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星の屑から  作者: えすてい
第三章 流れ星に祈りを
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第23節 二枚舌

 

 円卓に集まった五人の人影。着席した彼らはそれぞれの顔を付き合わせる。

 その中でも最も不機嫌さを表した女性は、艶っぽい唇を尖らせた。

「ちょっと、アーレイスはまた不在なわけ? はぁー……緊急だって言うからわざわざ戻ってきたのに」

 首を振って刺々しい態度を見せる彼女に、黒髪の男が突き放すように言う。

「うぜェな、いねェんだったら委任するって決まりだろ。面倒ならお前も管轄に戻れ」

「はぁ? 前回あんたがビビって撤退の指示なんか出したから、ウチがでなきゃいけなくなったんじゃないのよ」

「あ?」

「何よ」

 睨み合う二人を、今度は別の人物が諫める。

「ユルピット、ゼルファ、止めなさい。ホーン議長殿、開始のご挨拶を」

 ホーンと呼ばれた老齢の男は、白くなった眉毛をぴくりと動かし告げた。

「では、第二師団を除くこの五名で、緊急集会を始める」

 重々しい木槌が打ち鳴らされる。その合図をもって、開かれていた扉が閉じた。

 円卓を囲うは中央都市国家が有する武装集団、ペンタギアノの各師団長を冠する人物たち。

 互いが互いを牽制し合う中、第五師団長のヘルメルが口火を切った。

「アーレイスがいないのは不本意だが仕方ない。……私が緊急集会を催したのは他でもない―――」

 彼は視線をその場の全員に向けると続けた。

「―――我々の中に密偵が紛れ込んでいる可能性がある」

 それを聞いて真っ先に反応したのは、第三師団長のユルピットだ。

「……はぁ? 密偵? 何か根拠でもあんの?」

 先ほど二人を窘めた大柄の男、第四師団長ノラウムが尋ねる。

「前々から話に出ている紫髪に関わることか?」

 ホーン議長が目線をヘルメルに向けた。

 今、槍玉に挙がっているのはヤミレス城に侵入した賊のことだ。

 魔力探知に引っかからない謎の人物。度々城の中に現れては、突如として消えてしまう神出鬼没の人影。痕跡はなく、少女のような小さな姿だったというのが一致している目撃証言だった。

