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星の屑から  作者: えすてい
第3章 流れ星に祈りを

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第9節 無責任な会話

 

 折れ曲がった枝が不気味な音を立てながら、しなる一撃を横なぎに打ち込む。

 身を低くし屈むことでこれを避けると、風を切る野太い音が頭上をすり抜けた。

 次々と襲いかかる枝の鞭はしなやかさと硬さを持ち、土煙をあげながら地面に食い込んでいく。

 針葉樹林に擬態した軟体生物のような魔物、バルデス。継ぎ接ぎの樹皮の隙間から細長い触手を伸ばす。硬い樹木の内側に侵入すると、特殊な体液で細胞壁を崩し、自分の手足のように根から葉までを操る。

 空を舞う有翼系の魔物は、獲物を捕らえるために林冠で羽を休めることが多い。そこに枝葉を伸ばし捕らえた獲物をバルデスたちは食らう。そんな魔物が、今群れをなして僕らに襲いかかっていた。

 数十本の木々がわらわらと動き出して、太い幹を揺らしながら迫る様子は恐怖以外の何物でもない。

 森の守護者(バルデス)と呼ばれるに値する危険な魔物だ。そしてその一撃一撃は人間には重すぎる。

 死角から来たもう一体の攻撃に僕の体は弾かれた。魔法で防いだが衝撃全てを殺しきることはできなかった。剥がれ落ちる魔力の盾が無残に消え去る。防護がなければ胴体は二つに切断されていただろう。

