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星の屑から  作者: えすてい
第三章 流れ星に祈りを
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第19節 二人の正体

 

 "欺きの森"と呼ばれていた深緑の大地を抜けた先、僕らが足を踏み入れたのは祖竜教国の南にある深い谷底だった。

 山脈地帯を抜けた後には急勾配の坂が続き、滑り落ちるようにして山を下っていく。

 大きな川に沿って進み、今度は霊峰を背にしながら立ちはだかる絶壁を目指した。

 あの上に、祖龍教国がある。

 第五師団の追撃はその後やってこなかった。

 森に蔓延る魔物たちを恐れて二の足を踏んだのだろう。

 ここまでくれば、ひとまず安心してもいいはずだ。

 カノンとカグヤはそう答えた。

『彼女たちは御言葉だ―――――』

 ルリの言った言葉が胸にずっと残ったままだった。

 彼女が二人に出会った時からずっと抱いていた違和感。その正体は判然としないまま空中を漂っていた。

 学院で僕と出会った時に感じた不思議な感覚の調和。同じ力が巡り合っていく運命的な超常の必然性。

 僕はあれを二人からは感じることができなかった。

 力の共鳴ともいうべき繋がりを持たない、御言葉であるかなんてのは、そんな曖昧な識別なのだ。

 だけどルリの言う違和感はその事実に根差している。分かりやすく言うなら、カグヤとカノンからは僕とは違う力の共鳴を感じる。それはもっと真に迫った、根本的な何かだとルリは語った。

 正直な話、僕にはその違いさえも分からない。だけど彼女が誤っているとも思えなかった。

 そうして僕らは、二人は御言葉と似た力を持つ、別の存在だと位置付けるに至る。

 事実、二人は自らを御言葉として認識していなかった。

「私たちのルーツはずっと古いところにありますから、もしかしたらどこかで繋がっているのかもしれません」

 御言葉の力とエルフ族との間に、なにかしらの関係性を示唆したのはカノンだった。

「エルフで御言葉の力を持つ者を私たちは知りませんが、その力はずっと古いものですから………」

 僕はそれを聞いて驚き、言葉を返した。

「御言葉は大勇者時代以前からも存在したということですか?」

 教典に載っている記述を参考にすると、世界を創造した神が、我々に与えたものは三つ。

 一つは魔法。一つは自然。人間は魔力を伴って自然界の一部として存在している。その法を犯す者や理から外れた者を外律者と呼び、過激な信仰心を持つ者はそれを許さない。

 最後に与えたのは、全てと争う力だ。感情ともいうべき最初の火種。その源泉。

 抗うためであり、生きるために必要な力。それを神は規範の中である程度認めている。

 御言葉がもっとずっと古くから存在したというのであれば、起源はそこまで遡るのではないかと僕は思った。

「あなたたちが特殊だということもあり得るかもしれないわよ」

 カグヤが口を挟む。この中では彼女が一番の年長者だ。

 尤も、彼女より長生きもそうそういないだろうが。

「不思議な力を持つ者は相当数いたと思われます。それこそルリさんを越えるような人々も」

 カノンは物腰柔らかく告げた。

 彼女たちにしてみれば、御言葉は単なる異能力の持ち主であって、心の支えにするほどの存在ではないのかもしれない。長いエルフの歴史に準えれば、御言葉に準ずる人間が何人もいたとすればそういう考え持って然るべきだ。

 ――――では何故、大勇者時代の時にそれらが露呈したのか。それはただの偶然だったというのだろうか。

「ま、どっちにしても私にはそんな大それたものはないわ。見ての通り、魔力だって全くないもの、分かるでしょ?」

 カグヤは細い腕を広げて自信満々に見せる。

 剣を振るう以上、同い年の中では肉付きは良い方だろう。だがそれにしたって限界はある。パッと見は僕より年下の女の子にしか見えない。こんな体であの凄まじい戦闘を繰り広げていたのだから、エルフとはまったく驚すべき種族である。

 僕は彼女の言葉で納得した。

 カグヤからは一切の魔力を感じなかった。それは、魔法界の根底を揺るがしかねない一大事でもある。

 魔力が人体に与える影響はほとんどないと言われていて、大量の魔力を有する魔法使いなどが、その良い証左だった。呪文によって魔力を導かなければ、魔力は目に見える体組織には干渉しない。

