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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第47節 One more time

 

 誰かが喋る声が聞こえた。

 重たい瞼をこじ開けその正体を探る。

 ぼやけた視界に入ったのはドーラの顔だった。私を膝枕して誰かと会話をしている。

 時折尋ねられては言葉を返しているが、水の中にいるようなくぐもった声で内容は分からない。

 頭がぼーっとしている。

 ハッキリしない視覚や聴覚が焦れったい。

 私の大きな呼吸に気が付いたのか、ドーラが頭を下げて呼びかけてきた。

「お嬢様! 気が付きましたか?」

 普段人がいるところでは滅多に出さない大きな声。

 大袈裟だな、と私は少し可笑しく思う。

 彼女の支えを借りつつ体を起こし、辺りを見回した。

 あやふやだった世界に色がついていく。

 見知った顔が心配そうにこちらを見ていた。

 どうやら私の目覚めを待っていたようだ。

 少年が声をかける。

「クィーラ、大丈夫ですか?」

 私は瞬きを繰り返しながら返事をした。

「すみません、ご迷惑をおかけしていたようです」

 ついてでた言葉がなんだか他人行儀で居心地が悪い。

 ここまでの記憶を呼び起こして現状を振り返る。

 そうだ、私は学院長の攻撃で……。

 頭をさすり、傷口が癒えていることに気が付いた。

 あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

 続けて先ほどの少年が説明をする。

「ルリが治してくれたんですよ」

 治癒の魔法がかけらた体に、私は残った魔力を感じることが出来た。

 そういえば、気だるさも消えている。

「クィーラ、痛みはないか?」

 ルリが肩に優しく触れた。私はちらと彼女を振り向く。

 彼女こそ傷だらけに見えるが、大丈夫だろうか。

 あのルリをここまで至らしめるなんて、やはり学院長は常軌を逸した存在だったのだ。

「大丈夫です。……その、ありがとうございました」

 私の言葉にルリは微笑んだ。

 そして彼女は真剣な表情で告げる。

「巻き込んでしまってすまなかった。クィーラの、いや、あなたの力が必要だった」

 私は首を振って遠慮がちに返した。

「いいんですよ……そんなこと。私、嬉しかったんです。皆さんの役に立てて……」

 ルリの表情が柔らかくなる。

 改めて見ると、本当に美しい顔をしていた。

 白い肌に長いまつ毛、私と同じ青い目。氷肌玉骨とはよく言ったものだ。

 彼女に抱きしめられたことを思い出し、私はなんとなく照れてしまう。

 どうして、私は彼女が憎かったのだろう。

 彼女が本当は優しいこと、分かっていたんだ。

 ルリは最初から私たちの味方だった。

 危険から遠ざけるため、わざと悪役を買ってでたのだ。

 もしルリと行動を共にしていたならば、彼女は学院長の目にすぐ留まっただろう。ルリの強さは学院長の警戒を強める。私を囮におびき寄せる算段がつかなくなったはずだ。

 そうなった時、何も知らない私がこの学院の中で安全でいられる保証はない。

 学院の秘密を知らされていたとしても、なんの役に立ったかは甚だ疑問だった。