 空に跳びながら、地面を波打つ木の根を警戒する。地中に張り巡らされた根は視認しづらい。

 枝を足場にして飛び移ろうとした時、樹皮が剥がれ落ちる。

 内側に隠された触手の数本が僕の体を絡め取った。

 瞬時に手のひらから光を放って触手をちぎり、身を翻して追撃を避けた。

 だが執拗な攻撃は僕を掴んで離さない。

 腕を引かれた反動で宙に浮いた体は無防備になった。瞬く間に胴体や脚へ触手が絡みついてくる。

 締め付ける強さと引き寄せる強さに負け、体の自由を奪われてしまう。

 逃げ切るにはあと一歩届かなかった。

 温存してあった魔力を防護にまわすと、頭上から降り注ぐ無数の氷の矢が森を蹂躙した。

 樹皮を凍らせ触手や枝を根こそぎ叩き折る。

 突然の魔法に、バルデスは驚き戸惑い散開し始めた。

 だが逃げ場などあるはずもない。

 僕に誘い込まれたバルデスたちを、ぶ厚い氷の壁が囲う。

 幹をへし折られ、宿主を捨て新たな寄生先を探す。バルデスの多くが地を這うように樹皮から這い出てきた。

 岩陰に隠れたり倒れた大木の隙間に入ったり、なんとかルリの魔法から逃れようと右往左往する。

 そんなバルデスたちに容赦なく氷塊が叩き落とされる。

 遮蔽物などもはや関係ない。

 硬い樹木の頭から根元まで一直線に降り注ぐ氷魔法。水魔法と同様に氷属性は質量での圧倒が得意だ。

 わずか数秒で一帯を鎮圧したルリは、バルデスの死骸を掴んで引きずりながら告げる。

「巻き込んでしまって悪いな、範囲が広かった」

 あまり悪いとも思っていない態度だったが、僕は絞められた腕をさすりながら答える。

「いえ、作戦通りですから」

 バルデスを一掃するには誘い出した方が早かった。彼らは擬態が上手い。全て探し出すには骨が折れる。

 広範囲の魔法ならルリの得意分野だ。彼女の魔法は、いろんな意味で笑えない威力だった。

「君の魔法、魔力を放った後に防護が解けるな。付与魔法の継続は厳しいのか?」

 持っていたバルデスの触手を投げ出し、ルリは僕に尋ねた。

 僕の魔法は彼女に比べればかなり幼稚なのかもしれない。

「……光魔法の効果は攻撃と付与で二分されています。全く別の特性を持つといっていいでしょう」

 僕は光を纏った右手と、光を点滅させた左手を見せながら告げる。

「光属性の付与は有名ですよね。強化や硬化を施して仲間をサポートするのに役立ちます」

 右手で拾った石を握りつぶすと、細かな粒となった。

 僕はルリにそのまま続ける。

「一方で、光の魔法を使った攻撃は速射性に優れ、威力もそれなりに期待できます」

 左手で放った光の玉が横たわった倒木を爆砕した。

 距離はかなり離れていたが、魔法は真っ直ぐに飛んでいく。

「距離による威力の減衰はないのか?」

 ルリの言葉に僕は首肯して反応する。

「魔力が続く限りはどこまでも飛んでいきます。ちょっと大変ですが、雲まで届いたこともあります」

 うんと小さな時に試した経験を思い出して語ると、ルリは少しだけ笑った。

 馬鹿げた実験に馬鹿げた結果。どこまでいっても御言葉とは計り知れないものなのだ。

 ルリは調子を戻して再び尋ねる。

「それで、その二つを併用することは難しいことなのか?」

 僕は右手に魔法を付与させたまま、溜め込んだ光を目の前にある岩に向かって放った。

 体を強化したまま攻撃魔法を打ち込む。ルリが分かるように丁寧に行ったつもりだ。

 岩は衝撃音とともに崩れ、半分が砕け散る。

 それと同時に付与された魔法が一瞬解けた。

「攻撃と付与に使える回路は一本だと思って下さい。どちらかを使えばどちらかは使えなくなります」

 光属性の弱点は強力すぎるが故に、その力をセーブしなければいけないことだった。

 個々の魔法による魔力の放出量は桁外れで、そのどちらも同時に操ることはできない。

 もし許容量を超えてしまったら、人体にどんな影響を与えるかわからなかった。

 ルリは頷くと答える。

「そうか、だから君は強化魔法を使い、基本的な戦闘を体術に頼っていたのか」

 魔法の切り替えには相応の魔力消費が伴う。少ない魔力で戦うなら格闘の方が都合がいい。

 ……光はつけっぱなしのほうがお得ということだ。

 使い勝手がいいかと言われれば、魔法使いの大多数はそれを棄却するだろう。

 特殊属性たる所以(ゆえん)はそこにあった。

