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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第35節 燃える鎧

 

 空砲の破裂音が学院に轟いた。闘技場内に鼓笛隊が登場し演奏を始める。場内の喧噪を上回る音量で圧巻の上演を行う。迫力のある楽器使いと隊列で見るものを魅了した。

 打楽器を中心に編成されたこの楽団は、古代では戦時の伝達係として活躍したと言われている。魔法の台頭と共にその機能は形骸化し、今ではヤミレスの軍楽団として趣好な存在であった。

 革新的なヤミレスの体制とは裏腹に、文化的要素が残った珍しい例なのだが、批判的意見は案外少ない。

 実力だけではなく、軍隊の規律性を体現する楽団に一種のプロパガンダとしての期待が寄せられていた。

 学院長が軍部を率いてまで行う盛大な演奏会の目的は、今日が魔法闘技大会の最終日であるからということに他ならない。

 派手に彩られた空中を散布する魔法。色とりどりの煙が舞い散って人の形を作り出す。音楽に合わせて踊り出す煙人間の姿を見て、観客は楽しそうに手を叩いた。

 喝采が起こる会場の下、選手控え室では二人の少女が顔を付き合わせていた。

「お嬢様、準備はよろしいですか」

「ええ、万全です!」

「ハンカチは持ちましたか」

「え? えっと……ってそんなもの今はいりません!」

 クィーラに軽口を叩くドーラは、なんだか気楽そうだ。緊張感の欠けらもない。

 決勝戦を前に緊張した面持ちのクィーラとは対照的に、編み込みをしたドーラはいつにも増して破顔する。

 クィーラは昨夜の内に凍傷を癒してもらい、来たる最後の決勝戦へ準備に努めた。

 隠し部屋の中でマーシャに言われた言葉を思い出す。

『……死にたくなければマギの決勝まで進め。

 お前たちにはまだ、利用価値がある』

 クィーラは瞳を閉じて反芻する。

 大いなる計画の中で、ただ身を任せていればいい。

 そこにどんな真実があっても、私は彼を信じるだけだ。

 ドアがノックされ、扉越しに案内係から声がかけられる。

「クィーラ様、そろそろ……」

「……では、行ってきますね」

 クィーラはドーラに告げて戸を開ける。

 薄い金髪を翻すと、颯爽と部屋を後にした。

 静かになった簡素な部屋の中で、ドーラは主人の姿を見送ると重い息を吐き出す。

 虚勢を張ってはいたが心配なことに変わりはない。お嬢様は見栄を張ることを生き甲斐にしている。

 何も知らず役割だけを全うするなんてこと、彼女にとって本当は不本意なはずだ。

 知らず知らずの内に自分の所為で誰かが傷付いてしまう。そんなことに平気でいられる性分ではない。

 元々気丈に振る舞うことに抵抗はない人だった。それ故、彼女がどんな心境か推し測りづらい。

 魔道士様とどんな話をしたかは分からないが、今はただその成り行きを見守ることしかできなかった。

 人のためならどれだけ自分が損をしてもかまわない、本気でそう思っている人たちなのだ。

 あの二人は、よく似ている。

「お嬢様……必ず勝ってくださいね」

 高鳴る鼓動を胸に抑えつつ、ドーラは主人の健闘を祈った。


 高い日差しのもと、決勝戦の幕がついに開く。

 氷漬けだった地面は綺麗に元通りになっている。

 整備された足元の上、円環の中心に立つ。熱い空気を吸い込んで深呼吸をした。

 つま先の凍傷は治った。体調もそれほど悪くはない。だが魔力は昨日の今日で全快とまではいかなかった。

 一戦一戦に全力をぶつけなければならない一方で、勝ち進むためには魔力を温存することも必要だ。

 マテウスが途中で戦法を変えたのには、優勝を目指し魔力配分を考慮していたからだ。

「クィーラ、やるじゃねえか!」

 既に正面に立つ対戦相手が大声で呼びかける。

 オールバックの薄い茶髪、日焼けした肌。装飾品に身を包んだ派手な格好。

 前大会の覇者、学院において、最強の魔法使い。迸る魔力と圧倒的な存在感。

 万全の状態で挑んだとしても、渡り合えるか分からない。

 最後の相手は、兄弟子であるファルケだった。

「まさか女帝を下すとはな……!」

 ルリは一般の参加者であるにもかかわらず、試合でみせた圧倒的なまでの実力で頭角を現した。

 生徒たちの間でまことしやかに囁かれている伝説。最年少で白金位を授与された"女帝"と呼ばれる存在。実は彼女がそうではないかともっぱらの噂だった。

 ルリの強さは戦った自分自身がよく分かっている。女帝に勝利した私にはどんな二つ名が与えられるのか。

 意気揚々と語るファルケに言葉を返す。

「女帝の次が帝王なんて、カードゲームみたいですね」

「はっはっは! 言うようになったな!」

 快活なファルケは魔法使いに似合わないほどのがっしりとした体つきだ。

 大抵の魔法使いは後方支援や援護攻撃を得意とし身体機能の向上は二の次にしがちであった。だが中には魔法による身体強化を行い己の肉体で戦う"魔法戦士"と呼ばれる魔術師も存在する。

