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星の屑から  作者: えすてい
第3章 流れ星に祈りを
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第4節 エルフの耳

 

 抜刀した剣先の静かなること。

 妙技に優れたそのしなやかな動きとともに、絶世を思わせる剣戟の型をそこに見た。

 あまりの衝撃に言葉を失った私たちは、ただただその光景を眺めることしかできなかった。

 両断された魔物が左右のバランスを失い、傍に立つ小さな女の子の前に倒れ込む。

 いつの間に得たのだろうか、彼女は魔物の臓物を摘んで袋の中に入れた。

 血の付く剣を握りしめたその姿は、幼い彼女の姿を差し引いても典麗と形容できる。

「クエスト完了!」

「お姉ちゃん!!」

 高らかにガッツポーズをとる女の子と、肩で息をしながら叫ぶ女性の声が連なった。

 森を抜けた先に広がっていたのは、荒れた地面や石山の多い岩稜帯だ。

 隠れる場所の少ないこの辺りは、追っ手から見つかるリスクが高かった。

 しかし、人海戦術を諦め別の策に手を出したのか、ヘルメルの部隊は数日姿を見せていない。もたもたしている余裕のない私たちは、この隙に最短距離で山脈を抜けられるルートを選んだ。道中、魔物との遭遇は日常的だ。

