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星の屑から  作者: えすてい
第三章 流れ星に祈りを
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第25節 新たなる冒険者

 

 同じような枝葉をよけて進む内に、どこから来たのかも分からなくなってしまった。

 想像以上に過酷で危険な冒険。見知った思い出や家族が残る村が今更恋しくなる。

「――もう帰りたい、だなんて思ってないでしょうね」

 意地悪そうな言い方をしたメイユイの言葉に、カイは本心を隠しながら鼻を鳴らし答えた。

「ま、まさか。及び腰なのはお前の方じゃないのか?」

 似た者同士、村を出たことを後悔しているのはカイだけではなかった。

 メイユイは言い返す。

「うっさいわね、はぁ……ほんとに、もう……」

 軽口を言い合う気力はあったが、本気で罵倒しあうほどの体力はなかった。

 先を行くコウクは見通しのいい場所を探し求めた。

 だが、深く生い茂る森の鬱屈さに眉間の皺をさらに刻み込む。

「だめだな、方角は間違ってねぇと思うが、山向こうの地形までは俺も詳しくねぇ」

 霊峰に住む彼らの生活圏はそれほど広くなかった。村の周辺とそこから見える稜線がわずかな頼りだ。毎日見飽きるほど見てきた山々の風景は、超えてしまえば途端に未知の領域となってしまう。

 日が暮れる前に安全を確保したいのは旅の定石だが、こうも辺りを森に囲まれてしまうと身動きが取れない。

「多分、こっちだよ」

 シュエが真っすぐに指をさす。

 三人がその言動に思わず顔を見合わせた。

 木の洞にまで手を突っ込んで、珍しい虫を探していた彼女はどこへ行ったのか。

 颯爽と歩き出す迷いのない彼女の足跡に、カイたちは半信半疑の思いでついていく。

「どうしちゃったの、シュエ……まるで人が変わったみたいよ……」

 メイユイがカイに耳打ちする。

「俺にもさっぱりだ。見たことないはずの場所なのに、何故か道順を知ってるみたいだ」

 カイの真面目な顔に、思い切りメイユイはつっこむ。

「バカ! そうじゃないでしょ! あの子は人を先導するようなタイプじゃなかったってこと!」

 カイはメイユイの主張に身を引きながら、考え込むようにシュエの過去の言動を照らし合わせる。

「なんで分かんないのかしら……」

 その様子に呆れたような溜め息をつくメイユイは、シュエの後姿を見つめながら思う。

 ……兄の死は無駄なんかじゃなかった。

 村のため、あの子のため、限りある命を燃やした。

 他人を犠牲に選ぶという不正義もあったかもしれない。だが、守りたいもののために必死で抗った。

 そして今、シュエの中で兄は生き続けている。私の兄は、その身をもって彼女の心を奪ったのだ。

 ショウフウ様の呪いが解けた村人たちには、二つの選択肢が与えられた。

 一つは故郷に残り、魔物から身を守るため、今よりも大きく村を発展させていくこと。

 二つ目は、危険な霊峰に位置する村から去り、新たな居住地を求めて移民すること。

 神事を捨てた彼らが採る決は、各自が判断することとなった。もう誰も自分たちを導いてくれる存在はいないのだ。

 父親である村長は生け贄選定の事実を悔やみ、この地を守ることを決意した。私には母親の記憶はなかったけど、それでも、生け贄に自分の妻を選ぶような男とはいたくなかった。

