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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第48節 脱兎の決別

 

「モーガンスはクィーラから記憶を奪った……」

 泣き腫らした顔の僕にルリが告げる。

 劫掠のスキルの対象は能力だけではなかった。

 魔力の吸収が進んだクィーラに対して、復元できるかどうかも分からない記憶を奪い去った。

 手の施しようがないことに放心しきる。

 記憶を復元するなんてことは、僕にはできない。

 あの後クィーラには全てを伝えた。僕たちがどうやってここまで来て、どこへ向かうのか。

 だけど彼女は何も覚えていなかった。暗い暗い水の底に、僕だけを沈めてきたみたいに。

 何故モーガンスは僕に関する記憶だけを奪ったのか。彼は異常なまでに御言葉に対する憎しみを抱えていた。加えてやってきた第五師団長のヘルメル。敵意を向けた彼の標的は、案の定僕たちだろう。

「僕が魔王国領へ北上する目的を知って、軍部であるヘルメルに伝達を送ったんだと思います」

 僕は枯れた声でルリに返事をする。

 声色を整えるほどの余裕は僕にはなかった。

 自分の命が絶えた後でさえ、御言葉の邪魔を企てるなんて、モーガンスの狂気的な思惑は僕を震撼させる。

 ドーラは落ち着いた態度で告げた。

「事情を話せばわかってもらえませんか」

「……無理でしょうね。相手は中央都市お抱えの武装集団。対話なんてできないし聞く耳も持たない」

 マーシャは眼鏡のつるを片方上げ直し、苦々しく言い放つ。

 そしてルリもその意見に同調して言う。

「どんなに証拠があってもあのモーガンスの教え子だ。何かと因縁をつけてでっちあげるとしか思えない」

 つまり僕らはヘルメルだけでなく、中央都市とも事を構えなくてならなくなった。ヤミレスや北の関所を抜けるのは難しいだろう。

 僕は立ち上がってルリに目配せをする。

 軽く息を吐くと、彼女は頷き僕と視線を合わせた。

 第五師団が宿舎を探した際にドーラとクィーラが居なければ、ヘルメルは絶対に二人を関係者として怪しむはずだ。そうなれば軍が何をするかわかったものではない。どうにか、ルリと二人だけでもここをでなければ。

「待ってください!」

 クィーラが声を上げて僕らを呼び止めた。

「この場所に集められたのには、何かしらの理由があるのではないですか?」

 転移魔法を動かしたのはマーシャだったが、それを備え付けたのはこの部屋の創造主、大賢者だ。

 ここまでの未来を見据えていた彼なら何か残している可能性は確かにある。

「台座……か……」

 ルリが視線を向けた先にある遺物。

 恐らく大賢者が僕らへ遺した言葉が刻まれていた。それは個々人で全く別の形に見えるように複雑な魔法が施されている。

 クィーラやドーラには『光を信じるように』と書かれ、マーシャには転移の魔法陣が見えているようだ。

 ルリは僕と同様に驚いたような素振りを見せたが、内容をはっきりとは教えてくれなかった。

 大賢者がこの状況を未来視できていたのだとしたら何かしらの解決策がここにあるはず。だけど僕らは台座の言葉を全員確認したが、この状況を打破するものは書かれていなかった。

