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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第36節 爆ぜる青

 

「勝算はあるんですか」

 ドーラは表情を固めたまま尋ねた。

「ええもちろん、あなたの主人はそれに気付いていますよ」

 得意げに話すのは隣に座るザルタス。

 観客席とは別に用意された、従者や関係者のみ立ち入れる特別な場所に二人はいた。

 ザルタスが遠い目をしながら語り始める。

「私がダンジョン内で探索をしている時でした。……不覚にも、罠に引っかかってしまったことがあるんです」

 照れくさそうにするザルタスをドーラはちらと見た。

 不覚じゃない時があるのだろうか。

 ドーラは首を振ってまた失礼な言葉を吐きそうになるのを堪えた。

 そんな気も知らず、ザルタスは続ける。

「魔法の結界の中に閉じ込められてしまいまして、しばらく出られなくなったんです」

 数あるトラップの中でも幽閉型と呼ばれる仕掛けは、人を強力な魔物と一緒に閉じ込めるたちの悪いものがあると聞く。

「魔物はいませんでしたが、結界の解除に手間取ってしまいましてね、半日以上が過ぎていたんです」

 ドーラは不思議に感じた。

 さっきの話とどう繋がるのだろう。

「するとどうでしょうか、体に異変が生じてきたのです」

 ザルタスは胸に手をあてて続ける。

「激しく体を動かしているわけでもないのに、急に息が上がってきましてね。呼吸が苦しいのです」

 緊迫した状況のはずなのにどこか間延びした声で、ザルタスは遠い過去を振り返りながら話す。

「吸っても吸っても満たされない、意識も次第にはっきりしなくなる」

 微笑しつつザルタスは告げる。

「これはいけないと思って結界の解除を諦めて、魔法で破壊しようと試みたのです」

 ドーラは手を顎に当てて想像してみる。

 結界内には目に見えない有毒ガスのようなものが満たされていたのだろうか。

 それを含めて罠なのだとしたらなんて手の込んだ仕掛けなんだろう、とドーラは思った。

 ザルタスは考え込むドーラを見ながら続きを話す。

「私は炎魔法で結界を砕こうとしたのですが、全く、そう全くと言っていいほど燃えなかったのです」

「……結界が、ですか?」

 ドーラの言葉にザルタスは首を振る。

「いいえ、私の魔法が、です」

 ドーラは首を傾げる。

 炎の魔法が燃えないなんてことがあるのだろうか。

 確かに特定の条件下では炎魔法が発動しないことがある。

 練度に見合わない高等な魔法を唱えた時、あるいは、水の中で魔法を放った時。

 魔力が干渉しあって、人や魔物の体の内側から直接爆破することもできない。

 燃えないのは個人の魔法や魔力に原因がある。

 しかしザルタスが言いたいことはそうじゃない。

「水中以外で燃えない魔法をみて、この息苦しさと何か関係があるんじゃないか、と私は思ったんです」

 水の中で火が付かないことは誰でも理解できる。

 ただそれがどういう理屈かはみんな知らない。