 そんな折に出会ったのがこの二人だった。

 幼い女の子、年の頃は魔道士君ほどに見える。腰まである長い薄紫の髪を留めもせず、風に流す。

 もう一人はマーシャくらいの年齢だろうか、若い女性が女の子に一喝していた。

「この辺りは危ないんだから一人で突っ走ったらダメだって!」

 肩まで届かない同じ髪色を揺らしながら少女に詰め寄る。

 自慢げな女の子は鼻を鳴らして告げた。

「問題なーし! このくらいどうってことないわ!」

 背の高い女性は腕を組んで不満げに呟く。

「まったくもう……」

 そこで気が付いたのか、私たちの方へ目を向けた。

 なんだろう、この感じ。

 小さな少女も同じく私たちの方を見つめる。

 離れた場所に声を飛ばすように元気よく彼女は叫んだ。

「おーい二人とも! どこから来たの!」

 手を振るその姿を見ながら、私は警戒を解かなかった。

 害意はないみたいだが、違和感が残る。

 こんな場所に女の子と若い女性だけ。周囲に他の誰かが潜んでいる様子はない。

 訝しむ私の反応を推察したのか、女性は告げた。

「あ、すいません! 怪しい者ではありませんから!」

 言うのと同時に、人差し指で細いチェーンを引っ張り、首からぶら下げた金属のプレートを掲げて見せる。

 乾いた岩から出た細かな砂が風に舞う。

 私はこの感覚を知っている。だがそれが妙だったのだ。

 ギルドが発行している冒険者等級を表すタグ。

 そこには、こう記されていた。

『冒険者等級二級』

 冒険者には一級から十級までの階級が存在する。実力やこなした依頼に応じて等級が上がる仕組みだ。

 あまり詳しくはないが、冒険者の多くが躓き大抵止まってしまうのが六級と聞いたことがある。

 そこからは個人で活動することはあまりなく、集団として徒党(パーティ)を組み依頼をこなすのが一般的だった。

 あまりヤミレスから出たことのない私にとって、その等級が示す強さは不明瞭で曖昧だった。それでもあの戦闘を目にすれば、彼女たちが凡庸ではないことくらいすぐに分かる。

 冒険者等級二級とは、どれほどの実力者なのだろうか。

 彼女たちはそれを証としながら提示し告げた。

「私たちはギルドの冒険者です」

「言わずと知れた"エルフの耳"よ!!」

 私は隣に立つ少年と目を合わせる。

 彼は頷いて、落ち着き払った様子で声を出した。

「僕も冒険者ですが、"エルフの耳"ですか。とんでもない大物にお会いできましたね」

 私は悠々と話す彼の知り顔を横目で見ながら、頭の中でこの不思議な感覚に戸惑っていた。

「ルリ、彼女たちは大丈夫だと思います。聞いたことありませんか? 高名な方々ですよ」

 少年が私の不安を取り除こうと語る様子に、小さな少女が便乗して声をかけてくる。

「あら、本当に知っているようね」

 続き、隣の女性も話しかけてきた。

「私たちはアルディアではあまり活動してないんですけどね」

 少年が返答する。

「僕らはヤミレスから来たんですが、その時に北の関所を通った行商人からお話を伺いました」

「へぇ………私たちのこと、こっちではどんなふうに伝わっているのかしら?」

「お姉ちゃん、ちょっと偉そうだよ」

「実際に偉いんだからしょうがないじゃない。あなた、私より強い冒険者には会ったことあるかしら?」

「僕ですか? そうですね……、冒険者ではお会いしたことないかもしれませんね」

「もう! 失礼でしょ、お姉ちゃん!」

「あ、そっか。そういえばあなたも冒険者なのよね」

「あはは……僕は構いませんよ……」

 二人の会話に巻き込まれる形となった少年は、引き攣るように笑みを作って応えていた。

 どうしたものかと思案していると、女性がこほん、と咳ばらいをして私に声をかける。

「自己紹介がまだでしたね。私たちは見てのとおり"エルフの耳"、カノンです」

 彼女は惜しげもなく自分の耳を指さした。

 言行一致、本物のエルフだ。

「"エルフの耳"リーダーのカグヤよ!」

 剣についた血脂を植物で拭いながら、小さな女の子も同様に告げる。

「だから、リーダーなんてないでしょ!」

「私が姉なんだから私がリーダーでしょ!」

 言い合いをしている彼女たちを他所に魔道士君へ私は目で訴えた。

 これが、エルフなのか?

 数百年の時を生きるとされた、遙かに長寿の種族。人間と比較してもその個体数は非常に少ない。世界を旅する冒険者であっても、彼らを目にすることは生きている内に一度あるかどうか分からないほどだ。

 長い耳を持ち、皆、魔法を操る才能に恵まれている。長寿なだけあって、誇り高い性格と気高い精神を持つ。

 住処は北の果てと言われており、人間では到底たどり着けない秘境だった。唯一到達を果たした高名な冒険者が残した書物には、『交流乏しく閉鎖的な暮らし』と記述があった。

 魔王国領と呼ばれる広大な大地には、多種多様な魔族が住んでいる。エルフもその内の一つだったが、中でも彼らは特に稀な存在であるといえる。想像していたよりも人間味が強く……と言うと、種族差別にあたるだろうか。ヒト族に近い性格をしていること。

