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星の屑から  作者: えすてい
第3章 流れ星に祈りを

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第5節 片田舎

 

 思っていたよりも平凡な村だ。

 何度も見たことのある小さなヒト族の集団。自給自足に満足し他者を越えようと努力することもない。平和に飽きた若者たちが風習を重ねて生活を送る。自己完結して隔離された彼らは他の世界を知ることなく、この村の中で生涯を終え墓の中で眠るだろう。

 懐かしささえ込み上げてくるこの光景を、仮初の平穏を築いた私は遠い記憶の中で垣間見た。

 美しい故郷の様子を夢に思い出すだけで、身に降った災いが現実のものだと知らしめられる。数多くの魔物を切り裂いてきたこの剣であっても、無垢な妄想を断ち切ることはできないでいた。

 誰でも一度は考えることがあるはずだ。あの時あんなことが起こらなければ、と。

 起こらなければ良かったことなど、数え上げていけばキリがない。

 私は途方もない莫大な因果の中から、絶対的な勝利を勝ち取らなければならなかった。

 それは偶発的であれ必然的であれ蓋然性の如何に関わらず、唯一の私の存在意義に等しかったのだ。

 皆、なにかを犠牲にしながら己の価値を見出す。

 それが輪廻の中にある限り、不滅の呪いに他ならない。

 村民は逞しくそして生き生きとしていた。誰も貧しさを嘆くこともない。それどころかここで暮らせることに大きな幸せと、確かな誇りを感じているような節もあった。

 何がそうさせていたのかは、昔自分がそうであったから痛いほどよく分かる。

 もてなしを受けた昨日の晩から一夜明けた。

 朝焼けの見える空が輝いている。空気が凍ったような寒さに思わず身震いした。

 収穫祭がおわり、越冬の準備を始めたこの村は、もうじき積もる雪に白く覆われるそうだ。

 ガタついた引き戸を丁寧に開けて外へ出ると、子どもたちが私を出迎えていた。

「おはよう、朝から元気ね」

 私は彼らに声をかける。

 冒険者という珍しい生き物に興味があるのだろうか、こんな朝早くから出待ちを受けるなんて。

 線の細い男の子が笑顔を見せて答えた。

「おはようございます、カグヤさん。カノンさんはお目覚めですか?」

 私は腰に手を当てて首を振る。

「あの子は朝に弱いのよ。もう少し寝てると思うわ」

 男の子は笑顔を崩さず告げた。

「そうですか。どうぞゆっくりしていってください。……ところで、カグヤさんは今日はどちらへ?」

 私は顔色を伺う彼らの顔を一瞥して答える。

「ちょっと散歩でもしようと思ってね。見所はないと言われたけど、そんなことないと思うわ」

 雪道でひび割れたような山脈を背にする葡萄畑。霜が降りた葉の表面が光を反射する。所々赤く染まった模様が全てに伝播すれば、どんなに色鮮やかな光景になるだろうか。

 彼らには見慣れた景色なのかもしれないが、それは秘匿された彼らだけの尊い財産だ。その価値を高く買う人間がこの村に訪れれば、もしかすると彼らは大きな飛躍を遂げるかもしれない。