 考えられるとするなら、ここに入ることができる僕ら以外の別の人物。学院の秘密を知り、味方になってくれる存在。

 チェインはどうか。いや、彼に連絡はとれない。ここから伝達魔法を使ってしまえば、すぐにでも出処をヘルメルに察知される恐れがあった。

 学院の中にいるザルタス先生。それもだめだ。クィーラたちと繋がりがあり、ここに呼ぶのは危険すぎる。

 そもそも学院内の教師や生徒たちが自由に動けているのかさえ不明なのだ。

 ヘルメルは既に軍を動かしている頃だろう。転移魔法は移動距離に優れるものではない。僕ら学院長殺しがまだ学院内にいることは、ヘルメルだって百も承知だろう。

 誰かを呼び込むこともできなければ安直に入ることさえ難しいこの空間。

 僕らに手を差し伸べられる人物なんているのだろうか。

 そう思っていた矢先、ドーラが僕に尋ねた。

「ここに誰かが来られれば、いいんですよね」

「……そうですが、あてはあるんですか?」

 僕の問いに彼女は力強く頷いた。

 クィーラも気付いて、顔を見合わせる。

 くぐもった音が室内に響いた。粘着質な水音のような鈍い調べ。

 その反響する音源を探るべく、僕は辺りを見回した。

 こぽこぽと音を出しているのは、天井だ。

「どこだ、ここは?」

 突然、上から声が降ってきた。

 頭上を見上げると、声の主に驚く。

 上半身だけを突き出し、痩せた男の姿が天井から飛び出ている。男は無造作に腕を投げ出して、宙ぶらりんに吊られていた。

 しばらくして何かを見つけたように男は目を開く。すると支えを失ったかのように地面に落下した。

 頭から落ちたと思ったその男は、地面をすり抜け体を床下へと沈み込ませながら、悠々と再び現れた。

 床や天井を沼のように変質させて潜る能力。どこへでも入り込めてしまう姿は沼沢の名に相応しい。床の沼から出てきた男は辺りを不思議そうに見渡す。目の下に濃いクマを作り、あまり人相が良いとは言えない。

 一通り観察を終えた後、頭を伏せる。腕の隠れたローブの袖を前に突き出し、一礼をした。

「これはこれは勢揃いで。ドーラ、あの時は助かったよ」

 顔を上げると男はにやけ顔で告げる。

 謙遜を示すようにドーラは手を振った。

「いえ、とんでもございません。戦闘に巻き込んでしまい申し訳ありませんでした」

 その言葉を聞いて、男は大笑いしながら返事をする。

「なに、伸びてただけだからな、でも驚いたよ。ありゃどんな魔法だ?」

「秘密です」

「つれないねぇ」

 男は目を細めて笑顔を崩さない。どうやら見た目ほど陰険ではないようだ。

 ドーラから目線を離した男は恭しく礼をして告げた。

「申し遅れました。しがない金色学生でこざいます。パレッタと言いますので、以後お見知りおきを」

 独特の衣服と礼の仕方。あれは、そうだ、祖龍教国の礼式ではなかっただろうか。

 僕はパレッタに尋ねた。

「先程の能力はスキルですか?」

「お察しの通り。目がいいんだな、あんた。……ははーん、これが噂のクィーラ嬢の……」

 噂の、何だ。

 パレッタは身を乗り出して僕をジロジロ見つめる。

 軽薄そうな行動に僕は少し身を引いた。

「パレッタさん、今はそんなことをしている場合では」

 クィーラの声にパレッタは両手を上げる。

「分かってるよ。外には出られねぇんだろ? 第五師団長様だかの軍隊が大勢ウロウロしてるぜ」

 思った通りだ。ヘルメルは僕らを探している。一刻も早くここから出なければ。

 ふと彼をみると今度は膝をついて床に手を当てている。

 するとすぐに魔法陣が浮かび上がって光り始めた。

「すげぇ結界魔法だ、一人では絶対に見つけられねぇ。ドーラの魔力を辿らなきゃ中には入れなかった」

 点滅した魔法陣を無視して彼は腰を上げると、興味深そうに辺りをしげしげと見回していた。

 変わった彼の様子にマーシャは困り顔だったが、僕は彼の観察眼がずば抜けていることに驚いた。

 遠い国から留学してくるだけはある。彼ほど印象がチグハグな人物もいないだろう。

「怪しいのはそこの台座だな。魔力を成すこの空間の支柱になってる」

 いいか? と合図を求めるパレッタの勢いに押され、みんな頷くばかりだった。

 魔法陣の起動に心躍る彼を後目に、ルリは僕の近くに寄って静かに囁く。

「……どうするんだ?」

 彼女を見返すこともせず、黙ったままの僕。

 ルリは周りに悟られないように悲しい目をした。

 答えは、決まっている。

 台座の魔法陣の構成を一目見て、好奇心旺盛なパレッタは声を漏らす。

「これを作った奴は天才だな……魔力を込めるだけで転移させられるなんて、附与者(ギフテッド)でも作れない魔導具だ!」

 そしてすかさず僕とルリを見て告げる。

「二人を飛ばすように書いてあるが、学院を抜けた後の逃げ道は用意してあるのか?」

 僕は答えた。

「はい、皆さんに迷惑はかけません」

 彼はドーラに助け出されてすぐに後を追ったのだろうか。黒い礼服はよく見ると所々が焦げている。ドーラやクィーラとは見るからに親しい様子だ。学院でできた新たな繋がりなのだろう。