 でも人間は水中で呼吸できない。そこに息苦しさという一つの共通点が浮かび上がったのだ。

「空気の種類の中に、炎魔法を支えているものがある……」

 ドーラが何とはなしに呟いた言葉がザルタスを驚かせた。

「ドーラ君、いい着眼点をもっていますね」

 ぶっきらぼうに彼女は応える。

「……そうでしょうか」

 さすがクィーラ君の従者だ、と付け加え、ザルタスは頷きながら話を続けた。

「私たちが呼吸して取り入れる空気の中に、物を燃やすための空気も入っていたんです」

 ザルタスは闘技場内に相対している二人の弟子を見る。

 ドーラは思わず尋ねた。

「先生はそのことをお二人にお伝えしたのですか?」

 ぼさぼさの髪を揺らしてザルタスは否定した。

「まさか、そんな無粋な真似はしませんよ」

 あくまでフェアに闘技大会を楽しみたいのだろう。

 だからこそ呆れているようにも見える。

「本当に、どこでそんな知識を得たのか不思議です」

 再び遠い景色を見るように彼は呟く。

「あなたの主人は……既に魔法使いの頂きにいるのかもしれません……」

 それが真意か世辞か、ドーラには分からなかった。




 ■■◇■■




 クィーラに残された魔力は凡そ数発分のみであった。

 警戒を顕にした彼へ直撃させることは全く不可能に近い。

 不意をついたあの一撃こそが、最後の攻撃だったかもしれない。

 ジリ貧は避けたいところではあったが、速度で負けている以上迂闊に攻撃ができなかった。

 空気中に発火作用を手助けする気体があるのは知っていた。

 蓋をした容器の中で火が灯り続けなかったり、鉱山のトンネルや地下空間で換気を行わないと体調不良を起こすことが知られている。

 開会式の空中で煙を漂わせる魔法を見て閃いた。

 発火する気体を取り除けば炎は無力化できる、と。

 案の定、ファルケの火球は可燃性を失い威力を弱め、炎の鎧はその硬度を落とし棘の攻撃に対処できなかった。

 もっと正確に心臓でも狙っておけば、試合は終わっていたかも。だがそれも後の祭り。

 最大の機会を失って途方に暮れていたクィーラへ、ファルケは次の一手を繰り出した。

炎獄刑(シャイトハウフ)!」

 突如炎の鎧を解いたファルケは別の魔法を唱えた。

 紅蓮の閃光が瞬き、火花が散る。

 クィーラは直感で横へ走り出した。

 間一髪、爆風が肌を掠め、着弾した地面が抉られる。

 人の身長の何倍もの高さまで火柱があがり燃え滾った。

 一面は橙色に染まり、大規模な熱風が辺りに吹き荒れる。

 ファルケは炎帝の証(フラメ・カイゼル)を解除し、近距離戦を諦めた。

 最も堅実な戦術にクィーラは歯噛みをする。

 抉られた地面は焼け焦げ、黒い煤がこびりつく。クィーラのローブにも、白地に焼け跡が目立った。

 元々強力な魔法であった炎帝の証にはデメリットがある。それは強力すぎるが故に、自己制御が複雑な点だ。

 魔術師の扱う魔法は、精密であればあるほどにそれを維持するため、魔力制御に神経を注がなければならない。その結果として、複数の魔法を同時に扱うことが難しく、単一の魔法に頼ってしまう場合が多かった。

