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星の屑から  作者: えすてい
第三章 流れ星に祈りを
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第26節 未だ見ぬ異変

 

 次の日、僕らの前には、天高く伸びる黒く大きな影が現れた。断崖に聳える朽ち果てた塔。

「これが"虜囚の柱"。祖龍教国と流罪地区を繋ぐ橋よ」

 見上げるように仰いだ建造物はとんでもない高さを誇る。円柱形の建物、螺旋階段が剥がれた壁から覗けた。

 柱のところどころはボロボロになり砕けている。落ちた建材があちらこちらに散らばっていた。

「風化が激しいね。前も階段を踏み抜いたりしてたっけ」

 カノンがしげしげと眺めながら言う。

 彼女が言っているのは数年前のことだろう。

 壁に沿うように建った塔は、見た目は健在そうだが暗がりでも分かる歯抜けのような欠落が目立っていた。

 寄りかかっている壁がなければ既に崩壊しているだろう。これに入って登ろうとは到底思えなかった。

「氷で覆いながらなら行けなくもないな」

 ルリが本気か冗談か分からないことを言う。

 カグヤが笑いながら告げた。

「無理よ。あの塔は魔法を寄せ付けないの。魔法を扱う罪人が悪さしないようにね」

 なるほど、とでも言いたげにルリは顎に手をあてがう。まさか本気でやろうと思っていたのか……。

「それに祖龍教国の建物に魔法なんてかけたりしたら、それこそ裁きの対象になってしまいますよ」

 カノンが付け加えて言う。

 さすが長生きしてるだけあって真っ当な意見だ。

「だがここはもう廃棄されているのだろう? 流刑にする時、今はどうしているんだ?」

 ルリは尋ねた。

 だがそれにカグヤたちは答えを持っていなかった。

「さあ、知らないわ。他国の死刑制度なんて学ばなければ得られないもの」

 故郷リベクスト王国では周辺諸国への亡命を危惧して配流は行われていなかった。島流しなどが主流なこの措置は、地続きの内陸国では中々珍しい制度なのだ。

 まあ、この谷から脱したとしても、待っているのは魔物が溢れる欺きの森と霊峰だ。

 ある意味で逃げ場のない流罪地区が、一番安全だと考えられなくもない。

 ここで生きていけるかは別の問題だとしても。

 塔を背に谷の深い場所を進んだ僕らは、ついに荷台が通れるほどの洞窟の入口を見つける。

 篝火の台が倒され柵のような門が破壊されている。随分と荒れ果てた様子だ。

 光を当てて奥まで視線を送る。何かが潜んでいる可能性は捨てきれない。

 鉄扉には龍紋が刻印され、祖龍教国のものだと推察された。垂れ幕が壁にかかっていたようだが、今では引き裂かれて見る影もない。

 明らかに罪人たちの仕業だと思われたが、ここは元々なんのための施設だったのだろう。

 石窟の床に転がる人骨が目を引く。砕かれた頭蓋は戦いの証、ここで戦闘があった。

 カグヤを前衛にして奥に進入する。廊下や部屋に続く通路をいくつも発見した。

 どうやらここは祖龍教国の兵士が駐屯する場所で、寝床や個別の部屋が用意されているように見える。

 人の生活している気配は見る影もなかったが、兵士たちはここで罪人たちに襲われたりしたのだろうか。

 奥の部屋まで辿り着くと、カノンが告げる。

「魔力の流れを感じる。お姉ちゃん、気をつけて」

 扉のない部屋の入口からゆっくりとカグヤが入る。影だけがするりと動くような無音の動作。

 僕は這い寄るその動きにゾッとしてしまう。視界に入っていなければ気配などないようなものだ。

 背負った鞘へ剣をカチリと収め、視線を僕らに移しカグヤが言った。

「大丈夫、アトレアの言ってた転移陣だと思うわ」

 肩の力を抜き息を吐き出す。

 影を作らないよう魔法の光度を上げた。

 様々な物が散乱した床には本やら筆やらが、木くずのように朽ちて転がっている。

 僕はそのうちの一つをひょいと拾い上げた。

 手帳に書かれた手記が汚れで霞み字が滲んでいる。

「ここを仕切っていた上長の部屋だろうな」

 隅に散らばる調度品の欠片に視線を落としながら、さして興味もなさそうにルリは告げた。

 部屋の広さが他とは違う。奥まった場所は重要な場所であることへの示唆だった。

 アトレアからもらったペンダントが淡く光り始める。僕らの頭上に魔法陣が浮かび上がった。

「へぇ、天井に描くなんて凝ってるじゃない」

 カグヤが見上げて告げる。

 ペンダントを持つ僕は全員と目配せした。

