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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第41節 自律型魔力制御魔法

 

 闇の閃光が瞬いたその時だった。

 薄目を開ける僕の周りに、再び暗闇が広がる。

 モーガンスが振り下ろした杖は静寂を保ったままだ。彼は魔法の出ない杖を固く握りしめる。

 驚いているのは僕だけではなかった。

 闇魔法の手応えを失った老魔術師は空を仰ぎ見る。

「まさか……」

 僕を殺すための呪文は唱えられなかった。否、スキルの制約を満たせなくなったんだ。

 目の前にふわりと着地した軽やかな足取り。そよぐ空気がひんやりと頬を撫でる。

 僕とモーガンスの間に割って入ったのは、冷気を身に纏い悠々としたルリだった。

「おぬし、力を隠しておったのじゃな……」

 苦々しくモーガンスが言い放つ。

 その言葉にルリは無表情で返す。

「あんなもので時間が稼げると思っていたのか?」

 いつの間にか氷に囲われていた僕は、何の痛みも感じなくなっていた。

 ルリの魔法でみるみる傷が癒えていく。深い裂傷、臓器の損傷、お腹の穴も塞がっていた。

 神聖魔法に匹敵する回復力の高さ。失われた血さえ、一瞬で元通りだ。

 僕は拳を握り直し腕の調子を確かめる。

 なんだか以前より健康になった気がした。

 立ち上がり、ルリが戦っていた場所に目をやる。

 巨大な影が身動き一つせず立ち尽くしていた。落胤の頭は消失し、塵となって空へ流れていく。身体中はえぐり取られ原型を留めていない。氷漬けにされた全身を地面に縫いつけるような突き刺さった氷柱が、天高く伸びていた。

 光と闇の魔法は他の属性とは違って適正なくして攻撃魔法として扱うことは難しい。

 それは百戦錬磨のモーガンスとて同じことだ。どれだけ知識があろうと経験があろうと、特別な方法を用いず特殊属性を操ることはできない。

 しかし彼は光に対抗する手段として闇を行使してきた。モーガンスにしかできない特殊な方法で。

「氷の御言葉よ、それで戦えるかの? 落胤との戦いに、神聖魔法の使用……残された魔力はもう僅かじゃろう」

 モーガンスは最初に影の落胤を召喚した。召喚獣であれを好んで出す魔法使いはあまりいない。

 影の落胤は僕に対抗する相性的手段と、二対一の人数不利を覆す数的手段だと思っていた。

「生きた化石にはこれくらいで十分だ」

 ルリは顔色を変えずに言う。

「ルリ、あいつ、スキルをいくつも持っています……」

 僕はルリに告げる。

 恐らく、モーガンスの三つ目のスキルは召喚した精霊と同じ魔法が使える能力だろう。

 ルリと戦わせるなら相性のいい炎の精霊でもよかった。その方が圧倒的に時間が稼げるはずだからだ。

「若いのに無理ばかりしおって……」

 ルリのものとは違う、冷たい風が過る。

 心底嬉しそうに不気味に笑う老人に、僕とルリはぞっとする思いがした。

 彼女に与えられた回復魔法で内臓まで完治した僕は、魔力を練り上げ呪文を唱えようとする。だが体を蝕む闇に掻き乱され、光を集められない。回復魔法では闇魔法に対抗できないようだ。