 学院長が叫んだ。

「準備はよいか皆の衆! これより、第二十二回魔法学院ウーロギア、魔法闘技大会決勝戦を行う!!」

 膜を強く張った楽器が勢いよく打ち込まれる。重低音が一定のリズムでゆっくりと波打った。

 次第に速度を増していき高速の連打音に変わる。心臓の脈動を急かすように、音が体に染み渡っていく。

「リベクストより暴風を操り来た、青嵐のクィーラ! マギ二連覇を狙う最強王者、炎帝のファルケ!」

 学院長が言い終わると、張り詰めた空気が我を忘れたかのように静止する。音のない闘技場で、嵐の前の静けさだけがその場に留まった。

 地鳴りのような声で学院長の声が轟く。

「――――試合開始じゃ!!」

 銅鑼が勢いよく鳴らされ、反響するように場内を席巻する。その音に掴まらないように、私は素早く動いた。

 後方へ跳び、魔力を操る。錫杖が音を鳴らす度に空気が震え動いた。

 辺り一面に風の刃を散らし、回転と滞空の魔法を付与する。

 魔力の少ない私に持久戦は不可能の近い。一撃に懸けて大技を出すのが妥当な選択だろう。

 しかし、相手はあのファルケだ。炎の使い手である彼の強力な魔法は皆よく分かっている。

 瞬間的な火力で勝てないことは、自明の理だった。

「いくぜ青嵐! 潰れるなよ!!」

 ファルケが構えをとる。

 彼の戦技は独特で、超近距離戦に特化していた。魔法を自身に付与して己の肉体で戦う。その戦い方は凡そ魔法使いとは似ても似つかない。

 なればこそ、武器の使用が禁止されたこの大会において、彼は最強の拳闘士でもあった。

 炎の爆発で一気に加速したファルケは、離れていた私との間合いを即座に縮めてくる。

 爆発と同時に炎の鎧を身につけ灼熱の拳を振りかざす。仕掛けていた風の回転刃は、物理的な力でねじきられる。

 後ろに回避しつつ刃を放ち応戦するが、ファルケは風の凶刃をいなし、崩し、弾き、躱す。

 巨体を素早く動かし器用に攻撃を掻い潜る。彼の体術は並の戦士の比ではないほど卓越していた。最小限の動きで風の弾丸や刃の魔法を避け、ファルケは猛烈な勢いで距離を詰める。