 万人が使いこなせるわけではない。

 僕の御言葉はこの光をさらに強めることができる。しかもそれは想像を絶する規格外なものだった。

 あの戦いでだせた加護天使(ミカエル)は莫大な魔力を要し、そうおいそれと唱えることはできなかった。

 そもそも独立した魔法である自立型魔力制御魔法だけでも消費は相当なものなのだ。

 ルリのように妖精の羽(ペイルウィング)を出しながら魔法で戦うことなど、デタラメもいいところだった。

 御言葉としての力の使い方を見誤ってはいけない。逆に己が食われる形となってしまう。

 そういえば、ルリの御言葉とは何なのだろうか。彼女はそれを頑なに教えてくれなかった。

 彼女が他の魔術師と一線を画するのは、扱う魔法に込められた膨大な魔力量だ。

 魔法学院での戦いを見るに、自身の魔力量の拡張、或いは魔法に対する消費魔力の低減等が考えられる。

 いずれにせよ、彼女の魔法技術と相まって恐るべき効果を発揮するのは言うまでもない。

 不思議なのはその御言葉をどうして黙っているのか。それは僕にとって心配事の一つでもあった。

 口を尖らせたルリは僕に向けて告げる。

「魔道士くん、それからもうひとつ。……君は、私のことが嫌いか?」

 唐突な質問に僕は驚いて思わず振り向いた。

 ルリの突拍子のなさは今に始まったことではないが、その意外性はどんな場面でも僕の一枚上をいく。

 想像をはるかに凌駕する彼女の思考回路についていけない。ルリの頭の中はどうなっているのだろうか。

「ど、どうしたんですか急に……」

 僕の言葉にその長いまつげを伏せると、横隔膜を動かし、大きく息を吸い込んで彼女は言う。

「君の喋る貴族紛いのようなしゃべり方は処世術か? 商会同士の取引でも、そんな堅い言葉は使わない」

 バルデスの大群を撃滅させた森の奥で鳥の鳴き声がした。

 彼らに住処を追われた空の住人が安穏(あんのん)を求め翼を畳む。

 ルリは一息のまま続ける。

「君の故郷はそうだったのかもしれないが、私に対してそういった言葉遣いは不適切だ」

 頭上にどこまでも続いていく大空。

 それよりもずっと濃い色をした彼女の瞳を見る。

 クィーラと同じ、知的さを思わせる深沈(しんちん)とした色彩。

 二人には、僕がどんなふうに見えているのだろうか。

 固くなった表情を無理にでも動かして告げる。

「嫌いではありません……これはおっしゃる通り、波風立たせないための言葉の防波堤なんです」

 僕は誰に対してもこの気苦労を崩さない。それが滞りなく人間関係を円満にさせる秘訣だ。

「一人で旅をするにしても色々な人と関わらないといけない、そんな時に他人に振り回されないようにするためなんです」

 ―――いや、僕が思いついたわけでは断じてない。

 何かの本でこの方法論について読んだことがあるだけだ。

 僕は返事をしないルリの様子を探った。

 屈んで目線を合わせた彼女は、いつもと雰囲気が違う。

「あの……ルリ……怒ってますか?」

 戸惑いを見せた僕に彼女は唇を引き結ぶ。

 そうして、いつもの調子でこう告げた。

「あぁそうだ、いつまでも他人行儀な君の言動は、(いささ)か私を不愉快にさせているよ」

 僕は珍しく思いながらも初めて言われたそんな言葉に、目線を彷徨わせながら応える。

「あ、え、えっと、すみません。僕、親しくしていた人があまりいなかったものですから……」

 ルリは詰め寄ると、人差し指を僕の心臓の位置に突き付け、その瞳の中に僕を収めて告げた。

「そういう態度だ、何でもかんでも謝って済ませて、自分が身を引けば場が収まると愚直に考えている」

 一歩退く僕に、一歩前進するルリ。

「欲しいものが手に入れられない悔しさ、大事なものを失ってしまった悲しさ。君はそれを斜に構えて元から大事じゃなかったと(うそぶ)く。そうすれば心が守られてとても楽だ。そうだろう?」

 淡々と語られる言葉には、鋭利な響きがあった。

 僕は顎を引いてルリを睨んで言い返した。

「そ、それの何がいけないんですか……!」

 鼻を鳴らして笑ったルリは告げる。

「ああ、いけないさ。君がそうやって後悔しているうちは、それをただの強がり、独りよがりと呼ぶからな」

 目元がひくつくのが自分でもよく分かる。体の中から誰かが動かしているみたいだった。

 僕が後悔してるだって? ……違う、違うよ!

