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薄紅色の縁  作者: yuki
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覚醒Ⅲ

人気のない夜道を紡と紅葉は言葉もなく歩いている。少し前を行く背中を見つめながら紡は先程の光景を思い返していた。見たこともない化け物、武器を持って応戦する紅葉、真っ赤な鮮血、自身の力のこと。そして、目の前に広がる新たな景色。先ほどの化け物ほどではないが、それでも異形と言わざるを得ない、この世のものではないものたちで溢れている。みな大人しく、こちらに害はないようだが、こんなものがそこら中にいては連日騒ぎになっているはずだ。


「どうして学校に来たの?」

ふと紅葉が言葉を発する。傷は塞がっているが左肩から胸元にかけて血が制服にべったりと付いている。

「何だか妙な胸騒ぎがして寝れなくて。まさか高坂さんがいるなんて思わなかったな。それにあんな化け物も…いるなんて…。」

口にしたとたん胸の内に堰き止めていた恐怖が溢れ出すようだった。身体が恐怖で震えている。

「高坂さん、あなたは一体何者なの?あの化け物は何?傷だって!私一体なにを…。」

1人混乱している紡に目もくれず紅葉は前を見て歩き続ける。だがその歩みは紡に合わせてゆっくりとしたものに変わった。

「あいつらは魑魅魍魎だの妖怪だのそういった類のやつらで私はそれを退治する人…。」

「それは分かるよ!分かってるの、でも理解が追いつかない…。」

「はぁ、自分で聞いたんだろ。」

紅葉は呆れたように溜息をつくが、無理もないとは思っているのだ。今までと違う世界を見せられて混乱しないほうがおかしい。

「うーん、まず何から話すかな。あの化け物どもは異怪者いかいものって言われてるやつらで視えてる通りそこらに普通にいるんだよ。一般人には視えないだけで。」

紡もさっきまではその一般人だったのだ。

「そんな頻繁に何かやらかす訳じゃないけど、何かやる前に対策するのが私の仕事。退治屋?みたいな?」

「1人で?」

「ははっそんな訳ないじゃん。一応組織があるんだよ。裏社会ってやつ?」

この特殊な事態のせいなのか、はたまた血を流し過ぎたせいか、普段聞くことのない上機嫌な口ぶり。

「真白紡。あんたんとこだってそうだろ?真白財閥の御令嬢さま。あそこは規模が大きいから分家がいくつもあるけど、あんたは由緒正しい本家筋の人間だ。」

「まさかそんなはずない!だって私は母が間違いを犯してできた子どもだって、そう言われ続けてきた!」

実家では腫れ物の様に扱われ、中学入学を期に一人暮らしをするように命じられた。それから毎日紡の帰りを待つのは人の温もりのない静寂だけだった。

紅葉は足を止め紡の方を振り返った。少し驚いたような顔をしてすぐにまた前を向いて歩き出す。

「そのへんの事情は聞かないけど、あんたの力は本物だ。さっきの…私の傷を直したやつ。あれがあんたが真白家の人間だって証明になる。」

「そう…。」

今更自分が真白の人間か何てどうでもいいことだ。結局は自分の帰る場所ではないのだから。

「高坂さんのその…退治屋さんもやっぱり家業みたいなものなの?ご両親も?」

「うん。父さんと母さんもそうだったみたい。」

「みたい?」

「死んだから。私が小さい時に。だから血の繋がった家族はもういない。」

あまりにも淡々と紅葉は答えた。

「あっ…!ごめんなさい!」

「別に気にしてない。そもそもそんな覚えてないしね親のことなんて。」

紡も両親の事はほとんど知らない。ただ自分が疎まれているという事は聞かずとも分かる。

(どうか高坂さんのご両親は高坂さんのことを愛していましたように。)

紡はそう願った。娘が死と隣合わせの生き方をしているなんて生きていたら彼女の両親はどう思うのだろう。

「怖くないの?死ぬかもしれないって思わない?」

「怖くはないかな。もう慣れたから。死ぬかもとは思うね。現にさっきもあんたがいなかったら死ぬかもしれなかったし。けど私は簡単に死ぬわけにはいかない。やらなきゃいけない事がある。」

「やらなきゃいけない事?」

沈黙がおりる。丁度坂の真ん中を歩いていたところで紅葉が振り返った。月明かりに照らされた彼女の顔は元々幼さの残る顔立ちがさらに幼く見えた。悪戯っ子のように笑うと楽しそうに呪いのような言葉を吐いた。


「復讐する。」


言葉とは裏腹に表情はとても楽しそうで無邪気に遊ぶ子どものようだった。いつも無表情かしかめっ面の彼女からは想像もつかない、幼子の様な表情。しかし目は復讐に燃える炎が見えるように鋭く煌やいている。目に怒りを忍ばせている。


紡は身体の芯が冷えていくのを感じた。

(どうして?誰に復讐するの?何をそんなに怒っているの?)