 彼女たちなら、きっとうまくやれる。僕はそう信じていた。

 ……いや違うな。そんな心配はそもそも要らないんだ。

 僕が何を思おうと、二人は進んでいく。どんな困難だって必ず乗り越えられる。

 その道に、僕は……。

 パレッタは頷くと、気合いを入れるように魔力を帯びた。

 台座の前に立つ彼に注目が集まる。

「さて! 時間がないんだろ? 準備はいいか?」

 パレッタが台座に両手をつけると、そこから伸びる光の線が部屋中に広がった。

 僕はその光に照らされながら拳を握りしめる。

 ……さあ、お別れだ。

 ルールエのギルドで出会った、純朴を絵に描いたような美しい少女。

 月夜に光る涙に、僕は心奪われた。

 強さとは、力だけではないことを教えられた。

 僕ではなく、彼女にこの力が宿ればよかったのに。

 そして記憶を失くすのが、僕ならよかったのに。

 ルリとパレッタに合図しようとした時だった。

「あ、あの!」

 僕は決意が揺るがないように、息を大きく吸い込んだ。

 今一番、聞きたくなかった声に呼び止められる。

「あの、私……絶対に思い出します!」

 光に当てられた銀に近い金髪が、形のいい眉の上で揺れる。

 彼女は声を上げて言葉を続けた。

「思い出したら、必ず会いに行きます! 必ずです!」

 心地よい風が吹いた気がする。どんな弱い心でも、奮い立たせてくれるような風。

 僕はこの地で大罪を犯した。でもそれは、ある意味でよかったのかもしれない。

 閉じた感情が再び広がらないように、慎重に言葉を選びながら僕は告げた。

「クィーラ、無理に思い出す必要はないんだよ。君は君の、行きたい道を歩んでいけばいいんだ」

「で、でも……」

 揺れる想い、決別を刻み込む。

「僕は君と旅路を共にできた事、とても幸せでした。……この先僕らの道が交わらないとしても……」

 振り返るな、前だけ見るんだ。

 臆病な心根を見せないように毅然と続けた。

「僕は決して君を忘れない。君はずっと、僕の光だ」

 部屋の中の魔法が点滅し始める。

 パレッタが叫んだ。

「まずい! 位置がバレた! 外から干渉され始めてる! 急いでくれ!」

 パレッタだって魔力を辿って入れたんだ。

 転移魔法の痕跡も完全に消え去るわけでない。

「魔道士様ッ!!」

 ドーラの(つんざ)く怒声が僕を一喝した。

 彼女が剥き出した感情の正体は、とてつもない怒りだ。

「あなたは! どうしてっ!!」

 ドーラの吐き出した言葉の痛みが僕に伝播する。

 僕は瞳を閉じて俯き、その全てを拒絶した。

 食い下がる彼女が近付けないように魔法を唱える。

 結界に阻まれたドーラは素手で魔法陣を打った。

 穏やかだった彼女が見せる、怒りの眼差し。

 その矛先を僕に向けて、彼女は叫んだ。

「あなただって! お嬢様と――!!」

「ごめん、ドーラ……。

 そして、さよなら……クィーラ」

 揺れる青い瞳が僕を映した。

 もうこれ以上、君に傷ついて欲しくないから。

「ルリ、いくよ!」

 僕は二人に背を向け点滅を繰り返す台座に走った。

 魔法陣の描かれた足元が煌めき、輝きが跋扈する。

 小部屋の一箇所から破壊音が響く。

 無理やり空間を削り取ってこじ開けようとしていた。

 パレッタが呪文を唱え始めると、部屋全体に刻まれた光の線が弾けるように浮かび上がった。

 僕とルリを包んだ光の泡沫は、二人を内に収めると瞬時に転移した。

 ルリは黙ったまま、僕に言葉をかけようとしない。他にどんな選択肢があったというのだろうか。僕は両側から挟まれた罪悪感に押し潰されていくような気がした。

 光が消えると、僕らの目の前に学院の門が見えた。転移は成功し、なんとか地上に戻ることができたようだ。

 通用門の先、学院の建物が立ち並ぶ景色。

 その手前には、実寸の数倍はある大賢者の像が立っていた。

 朝日に照らされた勇ましくも美しい石像は、なぜ僕らの未来を見通したのだろうか。

「いたぞ!」

 第五師団は僕らを発見すると声高に叫ぶ。

 まずは逃げることを優先しなければ。

 ヘルメルに追いつかれる前に、僕らは石像に背を向けて走り出した。


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