 兄は母親と出会えただろうか。時折遠い目をしていた彼は、気にしないふりをしながらも母親を求めていたに違いない。その気持ちは私にだって痛いほど分かる。

 移民とは別のルートで村を出ることにした私たち。それは珍しく、シュエ(たっ)ての願いでもあった。

「あそこ、村が見えてきた」

 シュエの言う通り、故郷よりも少し規模の大きな村落が、森林の隙間、丘の下に見える。

「ほんとにあった。……シュエ、どうなってんの?」

 シュエの言動を不審がり、体のあちこちを触るメイユイ。

 不満げなシュエが、大げさなその行為に猛反発する。

「ちょっと! わたしだってたまには役に立つの! ……ハッ! たまにって何!?」

 自問自答を叫ぶ彼女の横で笑いながらカイは言う。

「ほら見ろ、なんにも変わっちゃいない。道草でも本当に食べて幻覚が見えたんだろ」

 厚手のブーツを鳴らしながら楽しげに歩く三人の後ろで、腕組みのまま仁王立ちしたコウクは告げた。

「それじゃあお前ら、俺はここまでだ」

 寒風が吹きつけ木々がざわめく。乾いた風にのって、夜の闇がゆっくりと香った。

 振り返ったカイが尋ねる。

「ここまでって……一緒にあの村まで行かないのか?」

 日も暮れ始めて既に暗くなってきた。そんな森の中を一人で行くなんてコウクでも危険すぎる。

「シュエがめちゃくちゃに歩き回ったせいで、道順が覚えられねぇからな。まだ足元が見えるうちに戻る」

 コウクはカイの言葉を突っぱねた。

 今度はメイユイが言う。

「本当に、危険よ。コウク、もう獣化できないんだから」

「うるせぇ、自分の身くらい自分で守れらぁ。おめぇらもやっぱり帰ってきましたなんてほざくなよ」

 一喝するコウクは続けた。

「俺らが見られない分、世界のことをよーく見てこい。それが育てられた恩を返すってことだ」

 幼気な瞳に映った鬼のような面の自分の顔。

 さらさらな黒い髪の上に手を乗せると、彼は娘に告げる。

「シュエ、村での掟はもう捨てて生きなさい。お前を縛る大人たちは、もういねぇ」

 大切な人を失った悲しみを誰より強く抱いたシュエ。その凹みを埋めてあげられるのは、悲しいかな時間だけだ。

「カイやメイユイを信じ、己を信じろ。そして、ハオのことを絶対に忘れるんじゃねぇぞ」

 村で過ごすことは彼女にとって善良ではない。

 シュエに償わせる罪なんてものは、ないのだから。

 優しく置かれた頭の上の手をシュエは握り返す。農作業で豆だらけの硬い手のひらに、感触を伝える。

「お父さん、ありがとう。いつか必ず戻ってくるから、どんなことがあったか、わたしの話、聞いてね」

 シュエは声を震わせて告げた。

 それにつられてコウクも目元を赤くする。

「あぁ、楽しみに待ってる」

 胸に抱いた我が子の温もりをしっかりと感じながら、暮れていく夕日とともに、村の希望と別れを告げた。

 季節は巡り、冬の足音がそこまで迫っている。カイたちが集めた薪がその役目を果たすことはなかった。


 数日後、魔神の村の人々は忽然と姿を消した。

 手入れのなくなった畑に細長い雑草が茂る。紅葉は散り、葉のない枝が目立ち始めた。

 風車が頼りない音を立てながら回る。それを憂いながら眺める者は誰もいない。

 モーターの駆動音を唸らせながら、鋼の足が地面を踏み固めた。機械仕掛けの瞳が無機質な視線を周囲に向ける。人型のソレは、大きな黒い鎧のようにも見えた。

 ノイズ混じりの声が無人の村に響く。

「任務完了しました。……了解。続けて、湖の調査を行います」

 黒い鎧が歩き始めたその後ろで、数十個はあろうか、同色の黒の球体が地面に転がっていた。

 不規則な電子音を鳴らしながら、人の腰まである巨大な玉が無秩序に動き回る。

 まるで何かを探しているかのように闊歩し、瞳に似た丸いくぼみを鈍く光らせた。

 黒い人型の装甲は上を向くと、空中に飛び上がり形を変え、両翼を伸ばし一息に飛翔していく。

 風を切る音さえ振り切って、大空を舞う姿はすぐに見えなくなった。

 揺れる風の中で色付いた葉が、弧を描くように空中を揺蕩う。

 後に残されたのは風化していく村と家屋、田畑。

 そして、蠢く球体と、散乱する血みどろの肉片だけだった。




