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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第49節 進む道

 

 隠し部屋の崩壊は予期せず始まった。

 ルリたちが脱出した後、静謐を誇った隠し部屋は、台座から部屋全体へと亀裂が走り始めた。

 まるで全ての役目を終えたかのように、地響きを立てながら隠し部屋は圧縮されていった。

 パレッタのスキルを使い三人は崩壊から脱したが、進んでいた地下には転移魔法陣がしかけられていた。

 私たちはその魔法陣を起動させてしまい、別の場所へと飛ばされてしまった。転移させられた先は、私たちの住む貴族用の寮だった。

 元々ここは学院内では更地だったはず。貴族の希望で後から増設された地区だ。

 そんな場所に転移させられたことを鑑みると、あの魔法陣は大賢者様がお作りになられたのだろう。

 未来を視通せる力。その力は本物だったみたい。

 ……だったら、正直こんな未来にはしてほしくはなかった。

「酷い顔だな」

 パレッタが冗談半分にそう告げた。

 いつもの無表情で、切れ長の目をドーラは向ける。

「私がですか」

 触れれば断ち切られそうなほど鋭い刃物。

 それを思わせる彼女の気迫に、パレッタは肩を竦めた。

「ドーラじゃないよ」

 マーシャとパレッタは私たちとの繋がりを持たないように、急ぎ管理局へと向かっていってしまった。

 今のところ、寮には軍は来ていない様子だ。

 これで寮に留まっていたドーラと私は、闘技場の騒ぎには何の関与も持ち合わせなくなる。

 ヘルメルがドーラと私の顔を覚えているなら話は別だが、今そんなことを考えていても仕方がない。

 寮内はしんと静まり返り、二人は重い足取りのまま無言で部屋に戻った。

 半日ぶりなのにとても懐かしく感じる。部屋に置かれた紅茶のセットがもの寂しく見えた。

 二人は言葉もなく椅子に腰掛ける。

 しばらくの沈黙の後、私はぽつりと告げた。

「……私、彼ともう一度話がしたいです……」

 ドーラが不安げに私を見つめる。

 その瞳が、カーテンから漏れる朝日を反射して光った。

 楽しかった思い出がそこにはあったはずなのに、ひとたび覗いてみればがらんどうの空白が広がっている

 肝心な部分だけ切り取られてしまったみたいに、拍子抜けするほど中身のない記憶。

 辿れば辿るだけ乏しい思い出に虚しくなってしまう。

 温もりだけを残した、半端な面影がちらつく。

 冴えない顔つきの私を見て、ドーラは決意したようにはっきりと告げた。

「どうしてそう思うのですか。あの方が誰かも、何者かも覚えていらっしゃらないのに」

「……分かりません。でも、どうしても知りたいのです」

 私の声が掠れたように小さくなっていく。

 黙ったままのドーラに、私は続けた。

「あんな……彼にあんなつらい顔をさせてしまいました……」

 どれほど大事に想われていたのだろうか。

 どんな時間を一緒に過ごしてきたのだろうか。

 伝えられなかった彼への気持ちが、今頃になって湧き出してくる。

「私……どうすることもできなかった……」

 ただ小さな彼の頭を抱いて、謝ることしかできなかった。

 どこかで聞いた言葉が脳裏にうっすらと蘇る。

『君に傷ついて欲しくない、苦しんで欲しくない。

 それだけなんだ、本当にそれだけなんだ……』

 私は手で顔を覆う。残酷なことをしたんだ、私。

「あの子がこの学院で必死で守ろうとしたもの……それは、私だったんでしょう……?」

 小さな問いかけに、ドーラは答えられなかった。

 それが私をさらに傷つけると知っているから。

 私だけが学院にきていれば、間違いなく学院長の標的になっていた。

 彼がこの地に残った理由は、それがすべてだったんだ。

 そのすべてを、私は忘れてしまった。

 震える声で告げる。

「あの子は……名前を呼んでって、そう言ってました……」

 自分の命も顧みず、私を救ってくれた。

 そのはずなのに、私は一つも恩を返せないままだ。

 涙が両目から溢れた。唇を噛んで我慢しても、雫が伝う。

「私……呼べないよ……あの子の名前……知らないから……」

 彼は教えてくれなかった。

 私が名前を呼べないこと、それが怖かったから。

 大事な人に忘れられてしまうこと、大事な人が傷つくこと。

 私が、苦しむこと。

「知りたい……知りたいんです……あの人のこと……」

 拭っても拭っても止めどない感情が押し寄せる。

 我慢しようとすればするほど、切なさで胸が一杯になった。

 艶を失った髪の毛を揺らし、肩を上下させる。

 こんなやり場のない激情を持ったのは初めてだった。

「彼はまた、あなたを拒絶しますよ」

