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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第40節 戦慄の爪痕

 

 閉ざされた暗幕を1枚ずつ破り捨てる。見た目や質感はただの布に近い。

 この暗幕は魔法ではなくスキルだ。学院長の持つ魔力を介さない独自の能力。

 あらゆる魔術を遮断する薄い幕。魔法使いを閉じ込めるにはうってつけの檻というわけだ。

 スキルについて詳しいことは分かっていない。幾千幾億の種類があると言われている。

 クィーラの持つ触媒魔法の詠唱時間を短縮する反詞(アンスペルド)

 ガノアの持つあらゆる衝撃を跳ね返す反射(リフレクト)

 権力を恣にしている古い貴族たちの間では、血筋によるスキルの継承が信じられていた。

 受け継がれてきた力を持つ者こそ支配層であり、スキルの有無で階級を定める暗黙の了解があると聞く。

 社交界に興味のないクルフ子爵が一目置かれているのは、そんな事情があるからに他ならない。

 だが実際、先天的に授けられる能力よりも後天的なスキルの芽生えに立ち会うことの方が多い。

 一つのことに打ち込んだ努力の成果か、はたまた病的なまでの執着心の賜物か。

 いずれにしてもスキルを得るためには、肉体的にも精神的にも多大な負荷をかけなければならない。

 モーガンスは北地遠征隊の数少ない生き残りで、北の大地に蔓延る魔物たちとの戦いに明け暮れていた。生きて帰ることを望まれない、一つでも多くの魔物と相打ちするための死地。