 ■■◇■■




「なあ結局俺らってどこへ向かってるんだ?」

「それも分かってないのについてきたの?! ほんっとあんたバカじゃないかしら」

「はぁ? 仕方ねぇだろ。俺は何も聞かされず、シュエに来いって言われたんだからよ!」

「なにそれ、まったく。結局他人任せで適当で、無責任な頑固ヤローよね、あんたって」

「……そういうお前はどこに行くか知ってんのかよ」

「………あーー、シュエが知ってるわよ」

「あのなぁ! 散々人のことバカにしやがって!!」

「私はシュエについて来たかっただけなんだから別にいいでしょ! なんか文句ある?」

「……はぁ、もう好きにしろ。疲れた。なぁシュエ、俺たちはどこに向かってんだ?」

「……シュエ? 何してるの?」

「村にそんな舞があったか? いや、それにもうやめろよ、祈祷の舞なんて」

「……違うよ、感じてるんだ。わたし、分かるの」

「やっぱり変な物食べたんじゃないか―――っておい!?」

「ちょっと、シュエ! なにこの嫌な空気……?! あんたがやってるの?」

「"魂の共有"でわたしたちが死にそうになった時、ハオの胸の中で、できるようになったの」

「それ、何なんだよ!?」

「……シュエ、もしかしてショウフウ様の……!!」

「わたし、魔法が使えるようになったんだ」

「……魔法……す、すげぇな」

「ごめんね、驚かせて」

「……シュエ……」

「それで、わたしたちの行先だったよね。この村の人たちが言ってたこと、覚えてる?」

「あ、あぁ。北にずっといけば、ここよりももっと大きな街が見えてくるって話だろ?」

「……仕事を見つけるならそこがいいと思うわ。私たち、お金全然持ってないんだし」

「なんとか村の葡萄酒と交換してこの宿は取れたが、次からはそう簡単にいかないぞ」

「わたし、冒険者もいいかなって……」

「シュエ、あんたそれ本気で言ってんの?」

「うん、本気だよ。知識も人脈もない私たちが、世界を見て回るならそれしかない」

「魔法が使えるようになったんならいいんじゃないか? 俺は大戦士のように武器の腕でも磨こうかな」

「ちょっと、カイまでやめてよ! シュエ!  冒険者なんて、すごく危険なのよ?!」

「分かってる。でも、わたしたちはハオの分まで世界を見て回らなくちゃいけない。そうでしょ?」

「っ!……それは……」

「危険なことは分かってるよ、だけど、やってみたいの。どうしても、ダメ?」

「お前にはちょっと荷が重いかもしれないからな。メイユイは留守番しててもいいぞ」

「はぁ………もうあんたたちときたら……分かったわよ、一緒に行くわよぉ……」

「ありがと、メイユイ。せっかく旅するんだから、そうこなくっちゃ」

「決まりだな。ってことは次の街まで行って、冒険者登録をしないとだな」

「獣化できないってのに……私はどう戦うのよ……」

「それと、あと……」

「なんだシュエ? まだ何かしたいことがあるのか?」

「――――流罪地区って、聞いた?」

「流罪……物騒な名前ね」

「そこに何かあるのか?」

「罪を犯した人たちを送る場所なんだけど……そこから偶に、罪人が逃げ出してくるらしいの」

「檻に入ってるわけじゃないの?」

「うん。魔物も多くて逃げるのも大変らしい」

「恐ろしい場所ね。……それでそこがどうしたの?」

「なんでもそこには、神を名乗る存在がいて、おかしな宗教を築き上げているらしいの」

「………」

「おい、それって……」

「偽物の聖女が教会なんか建てて、罪を犯した人々をおかしな形に変えてるって」

「……」

「逃げ出した罪人は、長く生きられず死んでしまったみたい」

「シュエ……その話……」

「……魔神の手先だった、私たちとそっくりね」

「おい、メイユイ!」

「……許せないの。咎人だろうが何だろうが、人を(そそのか)して命を弄ぶなんて」

「……」

「わたしはその"聖女"を放ってはおけない、絶対に……」

「……」

「シュエ……」

「同じことを繰り返させたりなんかしない。悲劇は、一度だってたくさんなんだから」


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