」


 男子九人、女子九人、均等に。

 痛みを知らなければ、自分たちがどんなことをやってきたのかわからないから。


 それらか生徒十九人と担任は、いつの間にか自分たちが使っている机の上に立たされていることに気がついた。


 クラス全員の机が、教室の中心にいる僕を囲い込むように円形状に並んでいる。

 その上で、彼らは一歩も動けないまま、目の先にいる僕を見下ろしていた。


 天井からはロープがいくつもぶら下がっていて、机の上にいるみんなの首に巻きついている。

 その光景を目撃した担当と生徒十九人は、自分の首にもロープがかけられていることに気づいて、途端にパニックに陥った。


 想像上でよく知る首吊りの光景そのものだった。


「……なにこれ!? なにこれ!? なにこれ!?」

「いやだ、いやだー、いやだあああー!!」

「ふざけんな! おい、ほどけ! ほどきやがれー!!」


 首にかかったロープを引っ張ってもほどけず、天井の部分から下に引っ張って、身体をどれだけ揺らしても外れない。


 狭い机の上から飛び降りたり、踏み外すような真似だけは、絶対に避けたい。

 そんなことになればどうなってしまうのか、結末は明らかだったから。


「転校生! あんた、これ一体どういうつもりよー!?」

 女子の一人が、僕に叫んできた。

「僕がお前たち全員をいじめる」

 僕は言った。


「秋村さんに今までやってきたこと全部をそのままお返ししてね」

「ちょっと待って……嘘でしょ?」


 女子がどんなことをやって来たのか思い出して、血の気が引いた。


「本当だよ」


 僕は、冷たく言い放った。


「お前ら全員に一人ずつ、全部」


 担任と生徒十九人が動けず、黙り込んで、真っ青になる。


「そして最後は、みんな仲良く一緒に机の上からダイブしてクラス心中。まだ中学三年生なのにこの世からおさらばだ」


 教室内は、阿鼻叫喚に包まれた。


「フザケンじゃねえええぞ、てめえーー!!!」

「死にたくない!! 死にたくない!! 死にたくない!!」

「お母さん……助けてえええええーー!!」

「ごめんなさい!! ごめんなさい!! ごめんなさい!!」

「お前、なんの資格があってええええ!?」

「そうよ、何様のつもりー!?」


 クソガキ共の必死の叫び。聞くに堪えないね。


「知ってる? いじめられっ子の心の傷は一生残るんだよ。わかる? 一生だよ、一生……加えてお前らは、同じクラスで仲良くすべきだった秋村さんをあそこまで追い詰めた!!」


 僕は怒りを露わにして、


「いじめは殺人。自殺は殺人。お前らいじめっ子は人殺し。大切な命を弄んだ快楽殺人鬼。極刑に処すべき大罪人。慈悲や温情なんて、お前らには必要ない!!」


 助けを求め、命を乞い、泣き叫ぶ子らに言い渡す。


「判決死刑。首吊って死ね」


 その後、〇〇県△△市□□□中学校三年一組の教室で、生徒十九人と担任は、自ら行ったいじめ全てを現実そのままに味合わされ、最後は机から飛び降りてもがき苦しんだあげく死ぬ――という《ナイトメア》を見せられた。