「ッは! 学院でも似たような怪異があったみてェだな。――おっとこいつは、お前には禁句だったか?」

 鼻で笑う黒い髪の男ゼルファを睨みつけ、無視を決め込んだヘルメルは話を進める。

「……だが、私はついに見つけたのだ。城に侵入する賊の、その正体を」

 言い切った彼に向けてノラウムが告げた。

「ヘルメル、それは本当か?」

 矢継ぎ早にユルピットも続く。

「面白いじゃない、散々人をコケにしたそいつ、一体誰よ」

 ヘルメルは落ち着き払って口を開いた。

「まあ待て、順を追って説明する。ゼルファ、余計な口出しはするんじゃないぞ」

 へいへい、とゼルファは頭の後ろで手を組むと、楽な姿勢をとって椅子に浅く座り直す。

 ヘルメルは告げる。

「先生を殺した罪人どもは、欺きの森で二人組のエルフと合流したそうだ。霊峰へ向かう冒険者の数は限られてくる。関所の証言から、"エルフの耳"である可能性が最も高い」

「……エルフの耳って言えば、魔族の冒険者よね?」

 ユルピットが怪訝そうに眉根を寄せる。

「噂に聞いたことはあるが、彼らが与していた……? それにしても祖龍教国とはな……」

 ノラウムの呟きにゼルファが乗っかった。

「魔族の冒険者が国の要人(モーガンス)を狙う……穏やかじゃねェよなぁ、ヘルメル」

 彼はヘルメルの思惑を感じ取り、不敵な笑みを見せる。

 前髪をかきあげたゼルファは机の上に足を乗せると、煽るようにヘルメルに目を向けた。

 神経を逆撫でされるような不愉快さが漂った。

「魔族が先生の殺害に関与しているかどうかだが……エルフの耳の外見的特徴を知っているか?」

 問いかけるヘルメルに、ユルピットもノラウムも肩を竦めるだけだった。

「誰も冒険者には興味ねェよ」

 完全に脱力を決め込んだゼルファが嘯く。

 冷たい視線の先、ヘルメルは瞳の奥を光らせる。

「彼らと一戦交えた私の部下が目撃したのだ。……エルフの耳は小柄で紫色の長髪だそうだ」

「―――?!」

「それ、本当なんでしょうね?」

 驚くノラウムの隣で、ユルピットの眼光が鋭くなる。

 侵入者に強い苛立ちを覚えているとしたら、それは彼女だけだろう。

 一つ括りにした髪の毛を揺さぶりながら、彼女は怒りを顕にした。

「私をコケにしたのが魔族なんて、到底許せるはずがないわよ……」

 そしてヘルメルは全員に向けて告げる。

「……私も同意見だ。これは国家の危機であると判断した。我が国に無断で入り込んでいたのは魔族の者たちだ」

 ヘルメルの話を全て聞いたゼルファは、口角を上げて嫌な笑みを見せながら言った。

「いいねェ!! そのクソ野郎どもをとっ捕まえて、魔王領に攻め込む口実にしようじゃねェか!!」

 木槌が鳴る。ホーン議長が水を差した。

「ゼルファ殿、慎みなさい」

 足を組み直し舌打ちするゼルファの反対側、前のめりになった姿勢でユルピットが次に話し出す。

「それで、"紫髪"の正体を断定できたとして、私たちの中にスパイがいるってのは何なのよ」

 ヘルメルが手元に用意してあった書類を魔法で飛ばす。

 まるでその言葉を待っていたかのように。

 全員に書類が行き渡ったのを確認し、肘をついた両手を口元に近づけて告げる。

「エルフの耳が侵入した際、我々はどの師団も城には待機していなかった」

 日付時刻、その時の各師団の動きが事細かに記述してある。

 その隙間を縫うようにして現れた紫髪。警備が手薄になっているところを誰かが手引きしたのは明白だ。

「偶然にしてはでき過ぎている。それに、顕著なのは三回目の目撃だ」

 ヘルメルの目が向けられたのは、翡翠色の瞳をしたユルピット。

 彼女は自分の第三師団を駐留させたまま、報告もせずにヤミレス城へと戻ってきていた。

 魔力のない存在に不信を感じ、その侵入者を追跡するも、取り逃してしまったのだ。

「はぁーっ、人生の汚点よ、あんなの。私の魔法から逃げ切るなんて、信じられない」

「うぜェ御託はいい。そういやてめぇの報告、まだ聞いてなかったな。その魔族、ナニモンだ?」

 溜め息をつくユルピットにゼルファが聞く。

 彼女は肩を竦めて答える。

「知らないわよ、魔力がまったくなかった。探知にもかからないし、なにより……」

 思い出したようにふと目線を上げたユルピット。

 その様子を全員が怪訝そうに見つめた。

「消えたの。……そう、幻みたいに。速いなんてそんな次元じゃなかった……」

 そしてじっとゼルファを睨みつけて続けて言う。

「私は紫髪の目撃証言をしたの。今度はあんたが内通者じゃないって証拠を出す番よ」

 後ろ手に組んでいた腕を机の上に置き、ゼルファは楽しそうに笑った。

「面白ェ! 俺一人でてめェら全員殺せんのに、コソコソ手引きする必要なんざねェだろ!!」

 再度木槌が鳴らされる。

 ユルピットは言葉を呑み込んで姿勢を戻した。

「ゼルファ殿、何度も言わせるでない」

 ホーン議長の細い目元がゼルファを一瞥する。

 だが、誰もゼルファの言葉が虚勢でないことを知っていた。

 第一師団長ゼルファ=グラフェダッド。最年少で師団長を任命された若きエース。乱暴な物言いと挑発的な態度で数々の問題行動を起こし、ロキの元老院たちで彼を支持している者は多くない。

 しかし、誰がどんな権力を振りかざそうと彼を師団長の座から引きずり下ろすことは叶わなかった。自他ともに認める強さの権化として君臨し、この男が唯一無二にして、中央都市国家最強を誇るからだ。数年で中央都市国家ロキの戦争が減少したのは、彼の存在が大きいと言えるだろう。

 ゼルファの軍事戦略はもはや戦争ではなく、蹂躙だった。強すぎるが故に誰も争いを起こそうとしない。

 攻略に十年以上かかると言われた攻城戦を彼は単独で、且つ半日もかけずに投降させた。また、遠方の重要軍事拠点にて魔物の大群が確認された際、上層部は大砦の放棄を決断したが、彼だけは殿として残った。部隊が撤退するためだけの足止めを命じられていたが、彼は七日七晩戦い続け、全ての魔物を殺戮し尽くした。