 ファルケの炎はその性格と相反し、精巧で緻密だ。

 少量の魔力で最大限の火力を発揮する優れた技術を持つ。

 だがそれ故に複数の魔法を唱えられず、魔法を付与した体術を用い速度と攻撃の手数を増やしている。

 それらの火を消すクィーラの魔法は、彼の戦術を悉く否定した。

 しかし、空間ごと"発火する大気"を取り除くクィーラの魔法は、繊細な魔力制御と多量の魔力を消費し、採算が合わなかった。

 荒々しい火柱が空中へ消えていく。

 クィーラはじっと炎の魔法使いを見つめる。

 ファルケは対人への戦闘経験が非常に豊富だ。こちらの攻撃範囲を測りながら、堅実な攻撃を重ねてくる。

 目測と経験と勘を頼りに、強力な魔法でじわじわと削り切るつもりだ。

 たとえ相手が弱っていたとしても、容赦はしないだろう。

 炎を回避した私の様子を見てファルケは悟る。

 常に火を無効化できるわけではないことに。

 薄く笑った彼は、魔法を放つ。紅蓮の輝きがクィーラを再び狙う。素早い火花が彼女の体の周りを駆け巡った。

 今度は範囲が広い。回避を諦めて防護壁を小さく固め、体を縮こめる。

 弾けた無慈悲な爆発が、クィーラの防護魔法をすべて打ち砕いた。

 衝撃で吹き飛ばされるクィーラに、執拗な火花が追う。

 革靴で地面を滑らせ、勢いのまま彼女は魔法を唱えた。

 一斉に飛び上がる風の弓矢。複数の魔法が、ファルケを取り囲み襲い掛かる。

 鋭い魔法が高速で突き抜けたが、ファルケは余裕の表情で魔法陣を展開した。

 適当にあしらうような鉄壁の防御で、風の矢はかき消されてしまう。

 炎を無効化できたとしても、防護魔法を貫通するわけではない。

 火花が発火し、爆発を食らったクィーラは横に飛ばされていく。

 熱で焼かれる皮膚が痛みを訴える。爆破の音で耳鳴りが増す。

 両足に力を込め立ち上がったクィーラは、右手に魔力を集める。

 決死の一撃、これにかけるしかない。

 身体中の痛みを堪え、彼女は前に走り出す。火花が目尻のそばを掠める。紅蓮が花開いた。その瞬間、彼女の背後が閃光に包まれ爆発する。

 風圧を追い風にし、彼女は加速した。

 真っ向勝負に挑む好敵手を嬉々として迎え入れ、構えを作りファルケは笑った。

「そうこねぇとなぁ!!」

 目を見開いたまま再び炎に身を包んだファルケは突進し、燃える拳をクィーラに振り上げる。

 炎の渦が立ち込め、逃げ場をなくしていく。もう後には退けない。初めからこんな戦いを、ファルケは望んでいたのかもしれない。

 クィーラは右手の不燃領域を刃の形に変える。空気の性質が変わらないよう、結界で閉じた。

 彼女は力一杯振り切って、ファルケの胴体ごと切り落とすように刃筋を通す。

 その延長線上、魔法と炎拳がぶつかりあった。

 刃と拳が鋭い音をたてて(しのぎ)を削る。

 魔力が炸裂し火花が飛び散った。弾けた魔力がまわりの地面や空気を切り裂く。

 炎の鎧は先の一撃を学習し、魔力による防護も備えていた。

 火は消えていたが、拳に付与された魔力が風の刃を防ぐ。

 これで彼は他の魔法を唱えられない。

 二つの業が全力でぶつかり合い熾烈を極める。

 衝突しあっているのは互いの純粋な魔力のみ。

 その鋭さと破壊力が、絶妙なバランスでせめぎ合った。

「うおおおおおおッ!!」

「はああああああっ!!」

 絶叫が交わり、鈍重な二撃目が衝突する。

 返す風の刃に灼熱の拳が再び重なった。

 囲む炎の円陣が二人の激突に揺らぐ。

 炎天下の暑さも忘れ、両者の絶え間ない猛攻は続いた。

 撒き散らされる魔力と陽炎に歪む空気。その間隔が徐々に長くなっていく。

 ……何となく分かっていた。

 クィーラは幾度も腕を振るい刃をかざす。

 合わせる形でファルケは拳でそれを受け止める。

 ……全力で挑んでも、勝てるイメージが湧かない。

 剣を習ったわけでもないクィーラの戦闘技術と、武術を実践するファルケの拳が同等なはずがなかった。

 腕や手のひらがじんじんと痛む。打ち合った数だけ筋繊維が千切られるようだった。

 衝撃の間隔は徐々に間延びし、いつしか音が鳴り止む。

 クィーラがついに膝をつく。

 炎に焼かれ、焦げた肌が痛々しさを衆目に晒し、だらりと腕を落ろして息を吐き出す。

 ……力の差は歴然だった。

 拡散した炎の渦を集めて巨大化した炎帝の証。紅蓮は右手の拳を眩しいほどに光らせる。

 吸い込む息さえ焼けるような熱を持ち、クィーラは虚ろな目を彷徨(さまよ)わせていた。

 頬につく煤さえ拭えない。力を失った両腕は呼吸に合わせて揺れるだけだった。

