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星の屑から  作者: えすてい
第3章 流れ星に祈りを
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第12節 相四相愛

 

 両手を大きく振って精一杯の声で叫んだ。

「おーい! こっちこっち!!」

 わたしの一番の友達が声を辿ってこちらを向く。

 今日も抜群にかわいい、自慢の親友。

「あ、シュエいたよ、もう何やってんのよ」

「珍しい虫がいたから捕まえにいってました!」

 好奇心をくすぐられる虫がわたしを呼んでいたのだ。

 (いかめ)しい顔のカイが早速怒鳴りつけてくる。

「あほ! 探し回ったんだぞ!」

「ごめんごめん。でね、その変な虫がこれ!」

 わたしは取ってきた虫をみんなに見せた。

 じゃーん、硬い甲殻がついてるかっこいい昆虫!

 ……あれ、カイ、なんだか疲れた顔してる?

「全く、反省してないなこれ……」

「シュエ! 一人だと迷子になるかもしれないんだから、ちゃんとついてきなさい!」

 迷子だなんてメイユイは大げさだなぁ。

 あの子の切れ長の瞳が整った眉と一緒に鋭くなる。

 隣でため息をついたカイの顔が面白くて、わたしは思わず笑ってしまった。

「僕が後ろに移るよ。さ、行こうか」

 さりげなく言ってハオが列の最後尾に回る。

 そこまでしなくたっていいのに。

 わたしを引き連れて再び進み始めた一行。深い森にどんどん足を踏み入れていく。

 わたしは何気なく振り返って、ハオに気になっていたことを聞いた。

「ねぇねぇ、ハオ。その腕の傷、どうしたの? 大丈夫?」

 聞かれたハオはすぐに手首を袖の中にしまい、肩を竦めて気のない返事をする。

「ああ、大したことはないよ、ちょっとね。それよりその虫、ずっと持っていくのかい?」

 すっかり日が暮れて星が見え始めた森。

 わたしはつまんだ虫を軽く振りながら答えた。

「ううん、もう少し眺めたら逃がすよー。カイがうるさいからねー……」

 ちょっといなくなったくらいで大騒ぎするなんて、わたしは恥ずかしいよ、まったく。

 寛容なハオと横柄なカイは何故だかいつも一緒にいる。

 わたしに向けてハオは言った。

「シュエのこと気にかけてるんだよ。あいつ、ああ見えてすごく優しいから」

「えぇ? ……そうかなぁ、ハオの方が優しいよ? メイユイ、うらやましーなー」

 前を見ずに歩いていると正面に何かがぶつかった。

 カイとメイユイが立ち止まってわたしを睨んでいる。

「「うるさい!」」

 二人はわたしの頭を小突くと、一緒に言葉を発した。

 いたいなーもう。叩かなくったっていいのに。

 やっぱり優しくなんかないよ。

 わたしはよく怒るカイにウンザリする。

 一連の流れを微笑ましく見守るハオは、なんだかみんなのお兄ちゃんみたいに思えた。

 ハオのそんな笑顔を見ていると、思い出す。時々、こんなことを言われたりするんだ。

『なんであんたなんかがハオと仲がいいわけ?』

『ほんとウザい、ハオも迷惑してるんじゃない?』

 すごく怒っているのはリンリーとホンファ。

 わたし、何かこの子たちにしたのかな……。

『ごめんなさい。わたしドジだから、気付かない内にみんなに迷惑をかけてたのかも……』

 何が悪かったのか分からずわたしは謝った。

 だけどそれは二人が欲しかった言葉じゃなかったみたい。

『そういうのが、ウザいんだよ!』

『私ドジだから何も悪くありませーんってか?』