 理論上、魔力はなくても問題ないものであった。

 だが先の魔力吸収の実験から、人間と魔力の存在、その可能性について、長らく議論が続いてきていた。魔力のない生物は存在しえない。死体が自力で魔力を保持する例はない。

 多数の帰無仮説的推論の中で最も有力だったもの。それは、魔力を生命力の一部だとする説だった。

 魔法はそれを借りて操る生命の力である。

 神の言う争う力なのだ。

 しかし―――。

 ずっと信じられてきた世界の真実は、彼女の存在によって真向から否定されることになる。

 生命力を持たない生命。そんなものは有り得ない。通念から外れた有り得ない生命体、外律者、それがカグヤだった。

「生まれた時からってわけじゃないんだけど。幼い頃ね、魔力災害に巻き込まれたの」

 人体に影響を及ぼさないといったのは通常の魔力量の話である。

 魔力災害が引き起こされる規模の魔力は筆舌に尽くし難い、それだけで山が消し飛んでしまう。

「被災した影響で私は魔力を失って、こんな風に身体の成長も止まったってわけ」

 彼女は気にした素振りを見せるでもなく話す。

 体の幼さが被災した時の年齢だと思うと、怖くなった。

 命があってよかったと思う人間もいるかもしれない。でも僕が今のままで生きていけと言われたら、どう思うか。まともな状態ではいられるだろうか。だって、魔法さえ使えない、非力な体なんだ。

 肩に背負った身の丈の剣をコンコンっと叩きながら、カグヤは告げる。

「心配する必要はないわ。私にはコレがあるし。なにより、探知魔法にかからないのが便利ね」

「あのね、お姉ちゃん。探知が効かないからって、すぐにどこかへ行っちゃうのは困るんだよ」

 カノンが諭す。彼女は聡く、また姉想いだった。口ではこうだが、言葉の端々に信頼を感じる。

「でも、いつもちゃんと来てくれるじゃない」

 にっこりと笑うカグヤにカノンは頬を膨らませて怒鳴る。

「私の苦労を知らないから!」

 諫める場面の多い妹のカノンは、凄腕の魔法使いだ。概算だが、ルリより魔法を扱うのが上手いだろう。

 それは僕より魔法に長けているという意味なのだが、彼女が扱えるのはなんと防護魔法だけだった。

「私は攻撃魔法を使えない代わりに、身を守る魔法はどんな攻撃も通さないんです」

 はにかむカノンは続ける。

「数百年生きてきましたが、未だに破られたことがないんですよ」

 僕はその言葉を疑いもしなかった。

 とんでもなく長生きしていることが、じゃない。

 第五師団の追っ手が迫った時、僕らを覆った魔法。一見、薄くそれほど強固には見えなかった。

 しかしそれは見かけだけで、強力な雷撃を悉く弾き返した。防護魔法というよりは、結界のような働きに近い。

 指定された空間内の支配と無力化。コントラウムに似た魔法式に見えた。

 範囲にはもちろん限界はあるだろうが、ルリと同格の魔術練度なら相当大きくてもおかしくはない。

 スキルを持つ者の中には自身の持つスキルによって、制限を受けてしまう例が少なくなかった。彼女が攻撃魔法を使えないというのは、その特質に影響されている可能性が高い。

 そしてそれが、御言葉である可能性も。

 僕はカグヤとカノンに尋ねた。

「二人は、魔神が目的であの村に来たんですよね」

 周りに生えていた木々は次第に葉を落とし、もの寂しげな雰囲気を醸し出す。谷底を下る川沿いは日光が遮られてしまい、日の入りには早い時間だったが暗闇が滲んでいた。

 振り返るカグヤはすぐに言葉を返す。

「そうよ、信じられないかもしれないけど、私って結構勘が働くのよね」

 歩く度に装備の金具が鳴って小さな金属音がする。

 小さな体に合うように軽量化された特注品だろうか。

「私たちは魔神を倒すために旅をしているの。……今日ので何体目だっけ?」

「全部で八体いる内の、今回で五体目。あと三体、私たちは何としてでも見つけ出さないと」

 ………驚いた。あんな強力な魔神をもう既に四体も倒していたというのか?

