「流れ星に祈りを」
ダルク歴311年
今でも語り継がれる英雄譚と名高い大勇者伝説。
それは混沌とした世界に安らぎと平穏をもたらした。
遍く津々浦々の辺境の地まで行き渡り、多少の脚色はあれど後の世まで語り継がれた物語。
ある小国に生まれたその存在は、例の如く勇者を名乗り、各国を巡りながら魔物を退け人々を助けた。
親切で欲心なく、極めて誠実な態度を持ち、当時の貴族や奴隷に分け隔てなく手を貸す御心があった。
訪れた村々は彼の剣を英雄の証とし、同型のものを鋳造しては祭具として祀った。
裏表のない素直さと優れた人望もさることながら、剣の腕や御業は誰にも比類することができないほどであった。列強国の勇者でさえ太刀打ちできないどんな凶悪な災禍だろうと、彼は無敗を極める。
天を割り雷を降らせ、大海を手足のように操り、はたまた大地を動かし民家を誂えたという話まで。
かの勇者の存在は次第に各国へと知れ渡る。吟遊詩人が歌い、彫刻家が偶像を作り後世に伝えた。
救世の勇者様、真の勇者様。人々は降りかかる災厄を滅ぼすその存在を神格化していった。
"大勇者"、そう呼ばれ始めたのは、彼らが北の大地に向けて歩み出した頃だ。
大勇者にも引けを取らない数人の仲間たちが集い、魔王討伐を目指して彼らは旅立った。
破竹の勢いで進撃を続ける大勇者一行に魔王軍の刺客が次々と襲いかかる。
しかし、後に御言葉と称された彼らに対し、魔族たちが抗う術を持ち得るはずもなかった。
世界の果てとも呼ばれた魔王城に足を踏み入れた彼ら。
多大なる犠牲を払いながら世界の真実に辿り着く。
そしてついにその時は訪れた。
数ある歴史書は一貫してこう綴る。
『神の御言の葉ども、北より出てきた魔族どもを打ち払いて、ついに大災厄なりし魔王を滅ぼした――――。
その命と引き換えに――――』
■■◇■■
明かりのない深い藍色の染み込んだ世界に一人。果てしなく続く地平線は霞んでいてよく見えない。
現実感が損なわれた曖昧な空間に置いていかれ、孤独を抱えたまま暗く佇んでいた。
滑稽だろう、僕の御言葉は照らす力。歴史的に見れば神にだってなれるはずなのに。
"照らす"なんて有名無実、僕自身は真っ暗なんだ。
闇夜を照らす星のようにはなれなかった。
僕は一体、誰から光を浴びればいいんだろう。
染まっていく藍ですっかり自身の姿は見えなくなる。
『すみません……本当に覚えていなくて……』
心臓をつかれるような衝撃が襲う。ぐらついた気持ちがへし折れる音が聞こえた。
視界さえも暗転して、体に力が入らなくなる。
脱力した身体に残っていたどうしようもない痛み。
息ができず、呻き声をあげ続ける僕は、気を失えないまま永遠の生き地獄を彷徨った。
自慢だと言ってくれた彼女の笑顔。
照らして欲しかった、君の光で。
薄らいだ光り輝く思い出を抱きしめながら、僕は覆われていく闇と一緒に溶けていった。
暗い暗い、深淵の底へ。