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星の屑から  作者: えすてい
第三章 流れ星に祈りを
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第20節 渡りに舟

 

 一旦整理をしておこう。

 僕がここにいる理由と、これから向かう目的地について。

 日光が遮られてから、ずっと深く暗い谷川を歩いた。この谷の先が祖龍教国へと繋がっているそうだ。

「"流罪地区"、そう呼ばれています」

 カノンは怖々とした空気を仄めかしながら、努めて明るく言葉を発した。

 "エルフの耳"と呼ばれる冒険者集団の一員、カノン。実際、集団は自称で、二人のパーティだ。

 穏やかで人当たりがよく、優しい印象の彼女。姉よりも濃い姉らしさが、二人の関係性をなんともいえなくさせる。

 魔法の腕は非常に優れており、攻撃の一切を行わない反面、補助魔法への理解が深いところまで達している。

 学院にいれば間違いなく白金位。いや、国にしてみればこんな逸材を見逃すはずがない。

 僕は顔の小さなこのエルフが、目指すべき指標の一つにも思えた。

 一方、快活に喋り豪快な立ち振る舞いが目立つ、薄紫の長髪と瞳を持った"エルフの耳"自称リーダー。姉のカグヤ。

 故郷を滅ぼした魔力災害の影響で、人体に宿る魔力を全て失ってしまったエルフ。

 元々魔法の扱いに長けた種族だと聞いていたが、僕はそれが誤りではないかと思い始めていた。

 彼女はエルフでありながら杖の代わりに剣を振るう。想像していた歴史書の中の彼らと合致しない。いくつもの戦場を駆け抜けてきたのであろう彼女の剣技は、筆舌に尽くし難いほど磨きがかかっていた。

 駆ける速さ、動体視力、目的遂行への切実な胆力。彼女に勝る剣豪はこの世にいるのだろうか。

 魔法付与した僕が光魔刀で彼女と刃を交えて、一太刀でも与えられたなら国を挙げて祭りを催してもいい。

 ペンタギアノ第五師団長ヘルメルの追っ手は来なくなった。僕らは確実に発見されたはずなのに、何故だろう。北地での活躍を聞く限り、彼らが好き勝手に僕らへ逃げ道を用意するとは思えない。

 僕とルリは魔法学院で学院長を倒した。彼は人間を被検体として禁忌魔術の研究を行っていたのだ。

 人間の寿命をも超越してしまうスキルと魔法の革命。違う道を目指したなら、彼は本当の偉大となれただろうに。

 与えられた力とそれを使う心の問題。この世界には二つの矛盾した力のバランスがある。人間は魔力を適切に扱うことができているか。習得したスキルを身の丈に収めることができているか。御言葉というのがまさに、その究極の矛盾だ。この力を扱うには僕はまだ幼すぎる。