 予期せずして、ルールエと同じように私がこの計画の中心、鍵を握っていたようだ。

 手にかけやすい、魔力が豊富で無知な魔法使い。それが今回私に与えられた役割だった。

 闘技大会に私を参加させたのは、学院長にその存在を知らしめるためだろう。ルリは警戒心の強い学院長に対して、私という囮を使い決着をつけたかった。

 だけどそれは本意ではなかったのだろう。彼女は私との戦いの後、そう呟いていた。

 ファルケとの試合でもギリギリまで戦うとは彼女たちも予想していなかったはずだ。

 つまり、私がボロボロになってまで命を危険に晒したのは、言い逃れできない、私のせいなのだ。

 突然、二の腕を掴まれ体を揺さぶられる。

 俯いたドーラが声を荒らげた。

「大丈夫ではありません! 後先も考えず……私たちが、どれだけ……」

 感情的な震えが乗った言葉に、思わず私は唇を噛む。

 しまった、この子には心配をかけすぎた。

 今になって思えば突発的過ぎたな、と反省する。

 魔力のない私にはどうすることもできなかったくせに。

 勇み足のまま動く影に追従する形で敵地に赴き、ドーラにファルケを任せて無責任に走り出した。

 足を止めてよく考えるべきだった。無鉄砲な私のわがままに彼女を随分と振り回した。

「とんだ……お転婆ですよ……」

 私はドーラの肩を支え、告げる。

「ええ、申し訳ありませんでした……心配を……いえ、ありがとうございます」

 腕で目元を拭うドーラの姿を見つめた。

 本当に何年ぶりかな、こんな姿は。

 私はどうしても行かなければならなかった。何物にも代え難い、大事なことだったから。

 悔しくて悔しくて仕方がなかった。何も知らない自分自身が、愚鈍さが、弱さが、頼りなさが。

 魔力もないのに命を賭して駆けだしたのは、自暴自棄になっていたせいもあっただろう。

 だけど苦しかった、知らないところで誰かが傷つくのが。怖かったのだ、知らない間にいなくなってしまうことが。

 故郷のルールエに広がる麦畑が脳裏に過る。たわわに実った金色の穂を揺らして風に波打つ。

 ルールエの人たちは明るく朗らかで、いつも陽気に私や兄に声をかけてくれた。

 知らなかったのだ、背後に存在した黒い噂を。暴力でしか対話できない、街を牛耳る悪を。

 私はもう繰り返したくなかった。誰かに悲しさ、つらさを押し付けることを。

 それが私があの時走り出した理由。私が、旅を続けたいと思った理由だった。

 そう思った瞬間、何かが心を穿つ。

 めくった次のページが白紙だったかのような違和感。出口のない迷路を繰り返す、色褪せた思い出が蘇った。

 強い日差し、草原、村で会った人々、水面に広がる波紋、飛び立つ虫、影を成す鳥、木漏れ日、分厚い雲。

 ―――あれ……なんだっけ………。

 街道沿い、不便な旅路、豆のスープ、丸めた毛布、踊る篝火、振る星空、寝息、風の音、果てなき夢。

 ―――何か……忘れている………。

 私は楽しくも険しいこの旅を続けたかった。

 その終わりを一緒に誰かと見届けたかった。

 ―――あれ………誰と………?

 私の思い出から、何かが抜け落ちているように感じた。

 視線を感付いて顔を上げる。考え込んだ私を心配そうに見つめる瞳があった。

 先ほどから気になっていたことが一つある。

 この広くない部屋の中で、見覚えのない顔がいた。

 目の前にいるこの男の子は、誰?