 そういう時は大体、胸がざわざわする。具合が悪くなる。

 やめて。そんなこと、言わないで。

 メイユイが庇ってくれる時もあるけど、最近はあの子がいない時を狙って言われたりする。

 ……ごめん、なさい。

 そんな時なのに、わたしはそう言うことしかできなくなってしまう。

 他の子より少し変わっているという自覚はある。お父さんやお母さん、メイユイにも言われた。だけどそれが、悪いことなのかまでは分からなかった。

 だってわたしは、普通にしてるだけなのに。

 カッコイイと思った虫をわたしは木の枝にのせた。

 他と違うことがそんなにいけないことなのかな。普通じゃないことは、みんな嫌なことなのかな。

 彼女たちに言われた言葉がぐるぐると頭の中を回る。

 わたしがずっとこんなことを考えているなんて知られたら、それこそみんなに心配をかけてしまう。わたしのためにみんなが気を揉むことなんてない。知らん顔して耐えていれば、それでいいんだ。

 誰もわたしのことに目もくれず、普通の子になって埋もれてしまうことができたなら。

 ……なんだかそれって、寂しいな。

「どうかした?」

 いつの間にかハオが横に並んでいた。

 不意に声をかけられて、わたしは驚きながら取り繕う。

「え、ううん、なんでもないよ!」

 いけない、いけない。今はみんなと遊んでるんだから

 余計な事じゃなくて、楽しいことを考えないと。

「わたし、わくわくしてる。とっても」

「……なんでそんな変な言い方?」

 クスりと笑ったハオの顔になんだか安心した。

 わたしといて……迷惑……じゃないよね?

 草をかき分けて森の奥へと進んでいくわたしたち四人は、カイを先頭にメイユイ、わたし、ハオの順番に列を作る。

 本当は獣化できないハオを中に入れないとだけど、わたしがはぐれないようにしてくれている。

 ……ちょっと過保護過ぎない?

 なんて思ったりもするけど、結局自業自得なんだよね。

「ちょっとカイ、ほんとにこの道であってるの?」

 メイユイが顔にかかる蜘蛛の糸に顔を顰めながら、不満をぶつけるように尋ねた。

「……多分あってる。親父がいい加減なことを言ってなければな」

 カイは適当に言って流す。ついでに責任転嫁も織り交ぜて。

 その態度が癪に障ったのかメイユイは一言付け足した。

「あんたも大概、いい加減だけどね」

 目を細めるカイはその言葉に嫌味で返す。

「……なんだと?鳥も満足に焼けなくて、丸焦げにした奴には言われたくないね」

「――――な?! あれはあんたが持ってきた薪がとんでもなく湿気てたからじゃないの!」

「どうだか……メイユイの鳥料理を食べさせられる奴が可哀そうだな」

「わ、私だってもう少し練習すればうまく作れるわよ!! 次はそのなめた口に突っ込んで吠え面かかせてやる!」

 激しい口論を繰り広げる二人に私は率直な感想を漏らす。

「……仲、いいんだね」

 すると二人は一斉にこっちを向いて声を上げた。

「よくない!」「よくねぇ!!」

 ……仲、いいじゃん。

 わたしは普段と違うメイユイの様子をじっと見つめた。

 なんとなく、複雑な気持ちがした。

 心の奥がそわそわして落ち着かない感じ。

 最近こんな気持ちになることが多くなってきた。

 どうしてかな。

 夜に鳴く虫や動物たちの声が森に響く。日が暮れてしばらく経つというのにまだ暑い。

 今晩くらいは涼しくなってほしいな。

 わたしはジメジメする外気を紛らわせるため、袖をまくった。

 ハオの声が後ろから聞こえてきた。

「シュエ、収穫祭さ、一緒に見て回らない?」

 え……?

