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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第37節 不通なる願い

 

 目を開けると心配そうに覗き込むドーラの顔があった。

 起き上がろうと体を動かした時、背中と両腕に激痛が走った。

「動かないで下さい、すぐに救護の者が来ますから」

 ドーラが優しく声をかける。

 試合終了の合図とともに、ドーラは主人の元に駆けつけた。

 熱を帯び、赤みの増した患部を冷やして痛みを和らげる。

「負けて、しまいました……」

 呆然としているようでどこか穏やかな姿のクィーラに、優しくドーラは告げた。

「大丈夫ですよ、素晴らしい戦いでした。……きっと魔道士様も感嘆されているでしょう」

 黙ったままクィーラは目を伏せる。

 負った傷の痛みよりも深い憂いがあった。

 かけた言葉の虚しさに、ドーラは溢れそうな感情を抑える。

 彼女の胸中を推し量ると、やるせない気持ちになった。

 救護係とともに学院長が近寄ってくる。

 おどけた態度の多い彼が久しく貫禄のある表情を作った。

「……見事じゃ、クィーラよ」

 古い杖をつきながら学院長は誇らしげに告げる。

 彼の望んだ最高の幕引きだったのかもしれない。

「マギ始まって以来の壮絶な戦いじゃった。気を落とすことはない、偉大な誉と思いなさい」

 優しく諭す学院長とクィーラの目が合う。

 だが頷くこともできずに彼女は場外へと運ばれていった。

 苛烈な戦いを見せてくれた勇気ある少女。観客たちは敗北を喫した一人の魔術師に拍手を送った。

 それは来賓に訪れた軍部の者でさえ納得する、圧巻で名誉ある戦いだった。

 勝利の栄光に輝いたのは前大会優勝者であり、金翼の鷲が家紋に掲げられた炎帝ファルケ。

 闘技大会二連覇という偉業に会場は湧いていた。

 すべからく炎帝の名は各国に轟くだろう。

 ……私は、私の役割を果たせただろうか。

 熱気にあてられたクィーラの意識は深く沈んでいった。




 ■■◇■■




 人間の治癒力を補強し、失った部位を再生するまでに至った魔法使いたちが扱う究極の魔法。医療や軍事目的に開発されたあらゆる魔法の中で、特に優れた才能や技術を有する専門性の高い英智の結集。