 ルリに向かって高い声で言う。

「僕がただわがままを言うことの方がよっぽど独りよがりだ。それで誰かが傷ついて、ルリは笑っていられるの!?」

 すぐに彼女は言い返す。

「お笑い草だとも。君が自分の意見を通すことと、誰かが傷つくことは同義ではないからな」

 僕はさされたルリの指を手で払いのけ、強く告げた。

「可能性の話だ! 僕は力の所為で無闇なことはできない!」

 そして戸惑いを捨てて一心に続ける。

「ルリみたいに遠慮なく無責任に行動できないんだよ!」

 言ってしまった瞬間に少し後悔が過った。

 彼女の唇がわずかに動きを止める。

 僕が言葉をつけ足そうかと考えた時、ルリはもう一度口を開く。

「……君はクィーラに、責任を持ったのか……?」

 その言葉を受けて、僕は激しく動揺した。

 脳裏に蘇った別れの時の記憶。思い出したくもない。

 頭の整理がつかないまま沈黙が訪れる。

 ルリはそれ以上僕に何も言おうとはしなかったが、静かに、だけどはっきりと僕の方を見て言葉を待っていた。

 僕は告げる。

「クィーラ……は……僕と一緒に来てはだめなんだ。僕は……彼女を守り切れなかったから……!!」

 冒険者としての邂逅(かいこう)も拒んだ。

 僕を思い出さなくてもいい、彼女たちにはそう伝えた。

「瀕死の重傷を負わせてしまった……。ともすれば、命を落としていたかもしれない……」

 藍色に染まった影が僕に囁く。

 おまえのせいだ、おまえのせいで彼女は危険にさらされた。

 僕はルリに向かって叫んだ。

「彼女を守るためにしたことだ!! 僕は、それを君が言う無責任だとは思わない!!」

 そうだ、誰が何と言おうと僕にはああするしかなかった。

 責任を全うして、二度と彼女を傷つけないと誓ったんだ。

 言い終えて、正面に立ったままのルリを捉えた。

 彼女の持つ気迫は、沈黙していても伝わってくる。

 僕に苛立ちをぶつけられたにも関わらず、ルリの表情は全く変わっていなかった。

 木漏れ日を受けて光った青い目に、揺れ動く僕の心がぞくりと震えあがる。

 彼女は言った。

「クィーラを守る、それを責任と呼ぶのは君の自由よ。だけど、それは彼女の気持ちを汲んでのことか?」

 ……まただ。ドーラにも同じことを言われた。

 クィーラの気持ちを否定するな、と。

 僕にはクィーラの気持ちを否定する気なんてこれっぽっちもない。あるわけがない。

「そんなの、わかるはずがないじゃないですか……」

 だって、彼女は僕のことを忘れてしまったんだ。本当になにもかも、思い出してはくれなかった。

 気持ちなんて、わかるわけが―――。

「それを、独りよがりだと言っている」

 ルリは優しく僕の肩を掴む。

 僕は目を合わせられず下を向いたまま。

「君がいつもとっているその態度は、誰も傷つけないし誰も悲しませなかっただろう」

 ルリは続けた。

「それは今まで誰とも関わらなかった君の理想かもしれない。だけどこれからは違う。これから君は沢山の人を救っていく」

 はっとして僕は顔を上げた。

 そこでやっと気が付いた、ルリの言いたいことに。

「君に助けられた人たちが君を助けたい時、それでもその手を振り払うのか? それが責任なのか?

 君は、散々学習してきたじゃないか。巨悪と立ち向かう時、一人では絶対に勝てなかったことを。クィーラが教えてくれたはずだ。自分の命を賭してまで君を助けたいと思う人がいることを」

 他人に巻き込まれてしまうことを恐れていた僕。

 面倒事を避けるためだと、誤魔化してきた言葉。

 僕の今までやってきたことは、他人とどう関わらずに済むかということだけだった。

「僕は、どうしたらよかったんですか……」

 問われたルリは僕の予想と反して困ったようにはにかんだ。

「……すまない、それは分からないな」

「え……」

 度肝を抜かれた答えに僕の心の声が漏れた。

 ルリは肩から手を離すと両手を上げる。

「悪かった。少し魔道士君と話がしてみたかっただけだ。本当に、他意はないよ」

 言い終えると、彼女はさっさと歩きだしてしまう。

 混乱する僕は、その背中に言葉を投げかけた。

「あの、わからない、というのは……」

 ルリはちらりと振り向くと前を向きながら告げる。

「ああ、気にしないでくれ、言葉遊びだ。君のあの時のあの行動、私は間違っているとは思っていない」

 ………………なんなんだ一体。

 散々言われて改心しかけた僕の心は、勢い余って転倒した。

 だけどルリは続けて言う。

「君がそれを盲目的に正しいと信じることがよくない。……ただ、そう思っただけだ」

 距離を空けないように急いで彼女の後を追った。

 僕は、彼女の言う通り後悔しているんだ。だからいつまでたっても気持ちが晴れない。

 ……まさか、それを察して彼女は僕に説教したのだろうか。

 僕が声をかけようとした時、ルリは突然振り返って告げた。

「あと、敬語は本当にやめてほしい。君の小利口な話し方、それで他人から面倒事を避けられるとは到底思えない」

 全て見透かされたような彼女の言葉に顔を引き攣らせる。

 恨み節の目線を送りながら僕は回答した。

「……善処しますよ」

 ルリが先導し倒木を乗り越えようとした時だった。

 前方から凶悪な魔力の波動が流れ出してきた。

「――!!」

「ルリ、今の!!」

 二人の感覚が重なった。モーガンスに似た邪悪な覇気。

 強大な魔力、その顕現を察知する。感じたことのない異常事態がこの近辺で起きた。

 御言葉と同等か、それ以上の魔物。ただの人間の魔法使いに、こんな芸当はできない。

 声を出す時間が惜しい。

 僕とルリは魔法を使い、全速力で魔力の発生源へと向かった。


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