 初めて相まみえた魔族に私は驚いていた。

 表には出さなかったが正直少し怖い。

 私たちの自己紹介が終わると、突然カグヤは言い放った。

「それで、ルリ。あんたがそっちのリーダーよね」

「リーダー? 私は別にそういうのではないが……」

 きっぱりと言う私に彼女は眉をひそめて言う。

「えぇ?! どう考えてもあんたじゃないの? こんな子どもと一緒に旅をしているんでしょ?」

 カノンが窘めるように口を挟む。

「お姉ちゃん、なんでもリーダーを決めるのやめてよ。……ごめんなさいね、はしたない姉で」

 にこりと微笑むカノンに合わせて私は小さく頷いた。

 そういえば、彼女たちエルフの見た目は、ヒト族のように年齢に比例しないのだろうか。

 どう考えても姉のカグヤの方が幼く、妹のカノンの方が大人びて見える。

「大事なことよ、カノン! リーダーがいなくては集団はまとまらないの!」

「集団って言ってもたったの二人じゃない……」

 再度言い合いになる彼女たちを宥めるように、一番年少者であるはずの魔道士君が間に入った。

「まぁまぁ二人とも……それで、ルリがリーダーだとどうなるんですか?」

 押し黙ったカノンを目で牽制しつつ、カグヤは長い髪の毛を片手で払って言う。

「集団で動くってことは意思決定が必要になるのよ。そのために一々迷ってたら話にならないわ」

 そのままカグヤは続ける。

「迅速な行動が群れの今後を左右するわ。そのためにも、最終決定権を持つ者が絶対に必要になるわけ」

 なるほど、彼女の言い分に私は少なからず納得した。

 態度とは裏腹に、カグヤは立派な理論武装をしている。

「要するに、私たちに何かを決定させたいわけか」

 私の言葉を聞いて、カグヤが目を開いた。

「そうよ! その通りよ! あんた、話が早いわね!」

 手入れを終えた剣を背中の鞘にしまい込んだカグヤは、殊更(ことさら)楽しそうに話を続ける。

「ヒト族はどうもみんな私たちにしり込みしちゃって、話し合いにすらならないのよねー」

 やれやれと言った様子で首を振るカグヤ。

 こんな感情豊かに動き回って疲れないのだろうか。

 そもそもエルフであるということを抜きにしても、このような対話では相手が引いてしまうのも無理はない。

 カノンは違う意味でため息を吐き出していた。

「それで!!」

 唐突に右手を差し出して私の方へ向けたカグヤは、自信過剰な笑顔のまま告げる。

「あんた達、山脈を抜けるんでしょ? 祖竜教国まで一緒にパーティを組んであげる!」

 彼女の突拍子もない提案に私は戸惑いを隠しきれなかった。

 付け加えるようにカノンが告げる。

「失礼ですが、あなた方のようなヒト族の子どもが、アルディア山脈を旅するのは少々酷かと……」

 その言葉を聞いて私は今更ながらはっと気付いた。

 これまで魔道士君以外の人と会っていなかったからだろうか。

 私が彼女たちに抱いていた違和感は、そのまま自分たちにも当てはまってしまうではないか。

 彼女たちは同じ女こどもでも冒険者の二等級だ。

 子ども二人でこの辺り彷徨っている私たちは、(はた)から見れば無謀な旅人に見えなくもない。

 私が何かを言おうとする前に、腕を組んだカグヤがゆっくりと告げた。

「まあ安心して、山脈を超えるなんてわけないわ。困った時は、お互い様よ」

 薄く陰った目元が妖艶で、幼子らしからぬ表情を作るカグヤ。

 彼女たちは、どれほどの年月を生きてきたのだろうか。

 ふと視線を感じて横を見ると、こちらの幼い瞳と目が合った。

 言葉を交わさずとも言いたいことは何となくわかる。それこそ"リーダー"としての務めではないのか。

 彼は凡そ砕けた態度で返事をした。

「嬉しい申し出ですが、僕らは平気ですよ。こう見えてもそれなりに腕は立つ方ですから」

 頼りない少年の笑顔。

 気にしてはいなかったが、よく見ると少しやつれている。

 二人のエルフは不思議そうにしながらも食い下がって告げた。

「あんたたち、二人とも魔法使いでしょ? 前衛がいなくちゃ話にならないわよ!」

「この先は渓谷よりも手強い魔物が多くいます。どうか私たちを信用して頂けませんか?」

 実際、魔道士君は触媒を用いない魔法使いなので、そこまで詠唱は遅くない。

 だからといって二人だけで山脈を楽々抜けられるとも私たちは考えていなかった。

 予測できないことは往々にして起こるものだと、少年からことある毎に聞かされていた。

 私たちの身を案じてくれている実力者とともに旅ができる、それは願ったり叶ったりな提案だった。