 それらは上級回復魔法、及び神官魔法と呼称されている。

 指の先から脳機能まで復元する、古代魔法の確認も記録されていた。

 扱える魔術師は多くない。高位の聖職者に限定され、彼らは教会に属し他の医療関係もそれに倣う。

 創設が大賢者ということも相まって、学院には医療施設としての設備が充実していた。

 クィーラは全身の裂傷と打撲、火傷や鼓膜損傷など、結界の中とはいえ酷い有様だった。

 なまじ強固な防護魔法と意地の強さが起因し、戦闘不能と識別されずに身体中に怪我を負ってしまった。

 魔力の回復が間に合わず連戦による無茶が祟ったせいもあり、彼女の治療は若干の遅れを取っていた。

 表面上の傷は完治したが、肘関節の靭帯損傷に加え、魔力消耗の激しさからくる頭痛や倦怠感が残った。

 医務局での治療を終えたクィーラはドーラに支えられながら宿舎への帰路につく。

 マギの閉会式は日没前に行われ、派手な演出で締めくくられたそうだ。

 医務局の中で何発もの空砲の音を聞いていたが、それもいつのことだったか既に曖昧になり思い出せない。

 雲に覆われた空からは星の粒一つ見当たらなかった。

 太陽はとっくに沈んで、肩にぬるい風があたる。

 暗い夜道には明かりが一つもない。

 ドーラが杖の先を光らせて道しるべにする。

 二人の覚束ない足音が息を潜ませたかのように、闇の虚空に飲み込まれていった。

 あれだけ騒がしかった学院は、人気がないだけでこんなにも不気味に様変わりしてしまうものなのか。

 クィーラたちが住まう宿舎の玄関口を抜け、光の届かない静かな廊下に差し掛かった。

「もう、大丈夫ですよ」

 手を貸していたドーラに向けて、クィーラは微笑んで告げる。

 心配そうにしていたドーラだったが、何も答えずに身を引いた。

 自身の足でしっかりと立ち、目線をドーラに向ける。

「迷惑をおかけしますね……」

 寂しげなクィーラの表情に耐えられずドーラは声を発した。

「お嬢様……私は……」

「いいんです。覚悟はできていますから……」

 昔から言い出すと聞かない性格だった。芯が強く明瞭な考えの持ち主。

 クィーラは自分の実力をこの戦いで見せつけたかった。

 役割で終わらないことを、庇護される側ではないことを。

 勝って認めてもらうことが最低基準なのだと、旅を続けるため自分に言い聞かせた。

 無垢なる魂の純粋なる願い。

 けれどそれは、結局のところ果たせなかった。

 背を向けて自室のドアノブへ手をかけるクィーラは、諦めにも似た卑屈な感情に支配されていく。

 彼女がどこか遠くに離れていってしまうような気がして、ドーラは思わず叫んだ。

「……それで、お嬢様はいいのですか!?」

 震えるドーラの声にクィーラは虚を突かれる。

 こんな彼女の声を聞くなんていつ以来だろう。

 できるだけ平静を保って声を返した。

「いいも、わるいも、ありません……ただ、私の実力を受け入れるだけです……」

「それがお嬢様の、本当に望んだことなんですか!」

 溜め込まれた想いと一緒に吐き出された強い口調。

 普段は表に出ないドーラの感情が私を睨みつける。

 ……そんなこと、わかってるよ。

「望む、望まない、ではないのです。これが私のしてきた行いに対する因果……」

 どうしようもない。

 私が望んでいることは途方もない夢物語だ。

 醜く足掻いてどうなるものでもないことは、みんな分かっているはずではないか。

 あくまで理性的に立ち回るクィーラを見かねてドーラはさらに語気を強めた。

「達観して賢そうに振る舞っていれば、自分が傷付かないわけじゃないんですよ!」

 食い下がる彼女の言葉にクィーラはたじろぐ。

 拳を握りしめてドーラは続ける。

「いつだってそう、物分かりがいい振りをして、偉そうに、なんだって、分かったように……」

 怒りにも似た言葉が胸を突く。

 それでも、自分を責める声は止まらなかった。

 私じゃ、だめなんだよ。こんな私じゃ、ついていくことはできない。

「そうやって見ないように、考えないようにして……」

 わかってる、わかってるよ……。

「いつも自分の気持ちを抑え込んでは……傷ついているのは、お嬢様の方じゃないですか!」

 芯を食った叫びに頑なだったクィーラの心は震えた。

 自分を守る大義名分。我儘なままの脆い欲望。

 お願い、お願いだから、私に、諦めさせて……。

 弱いままの私では彼とともに歩めない。

 その事実が本当に、辛い。

 強い目眩と頭痛にクィーラは頭を抱え扉に手をついた。

 稲妻のように走る激痛に唸りが漏れる。

「う……」

「お嬢様!」

 すかさずドーラが肩を抱く。

 魔力の乏しい身体はこんなにも脆いものなのか。

「すいません、私……」

 ドーラは狼狽して声を出す。

「……いいの、大丈夫。ドーラのせいじゃありません。貴方が言っていることは、いつも正しい……」

 頭をさすりながらクィーラは笑って応える。

 全ては、私が招いた結果。

 悪いことがあるとすれば、それは弱い克己心だ。

