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星の屑から  作者: えすてい
第2章 秘密の魔法学院

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第33節 心を以て

 

 当初疑い深かったのは学院がルリの存在を知らないという事実だった。

 無限とも思われる魔力を扱うルリの存在を、魔法学院という施設が無視できるはずがない。だが管理局が持つ記録にルリという生徒はいなかった。

 彼女は学院の人間ではない。

 事件後、学院側は彼女を否定し情報を秘匿していた。その存在を認めようとはしなかったのだ。

 彼女の捜索は学院の急務だと思っていたが、混乱を招くという理由でそれは行われなかった。

 僕が管理局に尋問されて抱いた違和感。

 おかしな点はもう一つある。

 あの現場でルリは自身の魔法に囚われていた。あれを引き起こしたのは彼女じゃない。

 いや、魔法を使ったのは彼女で間違いないのだが、彼女の技量を思えば暴走などとても考えられなかった。

 つまり、予期せぬ事態に暴発が引き起こされたんだ。魔力を暴走させ自身を閉じ込めた大規模な魔法。あれに彼女の意志は感じられなかった。

 それに何故、彼女は研究棟にいたのか。彼女ほどの魔法使いが暴走を起こした理由とは何なのか。そうするほどの"何か"があそこにはあるのだ。

 それを探すことがルリの狙いだった。

 学院と彼女はなんらかの繋がりがあり、そして学院側にも隠された部分がある。

 僕はその推論をクィーラたちに打ち明けようとした。




 ■■◇■■




 凍結事件のあった次の日の朝、僕は使用人部屋の扉の前に気配を感じた。

 ドーラだと思ったその予想は裏切られてしまう。

 扉を開けると、件のルリが立っていた。

「おはよう、タイミングがいいな」

 僕は驚いて言葉を失う。

 彼女の来訪は予想外だった。

 僕を見下ろす彼女は、涼し気に話しかける。

「少し、話をする時間はあるか?」

 正体を隠すつもりはないらしい。

 僕は気を取り直し頷いて言う。

「僕もあなたについて聞きたいことがあります」

 ルリはにっこりと笑った。

 彼女を部屋に通して扉を閉める。

 僕は使用人室の簡素な椅子に腰掛けた。

 向かいの椅子を示そうと目をやるも、彼女は僕のベッドに腰を下ろす。

「君は、この変な感覚を知っているか?」

 低いベッドの横、彼女は長い脚を持て余して尋ねた。

 椅子は余っているのに何故そっちに座ったのか。

 彼女の言葉の意味は、多分二人にしか分からないだろう。傍から聞くと意味不明だったが、僕はすんなりと受け入れた。

 ……そうか、これは共鳴なんだ。

 似た者同士がいつしか互いを引き寄せ合うように、僕と彼女は何らかの力で結びついている。

「これを運命と呼ぶと、少しロマンチックが過ぎるな」

 黙った僕に、彼女は言葉遊びを楽しむように続けた。

 率直な質問を僕は彼女にぶつける。

「貴方は、"御言葉"ですよね」

 氷の粒が風に吹かれたように集まり始めた。

 ルリは手元に拳大の氷を創り出して告げる。

「そう、君と同じ、"御言葉"」

 雪の結晶を伴った氷はクルクルと自転し始めた。

 その煌めきを放つ光が、僕の瞳の中に宿る。

 御言葉について、詳しいことは知られていない。その能力が最後に記録されたのは何百年も前だ。

 伝説に登場する"御言葉"と呼ばれる力は、文字通り"言葉"に由来する力であった。

 "知る"力を持った大賢者は、彼自身の魔力を操り何年先の未来も予知することができた。

 "得る"力を持った大戦士は、屠った敵の力を獲得し山を叩き割るほどの力を持つことができた。

 "附す"力を持った大技師は、魔導具を創造しあらゆる機能、魔術を付与することができた。

 いずれも"スキル"とは別格の力を持ち、他の追随を許すことがない究極の御業。

 それほど御言葉の力は特別で、人々のかけがえのない希望であると記述されていた。

 それが、僕らの力の正体だった。

「ルリの御言葉は、何ですか」

 僕は再び尋ねた。

 疑っているわけではない。

 力を自覚した僕ら御言葉が出会うのは、数百年ぶりなのだから。

 だが僕の質問にルリは表情を曇らせる。