 僕の体に縋る闇の解呪には時間をかなり要する。それまで僕は殆ど戦えない状態だ。

「十年ほど前じゃったか、星の巡りが変わったのは」

 モーガンスは告げる。

「儂はいつかこうして現れるおぬしら御言葉を、ただただ殺すことだけを考えてきたのじゃ」

 地面がひび割れ魔法陣が浮かび上がった。それは巨大な孤を描き、闘技場全体に渡る。

 嗤うモーガンスの足元から紫の光が立ち上った。

「救世の勇者じゃと? 笑わせるでないわ!」

 張った糸が振動するように、低い音が刺々しく反響し鼓膜を揺らす。

 叫び声に似た激しい音波が地面を動かした。

 立っているだけで脱力に襲われる。

「これは……吸収魔法?!」

 ルリは咄嗟に地面を砕き魔法陣の一部を破壊する。

 だが魔力の吸収は止まらない。

「無駄じゃよ。会場全体に長年かけて施しておる。全てを壊す頃には魔力は残っておらんじゃろう」

 会場内にいる全ての者は魔力を奪われ続ける。

 術者のモーガンスを除いて。

 影の落胤に手こずった理由が分かった。御言葉二人分の魔力を吸っていたからだ。

「ルリ、魔力を抑えて」

「あぁ、分かっている」

 莫大な魔力量を誇るルリには影響がないかもしれない。だがそれを無償で譲渡するのはあまりにも危険だ。

 この魔法陣は放出する魔力の量に応じて奪う量を変える。魔法を使わなければ魔力は奪われない。

 どこかでランプの炎が揺らめいた気がした。

 吹き曝す風のせいか、唸り声のような幻聴が聞こえる。

 モーガンスは杖を胸の前に寄せて祈る。

 墓前で故人を追悼するかのようにそっと。

「何人も死んだのじゃ。ぬしらのような力の有り様など知らぬ凡夫どものために……!!