 聞き返そうかと思ってわたしが振り向くと、はにかむハオの姿が目に入った。

 いつも何を考えているか分からない、そう言われることの多い不思議な表情。

「ど、どうしたの? 祭りの日は、ハオ、いつもお役目があるんでしょ?」

 ハオの落ち着いた雰囲気と声量につられて、わたしも小さな声で尋ねた。

 列の前からはカイとメイユイの言い合いが聞こえてくる。

 自然と横並びになったわたしたちは目を合わせた。

「うん、それが終わったらさ」

 何故だかハオの顔が直視できず、わたしは下を向く。

 また気持ちが落ち着かず、そわそわしてしまう。

「や、やったね、カイは舞があるからそれが終わった後で! ……わたしはメイユイと一緒に、待ってるね……」

 ハオが収穫祭の日に自由な時間があるなんて珍しかった。特別な日のはずなのに、大丈夫なのかな。

「……いや、今年は二人だけで見て回らないか?」

 夜にこだまするぼやけた動物たちの鳴き声が、ハオの透き通る声をより鮮明にさせた。

 わたしと二人で……? どうして……?

 ぐらぐらと地面が揺れるような感覚がして、目を吊り上げたリンリーとホンファの顔が浮かんだ。いや、それだけじゃない。わたしに口を尖らせていたのは、なにも彼女たちだけではなかった。