 しかし……。

「本当に、僕らだけで大丈夫ですよ。それに持ち合わせもありませんから……」

 貼り付けたような笑顔が痛々しかった。

 彼の言葉にカグヤが反応する。

「私たちは長い寿命の道楽として冒険者してんのよ。こんなみみっちい小遣い稼ぎなんてしないわよ!」

 カノンも例に漏れず続ける。

「元々こちらも祖龍教国に行く予定がありますので、どのみち方向は同じなんです」

 微笑むカノンの笑顔には飾り気がない。それでいて包み込むような優しさがあった。

 これが"エルフの耳"の行動理念なのだろうか。

 彼女たちは帰り道ついでに人助けを行おうとする。そんなことに慣れているからなのか、女二人で気安く旅の同行を提案してくるなんて。

 曖昧な態度で魔道士君が会話をしていたが、痺れを切らした私がついに発言をしてしまった。

「……必要ない、何度もそう伝えているだろう」

 私はこういう役回りを好まない。適材適所と言われれば、それまでだが。

 私の言葉にカグヤの目つきが変わった。頑なに親切を拒絶する私たちをもはや快くは思わない。

「その謙虚さは身を滅ぼすわよ」

 言い方に鋭さが増した彼女の目が、私を睨む。

 険を含ませた覚えはないがそう思われたのだろう。

「私たちは二人で旅がしたい。それを邪魔するということの方が酷ではないか?」

 上手くごまかせる自信はなかった。ただ、なにか言わなくては怪しまれかねない。

 単なる力比べだけで等級を上げられないのは知っている。聡慧(そうけい)な彼女たちの視線が痛々しく刺さるようだった。

 カノンが控えめに目元を伏せる。

 少しだけ、私は申し訳ない気持ちになった。

「そ、そうですか。無理強いしてすいません……ほら、お姉ちゃん、行こう」

 背を向けて歩き出す妹を止めるようにカグヤは言った。

「え、でも……ちょっと! 待ちなさいカノン!」

 追いかけながら振り返るカグヤと私の目が合う。

 胸中に居座った胸騒ぎがますます強くなる。

 二人が去るのを待って、私は深くため息を吐き出した。実際、安全を取るなら提案は受け入れるべきだった。

 あんな魔物を瞬殺できるほどの腕前であれば、山脈の踏破はぐっと楽になるはずだ。

 だけど私たちはそんな彼女たちとは一緒に行けない。

 私たちは、軍に目を付けられたお尋ね者なのだ。

 絶命した魔物の亡骸を近くで見る少年に、言いたいことが山ほどある中からその一つを抜粋する。

「魔道士君、私は……あまり人と話す機会がなかった」

 ヤミレスに滞在していた間、私はモーガンスから隠れるように過ごしていた。

 突然の話題に顔を上げた少年は、その意図を探るように黙ったまま私の言葉を待っていた。

 私は手持無沙汰な右手を握って続ける。

「どうやら、あまりいい伝え方ではないらしい。私の、その、強い言い方が………」

 濁したいわけではなかったが、どんな言葉が適切か知らなかった。

 はっきりとした言葉は意志を的確に伝えられる一方で、単刀直入な物言いは他者を遠ざける傾向にある。

 もちろんそんなことは理解しているつもりだった。

 マーシャにだって何度か言われたことがある。

 表情の乏しくなった彼が一瞬空気を和らげた気がする。

 私の言いたいことが伝わっただろうか。

「気落ちしているところ悪いが、私に……柔らかい会話の仕方を教えてくれないか?」

 二人でヘルメルから逃走する間、私たちはあまり言葉を交わしていなかった。

 それは鬼気迫る状況もさることながら、魔道士君がどうにも"彼女"のことを引きずっていたからだ。

 私の言葉では彼を傷つけてしまう可能性がある。それを考えるとどうも喉元から声が出なかった。

 だがいつまでそうしている場合ではないことも事実。

 気持ちを切り替えて前を向かなければ、彼女が失ってしまったものに対する報いにはなれない。

 目の色を変えた彼がしり込みしながら告げる。

「柔らかい……ですか……」

 私にしてあげられることはそう多くない。

 少年とともに過ごし、傷口を覆ってあげることくらいだろう。

 天高い日の光が何者かによって一瞬遮られる。

 死肉を貪るために集まった鳥に似た魔物たちが、頭上からけたたましく鳴き声を上げた。

 やれやれ、落ち着ける間もないようだな。どこかに休める村や集落でもあればいいのだが。

「話は、後にしよう」

 私は構える少年の後ろで、冷気を纏う氷の杖を召喚した。


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