 ドーラは私の傍に来て冷たく言い放つ。

 彼にとって、記憶のない私は虚しいだけの人間に見えるかもしれない。

 喉をつまらせながら、途切れ途切れの声で言う。

「それでも、いいのです。わがままだって、分かっています」

 丸くなる背中を震わせて、私は声を振り絞った。

「それでも、恩返しがしたいのです」

 顔を傾けたドーラが優しく言う。

「……ほんとに、馬鹿ですね」

 ドーラは私の頭を引き寄せて胸に抱く。

 堪えきれなくなった私は、大声で泣いた。

「……『ただ一緒にいたい』。お互いにそう言えば、よかったんですよ……」

 小さく呟いたドーラの言葉が、雪解けのように私の心に広がっていく。

 日当たりの良すぎる部屋の窓から、際限ない朝日が差し込む。

 子どものように泣きじゃくる私を、陽の光が暖かく包み込んでいった。




 ■■◇■■




 断崖絶壁の先を見据えた鋭い眼差しが、踵を返しながら合図を送る。

 霧のかかった崖の下から小さな翼竜が飛び上がった。

 羽ばたきで木々が揺れ、木の葉が舞い散る。大きな足で着地すると羽を閉じ、獰猛な瞳を動かす。

 背中に乗っていた兵士が告げた。

「崖下には見当たりませんでした!」

「ヘルメル団長!」

 馬を駆る伝令の兵士が叫びながらやって来た。

 鐙を蹴り、器用に下馬して跪く。

 馬がいななき、体を震わせる。チャラチャラと馬具が音を鳴らした。

「北の大渓谷で逃亡者の姿が確認されました! 早急に三班を派遣して、行方を追わせております!」

 ヘルメルは顔を下げて報告に相槌を打つ。

 片腕を軽く上げて怒声のような合図を出した。

「翼竜隊! 行けっ!」

 号令と共に翼を広げた翼竜が空へ飛び立つ。

 再び凪いだ森の中で、湾曲する手甲が光を反射した。

 引き結んだ唇は苛立ちを露わにし、拳を力強く握りしめながらヘルメルは呟く。

「忌々しい大罪人が……御言葉だと……?」

 天高く上げた右腕が魔力を放つ。

 伝令の乗ってきた馬がその威圧に鼻を大きく鳴らす。

 稲光が手甲に纏わりつき、弾け、火花を散らす。

 膝をつけたままの兵士はその場で竦みあがった。

「ふざけるなッ!!」

 ヘルメルが叫び、力任せに腕を振るう。

 怒りと同期した分厚い衝撃波が迸り、地面を抉り取る。

 地盤が叩き割られ、崖の一部が崩落していく。

 地鳴りが響き、鳥類が一斉に羽ばたいた。

 怯えて地面に伏す兵士を無視して、ヘルメルは空中に浮かび上がりすぐさま消え去った。

 地面に走る亀裂が延伸し、兵士の足元まで及ぶ。

 恐れ慄く兵士は駆け出して逃げていった。

 不安定になった足元がボロボロと崩れ落ち、深い谷の下へ消えていく。


 濃い霧が満たす谷の底、ぽっかりと空いた空洞に二人の息遣いが聞こえた。

 しばらく様子を窺い、物音がしなくなったことに胸を撫で下ろす。

「今の内です」

 僕はルリに声をかける。

 彼女は感心したような態度で告げた。

「すごいな、こんなことまでできるのか」

 僕は二人の姿を光魔法で透明にし、二人の偽物を作り出して別の道に放った。足跡や匂いなどの痕跡は付けられないが、魔力に頼る彼らの目を誤魔化すには十分だ。

 チェインに見せてもらった地図を立体的に見せる魔法。まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。

 僕は浅く頷いて、身体強化の魔法を全身に付与する。

 助走をつけると、一息に崖の反対側へ跳んだ。霧の中を駆け、空中を進んで風を切る。切り立つ崖の途中にある、突き出た岩に手をかけた。

 分身はすぐに見破られるだろう。

 その前に、早くこの場所を離れなければならない。

 隠し部屋から出た僕らは、ヤミレスの城壁を越え連峰に発った。

 目的地は山脈を抜けた先にある祖龍教国。文字通り祖龍を奉る宗教国家だ。

 いくら中央都市のペンタギアノと言えど、この国に無断で武装して入ることはできない。

 足場にしていた岩が崩れ落ち、落ちそうになるルリの手のひらを掴んだ。

 片手で自重とルリを引き上げると、二人は対岸の上に足をつけた。

「力持ちね」

 ルリは変わらない態度で告げる。

「はい……」

 消極的な僕の返事に、彼女は困ったような顔をした。

 気を取り直しつつ、ルリは山頂を見つめて告げる。

「さあ、御言葉としての旅を始めよう」

 多くのものを置いてきたヤミレスに後ろ髪をひかれながら、僕は虚ろな瞳で地面を見つめていた。

 いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。

 冠雪した山々に向かって、二人は歩き始めた。


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