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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第38節 暗雲が求めしもの

 

 その日は暗く沈み込んだような夜だった。

 分厚い雲が空を覆い、輝きが失われた闇の景色。あたりに充満した陰気な情調が燻り、生ぬるく滞留する。

「マーシャさんの睨んだ通りでしたね」

 僕は隣を歩く黒い外套の女性に声をかけた。

「これで駄目なら彼女に頑張ってもらった甲斐がない。それは君も不本意だろう?」

 青い瞳がこちらを見ずに答える。

「あの量の魔力でよくあれだけ戦えたものだ。まるで誰かに認めてもらいたいように、必死だった」

 ルリが窘めるように投げかけた言葉に、僕はきゅっと心が締めつけられる思いがした。

 言いたいことは分かっている。だけど彼女に対する複雑な想いは簡単じゃない。

 頭で理解はしていたけど、白痴の心がひしひしとざわついていた。

「強いひとです。僕なんかよりずっと……」

 呟いた言葉がルリに聞こえたか分からないが彼女は冷たい態度で尋ねた。

「覚悟はいいか?」

 ガラスを指で弾いたように凛とした言葉。

 当然答えは決まっていた。

「……生まれた時からできてますよ」

 顔だけ振り返ったルリは、薄く笑う。

 闇夜の闘技場は昼間のそれとはまるで違った。開け放たれた広間にずっしりと重い空気がのしかかる。大歓声が巻き起こった観客席には今、誰もいない。静かな荒廃がにじり寄ってきているかのようだった。

 漆黒の先、ステージの中央に一人の老人が立つ。もの寂しさを感じさせる枯れて老いた男。

 二人の登場に老人は眼光の鋭さを強めた。

「浅はかな……儂を誘き出せたと思うておるのか?」

 声の主は昼間も同じ場所に立っていた老人。

 学院の最高責任者、学院長。

「クィーラを呼び出していたようだが……残念だな、目論見が崩れて」

 ルリの冷たい声色が夜に響く。

 学院長は鼻を鳴らして一蹴する。

「目論見ならもう当たっておるよ。あの娘を餌におぬしらをここに誘き出せたんじゃからな」

 意趣返しのつもりだろうか、学院長の口角が上がった。

 ギラついた青い瞳が闇の中の老人を見つめる。

「お前とつまらない水掛け論をしにきたんじゃない。そろそろ潮時だ、モーガンス……!」

 中央都市国家ロキが保有する大陸最強の部隊。五つの師団で構成された通称ペンタギアノ。

 経済圏の中にあってなお、争いの絶えないロキの内戦は同盟を崩しかねない憂慮すべき国難でもあった。

 ロキの歴史は古く、派閥争いに拍車をかけたのは、魔王の復活に伴う外交戦略における権力闘争だ。魔王征伐派と協定保持派に別れたロキの重鎮たちは、経済圏内の内輪揉めを激化させていた。

 当時北方遠征から戻ってきたモーガンスは、派閥争い解決に至る糸口のため、軍拡を命じられた。

 中央都市国家ロキを再び平定するには圧倒的な軍事力、そして抑止力が必要だったのだ。

 遠征隊の中から秀でた者や戦火により国を追われた者。様々な出自より集めた、選りすぐりたちをまとめあげた。

 そうしてできあがったのが大陸最強と名高いヤミレスを本拠地とするペンタギアノだった。

 モーガンスはその創設者の内の一人。

 彼の杖がどす黒い煙を帯びる。闇に包まれた姿はより濃く塗りつぶされていく。

「陰り寄り来て参られよ、灯火討ち伏せ帰られよ」

 湧き出る暗がりが呪詛に呼応し脈動する。魔法陣が地面に描かれ、羅列が発光を始めた。

「淵なる者、落つる日来たりて永久の生叶えん」

 ひび割れた雲の隙間から腕が伸びる。

 全てを呑み込む影の肢体が天より堕ちた。

「這い廻れ、堕々落々」

 暗い影が瞬いた。

 怒気を孕む双眸がこちらに向けられる。

 薄く伸びる無数の腕が、地を這いステージを埋め尽くした。

 "影の落胤"

