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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第45節 追憶の旅

 

 車輪が音を立てて街道を進んでいく。

 なだらかだった平原から起伏が随分と増えた。

 いくつかの小川を渡ったところで、馬の体力を懸念し足を止め、休息をとる。

 岩肌に上り、クィーラはうんと背伸びをした。

 しわの寄っていた布地が引っ張られる。

「ヤミレスまであと数日というところですかね」

 僕は泡のついた馬の頬を撫でて労う。短い毛並みはしっとりと汗をかいていた。

 ドーラは軽い食事の準備をしながら返事をする。

「食料の方が若干心許ないので、途中でどこかの町に寄った方がいいですね」

「先日、街道沿いに村があるとお聞きしました。そちらに立ち寄らせていただきましょう!」

 クィーラは降り注ぐ日差しを手で隠しながら告げた。

 生い茂った木々の隙間から小動物たちが覗く。

 小川に流れる水の音を感じながら、辺りに生える草や花の植生を調べる。水辺は生き物が集まりやすい。故に魔物の痕跡を調べる必要があった。下流域に比べると大きな岩が目立つ。川の流れに流されないようにしがみつく底生生物たち。

 どこに潜んでいるか分からない脅威に、いくら警戒してもし足りないくらいだ。

 ある程度周囲の様子を見た後、三人は馬車の隣に腰を落ち着かせた。

「クィーラ、体の痛みはどうですか?」

「ようやく慣れてきましたが、快眠とまではいきません。ドーラはいかがですか?」

「私もお嬢様と同様です。差し支えなければ屋根がある所で眠りたいです」

 それはみんなそうだろう。

 彼女の皮肉に乗っかり僕は提案をしてみた。

「では今後、村に立ち寄った際は使える納屋や民家があるか尋ねてみましょうか」

 クィーラはため息混じりに言葉を返す。

「もう、それはやめましょうよ!」

「お嬢様、戯れです。魔道士様も人が悪いです」

 苦笑する僕と困り顔のクィーラ。

 ドーラは無表情だがどこか楽しげだ。

 旅における過酷な道中に遭遇するたび、僕らは同じことを言い合っていた。

 二人は僕の遠慮を聞き入れようとはしなかったのだ。

 魔王討伐のため、北を目指して旅をしていた僕は、魔王の復活が早まっていることをうっかり漏らしてしまった。

 まだ憶測の域を出ない中途半端な仮説だったが、急ぎの旅路をするため二人はあれこれ手を尽くした。

 危険でない範囲で近道をしたり、早めの野営や長く町に留まることを良しとしなかった。特に、野宿に慣れないクィーラにとっては、相当な苦労をかけていることだろう。僕としては馬車で移動できる分、既に予想を上回る速度で北上できているわけなのだが。

 そんな甲斐甲斐しい行軍は、残すところあと数日で終わってしまう。魔法学院に着けば僕らの旅は終わり。早々に発つつもりはないが、長居するつもりもない。

 手元に残った三粒の果物を弄ぶ。

「ところで、クィーラは学院で何を学びたいんですか?」

 突然の質問に、彼女は目の色を変える。

 息を吸い込んで少し考え込んだ。斜めに目線をずらしたままクィーラは答えた。

「私は風の魔法もそうですが………"魔法化学"も学びたいと思っています」

 自然の理を魔法を用いて究明する、"魔法化学"。自然科学や物理学と称する学者もいるが、いずれも僕らの住まう世界の原理を追い求める学問だ。

 だが魔法使いの間では、魔力自体の起源を探ったり、どう魔力を使うかに注力されがちであった。魔力の介さない不可思議な自然法則など、魔法の前ではあまりにも些末な事象だと見なされている。