 クィーラは額を手で押さえながら、ドーラを見ないように静かな口調で告げた。

「……ですが、弱さを許せない自分がいるのも事実なのです。それを私は、否定したくありません」

 自分に係る心配事を他人に押し付けられるほど、私は傲りの強い性格ではない。

 そんなどうしようもない私を気にかけてくれる。

 彼女がここにいてくれて、本当に良かった。

 いつまでも顔の強ばっていたドーラを見て、クィーラは髪に触れながら告げる。

「まあ、少し、勇気を貰いましたから……直接、彼に尋ねてみるのもいいかもしれませんね」

 泣き出しそうなドーラは瞳を潤わせる。

 そんな彼女の顔が愛らしくて、クィーラは躊躇わずに彼女を抱きしめた。

「お嬢……」

「ありがとうございます。いつも心配してくれて」

 互いの肩の力が抜ける。

 柔らかなドーラの髪の毛が鼻の先にかかった。

 こうやって言い合いをしては、仲直りのハグをする。

 暖かい気持ちになる、こんなのいつ以来だろう。

 クィーラは思い出を頭の片隅で探りながら告げた。

「おかげで、しっかりと前に進めます」

「……なら、いいです……よ……」

 耳元でいつもの不器用な声が聞こえる。

 二人はいつの間にか普段の調子を取り戻した。

 我に返ったクィーラは静まり返った廊下の上で締め付けられるような頭の痛みを感じる。

「あたた……」

 ドーラが肩に触れながら心配そうに声を出す。

「お嬢様、やはり一緒にいた方が……」

「大袈裟ですよ、お医者様も数日眠れば治ると仰っていましたし……」

 クィーラの身を案じてドーラは譲ろうとしない。

 流石に痛みを引きずって再びの押し問答は御免だ。渋々承諾して自室の扉を開けた時、クィーラは微かな気配を感じ取った。

 部屋の中央、何かがいる。

 瞬時にドーラが杖を構えて部屋を明るくした。

 視界が広がると同時にその正体が暴かれる。

 否、正確には暴かれていない。明るみに出たというのに、黒い影のようなその()()は黒いままだ。

 二人の全身に悪寒が走った。

 得体の知れない影が人型の体を成して立っている。

「何者ですか!」

 ドーラが叫んだ。

 黒い人型は不安定に移ろいながらこちらの様子をじっと見ていた。

 実体があるのかガスのようなものなのか、いまいち掴みどころのない存在。生命体であるのかさえ怪しい。操られている召喚魔法の類いだろうか。

 不気味な現象に慄きながら頭を働かせ、弾かれたようにクィーラは思い出した。

『動く影』

 学院七不思議の一つ。今、間違いなくそれが目の前に現れている。

 混乱する二人の前に、ゆっくりと黒い人型は腕にあたる部分を突き出す。

 霧がかかったような腕から、こぼれ落ちるように紙の束が舞い散った。

 動く影は物を移動させる、あの噂は本当なのだ。

 だけど分からない、どうしてそんなことをするのか。

 床を滑って足元に来た紙には見覚えがあった。

 魔法による禁忌の実験計画書。

「なんで、これが!?」

 クィーラは驚嘆して声を出す。

 学院のどこからかパレッタが盗みだした禁忌文書。彼は二人にそれを見せ、懐にしまった。

 次は隠し部屋に突然現れ、マーシャに回収されてしまう。

 そして今夜、動く影が私たちの元へ再び運んできた。

 資料を吐き出した動く影は向きを変えてゆっくりと進む。薄暗がりに光る窓へ、そのまま激突する。

 しかしあろうことか窓をすり抜け、外へ飛び出した。

 二人は追いかけるように窓へ駆け寄る。

 急いで窓の取っ手を掴んで開けると、月明かりがない外は真っ暗だった。

 だが蠢く影ははっきりと見えている。

 じっと立ち止まって再びこちらの様子を伺っていた。

「ドーラ、行きましょう。私たちをどこかへ案内しているみたいです」

 部屋の戸へ向かおうとするクィーラをドーラは強く呼び止めた。

「待ってください、何かの罠かもしれません。いくらなんでも怪しすぎます。それに……」

 ドーラはクィーラの姿を見た。

 包帯を巻かれた両腕に、たどたどしい足元。頭痛や目眩を繰り返し、疲れとやつれが目立つ。

 なにより魔力がほとんど感じられない。戦う力なんて、残っているはずないのに。

 それでも彼女は行く。ドーラはそう思った。

 目の前に現れた真相に繋がる一縷の望み、逃す手はない。

 自分を顧みないのが欠点だ、と先生にも指摘されていた。

 だけどそれが長所でもあるのだ。

 もうこんなことは慣れた。言っても聞かないのだから、私が全力で守ればいい。

 言いかけた言葉を飲み込んだドーラは、頷いてクィーラの後に続き部屋を出た。

 誰もいなくなった暗い部屋の中に、忌むべき魔法の実験資料が散乱する。

 紫色に光った魔法の飛沫が、床の隙間から消え入るように点灯した。

 だが二人は動く影に気を取られて気付くことができなかった。

 この消し去られた魔法の痕跡に。


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