 時の皇帝がまいた種は自らを殺した。秘匿されし陰の赤子に魅入られ、国を滅ぼしたのだ。

「幼き御言葉たちよ。歴史に名を連ねる前に逝くのじゃ」

 蠢く暗黒の腕が二人へ襲いかかった。

 躊躇なく振り下ろされた拳に、地面は割れ亀裂が走る。

 その衝撃を待たずして、次から次へと腕が迫り、ルリと僕は左右に避けて展開した。

 狙いをモーガンスに絞りたいところだが、影の落胤がゆく手を阻む。

 召喚された魔物は僕にとって厄介この上ない。

 まずはこちらをどうにかしなくては。

 ルリの魔法が拡散された暗い雲を凍結させた。勢い凄まじく、無数の腕を末端まで凍らせていく。

 氷の結晶が地面を滑り草原のように広がった。

 すると、稲光のように一斉にひび割れ砕け散る。

 氷塵が舞い漂う中、黒のマントが翻り、鋭い薄浅葱の結晶が落胤に放たれた。

 押し出された大量の氷が落胤の顔面を捉え、体を大きく仰け反らせる。

 さすがはルリだ。落胤だろうと難なくあしらってしまう。

 彼女の魔法の威力と精度に僕は目を張る。

 飛散した粒が荒く尖り、周囲にまき散らされていく。

 魔法を食らった落胤の体は氷に包まれた。

 腕や下半身を凍らされ、地面に繋ぎ止めるための氷杭に変わっていく。

 一連の動作の中で、ルリの魔法は蠢く影に殲滅を止めない。

 落胤は咆哮し、身体中から抗うように腕を伸ばし始めた。放出され続ける氷を受け止めるべく、前方へ盾のように並べる。

 氷の結晶を弾きながら体勢を立て直すべく、ルリに注力した。

 その隙を突き、僕は落胤の懐へ潜り込んだ。

 高い音が鳴り響き、暗闇だった空間に光が差す。

 曖昧だったその姿の全容が明らかになった。

 人間の数倍はあるだろうか、巨大な体を持つ落胤は、自らの影から数えきれないほどの腕を生やしていた。

 溜めた魔力を一点に集めると、僕は両の手のひらから放出する。

 光の軌跡を隔てるものは何もなかった。

 僕の放った光の矢は、巨躯に直撃し落胤の心臓を貫く。

 穿った先に穴が空くと、モーガンスの姿が見えた。

 全身を凍らされ、かつ穴の開いた体を支えきれずに、落胤は力なく両腕をだらりと降ろす。

 酷く緩慢な動きに、油断を誘われた。

「まだだ!!」

 叫んだルリの声が遠ざかる。

 死角から飛び込んだ一本の腕が、僕の体を突き飛ばした。

 体で地面を抉るように、掴んだ腕で引きずり回される。

 壁を砕く音が会場に響き、土煙が上がった。

「ぐっ……」

 落胤の腕を引きちぎり、転がった先で傷ついた患部の具合を確かめる。

 骨は折れていない……まだ戦える。

 飛ばされた場所から落胤の姿を見つけた。

 貫いたはずの心臓は夥しい量の影の手で覆われ、空いたはずの穴は塞がれつつある。

 急所を任意で操れるのか。

 再び動き始めた多量の腕を、ルリが氷で応戦する。

 僕はなんだか嫌な予感がしていた。

 はやく行かないと……!