 僕は、学校を出ていく。

 秋村さんと貴崎さんは、学校の外にある公園のベンチに並んで腰掛けていた。

 彼女の肩には、もう一方の彼女の手が乗せられている。


 二人とも、親に今日は早退すると連絡済みのようだった。


 僕が二人のそばに立つと、秋村さんと貴崎さんは無言で振り向く。


「……殺した?」

 秋村さんが涙ぐむ。

「殺してないよ」

 僕は、秋村さんの目を見て言った。


「……どうして?」

「初めに言ったろ。全員死ぬ目に遭わせるけど、心が壊れるまではやらない。実際には殺さないって」

「どうしてよ!?」


 秋村さんが怒りを爆発させる。


「殺して!! 殺して!! 殺してよ!!!」


 あいつら全員に死んでほしかった。

 ずっと殺して、殺して、殺して、殺したかった。


 僕には、彼女の気持ちが痛いほどよくわかった。


 ――復讐を望まない子っているんだろうか。


「いいや。殺してはいけないよ」


 それでも、僕はそう言う。


「だからどうして!?」

「命は大切なもの……君には、君のことを大切にしてくれる親がいる」


 秋村さんが、はっと気づかされる。


「君が人を殺したら君のお父さんとお母さんはどう思う?」


 彼女の目元から大粒の涙が次々とこぼれ落ちた。


「だから君は、あいつらと同じになってはだめだ」


 秋村さんがたまらなくなって、貴崎さんの胸元に抱きついた。

 貴崎さんは優しく抱きとめ、彼女の背中をさすってあげる。


「秋村さんのことお願い」

「待って」


 僕は再び学校の方へ向き直ると、貴崎さんに呼び止められた。


「ねえ、カケル君……。私たち、どうすればいいんだろう?」

「あいつらのことなんて忘れて、いい人になればいいと思うよ」

「いい人に?」

「そうさ。いい人になって、いい人たちとだけつき合って、悪いことはせずにがんばって生きる。正直者はバカを見るってこの国じゃよく言うけど、人間幸せになりたければ結局それが一番だよ」


 異世界からやって来た、僕からのアドバイス。


「君は、これからどこ行くの?」

「他のクラスと職員室。いじめたヤツは他にもいるから」


 別のクラスの生徒十六人。

 一般教師二人、体罰と称した体育教師と柔道部顧問。 

 両親の職場まで介入した加害者の親たち八人。

 PTA会長とママ友の会五人。


 隠蔽しようとした校長と教頭と教師六人。

 市の教育委員会の教育長、教育部長、弁護士。 

 警察署の署長と警察官三人。

 そして、市長。


 いじめは殺人。自殺は殺人。

 全員が大切な命を弄んだ殺人犯。犯人隠避、殺人幇助。

 全員が罰を受けるべき罪人だ。


 一人残らず、クラスの連中と同じ目に遭わせる。

 誰一人、逃がしはしない。許しもしない。


 日本人がやらないなら、僕がやる。



「謝罪して罪を償え。わかったな」

「はい、はい……はい……」





 貴崎さんは、秋村さんを彼女の自宅までついていってあげることにした。


 そこまでの帰り道、肩を並べて歩く二人の間に会話はない。


 道中、貴崎さんはなんて声をかけてあげればいいんだろうかと思い悩む。


「あのう……貴崎さん?」


 すると秋村さんの方から話しかけてきた。


「な、なに?」

「……ごめんなさい。私のせいで」


 秋村さんは、ようやく泣き止んだばかりだった。

 よく考えれば、転校初日なのに無断早退だ。


「いいって、別に……」


 あなたに比べたら、私なんてたいしたことない。

 貴崎さんはそういいたいのに、口が上手く回らなかった。


 彼女の苦しみと悲しみを思えば、何か言葉をかけることなんてとてもできない。

 貴崎さんができることは――、自分も自分のことを話すことだった。


「あのね、秋村さん……実は私も前の学校でいじめを受けたの」

「……えっ?」


 貴崎さんはできるだけ暗くならないように、明るい笑顔を浮かべて喋り出した。


「前の学校で同じクラスだった私の身体目当ての男子がね、どんだけ断ってもしぶとく言い寄ってきて。耐えられなくなってムカついたから私、そいつにはっきり言っちゃったの。”本当に迷惑だから二度と近寄るな、ストーカー!”って」

「……それで?」


「そいつ、クラスでなまじ受けがよくて女友達も多かったからそれがよくなかったんだろうね……。体育の時間に教室で着替えて、授業が終わって教室に帰ってきたら、私の制服とバック、机といすがまるごとなくなってたの。私物も全部」

「……最悪」

「でしょう」


「それで、犯人は?」

「あいつに決まってるって、みんなの前で体操着のまま詰め寄った。ほんと恥ずかしかった。なのにあいつ、しらを切るばっかりで女友達と一緒にニヤニヤ笑ってくんの。そいつらに決まってるのに先生、いくら言っても調べてくれなくて、逆に私の方がクラスのみんなからも仲間を疑うなって。だから私……キレちゃった」