 目的は北方からの魔物の侵入を防ぐことと、政治的敗者を追放する意も含んでいた。彼らに心休まる時はない。永久に続く戦いの果て。次は誰が死んで、誰が送られてくるのか。

 そんな経験を推し量ることなど、誰にもできない。北地遠征で名をあげるなんて以ての外だった。

 しかしモーガンスは帰ってきた。長きに渡る過酷な戦場から。

 犯罪組織を率いていたヴァストゥールとは違う。軍人としての戦略性と死をも超越した戦の勘。

 僕は突破口を探りながら脇腹を抑えた。初撃をもらった箇所は闇属性に蝕まれ黒く濁る。

 落胤の腕が触れた部分は闇属性が付与され、動きが鈍くなり力を失うばかりではなかった。

 闇の力と反発し光魔法がうまくまとまらない。次の一撃をくらえば僕は魔法が使えなくなる。

 モーガンスはこれを想定していたのか。

 魔力探知と視界を塞がれた暗闇の中で思う。

 わずかに見える夜空は雲で陰り、星も見えない。

 僕に付き従う小さな光だけが頼りだった。

 痛みの残る患部を強く掴む。血が滲むように鈍い痛みが広がった。

 しっかりしろ。立ち止まってる場合じゃない。今考えなきゃいけないのはここから脱する方法だ。

 スキルは魔力を使わない一方で、多大なデメリットを抱えている。

 それは多様なスキルそれぞれに付随している、力を使う際の条件、ルールのようなものだ。

 一見、この暗幕には隙がないように思える。

 地面にも空中にも広がった、魔法を跳ね除ける能力。捕まった者はどこにも動けず無限に彷徨う。

 しかしそれには相応の制約が伴うはずだ。

 僕は震える歯を食いしばって魔力を操作する。反発し拡散する魔力を押さえつけた。

 そのルールを破ればスキルは解除される。

 僕はひとつの解を見出し実行に移した。

 じんわりと広がる脇腹の痛みに耐え、暗闇の中、魔力を制御するために集中する。

 包んだ光が煌めいた瞬間、僕の姿は消えさった。

 ヤミレスに来て何度か使った、体を不可視にする魔法。

 光の透過は滞りなく行われ、暗闇さえも取り入れて僕は周りの様子を伺った。

 すると辺りを覆っていた暗幕が空から切り離されたように、だらりと地面に落ちていく。

 無限だと思われた薄い布地は、数えれば十を超えるほどしかなかった。

 邪魔なスキルは取り払われ、驚愕を浮かべたモーガンスが暗幕の後ろで立ち尽くしている。

 見つけた。やはりまだ近くにいたんだ。

 暗幕の発動条件は目視なのだろう。強力なスキルであればあるほどその制約も強い。

 対象の近くにいなければならない、もしくは自分自身が動けない等の行動制限が課せられるものもあるそうだ。

 拘束を強要するスキルには相応の対価が必要になる。だからモーガンスは、僕を近くで見ていなければならなかった。

 魔力探知の効かない暗幕の隙間に潜み、僕が消耗するのを待っていたのだ。

 二対二という状況下の中、落胤とモーガンスが合流するかもしれないという焦燥感を煽って。

「小癪な真似をしおって………!」

 叫びとともにモーガンスを中心に衝撃波が広がった。風圧が突風となり僕の肌を掠め吹きすさぶ。

 視認はされないが、魔力は探知される。ぎろりとモーガンスの眼差しが僕を捉えた。

 姿を現した僕は、モーガンスと同時に魔法を放つ。

 炸裂した光の粒がモーガンスに襲いかかり、直線で伸びる闇の波導を僕は紙一重で躱した。

 魔術の詠唱が、わずかに僕の方が早い。

 モーガンスの防御を打ち砕き、数発が老体を貫いた。

 浅い。

 モーガンスは闇属性の魔法使いではない。

 従って光魔法を受けても闇魔法の使用は続けられた。

 血飛沫を上げながらもモーガンスは杖を掲げる。立ち込めた霧の中から闇の閃光が吹き出した。

 僕は魔法陣を展開し攻撃魔法を受け止める。

 高い音をたてながら、弾かれた闇の残滓が飛び交う。

「甘いッ!」

 モーガンスの咆哮と同時に、防護魔法が崩れさった。

 何が起きたのか、僕は咄嗟に視線をモーガンスに向ける。

 押し切るような闇の猛撃が襲いかかった。空気を裂き地面を穿つと、爆破音を響かせながら怒涛の勢いで闇の魔法が打ち込まれる。

 防護魔法が展開できない。これもモーガンスのスキルなのか。

 地面を蹴り空中へ跳び上がるが、追撃は止まない。

 モーガンスの前、螺旋状に形作られた暗黒の槍が持ち上がった。

 古い杖を正面に据えると、波動とともに打ち出される。

 吸い込まれるように大気が引き寄せられ、槍に触れるとそのまま闇の中に沈んでいくようだった。

 近くのものを引き寄せているみたいだ。

 どうしても僕に闇魔法を浴びせたいらしい。狙いは明け透けだが、それを持って余りある手数の多さ。魔法の精密さ。

 僕は飛翔する闇の槍を一瞥すると、空中で防護魔法を詠唱し踏み台にして蹴り上げる。

 今度は正常に魔法が作動した。これも条件があるみたいだ。

 僕は防護魔法を足場にしながら兎が跳ねるように空を飛ぶ。

 空気を歪ませて迫った槍を間一髪で躱した。

「ちょこまかと………!」

 苦虫を潰したような顔をするモーガンス。

 さらなる魔法を唱えるため、杖を振るった。

 僕は痛みも忘れて体全体に強化魔法を唱えると、モーガンスを視界に入れ光の魔法を溜め込んだ。

 次々と空に浮かぶ魔法陣を足がかりに、空中を駆ける。

 展開されると同時に踏み砕かれた魔法陣が瞬いた。

 高速移動する光の軌跡が暗い夜空を照らし、モーガンスの頭上で縦横無尽に駆け巡る。

 見上げるモーガンスの背後から急接近した僕は、強化された拳を握りしめ、彼の顔面を捉えた。

 光は欺瞞だ。魔力をのせて探知さえ撹乱させた。薄気味悪いスキルの数々をここでねじ伏せる。

 防護魔法は絶対に間に合わない。強烈な一撃が、モーガンスを叩きのめす。

 ……はずだった。

 だがそれは、見えない何かに阻まれてしまう。

 バチバチッと火花が散り、僕の拳が止まる。ここは三種の魔法が施された闘技場だ。

 この結界は……まずいッ……!!

 薄く笑ったモーガンスの右手に蓄えられた闇の爪。

 その一撃で、僕の体はくの字に折れ曲がり、吹き飛んだ。

「ぐあぁっ!!」

 闇属性を食らった体は魔法による強化が解ける。

 無防備な幼い体は勢いよく地面を転がった。

「……本当に勝てると思っておるのか、この儂に」

 黒い霧を集め地面を割るような音が轟く。

 モーガンスは杖を揺り動かしながら告げた。

「非力なおぬしでは、何事も成せんよ。御言葉の伝説は、ここで終わりじゃ」

 額から暖かい血が流れ出る。

 強くぶつけたのか、頭がぐらぐらする。

 爪に貫かれ、胃まで穴が空いたかもしれない。抑えきることができず、僕は大量の血を吐き出した。

 あぁ、どうしよう、出血が酷い………。

 傷口を抑えようにも脱臼か骨折か、腕が動かなかった。痙攣する足は震えて、体に力が入らない。うるさいくらいに動悸が速まった。

 そうか、これが恐怖。孤独な痛み。死。

 怯える自我の傍ら、冷静に見つめる自分がいる。幾度となく見た、生命の終わり。冷たくなった死体。風になびく毛並み。体液の流れ出るくぐもった瞳。

 路傍の石と成り果てた自分の姿を、なんとなく想像する自分がいた。

 込み上げてくる胃液を嚥下する力もない。

 途方もなく気分が悪かった。

 果たせない夢、縋り付く希望。歩み始めた僕は、間違いだったのだろうか。

 冷たい頬に地鳴りを感じた。

 視線の先に紫の光が見える。

 聖樹から切り出した無骨な杖が僕に向けられた。

 聡明な目で老魔術師が見つめる。若き魔法使いにその牙を向けるため。

「あの世で先祖に詫びるがよい。己の非力さ、脆弱さ、分不相応の力を……」

 眩しいほどの闇が視界を埋めつくした。鉄臭い空気が掻き消え、視界が揺れる。

 僕は後悔や懺悔よりも、心の底から伝えたい言葉があった。

 クィーラ、ごめん。

 願いが叶うなら、君ともう一度旅がしたかった。

 薄い色素の綺麗な髪を耳にかけて、はにかむ君の笑顔がもう一度見たかった。

 力強い眼差しと、内に秘めた清廉潔白な魂。

『私も自慢ですよ。貴方と同じ旅路につけて』

 いつか言われた彼女からの言葉を思い出す。

 胸の奥が少しだけ安らいだ。

 もう少し、もう少しだけ………。


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