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薄紅色の縁  作者: yuki
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家族Ⅰ

「やーっと終わったー」

「帰りカラオケ行こうよ」

「部活めんどくせー」

放課後、生徒は各々自由に活動を始める。


「ツムちゃん、駅前にね新しくできたお菓子屋さんがあるの〜、今から行かない?」

「結構評判いいみたいだぜ。それに…店員が美男美女だって話!」

琴里と詩音がホームルームが終わるやいなや紡の元へと集まる。

「3人で遊びに行くの久々だしどうかな〜?」

「えっと…私もすごく行きたいんだけどね…」

「真白、帰るぞ。」

いつの間にか隣に紅葉が帰り支度を済ませて立っていた。今日は珍しく帰りのホームルームまで教室にいた。恐らく昨晩の事で紡に話しがあるのだろう。

「急に何?私達これから遊びに行く話してるんだけど。」

急に話に割って入られて琴里は不満気に紅葉に言葉を投げかける。

「よかったらお前も行くか?放課後に遊びに行った事なさそうだしな?」

「真白に大事な話がある。今日は諦めて違う日に行ってくれ。それと、私はあんた達とつるむつもりはない。」

そう言って紡の手を取って紅葉は教室を出ていった。

「何よあの子!しんじらんない!せっかく久々に3人で遊びに行けると思ったのに。」

顔を真っ赤にして琴里は2人が出ていった方を見つめていた。

「ツムちゃんはあの子の何がいいの?」

「まぁまぁ落ち着けって。でも珍しく高坂の方から紡に話があるってさ。何かあったんじゃね?」

「ツムちゃんの事応援したいよ。でも…私はあの子好きじゃない。」

詩音は琴里のまん丸の後頭部を撫でて落ち着かせる。人見知りの激しい琴里にとって紡と詩音は心を許せる数少ない友達なのだ。その友達をよく知らない他人に取られるようでやきもちを焼いているのだろう。

「お前にはアタシがいるだろ〜?」

「も〜ベタベタしないでよ〜。カラオケ行こう!カラオケ!」

「はいはい、何時間コースになるんだか」



校舎を出て紡と紅葉は昨晩と同じ帰り道を歩いていた。違うのは2人並んで歩を進めているという点だ。そして教室を出た時と同じく手を繋いでいる。急に恥ずかしくなって紡は声を掛ける。

「高坂さん!どこ行くの?話があるって。」

「私の家に行く。そこで話す。」

「家!?高坂さんの!?」

紅葉は真っ直ぐに紡を見つめる。

「そうだ。昨日のこと。お前のこと。これからのこと。ちゃんと話しておく。」


紅葉の家は紡のアパートとそう遠くない場所にあった。坂道を上った人気のない場所にぽつんとある古めかしい木造の建物だった。しかし庭は綺麗な花々が植えられておりよく手入れされているのが見てとれる。

「綺麗な庭。高坂さんが手入れしてるの?」

「いや、一緒に住んでるやつが。」

「そっか。一人暮らしなのかと思ってた。」

もう家族はいないと紅葉は言っていた。一体誰と住んでいるのだろう。表札には『一条』とある。

(一条?親戚の家なのかな?)


ガラッと引き戸を開けて玄関に入る。

「おかえり、紅葉。」

中に入ると穏やかそうな雰囲気を纏った若い男が出迎えてきた。年齢は20代半ばで線の細い整った顔立ちをしている。先程まで料理をしていたのか見た目に似合わないクマのキャラクターが描かれたエプロンをつけている。

「お友達か?お前が友達を連れてくるなんて初めてじゃないか?」

「はじめまして、真白紡です。高坂さんとはクラスメイトです。」

紡の名前を聞いて男はさっと表情を曇らせる。

「君が…そうか。どうぞあがってください、お茶を用意しよう。」

そう言って男は廊下の奥の部屋へと戻って行った。

「こっちだよ。」

通された居間の真ん中には今は使われていない掘炬燵があった。冬になれば足元の板が取り外され中で炭を燃やして暖める。炬燵の上には机が置かれその上で食事をすることもできる。座るように促され紡は堀の中に足をすべらせる。

しばらくして先ほどの男がお茶と菓子を持ってきた。

「自己紹介が遅れました。俺の名前はあかり。紅葉のお兄ちゃんみたいなものですね。」

「親戚の方ですか?」

「いいえ。俺も紅葉も居候みたいなものです。もう1人同居人がいますが彼が家主ですね。3人とも血の繋がりのない赤の他人です。もう10年以上は一緒に暮らしてますが。」

そう言って燈は3人分のお茶と菓子をそれぞれ配った。

羨ましい。紡はそう思った。だって彼らは本当の家族のようだったから。血の繋がりはない。それでも10年以上も家族のように同じ時間を過ごしてきたのだ。それと同時に紅葉が血の繋がりのない男性とずっと一緒に暮らしていたという事実に少し胸がざわついていた。