 武術と称される特異な動きをする近接戦闘術。ごく一部の地域でしかその技は継承されない。

 故に攻略しづらく防ぎがたい。そしてさらに、彼は魔法の才能にも秀でていた。

 ファルケが独自に編み出した付与魔法"炎帝の証(フラメ・カイゼル)"で自身を炎の中に閉じ込め、触れるもの一切を焼き尽くす。

 鉄の刃ごときでは簡単には崩されず打ち合う間に灼熱の鎧に溶かされ燃えてしまう。

 拳を振るうことで自身の攻撃に炎を上乗せし、爆発による強大な推進力と機動力を恣にする。

 正面からぶつかり合ってこれらを防ぐ術はない。聞きしに勝る無敗の魔法戦士。ファルケの実力は本物だ。

 私は直線的な動きを先読みし棘の魔法を放った。空気の抵抗を受けず素早く目標へ到達する。

「無駄だ!」

 吼えるファルケは炎を増し風の棘を弾き飛ばした。

 鋭さが自慢だった魔法は高火力の炎に飲み込まれる。

 橙の鎧に身を包んだファルケが眼前まで迫る。

 体を捻じり高温を保ったままその拳を握りしめた。

 抵抗虚しく、相手の間合いまで近付かれてしまった私は、付近に仕掛けた最後の罠を発動させた。

 私を中心に球状の膜が現れて空気を振動させる。刃に囲まれた球体の結界は地面や炎を細かく削り取った。

 全方位を囲うカウンター魔法。

 鋸のように触れたものを尽く引きちぎる。

 業火、ファルケの拳が私の魔法とぶつかりあった。

 爆発が周囲を薙ぎ払い会場を震撼させる。

 勢いを増し続ける炎は包み込むように私の結界を焼かんと火の手を広げる。

 錫杖を掴んだ手に力を込めるが、拮抗した力の均衡は徐々に傾き始めていた。

 振動の重低音が加熱され、音を跳ね上げる。高温に耐えきれず、その輪郭線が溶けだす。結界が焼き切れ、魔力の残滓に尾を引くように緋色の線が空間に線を引いた。

 砕け散る私の魔力を振り切り、ファルケは全身で攻撃の姿勢を貫く。

 加速度は上昇し続け、遂に風を操る私の速さを上回る。熱拳が胴体を捉え、爆音が火花とともに弾けた。

「―――ぐっ!!」

 防護魔法で凌ぐはずの勢いは、魔法全体を崩し殺しきれない衝撃が私を風圧ごと吹き飛ばす。

 地面を転がり、体を削る様に打ち付けられる。全身に傷を負い、ローブが所々破れ血が流れ出た。

 震える腕で体を起き上がらせるが、痛みで思うように体が動かない。

 重い足音と炎が爆ぜる音が耳に入る。

 陽炎に覆われるファルケが告げた。

「全力じゃないお前と戦うのは不本意だが……、それでもちょっと物足りねぇな」

 炎に紛れて冷めた視線が私を捉える。

 魔力の少ない私と比べ、彼は殆ど魔力の消費がない。

 私は体を動かさないまま精一杯の魔法を唱えて薄い結界を魔法で張り自分を守るように囲う。

 肺に何かが詰まったような激痛が走り、私は咳き込む。息が荒くなり、呼吸が安定しない。精いっぱい息を吸いながら私は思った。

 彼は私を買い被りすぎている。所詮私は少し魔力を操る才能があるだけの凡人なのだ。

 地面と接している擦れた傷跡が痛む。弱弱しい体に貧弱な魔力が付きまとうだけの少女。

 惨めな気分だ。昨夜、自分の弱さを改めて認識したのに、これでもかと今日また追い打ちをかけてくるなんて。

 乱れた呼吸は中々戻らない。吸っても吸っても徒労に終わるような気分だった。

 対峙した強敵とは比べものにならないほどの実力差。目が霞み、乱れた髪の隙間から揺れる炎が滲んで見えた。

「本当に残念だ……」

 言い放つファルケの右腕が私に向けられる。火球を出現させ、爆音とともにそれを放った。

 息も絶え絶えに私は目を閉じる。

 打ち出された衝撃波であたりの石や砂が弾かれ、炎の鎧が揺らめくように動きファルケの輪郭を揺らす。

 学院長の結界により命に係わる攻撃は身体には及ばない。危険域に達した際、学院長にそれが通達されて試合が終わる。

 固唾を呑む誰もが同じことを考えていた。二連覇を制した大会が号令と共に幕が降ろされるのを。

「………………」

 しかし、不思議なことが起きていた。学院長は一言も言葉を発しようとはしない。

 魔法を放ったはずのファルケは静かな時の中で悟った。

 戦いは継続し、まだマギの勝敗は決していない。

 自身の炎が不発で終わったのかと錯覚したファルケは見た。地面に倒れたまま肘をついて口だけ笑った彼女の顔を。

 見えない何かで心臓を握られたような悪寒。不協和音に取り囲まれ、脳を揺さぶられる恐怖。

 何か来る――――!!

 クィーラは人差し指だけをファルケに向け、呪文を唱えた。

「―――串刺し(シュピーセ)!」

 それは単純な棘の魔法だった。素早く、鋭利で詠唱も早い。複雑な魔力操作も必要なければ消費もごくわずか。

 風の棘がファルケめがけて高速で飛び出した。彼は咄嗟の攻撃に鎧を厚くし防御する。

 炎が立ち上り分厚い灼熱の壁が棘の前にそびえ立つ。

 ファルケの思考は煩雑として鈍っていた。

 クィーラがどんな防御魔法を使って防いだかは分からない。だが、もう動き回れるほどの体力はないだろう。

 今度は確実に拳でとどめを刺せばそれで終わり。不安に思うことは何もない、今まで通り試合に勝つだけだ。

 鋭い感覚が痛みに変わったのはそのすぐ後。

 正面からきた棘に腕を貫かれ、火とは違う鮮赤を見た。

「ッ!?」

 魔法の棘は炎帝の鎧を貫通しファルケの腕を直撃する。大会で初めて、ファルケは傷を負った。

 流れ出る血液が沸騰し不快な臭いが鼻を刺す。

 ファルケは大きく下がって距離をとった。

「……都落ち、ですね……」

 クィーラの声が聞こえた。

 立ち上がり荒げていた呼吸を取り戻している。

 どうやって炎の攻撃を防いだのか。どうやってこの鎧に攻撃を加えたのか。

 不可解な事象にファルケは昂っていた。

「やっぱ期待通りだったな! そうこねぇと面白くねぇぜ!」

 負傷したのにも関わらず、一層の炎で身を包む。闘志と気合で練り上げられた魔力が瞬く間に広がった。

 クィーラは傷だらけの体を支えて、手放していた錫杖を召喚し構える。

 形勢を覆したとは言い難いが、まだ負けが決まったわけではない。

 諦めない闘志を燃やして、クィーラは第二ラウンドに備えた。


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