 立ち上がり踏み出そうとする僕の目の前に、暗い雲を纏ったモーガンスが立ちはだかる。

 細い目元を薄く開く。数多の戦を見通した眼。殺戮を生業とした彼の風格が、再び呼び起こされていた。

「やはりルキアの子孫か。この時代に蘇るとは、長生きはするもんじゃな……」

 モーガンスの掲げる杖から闇の波動が炸裂する。

 咄嗟に手のひらを前に向けて光をぶつけた。

 二つの魔法が衝突しあって黒と白が混ざり合う。

 飲み込まれそうな闇の魔法に、光が負けじと弾き返した。

 威力は互角。僕は体全体に防護と強化を付与させながら、走り出して学院長との距離を縮める。

 モーガンスを中心とした地面が砕け、岩石が露わとなる。それらがふわりと浮遊し、僕目掛けて迫ってきた。

 地面と岩石がぶつかり合い、衝撃音がつんざく。質量の暴力凄まじく、瓦礫と破片が四散していった。

 投げ出された岩を跳び、躱しながら前へと進む。

 ぶつかれば地面との衝突でぺちゃんこになってしまう。

 激突する岩と岩の間をすり抜けながら拳に魔力を練った。

 モーガンスまで一息というところで、巨岩が現れる。

 握りしめた拳を振りかぶり、その巨岩を打ち砕いた。

 吹き飛ばす破片よりも速く突き抜け目標を捉える。

 僕は加速したまま一直線にモーガンスの元へ接近し、下半身を捻って強烈な蹴りを繰り出した。

 強固な防護魔法を無理やり破った一撃が丸腰のモーガンスを横に吹っ飛ばす。

 あたりに漂う土埃が風圧で押し出され、老体に空間を譲る。

 助骨をすべてへし折る勢いだったが、モーガンスは地面に両足をつけこちらを見据えていた。

「流石にまだ厳しいのぅ」

 体勢を立て直したモーガンスは腕を地面につく。

 追撃を試みた僕の突きを、黒いベールが持ち上がり防いだ。

 足元から暗幕のように飛び出したカーテンが視界を遮る。迷宮のように前後左右を覆い隠し僕を取り囲んだ。

 どこまでも高く屹立した幕は魔力さえも遮断する。探知が働かず、モーガンスの場所が分からなくなった。

 この魔法を解析し解除しようと幕に触れた。

 僕はそこでとあることに気が付く。

 これは、魔法じゃない。

 ルリと分断されてしまった焦りから、掴んだ幕を乱暴に引き裂いて奥歯を軋ませた。


 氷上を滑り、伸びた腕を躱しながら凍結しては砕く。

 微塵となった影は消滅し、次の腕に重なって見えなくなった。

 落胤はけたたましく叫ぶと、青い目の魔術師をすり潰すように攻撃をしかけてくる。

 ルリは落胤の執念深さを見誤っていた。光る目玉が素早く動き、ルリの姿を追う。

 圧倒的物量で制圧しても効果が薄い。術者の魔力に関係があるのだろうか。

 厄介なものを召喚してくれた。よりにもよって影の落胤だなんて。

 光と並ぶ特殊属性に分類される闇。扱う者は少なく、現代で相見えることはほとんどないだろう。明かりを灯す魔法が普及したように、属性に適性がなくとも光魔法を使う魔術師は多い。闇も同様に、気配を消したり影を操る力を持っている。だが純粋な力としての光と闇を扱うことは難しい。

 闇魔法に長けたものであっても、矢のように飛ばすことが限界だった。

 しかし、召喚魔法は別だ。召喚された精霊が闇属性の適性を持ち合わせていれば、精霊を頼りに戦うことができる。

 故に、召喚魔法にはそれなりの技術と経験、術者の生まれ持った素質が要求された。

 モーガンスはこうなることを読んでいたのか。

 ルリは氷漬けの手を踏み砕いて考える。

 光と闇は互いに反発し合う。少年は強烈な闇魔法をその体に受けてしまった。

 光魔法は付与されればどんな力も与えうる。反対に闇は力を根こそぎ奪い取る魔法だ。

 二つの力は相容れない。そう文献に記されている。

 彼と闇の相性は、この上なく最悪だった。


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