 炎の深淵からファルケが告げる。

「よく戦った。だけど、もういい……」

 クィーラは悪態を思う。

 勝手に期待しておいて、失望することもないだろうに。足元にも及ばない実力で騙し騙しここまでやってきた。どこかで見られているのだろうか、この醜態を。

 私は、期待されていたのだろうか。こんな戦いを見せられて、彼はどう思うかな。

 彼と同じ旅路を行くことはもう叶わない。突きつけられた現実に、虚しくなった。

 手元にはまだ不燃領域が残っている。だがファルケにはもうこの技は通じない。

 炎に注力していた彼は私の魔法を見て割合を変えた。

 魔法による防護を強めて炎をカバーしている。

 ()()()()()()()()()では意味がないのだ。

 ……ふと、クィーラは疑問を覚えた。

 燃えない領域が生み出した炎の無力化。

 炎は密閉された空間では次第に弱くなっていく。それはとある気体を消費するからだと仮定した。

 案の定、呼吸に必要な気体が薄い状態なら、ファルケの魔法が引火しなかったのは実証済みだ。

 朧気だった景色の霧がすっきりと払われるように、クィーラは残された最後の手札を見出した。

 ……軍配が上がったわけではない。

 勝機は、まだこの手に残っている。

 クィーラは不燃領域の性質を忽ち変換した。

 存在しない未来の旅路を夢見ながら。

 震える両腕を伸ばし、魔力を動かした。

 微かな変化にファルケが眉を動かす。

 諦めなければ、辿り着けないことはない。深淵のその先へ、クィーラは風を吹かせた。

 その日、この試合を見た誰もが心に刻んだだろう。彼女の決死の行動と、諦めない心を。

 両手から放った風圧がファルケの体に触れた瞬間、纏う橙色の炎に変化がもたらされる。

 ――それは一瞬の出来事だった。

 炎帝の証は魔力を媒介として炎を発生させ、その熱で防護と攻撃を両立する魔法だ。

 彼はその熱量にどうやって耐えているのか、高温でその身を包み込む自傷にも等しい魔法。

 爆発系の魔法は自爆を避けるため、術者本人が距離を計算して唱えなければならなかった。

 ファルケも同様に炎帝の証を使っている以上、熱から体を守る魔法が必要となるはずだ。

 その体を守る魔法を、炎帝の証に越えさせればいい。

 クィーラはさっきとは反対に()()()()()()を集積させた。

 それのみで風を再構築する。言うなれば、"超燃領域"。

 目には見えない押し出された超燃領域すべてが、燃え盛るファルケの炎と触れ合った。

 思わぬ燃料を得た炎は、隔絶された破壊を生む。

 閃光に飲まれたクィーラの体が、衝撃波で軽く吹き飛んだ。

 強烈な爆破音と青い炎が場内を焼き尽くす。

 観客は息を呑んだ。

 ファルケを中心とした爆心地から熱風が押し寄せ、真っ黒な煙を噴き上げた。

 爆発は一瞬で、空気が割れたように静まり返る。

 細かな瓦礫が背中に刺さり、強打した衝撃で息ができない。

 上も下も分からない混迷な状況。クィーラは必死に覚醒を保った。

 頭が痛い、耳鳴りが止まない、気分が悪い。

 白みがかった視界を瞬きだけで慣れさせる。

 激しい爆発に肌を焼かれ、全身に走る鋭い痛みに足掻いた。

 なんとか仰向けから腹這いになりファルケを探す。

 ステージの中央に目を向けた。

 えぐり取られた地面と焼け焦げた跡。

 煌々と青を揺らめかせながら立つ人影が見える。

 それは、曇りない眼でこちらを見つめていた。

 気が遠くなるような絶望の中、私は(ようや)く気付く。

 ……そうか、彼は認めていたのだ。私を、決して侮ることができない存在だと。

 破壊し尽くされたステージに立つのは一人の男。

 ファルケは自身に縋り付く青い炎を後目に、クィーラを哀れんで渋面を作る。

 瞬間的な火力はファルケの想像以上だった。

 相手が彼女でなければ耐えられなかっただろう。

 魔法による防護も温度への耐性も、クィーラに対してだけは何倍も護りを固めていた。

 どんな逆境であろうとも必ず牙を剥いてくる、ファルケは短い付き合いの中でそう確信していたから。

「……()()手を抜かねぇよ、絶対にな」

 ファルケはそう呟くと、青い炎帝の証を解いた。

 彼の身体はボロボロに焼け焦げ無傷ではない。

 クィーラの耳鳴りのわずかな隙間に、学院長の合図が重なって聞こえてきた。

 苛烈な決勝戦に、終わりを告げる。


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