「恐らく、学院でも盛んな分野ではないと思います。ですが、私は風を操ります。それは自然の一部だと………」

 さすがクィーラと言わんばかりの探究心だ。嬉々として語る彼女の言葉に僕は頷いた。

 一方のドーラは軽口を叩く。

「そんなお堅い分野に拘らなくても、もっと俗っぽい魔法を研究してみてはどうですか」

「……俗っぽい、ですか?」

 きょとんとした顔のクィーラが尋ねると、ドーラは姿勢を崩さず口だけを動かして告げる。

「人や魔物を魅了したり操ったりする魔法ですよ。最近はそういう分野が人々の関心を引くようです」

 僕も何度か行商の話や本を読んで触れたことがある。流行の魔法。あまり明るいわけではなかったが。

「そうなんですね、知りませんでした……」

 不思議な顔をしているクィーラに、ドーラは少しだけ間を空けて告げる。

「………最近巷で流行っているらしいですね。確か、誘惑の魔法と呼ばれていましたか」

 言葉を終えるとドーラは少し口角を上げた。

 口元を抑えるクィーラが、はっと何かに気付く。二人の間にわずかな沈黙があった。

 僕は本で得た知識を再起させる。

「元々は魔物の魔法でしたか。たしかサキュバス……よく人間に転用できたものですよね」

 ドーラは続ける。

「はい、サキュバスやインキュバスですね。魔法式ではあまり研究されず、薬になっているとか」

 魔物の魔法は回路にしづらい。扱おうとするならば、素材を用いた薬効成分を服用するのが常套だろう。

「風の噂で聞きました。飲ませれば忽ちにして、その人を虜にしてしまう不思議な薬――」

「ドーラ」

 クィーラが小声で名前を呼ぶ。まるでいたずらっ子を諌めるように。

「人呼んで"惚れ薬"……なんてものが、どこかの国にあるとか……」

 たしかにこれは俗っぽい魔法の話だ。しかし、若者が喜びそうな話題に反旗をひるがえすクィーラ。

「い、いい加減言わないで下さい! そんなもの聞いたことありません!」

 強く否定するクィーラを意に介さず、するするとすり抜けてドーラは僕に尋ねた。

「そんなものがあったとしたら、……魔道士様はどうしますか?」

 どんな人物でも心を奪うことができる魔法。本当にそんなもの存在するんだろうか。

 噂にはなっているが、実物はかなり希少だと推測される。

 いい加減な物と言われても差し支えないだろう。

 クィーラは目線だけ合わせて気を揉んでいた。

 ……僕の回答を待っているのか?

 話に水を差すのも無粋だと思ったので、少し恥ずかしいけど、咳払いして僕は答えた。

「もしそんな薬があったとしても、人には使いません」

 サキュバスの魔法は確かに強力らしい。生存戦略の一つとして発達した固有の魔法だ。

 体の自由を奪う魔法はいくらでもある。そして傀儡のように操ることもできなくはない。

 だが、心という複雑な回路を操るなんて、果たして人間にできるだろうか。

 ぽかんと口をあけた二人に対して、おずおずと僕は持論を述べる。

「感じたり思ったりすることを楽しむのが心です。……心は、自由であるべきだと思うからです」

 なんとなく自分の足元を見つめながら反応を待つ。期待されているような答えだっただろうか。

 ふふっ、とクィーラが顔を綻ばせた。

 顔を上げて、きまり悪そうに僕は告げる。

「な、何か変でしたか?」

「……失礼しました、変ではありませんよ。ただ、お父様もよく同じ言葉を繰り返していましたので」

 風で草木が揺れた。木の葉が空に舞う。

 流れる髪の毛を抑えながらクィーラは続けた。

「他者の自由を根底から覆す者は、自らの自由を保証する道理はない、と」

「暴力や魔法は便利な道具だが、人や自分の心に訴えかけるには不向きだ、でしたね」

 ドーラが付け加える。

 二人が微笑するに、本当によく言い聞かせられてきたのだろう。

 自由を重んじる子爵らしい教えだ。あの人は、己の自由に殊更厳しい。

 心の奥底で後ろめたさが足を引っ張る。

「魔法に頼ってばかりの僕はてんでダメですね。この力を取ったら、僕は何事も為せません」

 目線を下げ手のひらを見つめながら呟いた。力がなければ旅をしていたかすらも怪しい。

 僕の存在は、この魔法ありきなんだ。

「……そんなことありません!」

 クィーラは胸に迫ったような声を上げる。

 突然の声に驚いていると、彼女は自重気味に告げた。

「……私は魔法が人のすべてではないと思っています。ですが、魔法も含めその人の個性だと信じています」

 一息吸うと、彼女は続ける。

「魔法があったからこそ、ここにいる。……それを、否定しないでください……」

 クィーラがにこりと微笑んだ。風に乗った髪の毛がきらきらと光る。

 力に溺れる者もいれば、正しく使う者もいる。彼女は僕を後者だと信じてくれていた。

「その魔法で私の心は動いたのですから、ダメなんて言わずに、もっと誇ってください!」

 言いきられると、つられて僕も笑顔になった。

 光を当てるはずの人に照らされてしまう。

 両手で指を組んでクルクルと親指を回しながら、僕は堪らず返事をこぼした。

「そ、そう言って頂けると、その、嬉しいです。この魔法だけが、僕の自慢でしたから……」

 ひねくれた言葉に我ながら情けなく思ったが、クィーラは恥ずかしげもなく堂々と言い放つ。

「私も自慢ですよ。貴方と同じ旅路につけて」

 爽やかな彼女の笑顔が眩しかった。

 そっか、自慢、なのか。

 言葉通り照れてしまった僕は両膝を抱えて顔をうめる。

 クィーラはこんな光の魔法もつかえるのか。

 力を持つことで、得られる幸せもある。魔法も含めて、僕なんだ。

 ドーラは干した果物の残りを全て口に放り込む。手を叩いて汚れを払うと立ち上がった。

「さて、それでは我らが魔道士様をお導きしましょう」

 芝居がかったようにドーラが告げる。

 それに倣ってクィーラも手を組んで祈りを捧げた。

「神よ、天より授かりし我らの命運に慈悲深き加護をお与えください」

 わざと仰々しい言葉を使う二人に僕はうんざりする。

「やめてくださいよ………」

 頭の後ろを掻きながら立ち上がると、楽しそうに荷物を積んでいく二人の姿が目に入った。

 僕は手に残った小さな果物を見つめ、手のひらで優しく包み込んだ。

 小川の奥、街道を抜けた先。巨大な都市を想像する。

 目を閉じても消えない大切な二人との思い出。

 この力がなければ、どんなに……。

 流水の音の中、小さな想いを忍ばせる。

 顔を振って雑念を飛ばす。

 前を向き、僕は二人の元へ駆け寄った。


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