聞きたいのに上手く言葉が出てこない。


「なんてね、冗談。」

くるっとまた前を向いて紅葉は歩き出した。 

数秒、紡は手足を動かせず硬直したままだった。

あの目は冗談ではなかった。普段感情が読めない紅葉が見せた怒りの色。恐ろしいが同時に美しいとも紡は思った。動くようになった手足を確認して紡は紅葉を追いかける。

(今どんな顔をしているのだろうか)

そう思いながら紡は紅葉の背中をただ見つめていた。


「着いたよ。」

学校から40分ほどで2人は紡の住むアパートへと辿り着いた。

「本当にそんな格好で1人で帰るの?服貸すから着替えなよ。」

「いいよ。暗いしそんな目立たないって。」

「女の子が1人でそんな格好で帰ったら危ないでしょ。」

「1人で夜遅い時間に出歩くやつが言うな。」

結局、血だらけの服は万が一通報されたらという事で紡が上着を1枚貸すことにした。

「別にいいのに。まあありがとう、明日返すよ。じゃあおやすみ。」

「うん、ありがとう高坂さん。また明日学校でね。」

挨拶を交わして紡は玄関ドアを閉めようとしたその時。

「ごめんね。」

紅葉の小さい声が聞こえた次の瞬間、紡は意識を失った。




「ごめんね。」

そう言って紅葉は閉まるドアを再び開け、紡の額に持っていた護符を貼り付け唱えた。

「ネムレ」

その瞬間紡の体は人形のように力を失った。紡を抱え自室のベッドに寝かせる。部屋は殺風景で必要最低限のものしか置かれていない。ほとんど物のない部屋の中で唯一目を引く物があった。綺麗な装丁のされたアルバムのようだった。勝手に見るのは気が引けたが、今後この家に来ることもないだろうと思いページをめくることにした。

クラスの仲の良い2人−名前を忘れた−の写真や文化祭・体育祭などいかにもアルバムといったものだ。しかしページを捲っていくと段々と紅葉の写真ばかりになっていく。しかも紡とのツーショットは1つもなく集合写真やいつの間に撮ったのかというものばかりだ。

(なんだコレ?ストーカー?)

紅葉は苦笑する。1年の時から接点を持ちたがっていたがまさかここまで好かれていると思わなかった。そう、本当は入学式の事を忘れてなんかいなかった。忘れるどころか紅葉は紡のことを入学前から知っていた。

真白家当主、真白財閥前会長の真白弦蔵ましろげんぞう。紡の祖父から紅葉は依頼を受けていた。


「紡の力が目醒めたとき、速やかに紡を抹殺せよ。」


ベッドの上で紡はスヤスヤと寝息を立てている。屋上で紅葉の傷を癒やした力。そして異怪物が視えている。目醒めているのは確実だ。殺すのは簡単だ。首元に、心臓に刀を刺し貫けばいいだけのこと。

しかし初めからそんな事するつもりはない。だから記憶を消したのだ。今日屋上で起こった出来事も。帰り道無駄な話をしたことも。明日からもいつも通りの日常を紡は送るのだ。紡の首に蓮華が掘られた木彫りのペンダントをかける。異怪物から身を守り、また異怪物を視えないようにする術を施してある。

(目醒めていない事にすればいい。これからずっと何も知らなければいい。こちら側に来てはいけない。)

友達に囲まれて平穏に生きて欲しい。優しいこの子につらい思いをさせたくない。

殺さないのは人殺しの罪を負いたくないから。いや、それよりも…

(殺したくない。この子には生きて欲しい。私が守ってみせる。)



翌日。学校にて。昼休み。

購買に昼ご飯を買いに行こうとした紅葉を呼び止めた人物がいた。紡である。

「高坂さん!昨日の事なんだけど!怪我はもう平気?朝起きたら何も視えなくなってたの!私にはやっぱり力無かったってことなのかな?」

「なんで?昨日の夜のこと覚えてるの?」

「え?覚えてるも何も昨日の事でしょ?高坂さんと一緒に帰った事も…私家着いてすぐ寝ちゃったみたいなんだけどね。」


「嘘でしょ?」

記憶抹消の術、失敗。紡は全て覚えている。

もう後には引き返せない。紡はこちら側の世界に足を踏み入れることとなった。



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