「クィーラ、どうしたんですか? ぼーっとして、本当に大丈夫なんですか?」

 何か、大事な、ことだった、ような、気がする。

 鼓動が早まり、気持ちが急くように心がそわそわした。

 覚えていなければいけないことだったのに。

 早く思い出さないと……思い出さなくては………。

 私はあしらうように言葉を返す。

「ええ、大丈夫です、問題ありませんから」

 少年と目がすれ違った。なんて美しいんだ。あどけない顔の中、吸い込まれそうなほど綺麗な瞳。

 そんな少年の表情になんとなく感情が動いた。彼は私の言葉に困惑している様子だった。

 もしかして、どこかで出会ったことがあったのだろうか。

 そっけない態度をとって無礼だったかもしれない。

「あの……どこかで……お会いましたか?」

 私は恥を忍んで男の子に尋ねた。

 本当はこんなことをしている場合じゃないのに。

 彼の顔よりも、忘れてしまった何かを、大事な思い出を、思い出さないといけない。

 だけど不思議な感じが頭のどこかで根を張っていた。

 彼の着ているローブは、どこかで見覚えがある。

 少年は動きを止めて言葉を失っていた。

 その動作に申し訳なさが込み上げてくる。

 彼の名前は何だったか。

 低く笑いながら少年はこう尋ね返す。

「……冗談……だよね……?」

 震えた声がわずかに上ずる。動揺した瞳、表情は強く引き攣っていた。

 私は戸惑いを見せつつ素直に返事をする。

「あ、あの……すみません、本当に覚えていなくて……」

 記憶のどこを探しても、彼の顔は出てこない。だけど、胸の隙間に冷たい風が吹いた気がした。

 心が重しを引きずるような不快感。ざわつく胸中、漂う緊迫感。

 ……なんだろうこの気持ちは。

 笑いを止めた男の子は表情をさらに硬くした。

 私と目線を合わせると、力なく呟く。

「……嘘だ、そんなの……嘘だ……」

 顔を歪ませた少年の相貌に何故か心が傷んだ。強く引き付けられる彼の顔。

 させたくない、こんな顔。

「クィーラ……僕だよ。ねぇ、わかるでしょ?」

 訴える少年の瞳から、涙が溢れ出た。

 ゆっくりと流れ落ちる光の粒が流線を描く。

 彼は、私を知っている。

 どうして泣いているの……?

「すみません……分かりません………」

 彼の様子が変だというのにみんな黙ったままだった。

 隣に座るドーラに事情を尋ねるため、私は咄嗟に振り向く。

「ドー……ラ……?」

 尋ねる私の声は、途中で掻き消えた。

 私は事情を聞き出す相手を完全に見失ってしまう。

 いつもは感情を見せず無表情に近かったドーラが、こぼれそうなほどの涙を瞳に溜めて、口元を抑えていた。

「お嬢様……本当に……」

 言葉を吐き出した後、俯く彼女の様子を見て思った。

 私が忘れてしまった大事なもの。

 学院長の一撃を受けた時、誰かと言葉を交わした。

 ……何を言ったのだろう。

 ルリとの戦いが終わった後に自室で久しぶりに話しをした。

 ……誰と話したのだろう。

 食堂でドーラと気まずい雰囲気のまま食事をした。

 ……なんで彼女は笑ったのだろう。

 ここまで一緒に旅をして、それで…………。

 ……どうして楽しかったのだろう。

 誰かがいた、誰かがいたはずだった。

 思い出せ、思い出せ…………。

 私に魔法を教えてくれた。スープを作ってくれた。

 馬車の隣に座って、取り留めのない話しをした。

 消えていく、覚えていなければいけないのに。

 私の知らない大切な思い出が、遠くに離れていく。

 思い出せない……思い出せないよ…………。

「私………私は…………」

 困惑した私の表情にみんなの視線が刺さる。

 なんでこんなに切ないのだろう。

 目の前で泣いている男の子を見ていると、心が掻き乱される。

 男の子は悲痛な叫びを上げた。

「クィーラ、あぁ、なんで……こんな…………。

 お願いだ、名前を、僕の名前を、呼んでよ……」

 わからない……名前なんて私……知らない…………。

 自然と彼に手が伸びる。

 どうしても私はそうしたくなった。

 そうしなければいけない気がして。

 泣きじゃくる男の子の頭を優しく抱きしめた。

 彼は私の服を力いっぱい握りしめる。

 何も分からない……思い出せない………。

 爛れた記憶の中にある光を追い求めた。

 近付けば近付くほどに焦がされ小さくなる。

 小さな彼の声。

「おねがい……クィーラ、おねがいだから………」

 腕の中で小さな体が震え、胸が詰まる。

 彼の悲鳴が私の中に浸透してくるようだった。

 優しく背中をさすりながら、私は必死に囁いた。

「ごめんなさい……ごめん、ごめんね………」

 言葉にならない声で、彼は叫んだ。

 それは私の中のずっとずっと奥にある、心の底まで響いていった。

 果てしない空虚な思い出を探して、私は彷徨い歩く。

 いつまでも、いつまでも、あてもなく探し続けた。


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