「昨日の事だけど。」

紅葉が話の先陣を切る。

「真白の力が目覚めた。本来なら真白家に報告するべきだけど、目覚めたと言っても使いこなせてない。だから自分で制御できるようになるまで言わない。それでいい?」

「うん。よく分らないけどその方がいいならそれでいい。」

「この力の事を他人に話さない。外で無闇に力を使わない。約束して。」

「うん。」

昨晩紅葉の傷を癒した力。無我夢中だったためどうやったかなんて覚えていない。しかし、自由に使えたら少しでも紅葉の役に立てるのだろうか。

「それから、その、力の制御のために修行をしなくちゃだろ?修行ってなったらある程度時間がいるだろ?だから…その…」

紅葉にしては妙に歯切れが悪い。

「紅葉。何をそんな言いにくい事があるんだ。紡さん、君さえよければこの家でしばらく暮らしませんか?俺もできる限りのサポートはしますよ。それに、紅葉と一緒にいるほうが安心でしょう。」

「燈、お前そんな簡単に」

「でもお前もそのつもりだっただろう?」

突然の事に紡は呆気に取られていた。まさか好きな人の家にお邪魔して一緒に暮す話になるなんて思いもしなかった。もちろん、自身の力を制御する修行のためではあるが、それでも紅葉と、誰かと一緒に暮す日がまた来るなんて思いもしなかった。

「ちょっと、何泣いてんの?」

紡自身気づかず涙が溢れていた。ずっと寂しかった。何年も1人でいてもう仕方のない事だと諦めていたが何処かで温もりを欲していたのだ。

「嬉しくて…本当にいいんですか?」

「もちろん。紅葉も構わないだろう?」

「ああ。その方がやりやすいし。けど…」

紅葉はそこで言葉を切り紡を見つめる。手を伸ばし指先で紡の目許の涙を拭った。そして掌を紡の頬に添えた。赤くなる紡をよそに紅葉は言葉を発する。

「無茶はするな。その…何があっても守るから、絶対に。」

その表情は真剣だが、不安そうにも見えた。何かを隠していると紡は直感した。まだ紅葉は紡に言っていない事がある。それでも今はこの温もりを感じていたかった。


ガラッと扉が開く音がしたかと思うと居間に体格の良い男が入ってきた。目つきが鋭く野性的な見た目をしている。

「おかえり、朱雀すざく。こちらは真白紡さん。紅葉のお友達で…」

「……。紅葉、ちょっとこっち来い。」

紡をひと目見た後、朱雀と呼ばれた男は紅葉を連れてどこかへ行ってしまった。


紡と燈2人残された居間はしばらく静寂が続いた。

「紡さん、紅葉のこと好きでしょ?友達以上に。」

いきなりの事で紡は驚いて湯呑みを落とすところだった。

「あはは。やっぱりそうか。昔の俺を見てるみたいだったから。」

「え?」

「さっきのでかい男、朱雀っていって、この家のもう1人の同居人。君にとっての紅葉は俺にとってあいつだってことさ。君、紅葉が俺達と長年一緒に暮らしてるって知ってちょっと不安になったでしょう?心配しなくていいよ。紅葉もわかってるから。」

「えっと…その…」

突然の告白に紡は何と言っていいかわからずにいた。そんなにわかり易く態度に出ていたのだろうか。それに燈と朱雀の関係も。

「2人がこれからどうなっていくのか、それは2人次第だけど、少なくとも俺は応援しているよ。それに紅葉には幸せになってもらいたい。俺の恩人でもあるからね。そのへんの話はまたいつかね。」

ウインクをして燈は微笑んでみせた。


紅葉と朱雀2人を待つ間、恋話や思い出話に花を咲かせていると突然怒鳴り声が聞こえた。

居間を出て裏庭にある道場のような建物の前で朱雀と紅葉が言い争っていた。

「お前あの家を敵に回すつもりか!そんな事して取り返しのつかないことになったらどうするんだ!俺達だけの問題じゃない。最悪この世がめちゃくちゃになるんだぞ!」

朱雀が物凄い剣幕で紅葉に怒鳴っている。紅葉もそれに負けじと言い返している。

「もう決めたことだ!それに私は誓ったんだ、絶対守るって。命令だからってあいつを…紡を殺すなんてできるわけないだろ!」

パキッ

驚いて踏んでいた小枝を折ってしまった。言い争っていた2人がこちらを振り向く。

朱雀は燈に何で連れてきたんだと言わんばかりに睨んでいる。紅葉はまずいといった表情で、

「真白…今のは…」


『紡を殺す』


紅葉の言葉がいつまでも頭の中に残る。同時に守るとも言っていたような気がするが、それよりも鮮烈すぎて。

紡は訳もわからず走り出していた。恐怖心からかすぐに逃げ出したかった。裏庭を抜け山道を走り抜けた。後ろから紅葉の声が聞こえたような気がしたが気にも止めなかった。

山の中自分がどこにいるのか分らない。それでも紡は走り続けた。しばらくして疲れ果てて息を整え歩いていると泥濘に足を取られバランスを崩した。そのまま斜面を転がってしまった。意識が朦朧とする中、思い出すのは頬に伝わる掌の温かさと大好きなあの子の不安そうな、しかし真剣な眼差しだった。

紡の意識はそこでふつりと途絶えた。



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