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薄紅色の縁  作者: yuki
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覚醒Ⅰ

すぐに夢だと解った。何度も見た夢だ。

炎に包まれた部屋で、幼い紡の手を引く小さな手。誰なのか思い出せないが、その子の手が体中を覆う熱気の中でひどく冷たく感じた。そして次の瞬間にはその子は背中から血を流して倒れる。眼の前に黒く大きな塊が現れ……


そこで紡は目を醒ますのだ。


幼い時から見る夢。もう慣れてしまった。しかし、体はいつまで経っても慣れない様で、汗で全身がベタベタしている。スマートフォンの表示時刻は午前4時。今日は月曜日でホームルームは8時半から。いくら何でも早すぎる。しかし二度寝をする気分にもなれず何よりシャワーを浴びたかった。まだ日も昇らないこんな時間に起きてシャワーを浴びでもそれを咎める人物はいない。

紡は1Kのアパートに一人暮らしだ。一人暮らしも最初は色々と苦労したが慣れるもので、炊事に洗濯、買い物何もかも専業主婦並みにはできてしまう。

そう、人というのは慣れるものなのだ。

何度も何度も繰り返せば慣れてしまう。時間の経過と共に慣れていくものだ。


シャワーを浴びて早めの朝食をとり、結局することもないので制服に着替え早々に学校へ行くことにした。徒歩で約5分ほどにあるバス停から乗車し約20分揺られる。バスの中には紡の他には誰もいない。

だが、奇妙な違和感を覚えた。

信号で停車したバスの中でつり革が2つだけ左右に揺れているのだ。まるで誰かがぶら下がっているかのようにゆらゆらと揺れている。慣性の法則だとかそんな話ではない。

信号が青になりバスが発進する。


(ああ……ツイてないな…)

紡は産まれたときから霊感のようなものを持っている。視えていないが気配を感じたり、周りで不可解な事象が起こったり……

(視えないからどうしようもないんだけどな…このバス事故ったりしないよね…?)


そのとき、次のバス停に止まり少女が1人乗車した。肩下まで伸ばしたボサボサの髪ー恐らく梳かしていないーと肘と膝に大きなガーゼ。右頬にも1枚貼られている。


「高坂さん!!」


紡は驚いて声を上げた。高坂と呼ばれた少女は眠そうな目を紡に向けぶっきらぼうな声で呟いた。


真白紡(ましろつむぐ)。何でこんな時間に。」

「早く目が醒めちゃって…。高坂さんも今日は早いね、いつもギリギリか遅刻だし…。というかその傷は…。」

「余計なお世話。」

「あっ…ごめんなさい…。」


二人は向かい合う形でバスに座ることになった。


高坂紅葉(こうさかくれは)

紡と同じクラスで学校ではある意味有名人だ。所謂問題児として。毎日登校はチャイムと同時か遅刻。登校してきたかと思えば1時間後には早退。予習、宿題はしてこないしそもそも授業中は常に寝ている。テストの点数も恐らく赤点ばかりだろう。教師達も最初は注意、職員室や生徒指導室への呼出など熱心であったがもう諦めてしまったようだ。二年生に進級できたのも奇跡だろう。


そんな彼女のことをこの真白紡は好きなのだ。恋愛対象として。


遡ること約一年前。


春。高校の入学式。

紡は学校に行く途中で他校の男子高校生数人に絡まれてしまった。そこへ颯爽と登場したのが紅葉だったのだ。


「通行のジャマ。」  


そう言って紅葉はあっという間に男子高校生たちを蹴散らしてしまったのだ。比較的細い体のどこにそんな力があるのか、最後の1人には背負投げをお見舞いしていた。


「助けて頂いてありがとうございます!」

紅葉は呆気に取られた様子で

「え?ああ、うん。良かったね、何もなくて。」

そうぶっきらぼうに答えた紅葉の目はどこか寂しげに紡には見えた。


「じゃあ。」

そう言って紅葉は1人元来た道を戻って行った。

その背中はやはり寂しげで思っていたよりも小さく見えたのだった。


自分を助けてくれた救世主は誰なのか。式が終わるやいなや紡は学校中探しまくり、教師たちにも聞いて回ったがわからず終い。

そして1週間後。1人だけ入学式にすら出席しなかった生徒がやっと登校してきた。その生徒こそ紅葉だったのだ。


「同じクラスだったんだね!あの時は助けてくれて本当にありがとう!私、真白紡です。仲良くしてくれたら嬉しいな!」

「誰?何のこと?」

心底面倒くさそうに紅葉は答える。そして…

「話しかけるな。」

そう言って、彼女は教室を出て登校初日に早退したのだった。


そんな事があっても紡は紅葉が登校する度に話しかけ、お昼を一緒に食べようだの、放課後ショッピングに行こうだの誘うのだがどれも見事にスルーされてしまう。そんな光景を見ているクラスメイトから反感を買ってもお構い無しで、紅葉はクラスから孤立して行ったのだった。


そんな扱いをされているにも関わらず、紡はあの入学式の日からずっと紅葉に恋をしている。紡にとって白馬の王子様だったからなのか、見た目がタイプだったからなのか、理由は紡自身分かっていない。

ただ、何となく放っておけない。もっと彼女の事を知りたい。それだけなのだ。


そんな彼女と今バスで二人きり。正確には運転手もいるのだが…。こんな朝早くからどうして?体中の傷はどうしたの?喧嘩なのかな?どうしたら仲良くなれる?聞きたい事は山程あるのに…。何を話せばよいか悩んでいると急に視界が真っ暗になった。貧血かとも思ったがそうではない。明らかに外部からの影響。まるで何かどす黒い得体の知れない何かに飲み込まれるような…

(気持ち悪い…)

今朝見た夢を思い出す。何度も見る悪夢。あの子はいったい何者なんだろう?ただの夢?本当に?炎の中…。水の中…。私は一体……


「……っ!」

何か声が聞こえた気がした次の瞬間、気持ち悪さが嘘のように消え失せた。眼の前には焦っているような紅葉の顔。

(初めて見る表情かも…)


「✕✕高等学校前です。」


いつの間にか学校前のバス停に着いていた。


「保健室行った方がいい。顔色あんまりよくない。」顔を逸らしてぶっきらぼうに言う。心配してくれているようだ。

言い方はきついが紅葉は優しい。そうでなければあの日自分を助けてなんかくれないだろう。

「ありがとう、高坂さん。高坂さんこそ、その…保健室…というか病院行くべきでは?」

「これは…。見た目より大したことない。ちょっと転んだだけ。それより真白紡、あんたの方がいつもより、その…元気ない気がする。」

「やっぱり高坂さんは優しい人だね。」そう紡は微笑んだ。

紅葉は呆気に取られて次の瞬間みるみる赤くなっていった。顔を背けながら

「はぁ?なにそれ。早く行けってば!」

耳まで赤くなってしまって。

(また初めて見る…)

これ以上余計な事を言っては不機嫌になると思い紡は言われた通り保健室へ行くことにする。


紡を見送っていた紅葉は先程バス内で起こった出来事を反芻する。異形のモノが紡を取り込もうとしていたあの光景…。

(真白紡。目覚めるときが近いのか…。そうしたら私はあいつを…)


目を閉じる。思い出す。自分がここにいる意味を。





(私がこの手で始末しないと)










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