 カノンは僕とルリに向かって続けて話す。

 魔神を倒すと聞いて、ルリが反応した。

「魔神はかつて封印されたと聞いているが、史実と事実が異なっているということか?」

 カノンが答える。

「いえ、そういうわけではありませんが、封印はあくまでも封印、というだけの話です」

 頭上の夜空が完全に黒と化し、星々が見え始めた。

 絶壁に囲まれた深い谷底で、僕らは野営の準備をする。

 カノンたちは長年冒険者をしてきたであろう手際で支度を始め、夕食を僕らの分まで繕ってくれた。

 魔族といえど食べるものに違いはないらしい。彼らの文化について、僕は殊更興味を覚えた。

 ルリは話の続きを切り出す。

「つまり、封印が解け始めた奴らを二人は消滅させている、そういうことだな」

 長い睫毛の下にある青い瞳が、カグヤとカノンを見つめて告げた。

 魔神が引き起こす被害を食い止めるために、当時の人々は果敢に戦い、命を落としていった。その甲斐あって魔神を全て封じ込めることができ、今日に至るというわけだ。

 カノンは頷いて言う。

「その通りです。魔神の封印は現状の先延ばしであって、根本的な問題解決ではありません」

 吹き付ける風が焚き火を揺らした。

 もうすっかり季節は冬に入っただろうか。

「その根本的な問題とは? 魔神の存在は、何を意味するんだ?」

 ルリが畳み掛けて質問をする。

 彼女なら既に、なんとなく答えを導き出せていそうだが。

「私たちがこの話をするのは、あなたたちが初めてよ。それがなんでか分かる?」

 カグヤの問い掛けが闇夜に響く。

 考える間もなく、僕は答えた。

「僕らが、御言葉だからですか?」

 目を伏せた彼女は正否を笑みで返した。

 口元だけが火の照り返しを受けて染まる。

 そしてそのままの表情で告げた。

「御言葉が旅する終着点は北の大地……そして、その目的は魔王の討伐。間違いないかしら?」

 いつの間にか目が合った瞳。

 カグヤは本物の魔族なんだと、改めて認識した。

 奥に潜む大きな野望。それが全身から立ち込めているようだった。

 僕は生唾をごくりと飲みこんだ。

「私たちの故郷だったエルフィンと呼ばれた国は、魔力災害によって滅んだの」

 予測不能な魔力の暴走。その矛先は、どんなものにでも向けられてしまう。

「それが魔王の力の片鱗なんだとしたら、同じ魔族だからって、許容なんかできると思う?」

 問いの意味も持たないカグヤの言葉に、僕は声も出せなかった。

 魔王国領でも、魔力災害は発生する。

 その事実が災厄の無差別さを強調していた。

「魔神の正体は魔王の欠片だといわれているの。各地に逃げ延びて、復活の機会を窺っている……」

 カグヤに付け足すようカノンも告げる。

「だから、全ての魔神を滅ぼす必要があるんです。魔力災害を、もう二度と起こさせないためにも……」

 空気が張り詰めていく。

 闇と星空のコントラストが、冷え込む空気に色をつけていくみたいだ。

 ルリの拳に力が入るのがわかった。炎を映してなお、揺れる瞳は青く光る。

 魔力災害によって失われたエルフの国。多くの命が奪われたのは想像に難くない。

 何百年もの間、復讐を遂げるためだけに二人はずっと旅をしてきた。

「私たちの旅の目的は、魔王の永久的な死。二度とこの世に、顕現なんかさせやしないわ」

 カグヤは語気を弱めることなく告げる。

 鋭い剣先を思わせる、鋭敏な瞳。

 打倒魔王は夢物語なんかではない。長命な種族である彼女たちは、それを信じていた。

 殺気立つカグヤの隣で、カノンは柔和な表情を浮かべる。

 そして僕らに告げた。

「御言葉のお二人だからこそ、お伝えします。私たちと災厄を防ぎ、ともに世界を救っていただけませんか」

 風が出て、欠けた月が雲に隠れる。

 谷底から見上げる夜空は、半分も見えなかった。


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