 男の顔を殴って、全治一週間のケガを負わせた。

 学校がやってくれないため、母親と一緒に警察へ盗難届を出した。


「近くの用水路から諸々発見。指紋が検出されて、そいつらのスマホを押収したら……私の名札がついた制服の写真があったの」

「……そして?」

「それが決め手となって一件落着……でもね。学校で問題にされたのは、暴力を振るった私の方」


 貴崎さんが転校してきた理由。

 今度こそ、まともな学校生活を送りたかった。


「……ほんと、最悪」

「ほんと、そうだよね……死ねばいいのに」


 本当は、二人ともそんなふうに思いたくない。

 普通のいい子でいたいから。


 二人は歩く。

 秋村さんの家はもう近い。


 ――いい人になって、悪いことはせずにがんばって生きるか。

 ――君は、全然そんなんじゃないのにね。


 貴崎さんは、自分のバックからスマホを手に取った。 


「ねえ、秋村さん。電話番号、交換しよ」

「……えっ?」

「SNS、何やってる? よかったら教えて」


 秋村さんが渋々自分のスマホを手に取る。

 新しいメッセージが二件。


「「みいや」」

「お母さん、お父さん……」


 一軒家の自宅の前で、両親が待っていた。

 心配になって、帰ってきたのだろう。


 秋村さんは、貴崎さんにうながされて自分の足で歩いていった。


 自宅の前に近づけば近づくほど、手を汚さなくてよかったと思えてくる。


 貴崎さんが見守る中、両親と抱き合って、ようやく幸せを取り戻せたのは、それからまもなくのことだった。




 数ヶ月後、僕は近くの公園で貴崎さんと会った。


「久しぶり」

「元気そうだね。秋村さんは?」

「みいやも元気だよ。君によろしくって」


 僕と貴崎さんは、二人でスマホに映った動画を観る。


『『私たちがやりましたー』』

『『ごめんなさいー』』


 僕らが観ている動画は、校舎の中にいる加害者全員が素顔丸出し、実名テロップ入りで、カメラに向かって謝罪する動画だった。

 この事件は、動画サイトだけでなく新聞、雑誌、ニュースサイト、まとめサイトにまで管理人が何をしようとトップ一面を飾ることになった。


「この動画、なんで消されないの?」

「僕が日本のメディアをのっとっているから」

「君って、本当に異世界から来たんだね」


 事件の全貌は被害者の素性以外、市の腐敗まで何もかも暴露されて大炎上。

 市長をはじめとする偉い人たち、安堂くん学生たちまで何人と逮捕された。


 今度は、市と学校一つ潰しちゃったなあ……。


 ああ、証拠の捏造なんて真似はしてないよ。

 僕に関する記録と記憶は、裏工作と《忘却呪文ロラスト》で消してある。


「この動画がきっかけでさ、加害者の無関係な家族とか被害に遭ったりしない?」

「その時は、僕が被害を遭わせようとする連中を殺しに行くよ」


「私たちを助けてくれたことは感謝している。だけど君がやってることってさ……悪いことだよね」

「わかってる。僕がやってることは、本当はやってはいけないことだ」


 僕は認めた。ネットでも余計なお世話だの、テロリストだの散々叩かれている。


「けどね。今の日本だと、それはいじめも同じだ」


 そして貴崎さんに説く。


「いじめと自殺。誰かが虐げられ命を奪われたという事実は変わらないのに、殺人と違って、加害者の子供と隠蔽・放置した大人は法的に責任を問われることはない。あぶない犯罪者を野放しにしているも同然だ」


「だったら君は何をすればいいと言うの?」


「例えば警察が捜査・逮捕する体制を整える。万引き対策のようにカメラを設置すれば抑止につながる。それなのに何もしない。国すら動かない。悪い大人ばかり育つ一方だ。この一点において日本の大人と社会と教育は……いじめっ子以下だ」


「……それが、君が日本に来た理由?」

「そう。数ある理由の一つ。放っておけなかった」

「日本が嫌い?」

「いいや。大好きだよ。いい人たちばかりで本当に平和な国で……だから失いたくないんだ」


 話したいことは、だいたい話し終えた。


「私は、私のできることを続けていく」

「ありがとう。君がいてくれてよかった」


 僕は、貴崎さんにさよならを告げる。


「それじゃあ」

「今度はどこ行くの?」

「次のとこ。いじめは、世界中にあるから」


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