 心臓の鼓動が隣にいるハオに聞こえてしまいそう。

 わたしはそれがバレないように精一杯言った。

「なんで……? みんなと回った方が楽しいのに……」

 熱帯夜、胸がざわついて冷や汗がでる。

 水の中にいるみたいに息がつまって苦しくなった。

 わたし、どうかしちゃったのかな。

 心と言葉のちぐはぐが、傷口を開いていくようだ。

 なんとなくバツが悪くなって、拳を強く握った。

 するとハオが小さく笑い、私に言う。

「そうだね、みんなで見て回った方が楽しそうだ……」

 穏やかな声色の中に、小さな火花を聞いた。

 咄嗟にわたしは横に目を向ける。

 だけどハオはにこやかに前を見つめたまま、それ以上は何も言わなかった。

 わたしもなんと言っていいのか分からず、動かない口元を無理に開くことはしなかった。

 枝をかき分けることに飽きてきた頃、水の音が虫の囁きに混ざって聞こえてくる。

「ほら、見えてきたぞ」

 カイの言う通り、私たちの目の前には大きな滝が白い水煙を巻き上げながら姿を現した。

 滝壺に向かって激しく打ち付ける水の束が、たくさんの泡になって消えていく。

「……大きいね」

 わたしは隣に立つハオに独り言のように呟いた。

「ああ、圧巻だ……」

 ハオも同じようにうわ言を漏らす。

 この森にこんな絶景があるなんて知らなかった。

 冷たい水分を含んだ空気が頬を撫でる。暑さの染みついた素肌がすっかり心地よさを取り戻す。

 轟く水音に身を任せていれば、一人でも寂しくないような、そんな気がした。

 ずっとここにいてもいいかも、なんて。

 馬鹿! ってカイに言われるかもしれないな。

 時々分からなくなる、わたしの気持ち。手元にあるはずなのに、ぼやけて触れられない。水と油みたいに、決して混ざり合わない。

 飛瀑を傍らで眺めるハオの横顔が視界の隅でちらついた。

 さっきの、断らなければどうなっていたんだろう。

 いつもみんなの注目を集めているハオ。

 鈴の音が響き渡り、男衆の舞が始まる。夕暮れ時、明かりの松明が広場を煌々と彩っていた。

 藁を束ねて作り上げた巨像と、練り歩くために誂られた台車の軋む祭太鼓。

 音楽が鳴る中、手を引かれて歩くわたし。

 収穫祭なんだからと、少し派手な装いにされて。

 今年とれた作物とならんで出される料理に舌鼓を打ち、軽快な音に合わせて二人で踊る。

 そういえばわたし、踊りは苦手だった。ひょっとすると笑われちゃうかもしれない。右足だけでくるりと回るのが苦手。

 みんなどうしてあんなに上手くできるのか。

 その時、何かが突然水に深く沈んだような音がした。

 わたしはそれを聞いて我に返る。

 石でも落ちたのか、川の流れにその痕跡は消えていく。

 我に返ったわたしは手で顔を覆う。

 どうしてこんなに色んなことを考えちゃうのか、どうしてこんなに感情が綯い交ぜになっちゃうのか。

 わたしには分からなかった。

 滝壺の縁にある平らな岩に座ったハオは、ただじっと流れてくる滝を眺めていた。

 自分の中に囚われるでもなく周りに流されることもない。いつも遠い世界で、わたしたちを見ている。

 何を考えているか分からないとよく言われる顔。

 みんなハオの考えていること、本当に分からないの?

 わたしの足音に気付き振り返ると、ハオは後ろについた手を離して胡座をかいた。

 わたしは勇気を振り絞って声をかける。

「……ねぇ、さっきの、お祭りの話。どうして二人でって言ったの……?」

「何でって……」

 星の見えない夜空。

 わたしと目を合わせないまま、ハオは告げる。

「……そうしたいと思ったからさ」

 そんな風に言われると追及できなくなる。

 そう思われるのが嫌で、わたしは言った。

「ごめんね。わたし、どう言っていいか分かんなくて、恥ずかしくて、それで……断っちゃったの」

 自分の気持ちを一つずつ丁寧に紐解いていくと、ようやくそれに触れられるような気がした。

「変だよね、恥ずかしいことなんて、何もないのに」

 ハオはわたしの言葉を待って柔らかな顔を向ける。

 どんな時でも、ハオは穏やかだった。

 踊りができなくても笑ったりはしない。

「僕も変だよ。恥ずかしくないのに、中々そのことが言い出せなかった」

 心臓が高鳴っていくのを実感した。滝の水音が大きくて助かる。

 すると突然、ハオが指をさした。

 その方向をわたしは無意識に追う。

 月の光に紛れるようにして、森の奥から小さな光の粒が現れた。

 無秩序に浮かぶそれらの光は、木々の隙間を漂い集まっては離散し、そしてまた集まった。

 ……あれは、なんだろう。

 滝壺に群がる光の粒たち。

 シュエの瞳に不思議な色が差し込まれる。

「始まったね。カイが見せたがってたのはこれか」

 光に照らされたハオは言う。

 この光景に晒されてなお、表情を変えない。

 白い絹糸が幾重にも垂れ下がり、水に飲み込まれていく。押し出された水紋が小さな三日月を生み出した。

 それらを覆う極小の光はやがて一つの流れを作る。滝に沿って蛇行し始めると、その速度を増した。

 まるでキラキラした魚が遡上するかのように、瞬く間に躍然とした輝きは視線の先に消えていった。

 とても綺麗で、儚げで、それなのに壮大で。

 わたしはその光景に魅入られ言葉を失ってしまう。

「驚いたね、こんな綺麗なものがこの世にあるのか」

 ハオが感想を漏らす。

 すっくと立ち上がりわたしに手を差し出した。

「……実はね、もっと綺麗なものがあるんだ」

 そう言われたわたしはハオの手に引かれて、滝壺の向かい側へと歩いていった。

 ハオは口元にそっと人差し指をあてがう。静かにして、そう言っているみたいだ。

 水の音がより近い場所。会話は聞こえなかった。

 だけど、わたしの瞳に映ったのは紛れもない絶景だ。

 見ちゃいけないものを見た気がして、心臓がさらに高鳴る。

 メイユイは気付いているのかな。カイと一緒にいる時の、自分の恍惚とした表情に。 

 わたしは目を覆いたくなる。

 これが、恋なのかな。

 二人はよく笑いあっていた。

「――――先を越されちゃうな」

 水の音で掻き消された言葉が聞き取れなかった。

 わたしはすぐにハオへ尋ねた。

「……今、なんて……?」

 この声が届いたかどうかは分からない。

 ハオはいつもみたいに、曖昧に微笑むだけだった。


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