 だがそんなことは起こりえない。

 何も知らない幼い少年少女たちは、私の言葉を聞いて微笑みを向ける。

 先ほどから話をしている男の子が告げた。

「名前を言ってませんでしたね。私はハオと言います。そして、カイ、メイユイです」

 同じ調子でハオは続ける。

「僕らだけが知ってる秘密の場所に案内しますよ」

 私は口角を上げて答えた。

「余所者の私にそんな場所教えてもいいのかしら?」

 カイと呼ばれた男の子が割って入る。

「旅人なんてそうそうこの村には来ないんだ。親父たちにバレたって大したことないさ」

 いかにも悪さをしそうなこっちの少年は、いかにもなセリフを吐いた。

 私は片眉だけ上げてその男の子を見上げながら告げる。

「その場所って危ないから近付くな、とか、神聖だから穢すな、って言われてる場所じゃないの?」

 ピタッとカイの表情が止まる。

 半分冗談だったが、どうやら図星を言い当ててしまったようだ。悪そうに見えるだけで彼は案外素直なのかもしれない。

 私はヒト族の顔がイマイチ判断つかなかった。

 ハオがその様子を見て取り繕うように言う。

「まあまあ、来てみればその凄さがよくわかりますよ。どうでしょう、興味はありませんか?」

 ハオはその場所がどんなものか知ってる風な口ぶりだ。彼はなんとなく、器用に立ち回れそうな雰囲気だった。

 無断での立ち入りはこの村の良しとする所ではない。仮にも一宿一飯の恩義が私たちにはあった。

 彼らを信用していないわけではなかったが、ハズレだった場合のリスクも考慮しなければならない。

 なんと言おうか思案しているところへ、三人目の女の子が私に向かってこう言った。

「あんた、強い冒険者じゃないの?」

 穏やかじゃない言い方に二人の男の子が反応する。

 どうやらこの子は忖度が苦手らしい。

 回りくどい連中と比べれば私はこっちの方が好きだが、周りがそれを許すかどうかは別問題だ。

「メイユイ、失礼だよ」

 ハオが(なじ)るように言葉を伝える。

 全く表情を変えないメイユイは続けて言った。

「昨日来たばかりのここに思い入れなんてないでしょ。あんたが躊躇う理由はないはずよ」

 勝気な口調から彼女の自尊心の高さが伺える。

 私はメイユイの言葉に耳を傾けたくなった。

 彼女は逸らさない目線をそのままに、嘲笑の色なく純然たる意志をぶつけるように告げた。

「……あんた、冒険者なんでしょ?」

 私は思わず鼻で笑ってしまいそうになる。

 腰に当てた手に力を込め、笑顔を作ってメイユイに答えた。

「気に入ったわ。その場所に案内してもらえる?」

 気を揉んだ男子二人はその返事に驚いた。

 まさかこんな挑発に乗るとは思わなかったのだろう。

 私も、こんな村にこんな気骨のある子がいるなんて思いもよらなかった。

 完璧すぎる平和の破壊。野心の本質を覗かせた彼女。

 欠伸に事欠かないと思っていたが、見当違いだった。

 変わりつつある村の未来を見据えながら、私は彼らに連れられ村を後にした。




 ■■◇■■




 微睡みから目が覚めると、姉が居ないことに気がついた。

 書き置きを見るにどこかへ出掛けていったみたいだ。

「もう、お姉ちゃん………」

 全くあの姉ときたらいつもこうだ。思い付きで行動して危険なことへすぐに手を出す。

 どれだけ言っても聞く耳を持たず、目の前の興味に飛びついてしまう。何十年と旅をしているが、彼女の気ままな行動には呆れるばかりだった。

 大体、私を放って何処かへ行ってしまうなんて、姉はどういう神経をしているのだろうか。平和で閑寂な村だといっても見知らぬことは沢山ある。肉親をたった一人にさせるなど言語道断だ。

 その辺りの感覚が姉には抜けているのだろう。世間知らず、常識知らずは厄介な難病である。

 荷物をまとめて私は立ち上がった。

 柔らかい髪の毛は寝癖が殆どつかない。手櫛で髪の流れだけ追って梳く。

 姉の行動は今に始まったことではないが、その勘を頼りにここまでやってきた。姉の思い切りの良さがあったからこそ、私たちは旅をすることができているのだ。彼女の肉体を思えばこそ、彼女の意志を尊重しないわけにはいかなかった。

 両手で顔を左右から挟んでぴしゃりと打つ。私は気合いを入れ直して竜骨の笛を首からぶら下げた。

 思いの外、涼しい風が吹いている。

 薄い引き戸を開けて外へ出た。

 すでに日は高く、村人はそれぞれの生業を行う。

 小さな幼子が駆け回っていたが、急に立ち止まった。

 見上げる彼らの瞳には、私たちはどのように映っているのだろうか。

 長身の私はそれだけで目立つが、好奇な視線にはもう慣れた。

 さて、姉はどこへ行ってしまったのか。

 私はしゃがみ込んで小さな情報屋を手招きした。


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