「……すまない、それは言えない」

 どうして、と言えずにいた僕に向かって、か細い声でルリは続けた。

「私はこの力を、上手く説明できない……」

 彼女の顔は酷く不安を帯びている。

 慮るような態度の裏側に秘めた、陰鬱な感情。

 力の大きさが持つ僕らの背負う物。それを見たり共有したりすることは、同じ御言葉であっても難しいのかもしれない。

 御言葉とは、時にそういう力だった。

「だけど信じて欲しい、私は君を待っていた。御言葉同士が伝心し通じ合うこの瞬間を……」

 静かな部屋の中で彼女の言葉だけが響く。瞳は静止したまま動こうとしない。

 宙を漂っていた氷の粒はいつの間にか霧散し、彼女の言葉の想いが心を通じて伝わってくる気がした。

 淡い瞳の奥、彼女が添わせた想いの丈。

 この力の怖さは僕もよく知っている。人の身を超えた天変の術。

 動き一つ心一つで世界が変わる。正義とは、悪とは、力とは、命とは。

 幼い自分には処理できない無限の問いかけ。果たすべき使命とはなんなのか。

 僕は分からなかった。無知だったから。だから歩き出したんだ。歩き出せば、見つかると思った。

 答えが出なくても、進むことこそが大事だと思った。生まれた時からそう教わってきたから。

 反面、それは酷く傲慢な行為に他ならない。

 僕の力が誤った方向に進んだとしたら、代償を払うのは無辜の人々だ。

 正しく進む事ができるまで世界を巻き込むかもしれない。否、正しく進むことなんてできないかもしれない。

 自分以外の他人を平気で見下す行為。優位な立場を後ろ盾にして傲慢に生きていける。

 自分の心に猜疑心を持ったこともあった。

 だからこそ、彼女は待ったのだ。己の力と戦いながら。

 何もできない焦燥感や罪悪感に駆られながらも、必ず他の御言葉が来ると信じて待っていた。

 御言葉という歴史を変える大業は、一人の人間で抱え込むには大き過ぎた。僕の中に眠ったその想いが、呼び起こされて彼女の言葉と繋がっていく。

 ルリが固く緊張しているのがようやく分かった。部屋を訪れた時の余裕が今は一切見られない。

 真剣な表情が、瞳の中の輝きが、それらを物語っている。動き出せなかった自分自身を彼女は今でも責めていた。

 硬い椅子ではなく柔らかいベッドを選んだ。少しでも気持ちを楽にしたかったのかもしれない。

 人を助けるために歩き出した僕と、人を助けるために立ち止まった彼女。

 僕が彼女を疑い責める理由なんてない。

 椅子から立ち上がりゆっくりと彼女に近付いた。

 見上げるルリへ、右手を差し出す。

 ルリは右手と僕を交互に見返した。

 彼女の瞳を見て、僕は力強く頷く。

 強張った彼女の手を僕が取ると、大きな瞳が揺れて和らいだ。

 同時に魔力が混ざり合い、部屋が淡く光る。

 大丈夫。怖いことは何もない。

 御言葉は、独りじゃない。

 彼女はこの不思議な感覚、共鳴の事を"伝心"と言ったのを、悪くない響きだな、と素直に僕は感じた。

 いつか来る仲間を信じて待った彼女に、魔力を通じて心を伝える。

「ルリ、決して僕らは独りじゃない。僕は君を信じるよ」

 光の放つ右手を彼女は握り返して、心做(こころな)しか安堵した顔で僕に告げた。

「ありがとう……」

 柄にもないと感じて素早く僕は手を離す。

 おどおどしながら僕は話した。

「す、すいません、これが一番伝わりやすいかと……」

 彼女はにこやかな笑顔でそれに応える。

「構わない、簡潔で、すごく情緒的だった」

 ルリは自分の手のひらを眺めている。

 あの、情緒的なんて、感想言わないでほしいんですが。

「そういえば、ルリさんの本題はなんでしょうか」

 慌てて話題を切り替える。

 慣れないことはするものじゃない。

「"さん"は不要だ、"魔道士さん"」

 悪戯っぽくルリは返事をした後、さらに続ける。

「私はここに――――」

 企みを頭の中で一巡させたのか、ルリは暗く笑った。

「――――君を奪い去りにきた」

 何故、と思うと同時に一瞬だけ脳裏を過った。

 クィーラの不満気な顔。

 彼女なら必ずそんな顔をすると思った。

 ……どうしてだろう。


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