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星の屑から  作者: えすてい
第三章 流れ星に祈りを
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第1節 木枯らし

 

 集めた枝葉をひとまとめにして紐で結う。飛び出した枝を丁寧に刃物で切り落とし、体裁を保つ。

 同じサイズで積み上がる場所にそれを放り投げ、新たな束を忙しなく作っていく。

 花でもついてれば見栄えがいいのだが、生憎任せられたのは雑木林の燃料集めだ。

「なぁこれ、いつまでやるんだ?」

 俺は我慢強いタイプではなかったが、やれと言われればそこそこの成果は残すたちだ。

 やるならやるでやり遂げて、中途半端にはしない。大変だとは分かってても一応は手をつけてみる。

 だがこの作業ははっきり言って苦行だ。

 枯れ枝を拾い集めては同じ長さに纏めては結う。

 単調作業は嫌いじゃないが、上達しても無駄だと言える。こんな仕事はやる気が削がれてそれどころじゃない。

 うだうだ言うのは格好悪いと思い口にはしなかったが、ここへ来て飽いてしまった苦痛が勝つ。

 なので俺はとりあえず不平を口に出した。

 少しでも心にゆとりを持とうと努力をしてみたのだ。

 そこまで遠く離れていない所に、同じ麻の衣服を着た同じ年くらいの男がいた。

 刃の部分で余計な枝葉を切り分けるその姿は、なんとなく絵になっていて少しむかつく。

 背丈は俺より少し高く、ひょろっとして痩せている。

 線の細いその顔が、物憂げに見えて好印象なんだそうだ。

 村の色眼鏡の女どもはみんなそういう。図らずもそう思ってしまう自分もいる。

 何を考えているか分からない顔に向かって、もう一度俺は声をかけた。

「なあって」

 やっと目を向けたその瞳は儚げで、言いよる女どもの惚けた顔が思い出される。

「あぁ、ごめん。なんだって?」

 落ち着いた声色は俺の声を優しく受け止めた。

 手に持った道具を下げて左手に持ち変える。利き手を自由にさせ、溜まった疲れを落とすように手のひらを広げて軽く振り、額の汗を拭う。

 その一挙手一投足に色っぽさが漂い、気だるげに見える様子が艶めいて見えた。

 ……というか今日の俺はどうした? 何故こいつの容姿を気持ち悪いくらい褒めちぎってるんだ。

 さらなる悪態をつきたくなる衝動を抑えて、こいつに聞こえなかった部分を強調して伝える。

「もう十分だろ、って」

 背の高い木々に囲まれて鬱蒼と茂る森の中、薄ら寒い風が幹をかき分けて髪の毛を揺らした。

 季節はもうすぐ寒候期に入る。収穫祭の終わった村はその盛り上がりを忘れたかのように、すぐに越冬の準備に移った。

 だがこの量の薪を集めることなんて、すぐしなきゃいけないことでもない。

 焦る必要はないくらい時間に余裕はある。

 手助けが欲しいと言われたから俺はここに来たんだ。

「そうだな………」

 見上げるほどに積み上がった薪の束を、あいつは眩しそうに眺めた。

 凡その数は教えてもらえなかったが、一日でこれだけかき集められれば文句はないだろう。

 ふと、俺に向き直ったあいつはこう言った。

「……少しでも、気は晴れたかい?」

 何を考えているか分からない表情だったが、今はどうしようもないほどの労りを感じた。

 最初からわかってたことだったが、こいつの粋な計らいだと思うと少し癪に障る。

 癪には障るが、本当にいい奴だ。

「あぁ、もう分かってるよ。本当に大丈夫だ。今は、そうすることしかできないからな……」

 俺はおもむろに腰を下ろして言い放つ。

 心配されていると思うと余計にむず痒い。

 刃物を地面に置くと、あいつも近くに座った。

 汗を拭ったせいか土の汚れが鼻の頭についている。

「それは良かった」

 言いながら弱々しく笑った顔が中性的に感じる。

 こいつが俺を誘ったのは気分転換をさせるためだろう。

 なにかに集中していないと嫌なことばかり考えてしまう俺の心中を察しての気配りだった。

 ……なんであいつが。

 頭を振って余計なことを締め出す。

 こいつなりの親切を無駄にするわけにはいかない。

 話題を変えるために咳払いをする。

 俺は関係ないことを尋ねた。

「そういえば、あの二人組はどうなった?」

 笑顔をふっと消して、目の前の男は視線を上げた。

 振られた話題に敏感に反応すると、再び俺と目を合わせる。

「あぁ……あの冒険者の」

 俺たちが住むのは麓の街に比べれば小さな村らしい。

 同じ話は年寄りじゃなくても数回は繰り返す。

 それくらい話題性がないような場所だからこそ、この村に旅人が来ればすぐにその噂は広まった。

 冒険者がここを訪れるなんて何年ぶりだろう。親父たちの代は口を揃えて酒の肴にしていた。

 ギルドの話を聞いたことはあるが、夢物語だ。この村にずっと住んでいる俺らにとっては縁遠い話だった。剣を携え仲間に背中を預けながら魔物と戦う。想像力の貧困な俺にはそのイメージは朧気に映る。

 そんな空想、もとい勇敢な戦士がどんなのか見たくて、野次馬どもの中に無心で分け入った。

「……驚いたね、あの二人」

 森の奥を眺めながらあいつは呟く。

 また何を考えているか分からない顔になった。

 あんな子どもでも冒険者になれるもんかね。二人のみてくれを見て俺も大層驚いたもんだ。

 何かの道中なのか、まあそりゃあ冒険者だからな。偶々この村に立ち寄って宿を欲しがっていた。

 宿といっても村長の持ってた空き家くらいしか彼らを泊められる場所はない。

 見所もない小さな村だと自負しているが、何もないと思われるのはそれはそれで嫌な気もする。

 もう少し早ければ収穫祭に間に合ったんだが、予定を合わせてここへ来ることももうないだろう。

 パキッと乾いた音が耳に入る。

 目をやると、あいつが小さな枝の切れ端を地面に押し付けて折っているのが見えた。

 何をしているのかと馬鹿な質問をしようとして、俺はその問いかけをぐっと思い留める。

 相変わらず不思議なこいつは気付いてないのだろう。一度思考に潜ると周りが見えなくなることに。

 地面を抉るように折れた木の枝を掻き回す。

 子どものようなことをやるあいつに、俺は声をかけた。

「なにかあったのか?」

 無遠慮に動かしていた手をぴたりと止め、動揺しているのか躊躇いがちに視線を彷徨わせる。

 俺にはこいつの考えていることが分からなかった。

 だけど、滲むような緊張感が伝わってくるのを察した。

 似つかわしくない、堂々とするいつもの様子とはかけ離れた、震える唇を開いて奴はこう言った。

「……シュエを助けよう」

 深い森の中、冷えた空気が揺れ動き、落葉を吹き上げ二人の間を通り抜ける。

 カラカラと硬い葉が地面と擦り合う。

 その音を聞いて我に返った俺は、真意に気がついた。

 慣れない緊迫感。

 普段の俺であれば、何故そんなことを、と馬鹿な質問をしただろう。

 だけど、今の俺にはできなかった。

 こいつが俺をここに連れてきたのは、誰にも聞かれないようにこの話をするためだ。

 大きめの息を吸い込んだまま吐き出すことができず、俺はあのいたいけな瞳をずっと思い出していた。


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