 いや、年齢の問題ではないのかもしれない。人間の飽くなき心は、身に余る力に追いつけるのか。

 くすんだ景色が常となった谷底で、僕は珍しい色がちらついているのに気が付いた。

 毒々しい色をした植物が淡い胞子を吐き出す。流刑地として使われるこの地にはお誂え向きだ。

 なんの植物かは分からないが、体に良いイメージが湧かなかったのが第一の所感だ。

「触ると発疹が出るわよ。三日は痒みが取れないの、気をつけなさい」

 カグヤが目線を送りつつ告げた。

 なんだ、その程度か、と思った僕は目を張った。

「―――ルリ! 何してるの?!」

 指ぬきグローブのままルリは植物に触れていた。見るからに怪しげな花弁が揺れて、彼女の指先が変色する。

 斑になった白い指先に堪え兼ねて、僕は彼女を急いで植物から引き剥がした。

「む、もう少しで()()までいけたのに。何をする」

 色の変わった指を眺めながらルリは淡々と言う。

 僕は呆れながら返す。

「猛毒だったらどうするの!? もっと、自分の体を大事にしてよ……」

 斑点の広がる自身の肘から先。ルリは一瞬でその腕を叩き割った。

「問題ない。毒の成分を調べたかっただけだ。……心配をかけたようで、済まなかった」

 白く瑞々しい指を再び見せたルリは、ほくそ笑みながら僕をからかった。

 ……氷で腕まで作れるのか。

 今更だが彼女は芸が細かい、というか、無駄に器用だ。

「珍しい植物がたくさんありますが多くは毒性を含むので、本当に気を付けてくださいね」

 カノンは僕らの様子を見てから声を掛ける。

 どうやらこの谷には何度も来ている様子だ。

 流刑地という割には暗く沈んだ雰囲気があるだけで、これといって人為的な危険さを感じない。

 罪人たちの巣窟というイメージが付きがちな流刑地だが、そのほとんどは過酷な環境が作りだした自然な牢獄だ。

 湿地のような濁った水が足元に纏わりつく。

 目を細めた僕は、遅れを取らないよう早歩きをする。

 汚水を敷き詰めたような臭いが鼻を突き、僕は反射的に顔の下半分を袖で覆った。

「魔力を温存したいので、疫病の類だけ」

 半透明の膜が四人を覆う。カノンが魔法で結界を広げていく。

 祖龍教国は集められたゴミや排泄物、生活排水などをこの流刑地に流しているそうだ。

 まさに棄てられた地。死刑囚を捨て置くにはもってこいだ。

 カノンを中心とする結界内では水の濁りが少ない。

「酷い臭いだ。カグヤ、ここはいつもこうなのか?」

 ルリが鼻声で尋ねた。

 青い瞳が顰め面を崩さないまま辺りの惨状を映し出す。

「えぇ、そうよ。ここには誰も来ない。だから、手を加えられることもないの」

 カグヤは後ろを振り返らず答えた。

 揺れる藤色の髪の毛が、汚水で汚れやしないかと心配になる。

 流罪地区の端には、教王国へと続く塔があるらしい。罪人を送るための出入口で、普段は一方通行だ。

 教王国から許可が降りている冒険者なら、そこを通ることができる、そう二人は語っていた。

 膝まで浸かるほどの水で足元をとられる。二の腕をルリに支えられながら歩みを進めた。

 前を行くカグヤは、僕よりも背が低いはずなのに、水がないかのようにずんずんと歩いていく。

 それを見た僕は必死になって太ももを上げ先を急いだ。

 ルリに茶化されても、知るもんか。

 足元を茶色く染めた当のルリは、頭の中で複雑な魔法式を描いていた。

 泥濘を凍らせたいと提案したルリだったが、魔力痕を消せるなら、とカノンにやんわりと断られる。

 ルリは圧倒的な魔力を持ってしまった所以からか、魔力を隠すことだけは苦手であった。

 一般的に魔法を使った時に残る魔力痕は、その場に漂い数時間で消え去る。技術を駆使すればその時間は短くでき、事実、カノンは魔法の残滓を殆ど残すことはなかった。

 反対にルリは高濃度の魔力を注ぎ込むことに長けており、長時間残る魔法を前提としている。

 悲しき氷の魔法使いの性ではあったが、ルリに欠点があると知って僕は少し安心した。

「別に、私は万能を自称した覚えはない。君は少し、私に期待しすぎている」

 そう言った彼女は、ぶつぶつとうわ言をつぶやく。

 魔力を消すための方略をどうにか編み出そうとしていた。

 先ほど出した偽物の腕は本物そっくりだった。恐らく、ヤミレス逃亡時の僕の幻惑魔法を真似たんだ。

 僕も彼女も目で盗むというのが好きらしい。そしてほんの少し、御言葉は負けず嫌いなのだろう。

 袖で覆うのも限界が近付いてきた臭いに、頭が痛くなってくるほどくらくらする。

 あとどのくらい歩けばいいのか聞こうとした瞬間、谷底を仄かに照らす明かりが、奥の方でぼんやりと見えた。

 岸壁の岩肌を荒々しく削り取った内側に、見慣れない建造物がその影を水面へと落としている。

 波の揺蕩う音と木板がこすれる音。

 目の前には、小さな船が僕らに近付いてきていた。

 水の底を小突くと、ゆっくりとその陰影は止まった。遠くに灯された明かりで、線の細い人影がうっすらと見える。

「よくぞおいで下さいました、冒険者の方々」

 女性の声だ。僕がそう思ったのと同時に、暗闇に慣れた目が小舟に乗った彼女の顔を捉えた。

 無機質な瞳、人間のものではない眼球。それは、目元を覆い隠す濃い灰色の仮面だった。

 白く長い髪が闇のなかでひっそりと揺れる。若く、教王国の装束を身に着けた華奢な女性。

「あら、カノン様とカグヤ様でございましたか。これはお久しうございます」

 丁寧に頭を下げた彼女は、白く細い腕を差し出した。

 どうやら船に乗れということらしい。

「どうもお久しぶりです。お迎えありがとうございます」

 カノンは礼を言うと、その手を掴んで波を立てないよう、ゆっくりと船の上に体を乗せた。

 カグヤはそのまま船のへりを掴み、小さな体を持ち上げ豪快に乗船する。

「二人とも、彼女はアトレア。説明は後でするから早く乗り込みなさい」

 カグヤは僕に、カノンはルリに手を差し出す。お互いにその腕を引っ張り、小舟に身を預けた。

 穏やかな流水の音をききながら、進みだす船。

 両手で掴んだ櫂を操り、アトレアは僕らを運んでいく。

 気付けば、いつの間にか僕は袖を鼻から離していた。


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