 荒塵に帰せ……無の奔流(ヴェノム)!」

 蠢いた灰色の塊が敵意を剥き出しに二人へ向かった。勢いよく噴出した魔力の塊は、触れたものすべてを破壊する。

 ルリは氷柱を地面から突き立てその威力を削ぐ。だが、氷の結晶は勢いに押され無惨にも打ち砕かれていく。

「無属性の奔流魔法(ヴェノム)……!」

 呟くルリの瞳が険しくなる。分厚い氷壁を軽々しく破壊する様は圧巻だった。

「持たざる者と相見えるのは初めてじゃろう。無の感触はどうじゃ……」

 魔法の中には、属性を持たない魔法が存在した。攻撃を防ぐ防護魔法等がそれにあたる。

 適性がなくとも扱えるのが利点で、魔術師が初めに習得する魔法だった。

 全ての人間になんらかの適性がある一方で、稀に適性を持たずに生まれるケースがある。

 モーガンスを首め、彼らは"持たざる者"と呼ばれ、魔法使いとしては蔑称、異端者と扱われていた。無属性は何物も与えられなかった、神に嫌われた存在である、と。

 他の属性魔法が操れず、使える魔術の幅も狭い。無属性のまま魔術師を志す者はいないとまで言われる。

 その力は未知数だった。

 圧倒的な魔力で固められたルリの氷を尽く削り、空間ごと押しつぶすように迫る。

 無属性は何者にもなれない代わりに、何者にも侵されない利点があった。

 防護魔法として使われる所以であり、物理的な強度も頗る高い。

 迫り来る無属性魔法に身の危険を感じ、ルリは僕を掴んで氷柱を足元から生じさせた。

 僕らはモーガンスと距離をとって魔法を避ける。彼がこんな魔法を使えるなんて予想外だ。

 モーガンスは無属性を突き詰めた結果、奔流魔法(ヴェノム)を扱えるまでになった。

 奔流は暴力の代名詞だ。かの有名な魔術師が編み出した力の魔法が元となる。

 魔力の塊をただぶつけるだけの単純な魔力回路。だがそれ故に暴発の危険性が多分にあった。

 奔流魔法(ヴェノム)の真髄は防御不可能な破壊力と、崇高なる技術の結集にある。

 ルリでさえヴェノムを扱えないことを考えると、魔術師としてモーガンスはやはり特別なのだ。

 行き場を失った無の奔流は虚空に消える。触れられた氷はひび割れを加速させて砕け散った。

 素早い動きでモーガンスは腕を右から左へ振り抜く。引っ掻くようなその仕草から放たれた無の魔法。

 奔流(ヴェノム)を飛ばし、距離を大きく詰めた。

 ルリは氷結魔法を唱え氷塊をとばす。

 その瞬間、地面の魔法陣が色味強く光りだす。ルリに対して魔力の吸収が始まってしまった。

 案の定、氷結を軽々しく粉砕した鋭いヴェノムが僕たちに向かってくる。

 大規模な氷を作り出しモーガンスの視界を塞ぐ。

 魔力を抑え、探知されないようにしてやり過ごすしか対抗策がなかった。

 散らばる結晶に隠れながら身を潜ませる。

 黒ずむ体を擦りながら、僕は告げた。

「ルリ……魔法を使えば使うほど、モーガンスは強力になってしまう……」

 結界内での戦闘は圧倒的に分が悪い。

 僕を庇い続けながら戦うのは愚策でしかなかった。

 光魔法を封じられた僕はあまりにも無力で、勝機を得るための方法は一つしかない。

 ルリが囁くように告げた。

「……だがそれだと君が――!」

 今のモーガンスに対抗できる唯一の術は、無防備な僕を置いてルリが全力を出すことだ。

「僕のことはいい、光以外の魔法ならまだ使える。今ルリが戦えなくなることの方が致命的だ」

 青い瞳が目に映る。心配そうな顔が重なった。

 僕は押し黙るルリに続けて言う。

「……ルリ、妖精の羽はもう使えるかい?」

 近くで結晶が破壊される音が聞こえた。

 躊躇ってる場合ではない、急がなくては。

 はっと息を飲んだ美麗な少女はすぐに答えた。

「なんで、どうしてそれを……、いや、うん。使える、使えるとも……!」

 僕が頷くと、ルリは魔法を唱える。

 彼女を中心に魔力が広がった。

「そこか!」

 場所を特定し、ヴェノムを乱れ打ちするモーガンス。軽々とした動きは年齢に見合わない不気味さがあった。

 叩きつけられる破壊的な魔法を間一髪で避ける。地面と氷が抉られ、粘土のように形を変えた。

 僕は魔力を極力抑え、気取られないように息を潜めた。

 頼むから、早く消えてくれ。闇の魔力を握りしめる。

 すると、淡い光が目の端を通り過ぎた。瑞々しい魔力の輝きが闇夜を満たしていく。

 呆気にとられたモーガンスは手をかざし光を遮る。彼女の放つ光が老人の顔を青白く反射した。

 すかさず杖を振り上げ、ヴェノムで撃墜を図る。

 無色の魔法が塊となりルリに向かう。だがルリはそれに目もくれず、緩慢な動きで躱した。

 長い四肢をうずくまらせて浮かび上がるルリ。背中からうっすらと細い筋が二本伸びる。

「なんじゃ……これは……」

 彼女の背中から伸びた筋は、薄い羽のように見えた。氷の結晶に似た模様の羽。

 霊峰のどこかに住むと言われる妖精。それを思わせる優雅で幻想的な姿形。

 羽ばたく先から氷の粒がきらきらと零れ落ちる。

 膝を抱えていたルリがゆっくりとモーガンスへ向く。

「ほんとね、これなら奪われない。よく見ている」

「召喚魔法、ではないのう。……自律しておるというのか、魔法が……」

 木の杖を握りしめるモーガンスは驚きながら言葉を発する。

 吸収の対象になっていたのは魔法を使った術者のみ。結晶の羽は結界のルールをすり抜けていた。

 地面に刻印された魔法陣の光が弱まる。吸収できる魔力がなくなった証拠だ。

「貴様の時代にはなかった魔法だモーガンス! 冥土の土産に持っていけ!!」

 ルリは声を上げてモーガンスを睨みつけた。

 怒りの矛先を邪悪な老人にぶつける。

 空中に幾つもの魔法陣が円を描くように広がる。光が瞬き、青白い光線がモーガンスへ放たれた。一つ一つの発射間隔は短い。雨のように矢継ぎ早に魔法が打ち出されていく。

 モーガンスの広げた防護魔法に着弾すると、飛沫を撒き散らしながら辺りに散乱する。

 弾かれた光線が地面にぶつかり、深く地面を抉った。割れた大地を冷たく凍らせていく。

 自律型魔力制御魔法、妖精の羽(ペイルウィング)と名付けた。

 無機質だな、とルリは率直な感想を持つ。

 特定の魔法は範囲内に想定される刺激を与えれば、その効果を発揮することができる。

 例えば、魔力を流し込むことで隠し部屋の通路が開けたように、特定の機能を魔法に設定することが可能なのだ。

 刺激を魔物や動物等、より具体的に設定することで、魔術師の目的に沿った効果を強く期待することができる。設定を細かくすればするだけ魔力制御が難しくなり、消費する魔力も増大していく。

 無属性の魔法をモーガンスが勢いよく飛ばす。

 氷結の雨を散らしながらルリは漫然と余裕を見せた。

 ルリの背中の羽が魔法を察知すると、空中にある体を回転させて攻撃を避ける。

 彼女の作り出した妖精の羽(ペイルウィング)は精巧だった。

 敵対する攻撃とその術者に対し反撃する機能を併せ持つ。

 刺激に対する反応が非常に迅速で、如何に感知するか、如何に回避するか、如何に反撃するかを高速で処理する。自律した判断に迷いがない分、本人より速く動く。正確に戦況を読み取り、分析し適宜調整を行う。

 闇夜に揺らめく水色の羽が氷の結晶をはためかせる。無機質なその薄羽から、無慈悲な魔法が繰り出された。

 再び闘技場は凍土に塗り替えられる。


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