「転送陣を起動させます。いいですか」

 皆が頷くのを確認して、魔力を流し込んだ。二つの古い魔法陣が、その機能を解き放つ。

 ペンダントに施された技巧が作動し始めると、僕らは全員、溢れ出す光の中に包まれていった。




 ■■◇■■




 大司教ズールィは苦悩していた。

 一人きりで書斎に籠り手元の資料を見比べる。古い文献へ分厚いレンズ越しに目を通す。昔、魔王との大戦で祖龍教国は大きな痛手を受けた。

 建国されて間もない小国だった教王国は、度重なる魔物の群れに滅亡は必至だった。

 勃興した新興宗教への助けなど、他の国々が認めるはずもなかったのだ。

 聖遺物である瞳の力によって魔を退け、数少ない聖職者が集まって国を再建した。国の史実ではそうなっている。

 しかし、これは発想が貧困過ぎていた。

 教会での地位が上がるにつれ祖龍の瞳というのが、紛れもないただのお飾りだということに気付かされる。

 式典や儀式でお披露目される場合はあっても、長く教会の奥底で眠りにつかされていた置物だ。

 存在自体が信仰や国体維持に必要ならともなく、史実では戦争兵器としての利用が記載されていた。

 何故それを他国との戦時に利用せず、後生大事に匿っているのか。

 その理由の一つが、数年前の反体制派運動、"聖女"の擁立で明らかとなった。

 当時見向きもされていなかった祖龍の瞳と呼ばれる石ころ。誰もがその真価を見出すことができなかった。

 しかし、あっさりと彼女はあの石の力を呼び覚まし、そして祖龍の瞳がもたらした力は絶大なものだった。

 史実と突き合わせるなら可能な推論がいくつも挙げられる。あれこそが、祖龍神様の持ち合わせた秘宝であると。

 残念なことにそれに気が付いたのは開眼しうる者、私とアトレア、そして陛下のみであった。

 不都合な真実を覆う不都合な事実。聖女のおかげでそれが顕となってしまう。

 何が教王国にとって災いとなるか。私にとって大事な部分はそこだ。

 国のために尽くしてきた長い人生で、これほど興味をそそられるものは存在しなかった。

 他国との戦争、宗教による軋轢と弾圧。貧富と差別、そして魔王の復活という類を見ない厄災。

 国というものが侵される要因は数え切れないほどある。今の政治腐敗が間違ってないと言えば嘘になるだろう。

 だがそれは小さな問題に過ぎない。国が滅ぶ時、それはいつだって目に見えないところからだ。

 ズールィは資料をずらして数値を見比べる。ここ十数年からの統計がやっと生きてきた。

 教王国領内における魔力濃度の分布が日毎に調査され、その結果が羊皮紙に克明に書き込まれていた。

 近年多発している魔力災害の影響で生産国に被害が出た。物流が滞り物価の高騰が憂慮すべき事態となっている。

 元は気まぐれに周辺地域の魔力量を数値化し、収集を図っていただけに過ぎなかった。

 しかし数年前から、魔力の流れに著しい変化がもたらされるようになってきた。

 長い歴史の中でも魔力災害の予見は難しく、限られた星読みや占い師にしか視えないとされてきた。

 無秩序な魔力の暴発が巻き起こす大災害は、そこに残された形跡すらも吹き飛ばしてしまう。

 分かっていることはその凶悪な正体が魔力の集積によるものだということだけ。

 眼鏡を外しズールィは目頭を強く抑えた。老眼になって久しいが、元々視力はあまりよくなかった。

 調査の結果を精査し仮定を導き出す。祖龍教国の中心地で起きつつある異変。

 周辺の地域よりも濃い魔力が膨れ上がっている。そしてそれは加速度的に勢いを増していた。

 何が起きているのかという疑問よりも先に、結論を裏付ける証拠の数々が私を驚かせる。

 しかし、こんな戯言を誰が信じようか。私でさえこの度し難い結果には懐疑的であった。

 権力闘争の激化した教会内部で角を立てれば、すぐに異端審問へかけられてしまうだろう。

 権力は使いようであるのと同時に、維持する労力は莫大なものである。

 しかし、時間的猶予はあまり残されていない。これを知りえた自分だけがこの国を守ることができるのだ。

 祖龍教国は必ず、魔力災害に遭遇してしまう。机上の資料がそれを物語っていた。

 深く椅子に座り直すと、走馬灯が巡る。果たすべき事柄は護国であろう。

 その最善を尽くすため、今の今まで走り続けてきた。今さら立ち止まる齢でもないはずだ。

 椅子を引いたズールィは資料をかき集め棚にしまった。

 重いローブの袖を振り、自室を後にする。


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