 破壊の王と呼ばれて久しい彼は、尤も強大なロキの武器であり、抑止力となった。

 元老院はそこを線引きとして、彼の問題行動の数々を不問としてきた。誰がその勢力図に異を唱えることができようか。

 ユルピットが彼の威勢に軽口で返す。

「ま、あんたの軽率さじゃ、小賢しいことは無理かもね。ねぇ、ウチは容疑から外れるでしょ? 目撃者なんだし」

 ヘルメルとノラウムに目配せする。

 体の姿勢を崩さず、ヘルメルは冷徹に告げた。

「それはない。目撃証言は既に上がっていた。密偵が目撃者になるデメリットはもうないからな」

 目撃者に便乗することで容疑から外されるのならば、誰だって無断で帰城し居もしない証言をでっちあげる。

 エルフの耳を捕まえることに貢献できていない以上、彼女が白であるという確証は得られない。

 あ、そう、と頬杖をつくユルピット。

 彼女の次の質疑はノラウムに向けられる。

「ノラウム、あんたは何か弁明はないの?」

 ピシッと伸ばした背を一度も曲げることなく席に着いたまま、唸るように大きな男は言う。

「自分を無関係だと言い切るのは難しい。知らず知らず、という場合だってある」

 実際問題、師団長は互いの動きを具に報告し合っていない。

 任務自体も各々に命じられ、個々に判断して軍を動かす。

 城を手薄にするかどうかは元老院の判断だが、示し合わせて空白を作り出すのは不可能だった。

 警備だってまったくいないわけではなかったが、侵入をするなら師団のいない時が絶好だろう。

 ではそれを実現可能にするのは何者なのか。そんな人物が果たしているのか。

「密偵探しは端から無理な話だ。だが、本題はそっちじゃねェんだろ?」

 尋ねるゼルファはやはり狡猾な男だ。ユルピットが言うような横柄なだけではない知性が、彼にはある。

 招集の名目は師団長の嫌疑を持ち込むことだったが、その実、ヘルメルにはもう一つの目論見があった。

 ヘルメルがゼルファの言葉に肯定を示し、自らの言葉で伝える。

「我が城への侵入は他国からの攻撃と同義だ。それが魔族というなら重みも一塩だろう」

 ゼルファが分かりやすく口角を上げる。

 破壊の王なら、私の意図を察したはずだ。

「これを戦争行為と捉えずなんとするか。この中でこれに関して異論を唱えるものはあるか?」

 円卓の招集による目的は軍としての最高決定権の承認。目下、行われるべき重要課題はここで決まる。

 物言わない師団長たちの意見を支持と捉え、ヘルメルは続けた。

「彼らを正式に軍直伐者として認定、及び、彼らを幇助する国家には厳しい制裁を加える」

 ホーン議長が木槌を二度鳴らす。

 本議題が可決か否かをここで判断しなければならない。

 ただの私怨であった御言葉の追跡と侵入者である紫髪を結びつける。

 彼の狙いは相も変わらずただ一つ。御言葉を名乗る罪人を殺すことだけだ。

 例え戦争を巻き起こしてでも。

 ゆっくりと挙げられた手はユルピットのもので、議長が指名して本議への質疑を許可をする。

「ウチは賛成、ってか反対したら、それこそスパイってことじゃないかしら」

 ユルピットが全員の顔を舐めるように見回すと、漆黒のような髪を揺らせてゼルファが立ち上がった。

「ようはヘルメル、てめェは御言葉を殺してェんだろ? やり方がいちいち回りくどすぎンだよ」

 立ち去る彼にホーン議長が声を上げる。

「ゼルファ殿、まだ決議は終わっておらん 」

「俺はもういい、賛成で。……後は時間の無駄だ」

 フラフラと腕を上げてさっさと退室した彼の言う通り、否決の意見はなく決議はそのまま下された。

 間もなくロキと祖龍教国との間で戦争が起きるだろう。

 御言葉を巡る小さな因縁を火種として。

「ノラウム、あんたはアーレイスのことどう思う?」

 ユルピットはヘルメルとゼルファのいなくなった部屋の中で、囁くようにノラウムへ尋ねた。

 第二師団長アーレイスはほとんど顔を表さない。招集に応じることは稀であった。

 ノラウムは少し逡巡した後答える。

「今はまだなんとも言えないな……。魔王の復活に一番敏感なのはアーレイスだが……」

 重い彼の言葉が部屋の中に響き渡った。

「我々もまだ容疑が晴れたわけではない」

 ユルピットは毅然とした表情で席を立つと、顎を引いてノラウムに告げる。

「誰が魔族のスパイでも、おかしくないってわけね」

 交錯する互いの視線をぶつけながら、彼らは部屋を後にした。

 ペンタギアノが武力を行使し始めるのは、それから数週間が経ってからだった。


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